ロール14。新たな出会いと山本家。 3転がり目。
「あ、ちょっとまってくれ」
結葉が部屋の出入り口のドアノブに手を書けたところで慌てて呼び止める。
「なんですか?」
顔だけ振り返る同業者の同郷少女に一つ頷くと、
俺は言いそびれたことを伝えるべく口を開いた。
「鱗怪変化が使えることは、秘密にしといてくれないか?」
「かまいませんけど、どうしてですか?」
「俺、今の時代で唯一の使用者らしいんだ。だから、竜に変身できるこの魔法の使用者って知られたら、
どこの誰から狙われるかわからない。その危険をさけたいんだよ」
「なるほど、そういうことですか。はい、わかりました。
他言無用、守ります」
「頼む。悪いな、引き留めて」
「いえ、大事なことですから。言ってくれてありがとうございます。
それでは、失礼しますね」
改めてそう言うと会釈を一つ。山本結葉は部屋を出て行った。
ーーなんか、今になって年の近い親戚みたいな気分になって来たな。いなくなるのが変に寂しい。
「さて、俺らはどうするか」
自分の中で気を取り直した。結葉が部屋を出てすぐ、俺が全員に向けて聞いてみた。
たしかここに入る時、太陽は少し夜側に傾いていた。ってことは、だいたい昼過ぎか。
「そうですわねぇ」と考えるような調子で言ったレイナは、
「休憩いたしましょうか。ようやくフォニクディオスの近くまで来られたわけですし」
と続けた。
普段レイナ、あんな未練がましい言い回しはしないんだけど、
あの「遅れること三日」ってのはよっぽど腹に据えかねたんだろう。
自業自得ではあったけど、それでも思いっきり出鼻をくじかれて、テンションがガタ落ちしたのは俺だけじゃなかったからな。
「そうね。特に依頼に期日もないわけだし慌てて動くこともないでしょ。
ユイハたちが情報持って来るって言ってるし、あたしたちはゆっくりしてましょうよ」
「そうだね、体を遠慮せずにめいっぱい伸ばせるし一休みしよう。
仮眠なんか取ったら朝まで寝ちゃいそうだけど」
……なんか、久しぶりにリビックの声、まともに聞いた気がする。その声色は楽しげだ。
「果報は寝て待て。ぼくたちは英気を養ってるとしよう」
「だな」と相槌する俺だが、正直これまでの会話でも元世界と同じ言い回しがあることに、毎度ちょいちょい驚かされる。
アズマング限定の言い回しなのか、他のカタカナネーム三人が、いまいち理解できてない風ではあるけどな。
「疲労をレイナに癒してもらってばっかりってのも、レイナが休めなくて悪いし。全員まとめてまったりするのも必要だよな」
満場一致の休憩に、聞き出しっぺの俺、了解に一つ頷く。
この数日で感じたことなんだけど。
疲労しては回復し、疲労しては回復し、で無限スタミナ状態で動いて、目的地についたから休みますでの睡眠は、
ほんとの意味で体力 疲労を回復してない気がするんだ。
だから、たまには体に正直に、魔法回復なしに休むことも必要だって思うんだよ。
まだ魔法に慣れてない俺の感覚なのかもしれないけどな。
なによりも、な理由は今俺が口に出した通りのことで。
本人は大したことしてないって言ってるんだけど、
レイナに毎日瞬間回復魔法をかけてもらってる身としては、レイナにきっちり休んでもらいたいのだ。
「お気遣い、ありがとうございますリョウマさん」
柔らかな、わずか色気を感じるような微笑に、
「あ、ああ。持ちつ持たれつ、仲間だしな」と ちょっとしどろもどろっちまったけど返すことはできた。
「笑うなよ女子ども、しょうがねえだろ」
しどろもどろった俺を見て、ベルクと百鬼姫が噛み殺し笑いをし出したのだ。
笑われさえしなければ、恥ずかしさに体温が瞬間上昇しなくて済んだってのにっ!
恥ずかし怒りをこめた俺の軽い返しに、
「はいはいしょうがないよねー」
「今のは男子には効くわよねぇ。しょうがないしょうがない」
とからかい100通り越して200%な返答が……。
「おのれら……」
やれやれな不快溜息交じりに声を吐く。同時に意識せず、ギリリと右拳を握り込んでいた。
そこまで腹立ててないのにだ。声に体が動かされたんだろか?
ベルクと百鬼姫から「アハハハハ、リョウマ本気すぎ」 と心底楽しそうな笑いが。
レイナからもウフフフフとこちらも楽しげな笑みの笑いが起きた。
リビックも笑ってはいるが、気の毒そうな顔だ。
「リビック。むしろそういう顔されてる方が腹立つぞ」
こいつの人のよさではあるんだろうけど、笑う場面では笑ってもらいたい。
そういう意味では空気が読めないとも言える。
勿論今は、マジレスする場面、ではっ、
ないっ。断じてっ!
