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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第八章

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125、修羅の道④

 それからミレニアは、クルサールに申し出る。

 ――ロロを、エラムイドに随行させること。生涯、ミレニアを守る専属護衛として雇うこと。

 それを叶えてくれるならば、クルサールの願い通り、彼の妃となり、生涯”神”を敬う異国の地で、そこに暮らす民のために生きると。

「貴方に頼んで正解でした」

 クルサールは、ロロに笑顔でそう言った。

 そうして、秘密裏に、ミレニアの逃亡計画が持ち上がる。

 何度もクルサールと密談を重ね、周到な準備をして、当日を待ち望んだ。

 ミレニアもまた、他国の妃となる運命を受け入れたためか、より将来の自国の民を救おうと、<贄>の秘密を暴くために必死になっていった。帝国の皇族という地位がなければ手に入れられない情報が沢山ある。皇城にいるうちにやっておくべきことが、山ほどあった。

 決行の日は、ミレニアの十五歳の誕生日。

 描かれる計画は、”最新”の記憶と変わらない。

 ロロが逃走経路とは真逆の位置で騒ぎを起こし、その間にクルサールと合流して、ミレニアが逃げ出す。

 軍務をこなす傍ら、徹底的に情報を集めた。兵士たちの巡回経路を叩きこみ、交代時間を暗記した。クルサールに伝えて、紅玉宮の奴隷たちとも連携を図り、必ず成功するように何度も何度もシミュレーションした。

 怪しまれぬよう、ミレニアの元へと赴くことはなくなったが、クルサールや奴隷たちを介して、彼女の様子は聞いていた。ほんの少し我慢すれば、また彼女の唯一無二の従者として生きることが出来ると思えば、生きる活力が沸いて、味気ない毎日も違って見えた。

 胸の奥に燻る熱は、生涯誰にも告げることはないだろう。

 それでも――ただ、少女を再び傍で見守ることが出来るなら、それだけでロロは幸せだった。


 そして――()()()()が、やってくる。


 ◆◆◆


 星が瞬く夜半過ぎ――ロロは静かに行動を開始した。

 そっと兵舎を抜け出して、頭に叩きこんだ兵士たちの巡回経路と交代時間を脳裏に描きながら、誰の目にも映らぬように移動を開始する。

 夜の城は、時を刻む針の音が聞こえそうな、不気味な静けさで満ちていた。

(静かすぎる……?……いや、俺が緊張しているだけか……?)

 絶対に失敗できない任務に、じっとりと掌に汗が噴き出るのがわかる。カラカラに乾く口の中をごまかすように、唇を湿らせて、作戦開始のポイントへと急いだ。

 目標の位置にたどり着き、双剣を抜き放つ。気持ちを落ち着けるように深呼吸をした。

 ここで火柱を上げて、城内の兵士たちの注目を集め、ミレニアが逃走するまでの時間を稼ぐ――それが、ロロに課せられた役割だ。

 二度、三度と深呼吸をして、覚悟を決める。

(――よし)

 瞳を開いて、魔力を練り上げようとした、その瞬間――

 ドンッッ

「――――な――!?」

 爆発音とともに、真っ暗な夜空に特大の火柱が上がる。

 ロロの上げた物ではない。

 火の元は――

「――――皇城――!?」

 呆然として、煌々と燃え盛る方角を眺める。

 自分の記憶が間違っていなければ――あれは、皇帝の居住区があるスペースだ。

「何が――」

 思わず、自分の役割を忘れて空を見上げ――


 ざわりっ……


「――――っ!」

 うなじの毛が逆立つような――”嫌な予感”。

 本能に逆らわず、その場を飛びのくと同時に、大振りの短剣が数本、一瞬前までいた場所を、狙い違わず串刺しにしていた。

「誰だ――!」

 短剣が飛んできた方角を見ると、そこにはずらりと兵士が並んでいた。

「――…な……に……?」

 兵士の装いに、思わず眉を顰める。

 それは――国旗にも使われている黒を重用するイラグエナム帝国において、滅多に見ることのない色。

 白を基調とした装いの兵士たちが、凶悪な武器を手に掲げ、ロロをしっかりと見据えていた。

「っ――!」

 ごぉっ

 魔力の気配を感じ、咄嗟に飛びのくと、案の定足元から火の手が上がった。

(誰だ、こいつらは――白い装束……帝国の――皇族の差し金じゃ、ない――!)

