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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第八章

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126、修羅の道⑤

 ゆっくりと――美しささえ感じるほどに優美に、少女が鮮血を噴き出して倒れていく。

「姫――――!」

 少女の身体が頽れる寸前――やっと、愛馬がたどり着く。

 身体を目一杯乗り出し、倒れ行く少女の身体を夢中でとらえた。

「貴方は――――!」

 急に飛び込んできた巨大な馬身に驚き、その場を飛びのいた男の紺碧の瞳が見開かれる。

 少女の身体を抱きすくめ、駆け抜けざまにギッ――と強く睨み据えた。

「貴様は必ず――この手で殺してやる――――――!」

 ごぉおおおおおおおおおおおおおおおっ

 ロロの怒りに呼応するように、ミレニアを胸の内に抱き込んだ瞬間に炎が顕現する。

「消火だ!」「急げ!!!」「やってる!!!」「うわあああ!!!」

 今すぐにでも馬から飛び降り、クルサールに斬りかかりたい気持ちを堪えて、ロロは馬の腹を蹴り、阿鼻叫喚の地獄絵図となった炎の紅玉宮を無理やり突破する。道中、たくさんの兵士が襲い掛かってきたが、ロロの怒りの前には全て無力だった。

(早く――早く、東の森へ――!)

 追いすがる敵から逃れながら、魔物が巣食う夜の森へと駆けこむ。

 帝都は駄目だ。本来、帝都で落ち合うはずだったクルサールの手下が、たくさんいるはずだった。

 だが、森の中には、埋めておいた薬がある。すぐにでもミレニアの手当てをして――

「姫っ――……!姫、しっかりしてください――!」

 胸から血を流し、蒼い顔でヒューヒューとか細い息を漏らす少女に、懇願するように声をかける。身体を斜めに大きく切り裂かれた少女は、追っ手から逃げるために全力で駆けている馬上で止血が出来る状態ではなかった。

