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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第八章

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122、修羅の道①

 絶叫の果てに、喉は枯れ果てていた。ひりひりと痛む喉からヒューヒューと息を漏らし、必死に目的地へと足を動かす。

 ここへ来るのは、もう、何度目になるだろう。

 覚えていられないくらい、何度も、何度も、ここへ来た。

 もう、目を瞑っていても来られるくらいに、何度も――何度も。

「姫――っ……姫――!」

 ゼィゼィと音を立てる喉の奥から、掠れた声で譫言のように何度も呼ぶ。

 ――愛しい人。

 ――――――愛しい人。

 その名を呼ぶことすらできないくらいの――愛しい、人。

「姫――!」

 脳裏にこびりついた、彼女の最期の顔が消えない。

 首から上だけになって、城門に無残にさらされていた少女。

 ぽたぽたと、紅い雫が石畳へと吸い込まれていく光景。

 ――ただただ昏く救いのない、絶望の光景――

「はぁっ……はぁっ……」

 荒い息を吐きながら、足を動かす。

 あの光景を、塗り替えられるなら――何でもする。

『胸を張りなさい、ルロシーク。お前は、今日から、第六皇女ミレニアの専属護衛なのだから』

 宝物(なまえ)をもらったあの日から、少女を守ることだけが、己が生きる意味だった。

『この美しい瞳を、ずっと、私に向けていなさい。ずっと――ずっとよ』

『あぁ――美しい。お前の瞳は、何度見ても美しいわね』

 何度も何度も、覗き込んでくれた。

 忌まわしいと蔑まれたこの瞳を、美しい宝石のようだと言って、うっとりと眺めてくれた。

『お前の瞳が、色々な光を宿すのが好きなの。それを毎日眺めるのが、私の幸せ』

 最後のときも、そう言って覗き込んでくれた。

 様子がおかしい従者を案じて、決して消えない奴隷紋に優しく手を触れて、安心させるように微かに微笑んで――

『ありがとう、ロロ――ルロシーク。お前が欲しいと願ったのも、思えば私の我儘だったわ。生まれて初めての、我儘よ。……そして、また、最後まで、私の我儘でお前を振り回してしまうのね。ごめんなさい』

「違う――」

 ふらつく足に活を入れながら、足場の悪い土壌を踏みしめ、必死に前に進む。

 蘇るのは――”最初”の記憶。

『ごめんなさい……最初に与えた命令は取り消すわ、ルロシーク。貴方は自由に――』

「違うっっ!!!」

 掠れた声で叫び、脳裏に響いた声を遮った。

 ――いらない。

 ――――いらない。

 自由なんて、いらない。

 欲しいのはいつも――いつだって――……


 ペキンッ……

 踏みしめた足元で、小枝が折れた。


『ほぅ――……これはこれは……なかなかの上物が、やってきた』


 光も差さない、鬱蒼とした森の奥。

 魔物の巣くう、恐ろしいその奥地――

 ひんやりとした洞窟の中に、黒衣の青年は足を踏み入れた。


「お前の望む通り、『甘美な恐怖と絶望』を与えにやってきた」


 紅い瞳に宿るのは、鬱々とした昏い闇。


「その代わり――必ず約束を、果たしてもらう」


 黒々とした闇に向かって、右手を掲げる。

 再び始まる、修羅の道。

 それでも――それでも、このまま、彼女のいない世界で生きていくことだけは出来ないから――


「――闇を、受け入れよう」


 ただもう一度、愛しい人に逢うために。

 ――今度こそ彼女を、救うために。


 再び訪れる、”終わり”の始まり。

 絶望の淵に残された、たった一つの”修羅の道”に向かって、紅蓮の騎士(ルロシーク)はゆっくりと足を踏み出した。


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