「……寝るわもう」
うつぶせにドサリと布団に倒れ込んで、俺は言葉をぶん投げた。
「なにリョウマ、ふてね?」
聞くからにニヤニヤしてるのがわかるベルクの、問いかけと言うよりはからかいの語尾上げ言葉。
「やーい、ふってねふってね~」
こっちもやっぱり声を聞くだけでからかってんのがわかる鬼娘、
俺の背中をペンペンとふざけ叩きしながらの声である。
「子供か!」
たしかに状況的にはふてねにしか見えない。それは否定のしようがないけど、寝たいのはふてくされてるからではない。
断じてない。決してないのだ。
仮眠になるかガッツリ寝ることになるかはともかく。今はとにかく寝たい。
この、修学旅行感漂う空気の中、昼寝したいのである。
「ふてねじゃなくて寝たいんだよ。こうクーっとさ」
仰向けに裏返って、面白がり笑いをくつくつと続ける槍と鬼に、そう言った。
「「ほんとかなー?」」
「ほ ん と だ」
「「怪しいなー」」
「本当だ」
「「あやし」」
「いつまでやる気だお前ら」
割り込んだ結果、しりとりみたいになってしまって、それがまた二人の笑いを呼ぶことになったようだ。
箸転がってもおかしい年齢とは言うが、このツボりっぷりは箸見ただけでも笑いかねないぞ。
「とても眠りそうにありませんわね」
クスクスとおしとやかに笑うレイナは、俺を見てそう言った。
「大丈夫だろ、ゴロゴロしてればそのうち眠くなる。体は正直だからな」
「『口では抵抗するわりに体は正直だなぁ』って奴だねー」
「ねっとり言うなまったく、この鬼は。変な方向に話を持ってくんじゃねえよ」
って言うか薄い本みたいな台詞をどこで知ったんだよこいつは。
……ううむ、ひょっとしてもしかしたら、だけど。
元いた世界の日本、昔にすらエロスについてはある種極まったお方がいたって話だ。
複数のタコに襲われてる尼さんのエロ絵が存在してるって知った時は衝撃だったなぁ。
で、それを考えると、だ。昔日本って呼ばれてたらしいアズマングではそういう本が存在してる可能性が高い。
なんせシチュエーションを理解した上で、適格に台詞を言ってるんだからな。
まして鬼の住処は山。特に百鬼姫の住んでた富士山はその文字の通りかなりの高さ。
エロ捨て山と化してても不思議はない。
そして、そうしてエロ捨てられた薄い本的な奴をこの鬼娘が興味本位で読んだ
なんてエピソードが、あながちないとは言えないんじゃないのか?
俺だってネットで面白半分、そう言うイラスト見たり小説読んだことあるし、
娯楽の少ないであろう山生活じゃ余計興味持つと推測できる。
覗いたのは勿論R18作品だけど時効だろ?
今の俺は異世界の人間だし、前の世界じゃ死んでるんだからな。
「あの、今のは。いったい……どういう場面の台詞だったんですの?」
きょとんと聞かれて、思わず俺はガバっと半身を起こしたあげく、
両手を左右にシュパパパパパパと振りまくりながら言っていた、慌てた調子で。
「い いいいやなんでもないんだレイナは知る必要のない世界だからなっ」
思考回路大暴走してるところに、この完全にネタがわからない外部からの、
素とも言うべき調子っぱずれの問いかけ。
我に返らされたゆえのこの巨大リアクションには、自分で驚くほどである。
動揺しすぎだろ、俺……。
「え、あ。はい。わかりました……」
レイナ、まっったく納得してないと言うか理解できてない顔で、
とりあえずそう答えたって風味で頷いた。
「なんで肩で息してんのよ、リョウマ?」
ポカンとしたベルクと、
「なんで早口なのさ?」
目をパチクリして、そう感情の抜け落ちたような声色で問いかけて来た百鬼姫。
「聞くな、きっかけ」
ドっと疲れが出た。まったく、なんて爆弾を放り投げやがったんだこの鬼は……。
「今のでいっきに、顔がゲッソリしたねぇ。ぐっすり寝られそうでよかったじゃん竜馬」
「ポジティブすぎかよ?」
うんざりと息交じりに吐き出す俺に、みんなから笑いがまた起こった。
「はいはい、どうせ俺はコメディリリーフですよ。ほんとにふてねしてやろうかなぁ」
バッタリと布団に倒れて、全力いじけモードでぼやいた。
「ねちゃえねちゃえ。ふててようがふててなかろうが、寝ちゃエバ同じだし」
「なんだそのメシマズに対して、お腹に入ればみんな同じだよってフォローして、
そのまずい飯を平らげるイケメンキャラみたいな反応……」
って、あ。しまった!
勢いに任せて、完全に元いた世界の知識駄々漏れで突っ込んじまったっ!
俺が異世界転生者であるって秘密を共有してる相手のせいで、気が緩んだかっ!
「リョウマ、なに言ってんのかわかんないわよ。よっぽど疲れたのね」
そう心配そうに言ってから、「ねちゃえねちゃえ」と続けたベルク。
「そこには乗っかるのな」
苦笑いを返す俺なのであった。
こんなアットホームな職場です。




