122、修羅の道①
絶叫の果てに、喉は枯れ果てていた。ひりひりと痛む喉からヒューヒューと息を漏らし、必死に目的地へと足を動かす。
ここへ来るのは、もう、何度目になるだろう。
覚えていられないくらい、何度も、何度も、ここへ来た。
もう、目を瞑っていても来られるくらいに、何度も――何度も。
「姫――っ……姫――!」
ゼィゼィと音を立てる喉の奥から、掠れた声で譫言のように何度も呼ぶ。
――愛しい人。
――――――愛しい人。
その名を呼ぶことすらできないくらいの――愛しい、人。
「姫――!」
脳裏にこびりついた、彼女の最期の顔が消えない。
首から上だけになって、城門に無残にさらされていた少女。
ぽたぽたと、紅い雫が石畳へと吸い込まれていく光景。
――ただただ昏く救いのない、絶望の光景――
「はぁっ……はぁっ……」
荒い息を吐きながら、足を動かす。
あの光景を、塗り替えられるなら――何でもする。
『胸を張りなさい、ルロシーク。お前は、今日から、第六皇女ミレニアの専属護衛なのだから』
宝物をもらったあの日から、少女を守ることだけが、己が生きる意味だった。
『この美しい瞳を、ずっと、私に向けていなさい。ずっと――ずっとよ』
『あぁ――美しい。お前の瞳は、何度見ても美しいわね』
何度も何度も、覗き込んでくれた。
忌まわしいと蔑まれたこの瞳を、美しい宝石のようだと言って、うっとりと眺めてくれた。
『お前の瞳が、色々な光を宿すのが好きなの。それを毎日眺めるのが、私の幸せ』
最後のときも、そう言って覗き込んでくれた。
様子がおかしい従者を案じて、決して消えない奴隷紋に優しく手を触れて、安心させるように微かに微笑んで――
『ありがとう、ロロ――ルロシーク。お前が欲しいと願ったのも、思えば私の我儘だったわ。生まれて初めての、我儘よ。……そして、また、最後まで、私の我儘でお前を振り回してしまうのね。ごめんなさい』
「違う――」
ふらつく足に活を入れながら、足場の悪い土壌を踏みしめ、必死に前に進む。
蘇るのは――”最初”の記憶。
『ごめんなさい……最初に与えた命令は取り消すわ、ルロシーク。貴方は自由に――』
「違うっっ!!!」
掠れた声で叫び、脳裏に響いた声を遮った。
――いらない。
――――いらない。
自由なんて、いらない。
欲しいのはいつも――いつだって――……
ペキンッ……
踏みしめた足元で、小枝が折れた。
『ほぅ――……これはこれは……なかなかの上物が、やってきた』
光も差さない、鬱蒼とした森の奥。
魔物の巣くう、恐ろしいその奥地――
ひんやりとした洞窟の中に、黒衣の青年は足を踏み入れた。
「お前の望む通り、『甘美な恐怖と絶望』を与えにやってきた」
紅い瞳に宿るのは、鬱々とした昏い闇。
「その代わり――必ず約束を、果たしてもらう」
黒々とした闇に向かって、右手を掲げる。
再び始まる、修羅の道。
それでも――それでも、このまま、彼女のいない世界で生きていくことだけは出来ないから――
「――闇を、受け入れよう」
ただもう一度、愛しい人に逢うために。
――今度こそ彼女を、救うために。
再び訪れる、”終わり”の始まり。
絶望の淵に残された、たった一つの”修羅の道”に向かって、紅蓮の騎士はゆっくりと足を踏み出した。




