表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第十章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

163/183

163、稀代のペテン師②

 目が、霞む。視界を維持している意味もよくわからなくて、そっと瞳を閉じた。

 四肢は木に括りつけられ、既に手先にも足先にも感覚がない。空腹と喉の渇きは既に限界を突破して、意識も朦朧としていた。

 通りすがりの人間に殴打されることも、投石されることもなくなったが、時折バサバサッとけたたましい羽音が響いて、身体を啄まれることがある。腐肉を食らう鳥類が、このエサは食うに値するものなのかと品定めをしているのかもしれない。

 はぁ……と息を吐くと、自分でも笑えるくらいに弱々しかった。

 こんな状態でありながら、どうして自分はまだ息をして、心臓を動かしているのか――”神”とやらに聞いてみたい。

(なんで――こんな――……)

 少年はもう一度だけ、ゆっくりと瞼を押し開く。視界の端に、忌むべき黒髪が映った。

 一度魔物に食われかけた記憶は、恐怖と激痛に満ちていた。思い出すだけで狂い出しそうなそれだったが――教会の地下で目覚めたときの絶望に比べれば、まるで話にならない。

「……偽善者……」

 ぽつり……と口の端から零れた声は、掠れて音らしい音を紡がなかった。

 華やかな黄金の髪を持った青年から、自分は『神の奇跡』とやらで生き残ったと聞いた。確かに、あの絶望的な状態から回復したとなれば、それは奇跡以外の何物でもないだろう。

 だが、ネロは自分がどうして助かったか、などということに興味はなかった。

『貴方は、神が初めて助けた<贄>です。神の慈悲を受けた貴方を、虐げる者はもういません』

(クソくらえだ……)

 青年の”完璧な”微笑を思い浮かべれば、憎々しい感情がふつふつと沸き起こる。

 いったいどうして、そんなにもおめでたい思考が出来るのだろう。

(あの時――<贄>として死ねなかったと知った時の、俺の絶望を、お前は知っているか、クルサール……!)

 ギッ……と噛みしめた奥歯が音を立てた。

 最初から――帰る場所なんて、どこにも無かった。

 だからこそ、教会で最期の時を過ごしたのだ。集落の中には、ネロの居場所なんてどこにもなかったから。

 父親の顔など、見たことはない。母親も、生まれた赤子の瞳が黒いと判明してすぐに、狂った儀式の犠牲となった。

 残されたネロは、母親の一族の家の軒先で、残飯を漁りながら必死に生きるしかなかった。

(<贄>に選ばれてほっとしたのは、同じ候補者の連中だけじゃない――きっと、誰よりも俺が、ほっとしていた)

 やった。

 ――やった。

 やっと――やっと、あの集落に戻る必要が無くなった。

 たとえ、それが意味することが”死”だったとしても、あんな狂った価値観の蔓延る恐怖の集落に戻るくらいなら、魔物の腹に収まる方がよっぽど幸せだと思えた。

 人々に感謝されて、丁重に扱われて『誇りある死』を迎えることが出来る。

 あのまま集落にいたら、程なく『咎人の儀』によって、不名誉かつ惨たらしい最期が約束されていた。

 実際、教会の地下での生活は悪くなかった。

 毎日、飢えず、凍えず、ゆっくりと眠れた。心配そうに同情の色を隠しもしない青年が何度もやってきては苦悶の表情を浮かべていたが、他人にそんな感情を向けられたのは初めてで、たとえ偽善だったとしても、温かな心を向けられたような気がしていた。