 バクバクと心臓が嫌な音を立てて暴れ狂う。ゆっくりと、抱えている身体から体温が失われていく感覚に、言葉に出来ぬほどの恐怖と絶望が襲い掛かった。

「逝くな――――逝くな、頼む――!逝かないでくれ――!」

 ぎゅぅっと渾身の力で抱きしめる。

 何を差し出してもいい。どんなことでもしてやろう。

 神がいるというなら――少女を救ってくれるなら、その存在にも、全力で祈ってやる。

 だから――――だから。

「ミレニア――!」

 こんなに広く味気ない世界に、たった独りで置いて逝かないでくれ――


 ◆◆◆


 しつこい追っ手を振り払い、やっと安全が確保できる位置まで来ると、ロロは急いで馬を降りてミレニアを地面へ横たえた。

「ロ……ロ……」

「喋らないでください――!」

 雪のように白い肌を、いつも以上に青ざめさせた少女が、虫の息で囁く。

「ごめ……な、さ――」

「喋るな!」

 ビィィッと力任せに布を裂いて、必死にミレニアの体に巻き付ける。渾身の力で、縛り上げた。

「っ……ぅ……」

 縛り上げた衝撃で、小さな呻きを漏らした後――ミレニアはそっと、手を持ち上げた。

「姫……?」

 問いかけると、青白い顔に、飛び散った鮮血を映えさせて、ミレニアはゆっくりと口を動かす。

「ごめん、なさい……最初に……与えた、命、令は――」

 震える指先を、渾身の力で伸ばす。

 いつものように――決して消えない奴隷紋に、優しく触れた。

 ぞくり……とするほど冷たい指先だった。

 命の灯が消えかかっている最中――少女は、青白い顔で、微笑みを浮かべる。

「取り消す……わ……ルロシーク――」

「姫――!?何を――!」

 伸ばされた手を取り、声を上げる。

 ガンガンと、頭が割れそうな痛みを発していた。

 ミレニアは、目の前に迫る死の恐怖など感じていないかのように、その美しい顔に笑みを湛えた。

 初めて出逢ったときと同じ――女神のような、慈愛に満ちた、優しい笑み。

「貴方は……自由、に……生きて……」

「――!」

「貴方を、縛る、ものは……何も、ない……ないのよ……ルロシーク……」

 にこり

 翡翠の瞳が、柔らかく緩んだ。

「貴方は、貴方自身の、もの……貴方の主は――貴方自身、なのだから――」

 ふっ……

 掴んだ手から、力が抜ける。

 翡翠の瞳が、閉じた瞼の裏に隠された。

「――――――ひ、め――……?」

 ざわりっ……

 胸の奥底を、ザラザラとした嫌なものが擦り上げていく。

 ヒュ――と喉が変な音を立てて、背筋を、冷たい何かが伝い降りて行った。

「姫――?姫――姫、姫っ……!しっかりしてください!目を――目を開けてください!!!」

 必死に呼びかけ、身体を揺さぶるが、反応はない。

 冷たい夜気に晒されて、腕の中に残っている体温がどんどんと奪われていく。

「ふざけるな!!!勝手な――勝手なことを――!」

 感情がぐちゃぐちゃになり、口からは恨み言が漏れていく。

 固く閉ざされた瞳は、開かない。

 あの、美しい宝石のような翡翠の瞳は――もう、二度と、見られない。

「違う――要らないっ……!自由なんか、要らないっ……!」

 喉の奥から、熱いものがせり上がってくる。紅い瞳から、涙があふれた。

「言ったはずだ――!俺の幸せは、俺が決める!っ……アンタが勝手に、それを決めるな!!!」

 自由など――なくてもよかった。

 欲しいのは、束縛だ。

 いつまでも、永遠に――ミレニアの傍に、縛り付けていてほしかった。

『命令よ。お前は、一生、ずっと、私の傍で、私をずっと守りなさい』

『今日から、お前は私の物よ。勝手に傍を離れることは許さないわ』

 そう言ったのは、ミレニアの癖に。

『胸を張りなさい、ルロシーク。お前は、今日から、第六皇女ミレニアの専属護衛なのだから』

 名前を、呼んでくれるだけで良かった。

『あぁ――美しい。お前の瞳は、何度見ても美しいわね』

 瞳を、覗き込んでくれるだけで良かった。

 ――見返りなんて、要らない。

 自由なんて、要らない。

 奴隷の身では、皇女に愛を乞うことなど出来ない。彼女を幸せにすることも、出来るはずがない。

 だから、せめて――『私の物』と言って、ずっと、ずっと、一番傍に置いて、欲しかった。

 ただ、名前を呼んで、瞳を覗き込んで。

 ミレニアの傍に、生涯縛り付けてくれるなら――それが、ロロにとっての、一番の幸せ。

 それなのに――

『――わかったわ。お前がそう、望むなら』

 聞き分けの良い”女帝”の顔で、頷いて見せる。

『……駄目ね。従者の前で、弱さを見せるなんて、主失格だわ』

 こちらが伸ばした手を簡単に振り払い、寂しい笑顔で拒絶する。

 そして、挙句の果てに――

『ごめんなさい……最初に与えた命令は取り消すわ、ルロシーク』

「やめてくれ――!」

 それだけは――それだけは、受け入れられない。

 生涯、命が尽きるその瞬間まで、一番傍でミレニアを守ること。

 それだけが――ロロが生きる、意味だった。

 生きる意味を取り上げられて――それでもなお生きよと、主はそう、命じるのか。

 身体も、心も、命さえも――すべてを捧げさせておきながら、笑って、絶望だけを与えていく。

 死出の旅路まで供をするといった従者の手を、最期の最期に振りほどいて、慈悲を与えるような顔で、「独りで逝く」「ついて来るな」と告げていなくなる。

 それが、ロロを、地獄の底に叩き落す所業だとは、夢にも思わないままで――

「誰でもいい――何でもする――誰か――誰か……」

 この、真っ暗闇の地獄の底に、救いの道を示してくれ。

 至上の主を失って、それでもこの世を生き抜くことなど、決して出来はしないのだから――


『――――助けてやろうか』


 物言わぬ亡骸を抱えた青年の脳裏に、仄暗い声が響いたのは、その時だった――


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