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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第九章

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143/183

143、聖なる印②

 少女の発言に、ロロは怪訝な顔をする。

「交渉……ですか?」

「えぇ。今のままでは、私たちは、クルサールにとってはただの厄介者でしかない。つまり、殺して口を封じた方が早い人間というわけだけれど――私たちを生かしておく方が利がある、と思わせる何かの交渉材料を手に入れるのよ。ラウラに頼むとしたら、その交渉材料の確保でしょうね」

 ぎゅっとロロが眉間に皺を寄せる。

 それは――おそらく、とんでもない額の報酬が必要になる。

(宝石で賄える気がしない……”都度払い”で――いや、もしかしたら、今度こそ結婚なんていうクソみたいな交換条件を出される可能性も……)

「ロロ……?」

「いえ……なんでもありません」

 眉間を指で押さえて俯きながら、ロロは返事をする。

 ――何十回とやり直した、絶望の世界。

 初めて見えた、希望の光だ。

 それを手にするためなら――一体、何を惜しむことがあるだろうか。

(くだらない俺の感情なんか斬り捨てろ……姫の安全と、幸せを考えたら、それ以上に大切な物なんか、この世に存在するはずがないのだから――)

 ミレニアの傍に、いたかった。

 ずっとずっと――死ぬまで、決して離れたくなかった。

 だが、それは、何度も経験したこの絶望の記憶が、魂に刻まれて、無意識下で叫んでいただけのこと。

 執拗に彼女の命を脅かすクルサールの脅威が取り除かれた後ならば――彼女の幸せのために、彼女の傍から去ることも出来るかもしれない。

(どうせ、生涯結婚するつもりなんてなかった。――この方以外の誰かを、この方以上に愛するなんていうこともないだろう)

 気が遠くなるほどやり直した結果、既に、ミレニアへの愛情は魂の奥底に深く深く刻み込まれた、執着に近い断ち切れぬ感情だ。――これを超える感情を、他の女に抱くなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。

 どれほど少女を想ったところで、根本から住む世界が違うミレニアに、想いが通じるなどというおめでたい思考はしていない。こんなどろどろとした執着に等しい醜い感情は、生涯決して少女に気づかせることなく、墓場まで持っていくと決めている。

 ミレニアへの愛情は、ただ、傍に付き従って、彼女の身を生涯守ることでしか示せない。――示すつもりもない。

 ミレニア以外の女性を愛することがない以上、ロロが、自分から誰かと結婚したいなどと思うことは生涯決してないだろう。

(それなら――ラウラだろうが、他の誰だろうが、関係ない。姫を救うために、俺の結婚なんてものが役に立つなら、一番有効に活用できるタイミングで、一番効果的な相手に対して、そのカードを切るべきだ)

 その相手が、あのどうしようもない快楽主義者であることだけが懸念だが――そんなものは、ミレニアの尊い命を前にすれば、些末な問題だ。結婚することで、ラウラとの同居などという面倒な事態が起こり、ミレニアを一番傍で守れなくなったとしても。

 ロロは自分の中で論を組み立て、己を納得させる。――結局は、自分の覚悟の問題なのだ。贅沢など言っている場合ではない。

「とはいえ、依頼内容は明確にしないといけないのよね。今のままでは、漠然とし過ぎているでしょう。もう少し、交渉材料に当たりを付けてから依頼をした方がいいわね」

 ミレニアは言ってから、大きく身体を伸ばす。昨夜から、穴の中に縮こまって会話をしていたため、身体が随分と強張っていた。

「はぁ……お風呂に入りたいわ。いつも、考え事を整理するときは、お湯につかって考えていたのよ」

「……風呂、ですか」

 少し困惑したようにロロが瞳を揺らす。

「あぁ、ごめんなさい。我儘を言うつもりはないの。思ったことを口にしただけ。こんな森の奥で、逃亡中の身でありながら、贅沢が言えないことはわかっているから――」

「……近くに、安全な水場があります。いつも、貴女は水浴びをしては冷たいと言ってすぐに出てきてしまいますが――炎で、何とか、水を温められないか、やってみましょう」

「えっ!!?そ、そんなことが出来るの!?」

「はい。……真夏になれば、太陽に熱せられて、池や水たまりは水温が上がるでしょう。つまり、熱源が水面の傍にあれば、上がるのでは?水場の石や地面を熱してもいい。……正直、いっそ、水場を跡形もなく蒸発させろと言われる方が楽なのですが――……一度、やってみます」

 常人の何倍もの魔力を有するロロにとって、繊細な炎の扱いはあまり得意ではない。だが、少女が望んでいるならば、やるだけやってみてもいいだろう。

「ありがとう、ロロ。お前は本当に優秀な男ね」

 ミレニアは嬉しそうに笑顔を朝日にはじけさせるのだった。


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