 この幸せな思い出があれば、恐ろしい<贄>の運命にも立ち向かえると思っていた。

 それなのに――

「なんで……助けたり、したんだ……」

 目が覚めて、集落に帰されると知った時は、魔物が目の前に迫った時よりも恐怖を感じた。

 ――それならいっそ、魔物の腹に収めてくれた方が、よかったのに。

 集落に帰ったネロを待っていたのは、案の定、以前よりも強くなった差別感情だけだった。

 クルサールは、ネロが集落に戻れば『神の慈悲を受けた子供』と受け入れられると考えたようだが、ここの狂人たちにそんな理屈は通じない。

 彼らは、死地から戻ってきたネロを『魔物すら食わなかった不浄の子』と認識したようだった。

 すぐに緊急集会が開かれた。最初から決まっていたんだろうな、と想像が付くくらいにあっさりと、『咎人の儀』が執行されることになった。

「魔物に魅入られ、魔物の手先となったのでは」「そもそも、あの真っ黒な色は、魔物の象徴」「魔物と人の子ではないのか」

 そんな、馬鹿馬鹿しい発言と共に、悲惨な目に遭わされた。

(いっそ本当に――魔物の手先だったら、よかったのに)

 そんな、仄暗い考えがよぎる。

 バサバサッ……と再び耳元で大きな羽音がした。

 もしも、魔物の手先となったなら――

 ――あぁ、今すぐにでも、悪魔のような狂人が住まうあの集落を滅ぼしてやるのに――


『――面白い。近年稀に見る闇を背負う人の子だ。お前のその願い、叶えてやろう』


 脳裏に直接語り掛けるようにして言葉が響いたのは、その時だった。


 ◆◆◆


「いいですか。そもそも、”人間”の身でありながら、他者を断罪するなど、烏滸がましいことなのです。それは”神”によってなされるべき所業。本当に忌むべき存在は、”人”が何もせずとも、神が死後、筆舌に尽くしがたい地獄へと堕としてくださいます」

「ですがそれでは、集落に禍をもたらした者をどうしたらよいのですか」

「禍を乗り越える知恵を絞るのが、”人”です。疫病が流行れば、治癒方法を探す。広めぬように対策をする。犯罪が起きれば、捕らえて、懺悔の機会を与え、反省を促し更生させる。それが我ら”人”に出来ることでしょう」

「ですが、集落の掟は絶対です。これを破る者を、放置はしておけない……!」

「だからっ……!」

 カッと感情に任せて激昂しそうになり、ぐっと無理やり言葉を飲み込む。

 ガタゴトと揺れる馬車の中、クルサールは気の遠くなるほど話の通じぬ集落の有力者たちと膝を突き合わせ、何度も同じような問答を繰り返していた。さすがに妙齢の娘に危険な獣がいる地域への案内を任せるわけにいかず、馬車に乗り込んだ集落の代表者を含む有力者と、もしもに備えて簡易な武装をした騎馬の若い男たちと共に集落を出たのだ。

(駄目だ、本当に話が通じない。ここまでとは思わなかった……やはり、『神の言葉』の威光を振りかざすしかないか……)

 額を抑えて、嘆息しながら胸中で呻く。

 現時点では、クルサールはまだ、『神の化身』の再来、という伝達と共にやってきた青年でしかない。彼らが長きに渡って信じてきた風習を無理に否定すれば、反感を買うだろう。

 まだ、彼らの前で、”聖印”も『奇跡』も見せていないのだ。あまり強く反論して悪感情を巻き起こしては、この後の活動にも影響が出て来るはずだ。

(焦るな……焦るな……獰猛な肉食獣は、このあたりにいない。腐肉食の獣や鳥がいるが、生きている十歳の子供を積極的に食うことはしないはずだ。まだ、ネロが集落の外へ送られてから時間は経っていない。息があるうちに放り出すと言っていたから、きっと、まだ生きているはず――)