 混乱する頭が、本質とは異なることを考える。軽く頭を振って、余計な思考を追い払った。

 今、考えるべきは、そんなことではない。

 謎の勢力が、城に入り込んでいる。皇帝の住まう区画を焼き払ったのもこの兵士たちの勢力だろう。

 そして彼らはロロを敵と認定し、襲い掛かってこようとしている。

 ならば――

(姫は――!?)

 ダッと兵士たちの相手をすることなく、全力で駆けだす。

 ここは、作戦遂行のために陣取った場所。

 ――――ミレニアの逃走経路と、真逆の位置。

「クソが――邪魔をするなぁああああl!!!!」

 立ちはだかるように複数人の兵士が剣を構えて突進してくるのを、炎と双剣で全て排除する。

 ピィ――と指笛を吹いて、逃走用にと用意していた愛馬を呼び寄せた。

 ミレニアの逃走予定経路は、裏庭の先。

 広い敷地の紅玉宮の中、真逆に位置するこの場所から、まっすぐに突っ切ることは不可能だ。

(頼む――無事でいてくれ――!)

 駆け込んできた愛馬に並走するようにして、勢いを殺すことなく飛び乗り腹を蹴る。迂回を余儀なくされる苛立ちを舌打ちで誤魔化し、最短のルートを割り出した。

 馬の頭を振って、風のように駆け抜ける。途中、たくさんの白い兵士たちが襲い掛かってきたが、全て炎と剣でねじ伏せた。

『っ……生涯ずっと、私の――傍に、いて』

 少女の声が、脳内でこだまする。

『一生、ずっと、私の傍で――ずっと、ずっと、私を守りなさい』

 今にも泣きそうな震える声で、そっと零すように告げられた、少女の小さな小さな願い。

『もう二度と――傍を離れたりしないと、約束して』

「姫――!」

 決して我儘を言えない少女が、生まれて初めて他者に吐露した、心の底の、本音の言葉。

 ――約束した。

 ――――約束を、した。

 見返りなんか要らなかった。

 ただ、少女の傍にいたかった。――少女の笑顔を、守りたかった。

 轟々と燃え盛る皇城などには目もくれず、一心不乱にミレニアがいるはずの裏庭に向かう。

 遠目に、その光景が目に飛び込んできたとき――我が目を、疑った。

「――――!」

 心配していた通りのことが起きていた。

 少女を守るはずの護衛の兵は血まみれで地に倒れ伏し、純白の兵士たちが少女を取り囲む。

(何故――――!)

 呆然とした様子で少女が見上げる先には――

 ――少女の、将来の夫になるはずの男が、剣を携えて立っていた。

 剣を携える男の装束は、真っ白で――兵士たちとの繋がりを、疑う方が難しい。

 チリッ……

 怒りと共に、魔力が満ちる。

(あと少し――もう少し――!)

 魔法の射程距離までが、永遠に感じるほど長かった。

 まるで時計の針が、時の刻み方を忘れてしまったかのように、世界がゆっくりと感じられる。

 少女を冷ややかな瞳で見下ろす青年が、手にした剣をゆっくりと掲げた。

「やめろ――――!」

 やめてくれ――

 ざぁっと頭から一気に血の気が引いていく。

 まるで走馬灯のように、ミレニアと出逢ってからの日々が蘇る。

『もう一度、お前を傍に置きたいの。――今度はもう、手放さないと、約束するから。ずっと、ずぅっと、お前と一緒に生きていきたいの』

 ゆっくりと宙に掲げられる白刃を、ミレニアは信じられないものを見る目で見上げていた。

 そのまま、重力に従うようにして、刃が少女に振り下ろされ――

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 ゴォオオオオオオオオオオオオオッッ

 射程距離など、考えていられなかった。

 怒りと、焦りと――大切な人を失う、恐怖と。

 ぽっかりと目の前に口を開けた絶望に向かって、感情のままに魔力を解放した。皇城を飲み込んだ火の手が可愛く思えるほどの地獄の業火が顕現する。

 気づいた周囲の兵士の中に、水の魔法使いがいたのだろう。複数の方向から水の奔流が放たれるが、ロロの業火をかき消すには至らなかった。

 しかし、炎がクルサールの元へたどり着くよりも先に――


 ザシュッ……


 夜空に、真っ赤な鮮血が、いっそ美しささえ感じるほどに、舞い散った。


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