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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第七章

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117、逃亡の日々④

 しん……と部屋の中に沈黙が降りる。

「これが――昨晩、クルサールが、ギークお兄様の元ではなく、直々に私の元にやって来た理由なのね……」

「……はい。おそらく、皇帝の方には、信頼の出来る忠臣を送ったのでしょう。――あの男が皇城に滞在している間、帝都の民に信仰を広めて計画を進める実行部隊がいたはずです。それを任せていた男でしょう」

「そうね……一番大切な皇帝の弑逆という役目を任せられるだけの、信頼の置ける忠臣がいることでしょう」

 ミレニアは噴き出す怒りを抑えながらなるべく淡々と言葉を紡ぐ。

 クルサールは、何があってもミレニアを殺したかったのだ。だから、革命の肝である皇帝殺しすら他者に任せて、己の手で確実にミレニアの死を見届けようと、わざわざ紅玉宮へとやってきた。

 ミレニアは、この世で唯一――聖典の内容が、"神"の教えでないことを知る人物なのだから。

「はい。……ですから、あの男は、他のどの皇族を見逃したとしても、貴女だけは必ず捕らえ、首を刎ねようとするでしょう。貴女の手配書に書かれている金額も、きっとかなりの高額になっているはずです」

 自分が捕らえられたら、情状酌量の余地はない――その現実を正しく理解し、ミレニアは震える吐息を吐き出して瞳を閉じる。

 クルサールは、民を苦しめた諸悪の根源だと言って、大義名分を持ってミレニアを処断するだろう。

 だが、何のことはない。――その本質は、ただ、自分のペテンを暴かれることを恐怖しているだけなのだ。

「民のためならば、命を差し出すことも惜しくはないけれど――あの男の利己的な目的のために差し出すのは、絶対に御免だわ」

「はい。……ですから、逃げてください。生きてください。……貴女の尊い命を、差し出していいような相手ではありません」

 ロロの紅の瞳に、憎悪の炎が宿る。

 クルサールの裏切りを決して許さない――そんな覚悟を思わせる瞳だった。


 ◆◆◆


 ミレニアに入浴と暫しの休息をベッドで取らせている間、ロロはガシャッと持ってきた革袋をラウラの前に乱暴に置いた。

「――これは?」

「報酬だ。これでもう一つ、情報が欲しい。足りないなら、追加で払える用意はある」

「あら。……貴方がコレで払うのは初めてね?」

 中身の貴金属を確認しながら、クスクスとラウラは笑う。

「貴方の大切な"お嬢様"は今ごろ夢の中でしょう。いつもどおり、身体で払ってくれればいいのに――貴方となら、ベッド以外でも大歓迎よ?」

「ふざけるな。お前に付き合っているうち、万が一にも、お嬢様を狙われたらどうする。――金をケチって彼女を奪われるなんざ御免だ」

 渋面を刻んでロロは吐き捨てる。これから先も逃亡生活を続けることを思えば、金は節約すべきなのかもしれないが、優先順位は間違えない。

 痛い目を見るのは二度とゴメンだった。

「大丈夫よ。貴方のお嬢様を売ったりしないわ」

「お前を疑っているわけじゃない。――何かあったときにすぐお嬢様の元に駆けつけられないのが嫌なんだ」

 頑なな様子に、やれやれとラウラは軽く肩を竦めた。

「それで?何が聞きたいのかしら?……金で払うには、私の情報は高いわよ?」

「知っている」

 貴金属を確かめながら換算出来る金額を考えているのだろう。宝石を眺めるラウラに、ロロは静かに口を開いた。

「現在、お嬢様以外の皇族で唯一の生き残り――第六皇子ゴーティスの、居場所を」

 ピクリッ……

 ラウラの指が止まる。

 ゆっくりと、男を誘う蠱惑的な視線がロロを捉えた。

「それは私が知っている最高レベルのトップシークレットよ……?どこでそんな秘密を手に入れたのかしら?」

「どうでもいいだろう、そんなこと。――知っていることを話せ。……お前以外に、あの男の居場所を手に入れられる心当たりがない」

 ロロの言葉はゴーティスが生きていると確信があるようだった。鎌をかけているわけではないだろう。

 少し考えたあと、ラウラは手元の貴金属を見つめ、ポツリと告げた。

「――報酬が足りないわ。最低でも、この革袋をあと三つ。びた一文負けないわよ」

「問題ない。すぐに持ってこよう。――少しの間、お嬢様を頼む」

 長い付き合いは、話が早い。

 一瞬で交渉を終えて、ロロはサッと踵を返したのだった。


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