 真に恐れるべきは、結界の効果が切れたときだ。魔物は生きている人間を好む。そればかりは、”神”に祈るしかない。

 クルサールは、ぎゅっと掌を握り締めて、残酷で気まぐれな”神”の慈悲に縋った。

 深く息を吐いて心を落ち着かせ、必死に”救世主”の仮面をかぶり直した時だった。

 ドンッ――

 馬車を横殴りの衝撃が襲うと同時に、馬の高い嘶きが響き渡る。

「なっ――!?」

「ぅああああああ!!!!魔物だ!!!!」

 外から聞こえてきた悲鳴に周囲が騒然となる中、クルサールはすぐに傍らの愛剣を手に取った。

「クルサール様!危険です!」

「放しなさい!身を屈めて、馬車から出ないように!」

 縋りついてきた男の手を振り払い、馬車から転げるようにして外に飛び出し、抜剣する。

 どこからの攻撃にも対応できる迎撃態勢を取り、周囲に目を走らせて――思わず絶句する。

「ひぃいいいいい!!た、助け――」

 ゴシャッ……

 悲鳴を上げた御者台の男は、魔物に頭から飲み込まれるようにして頭蓋を噛み砕かれ、悲鳴をかき消された。手綱の先に繋がれている馬は、既に喉笛を食い破られ、とても走れる状態ではない。

 そして、視界の先――遠くから、黒々とした軍団がやってくるのが見える。

(なんだ――あの、大量の魔物は……!)

 御者と馬車馬を無効化した魔物は三匹。それが、ぐるん、と一斉にこちらを向いた。

 クルサールと――クルサールの後ろにいる、騎馬の男たちを。

(三匹は、先遣隊か――!?後ろから来る軍団の侵攻をスムーズにするために、馬を優先して討とうとしている……!?)

 それは、まるで統率の取れた軍隊のようだった。

「く、クルサール様っ……!」

「騎馬は集落まで引き返しなさい!集落から、逃走用の馬を持ってくるのです!」

「ですが――」

「私は、神の御業が使えます!ここから先、魔物を進ませることはありません!馬車の中の全員が集落まで戻れる数の馬を持ってこいと言っているのです!」

 言いながら、魔力を練り上げる。

 コォ――と身体に魔力が満ちる感覚がして、額に聖印が浮かび、カッと強烈な光が向かい来る魔物を焼いた。

「「キャンッ」」

「おぉ――!」

 光に退けられるようにして突進をはじき返された魔物を見て、周囲から歓声が漏れる。

「わかったでしょう!っ、早く行きなさい!」

「は、はいっっ!!」

 怒号に近い命令を聞いて、騎馬たちが一目散に駆けて行く。追い縋ろうとした魔物に向けて、クルサールは地を蹴った。

「はっ!」

 ザシュッ

 後ろから迎撃し、一匹を屠ると同時、身体能力強化の魔法を己にかける。

(実戦でこれを使うのは初めてだが――!)

 ドンッと地面を踏み抜くと、自分でも驚くほどのスピードで他の二匹に追いすがることが出来た。

 慣れない感覚に、必死に己をコントロールして二匹をほぼ同時に屠る。

 馬車の中にいた者たちから、わぁっと歓声が上がるのが聞こえた。

 しかしクルサールは、盛り上がる車内の声など聞こえぬかのように、ぎゅっと剣を握り直して遠くからやってくる軍団を見据える。

(まさか、結界が破られた……!?予想よりも随分早い――第一、この統率の取れた動きは一体……)

 魔物が、馬車を襲うときに馬から襲うのは知っていた。だがそれは、鉄の車体を引く馬の方が人間よりも狩りやすい上に食いでがあるためだ。十分に腹を満たす馬をゆっくりと食してから、移動手段を奪われて徒歩で逃げる人間を、デザートとでも言いたげに襲うのが一般的な襲撃方法だ。

 だが、この襲撃においては、全てが異なる。

 馬を襲った後、それを食す前に御者を襲った。ゆっくりと、溢れる血肉を最後まで堪能するため、いたぶるように時間をかけて端から食らいついて味わう魔物の習性と異なり、御者を一息で頭から丸呑みし、一瞬で絶命させた。

 さらに、馬車の中の狩りやすい人間や馬を持たないクルサールよりも、集落へ向けて逃げ出した騎馬を優先して追いかけ、襲い掛かろうとしていた。

(どう考えても、まず最初に逃走手段を封じようとしていた――そこまでの知恵が、魔物にあるのか……!?)

