129.嘘
「会いたかった」
そう言われると目が潤んできた。こんな日が来るとは。もう一度出会えただけでなく、まだ自分を信じて、好いてくれているなんて。夢でしか追えなかったグッデ。その半分は悪夢になりかけていた。今は、現実が夢のようだ。
「僕も会いたかった」
お互いに強く抱きしめる。もう手放したくない。もう失いたくない。どこにも行かせない。
「ああ、本当に会いたかったぜ、バレ。おまえの体を引き裂きたいって思うほどな」
耳鳴りがして動けなくなった。頭上から冷気を浴びる。グッデの優しく感じられた指が嫌悪に変わる。力の込められた指が背中に食い込み、爪が服ごと皮膚を引き裂いた!
「あああああああああああ!」
痛みでのけ反る。グッデを振り払うと、血が飛び散った。何だこれは? 軽く手を回して触れると、十本もの線が走っている。グッデがどうしてこんなことを! 絶対にするはずがない。でも、こいつはさっきまで本物だった。間違いなくグッデだった!
違うのか? 自分は間違っていたのか? そもそもここにグッデは存在しないのか? これは夢か? 全て夢だ!
頭がまともな回答をよこさない。歯を食いしばりたくなる痛みは本物だが、どうやっても自分に説明できない。現実か、夢、幻かすら分からない。
「ざまーねぇなバレ」
目の前で笑うグッデの異様に光った目。まるでジークみたいな話し方だ。この答えを知っているのはジーク一人だ。
向き直ると、あの悪魔の曲がった唇がゆっくり、笑みに変わっていく。同時に焼けつく血が全身を駆けめぐった。
「騙したな!」
あの笑みが何よりの証拠だ。ディグズリーも、もはやグッデに牙を向ける必要がなく、ジークの側で飛んでいる。
絶対に許せない。わずかな時間であれ、忘れかけていた幸せを思い出した気分だったのだ。この偽りに浸った自分を笑うつもりだったのか?
偽者のグッデを使って交換条件だと? 条件を飲もうが飲むまいが、どの道やられるところだ。
怒りで足が床を蹴る。ジークしか見えない。魔法が駄目でも殴ることはできる。
「待てよ。焦るなって」
グッデの腕がまとわりつく。この忌まわしい腕を懐かしく思っていた自分が信じられない。
「この手を離せ!」
もうグッデとは思わない。爪でいっそのこと斬ってやる!
先に動いたのはジークだ。グッデよりも遠くにいたのに、拳が見える。見えただけましだろう。寸でのところでかわせる。
と思ったら、動けない。後ろに回ったグッデに腕を大の字に広げられた。まるで殴って下さいと言わんばかりの格好。
「しまっ」
何のためらいもない一撃が胃を潰す。時間が止まった。
と、思った錯覚も束の間だ。激しい嘔吐感で、舌からよだれと、どす黒いものが流れてくる。これは、血か? 闇色ではないか?
だが、考えている余裕はなく、次に喉に押し寄せた吐き気で胃袋ごと吐いたように、血が溢れる。今度はまだ赤くて、ほっとしたが、耐え難い痛みに膝をついた。依然、両腕はグッデに捕まったままだ。
「お前の弱点ぐらい知ってるんだぜ。そいつを殺したことを悔いてんだろ?」
とどめとばかりに猫撫で声が降ってくる。やはりグッデはあのとき死んでいるのだ。たった一時でも蘇ったと喜んでしまったことで、余計に悔しい。
「この卑怯者!」
しゃべると胃に響いて苦しい。我慢するのもやっとだ。
「どう思ってもらおうが構わないぜ。でも一つ言っておく。オレは騙してない」
そんな戯言が通じると思うのか? 目だけ吊り上げてできる限り睨む。
「グッデは偽者だ」
「どうしてそう思う?」
顎に手を当てて考える素振りをされても説得力はない。まだ白を切るのか?
「だってそうじゃないか。グッデはこんなことしない!」
そう思い込んでいるだけかもしれない。だが、納得できないのだ。横目でグッデを見ると、やはり笑っている。こんなのはまがいものだ。爪には血を滴らせている。まるで悪魔だ。黒くて鋭い爪。
「それに、こいつは悪魔だろ!」
人間じゃないともっと早く気づくべきだった。元死なない人間、不死身の自分に攻撃ができるという時点で、魔力を持っているということじゃないか。
「そう思うか。だがこいつは本物だ」
まだうそぶくのか!