 歴史上、幾度となく魔物の討伐経験があり、何度も交戦したことのあるイラグエナム帝国と異なり、<贄>の制度により何百年と魔物の脅威から安全を確保されていたエラムイドには、魔物の知識が圧倒的に乏しい。魔物にはランクがあり、高位の魔物が下位の魔物を率いることがある、などという知識は、この国に生きる者には備わっていなかった。

 やっと国交が開いたこの十五年余りの間も、帝国にまつわるものすべてを排斥しようとしていた過去を思えば、それも致し方ないことかもしれない。

 未知の事態に遭遇し、バクバクと心臓が不穏に鳴り響く。

 今、馬車の中にいる生存者を守るのは、クルサール一人の腕にかかっているのだ。――失敗は、許されない。

(まずは結界を、最大範囲まで、展開する――!)

 馬車と集落がある方角を背後に庇うようにしながら、魔力を解き放つ。こんなにも大きな結界を張ったことは今までなかったが、四の五の言っている時間はなかった。

 迷って、足踏みしている時間はない。今、この瞬間、最善だと思うことをとにかく繰り返すしかない。

 ――ここには、クルサールを導いてくれる”神”は存在しないのだから。

 パァッ――

「おぉ――!」「光の網が広がっていく……!」「神の奇跡だ……!」「助かるぞ!」

 馬車の中から好き勝手な言葉を投げる男たちの声を背に、必死に魔力を練り上げた。

 イメージするのは、巨大な壁。視界一杯に広がるくらいの、長くて高い、聳え立つ城壁を思い描いた。

 魔法は、イメージの通りに顕現する。光の網が城壁のように目の前に広がり切った後、ふっと光が掻き消えると、魔力を行使した代償にドッと疲労が押し寄せた。

(こんな程度で疲れている場合じゃない……もっと、魔法の練度を高めないと……)

 クルサールの魔法は、全て独学で得たものだ。父の元にいたころは剣の鍛錬ばかりをしていて、魔法に関しては基礎中の基礎になる座学を少し齧っただけだった。その後、必死に書物を読んで独学で試行錯誤を繰り返しただけなので、魔法行使に関しては経験不足も相まって不安要素が大きすぎる。

 『神の奇跡』さえ見せればあっさりと全てが上手くいくと思っていたが、こうして魔物の集団による襲撃を目前にすれば、あまりに楽観的に考えすぎていたと反省せざるを得ない。知識も経験も不足する自分が、”救世主”を名乗って『稀代のペテン師』になるには、やるべきことは山積みだった。

(とにかく今は、目の前のことに集中だ……この結界がある以上、魔物は入って来られない。ここにいる全員の命も、集落の安全も、しばらく保証されるだろう)

 見ていると、急に展開された光の網に警戒を示していたらしい一団から、数匹が飛び出してきた。しかし、不可視の壁となった結界に阻まれ、魔物は「ギャンッ……」と小さな呻き声を上げて突進の力をそのまま跳ね返されるようにその場に転がる。

 先遣隊のようにして数匹だけを突っ込ませるやり方も、やはり、統率する者がいるとしか思えない。攻めあぐねるようにして、低く唸る魔物の群れを前に、クルサールはぎゅっと剣を握り締め、隙なく敵を睨み据えた。

(集落の人間の安全は確保できた。あとは――ネロ、だ)

 ここより先に磔刑台が設置されていた以上、正直、彼の命は絶望的だろう。これほどの魔物の大群に踏み荒らされて、無事でいるはずがないのは明らかだ。

「クルサール様……!」「あぁ、神の奇跡だ……!」「神のご加護に感謝します……!」

 背後では、安全を確信したのか、馬車から歩み出て来て膝をつき、クルサールに向かって祈りを捧げる男たち。

 奇しくも、当初の予定だった『神の奇跡』を見せつけて彼らの信頼を得るという目的は達成出来たようだが、何としても救いたかった小さな命は既に失われてしまったと思うと、やり切れない闇が胸の中に渦巻いた。

(彼を虐げた愚かな人間を守り――必死に生きようとしていた哀れな幼い命を、守ることは出来なかった……)

 今も、耳の奥に蘇る、鳥籠の中から聞こえた少年の絶叫。

 あの時ネロは、確かに言った。

 ――”助けて”と――

「っ……」

 死を受け入れていたはずの少年が、激痛と恐怖の真っ只中で叫んだのは、生命の根源的な欲求だった。

 どれほど恐ろしかったことだろう。どれほど、苦しかったことだろう。

 臓物をまき散らし、四肢を無残に引きちぎられた、惨たらしく地面に討ち捨てられた身体を思い出せば、ぎゅっと心臓が強い痛みを発する。

(私たちは――また、ネロに、同じ恐怖と苦痛を、与えて、殺してしまった……)

 今度は、手枷だけではない。丸太に四肢を括りつけられて、わずかな抵抗すらなく殺されてしまったのだ。

 きっと、前回の記憶が脳裏に蘇り、前回以上の恐怖を抱いたはずだ。それはどんなにか――

「……待て……おかしい……」

 ふ、と。

 どうにもできない無力感を噛みしめていたクルサールは、違和感に気が付く。

 ネロは、光属性の子供だ。『見極めの儀』は、<贄>に送る順番の結果を司祭の一存で変更することはあるが、決して無属性の子供を光属性と偽って死地に送ることだけはしない。

 それは、罪深き一族が、己の業を理解しながらも、決して破らなかった最期の一線だった。今の司祭も、その一線は違えない。

 何より、前回、ネロの光が魔物を焼いた瞬間をクルサールも見ている。発光と共に、群がっていた魔物が一目散に逃げていくところを、この目で確かに見た。

「結界は……発動、しなかった……のか……?」

 考えが纏まらずに口をついた考察は、己の鼓膜を震わせると更に混乱を招いた。

 ネロが四肢を括りつけられて、この大量の魔物に襲われ、前回以上の恐怖を抱いたならば――それは、魔力暴走という結果を生んだはずだ。

 すなわち、魔物を追い払う、命を賭した結界となったはずで――

 ――今、ここに、魔物が集結している理由が説明できない。

「何故――……」

 ふるっ……と頭を横に振って、冷静になろうと努めるが、上手くいかない。

 混乱を極める頭で、前方を見据えているときだった。

 トッ……

「「――――!?」」

 軽い足音と共に、ゆっくりと一匹の魔物が一団から結界へ向けて足を踏み出す。

 その光景に、その場にいる全員が目を疑った。

「な――ん、だと……」

 震えながら漏らされた声は、誰の声だったのか。

 その場の全員の心の内を代弁した言葉に答えを示してくれる存在は、そこには存在しなかった。

「――やぁ、クルサール。久しぶり」

 響く声は、声変りすら迎えていない高い音。

 トッ トッ

 軽やかな足音共に、魔物が結界ぎりぎりまで歩み寄ってくる。

「ネロ……?」

 呆然と、クルサールの口から音が漏れる。

「そうだよ」

 少年は、当たり前のように答える。

 ――魔物の背に、乗ったまま。

「ありがとう、クルサール。アンタの偽善のおかげで――俺はついに、復讐の力を、手に入れた」

 にこり

 飢えと渇きを湛えて扱けた頬に、笑みが浮かぶ。

 すぅっと笑みの形に緩んだ黒瞳には、底が見えない絶望の深淵が渦巻いているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