ロール12。本当の意味での始まりの一日。 3転がり目。
「癒しを」
目の前の黒髪ロングの美少女から紡がれた柔らかな声。
俺の背中に回された腕と、密着しているゆえの凄まじい反発力を
胸と肋骨の間辺りから感じて至福。
がその、このまま窒息死しても構わんと思うほどの至福は一瞬のホワイトアウトと共に消えてしまう。
「わるいな、毎度」
顔どころか体中の高ぶった熱を、左手で顔を仰ぐことでどうにかしようとしながら言うと、
目の前の少女ことレイナなんちゃらかんちゃらクロシーアは、
ニコリとした笑みで「当然のことをしているだけですわ」と答えた。
ホワイトアウトは俺の意識がいろんな意味で飛んだわけではなく、レイナの回復魔法が発動しただけのことだ。
俺の疲労困憊な様子を見て、またも俺に回復魔法をかけてくれたのである。
「しっかし。人目を忍んでやるってのが、なんともイケナイことしてる感じがして……なんかこう。
てれくさいっつうか恥ずかしいっつうか、背徳感って言うか……」
恥ずかし紛らわしついでに、ちょいちょい体を動かしてみる。
うん、軽い。疲れが飛んでる、流石の威力だ。RPGに換算したら、
全快魔法クラスの奴をさらっと使えるだけはあるぜ。
「そ……その、しかたないじゃありませんかっ。
パーティメンバーだけの時ならまだしも、人の目があるところでは流石にむりですわ……っ」
恥じらう様子を見せたレイナに、そっか と同意に頷く。
ハグ魔法使う時、人目、気にする程度に羞恥心あるんだな。
「さ、戻りましょう」
「だな」
現状を解説しておこう。
今俺達は富士山 ーー 富士山って書くことを今いるここに来る道すがら、百鬼姫から聞いておっどろいた。 ーー 近場の冒険者ギルドにいて、
屍皇竜ネクロノミコンダの素材鑑定と、依頼精巧の可否についての吟味中で、待ちぼうけを喰らってる状況だ。
レイナたちにこの、ネクロノミコンダ討伐依頼を出したギルドの人もいっしょに来てて、レイナたち三人が戻って来るのを待ってたらしい。
ネクロノミコンダ素材が、本当にネクロノミコンダなのかの真偽の判断は、その人がしている。
唯一原型を残したネクロノミコンダの顔面を見せたら、依頼出した人も 今いるギルドの人もひっくり返った。
俺達はそれを見て、思わず笑ってしまった。
蛇皮の量がものすごいので、今は値段鑑定中らしい。
かなり時間がかかるとのことだ。
ちょうどいいのでこの間に、俺は冒険者として登録してしまおうと言うことになり、
そのために回復魔法をかけてもらったってわけだ。
身体能力をテストするわけじゃないようだけど、疲労が溜まった状態で緊張するのは体に悪いからとのことで、
レイナが直々に施すことを提案してくれた。のでありがたく乗っかったのだ。
……レイナにありがたく乗っかる……ヤメロヤメロ、おかしな想像を膨らませるんじゃない俺っ!
えーと、だな。ひっくり返ったとはちょっと違うんだけど、富士山周辺の街道に出る時のことをちょっと話す。
入山許可を出してる簡易関所の人、百鬼姫見て目ぇ飛び出しかねない勢いでびっくりしてたのには笑った。
更に百鬼姫が山を離れるって聞いて、めっちゃガクブルしてたのも笑った。
それと同時に、レイナが最初に抱いてた鬼に対する印象は、どうやら共通認識らしいことを知った。
なんせ鬼の領域である富士山周辺に住んでる人のリアクションが、あれなんだからな。
んで、俺達 ーー 主にレイナだけど ーー がネクロノミコンダを倒したことで
富士山は、ネクロノミコンダ生存中のほぼ封鎖状態は解除することになったらしく、
簡易関所の人から連絡を通すとのこと。そこで百鬼姫が山を離れることは内密にって、本人が言伝た。
その情報によって百鬼姫に不必要な監視の目が発生する可能性があり、彼女の自由を阻害されるかもしれないとのこと。
付随して、彼女といっしょにいることで、ともすれば俺達にまでその拘束力が及ぶ可能性があるから、
百鬼姫が山を離れることを秘密にしてほしがったそうだ。
けど特徴的な二本角を隠さない以上、遅かれ早かれ目を付けられる気がするが。
ーーうっしゃー煩悩排除っ!
「お二人さん、なにしにどこいってたのかなー?」
「ベルクローザさんっ、誤解を招くような言い方しないでくださいなっ」
初めてかもしれない、レイナが羞恥心で真っ赤くなってんの見たの。
整った顔だちで、間違いなくかわいいの部類なレイナだけど、今の赤面でその可愛さに親しみが加わった、個人的に。
「わかってて言ってんだからなー、お前の場合」
「エンブレイスの巫女と見ず知らずの行きずりさんが、人気のないとこからこっそり戻って来た。からかいたくもなるわよ」
「ニヤニヤしてんじゃねえよ、まったく。わざわざ聞かれたらアブナイ言葉選びしてるし」
「それがからかうってものじゃないの」
「はいはいそうですね。まったく、楽しそうに言ってくれるよ」
フフフって、ほんとに楽しそうに笑ってるしなぁこいつは。
「みんな、ここのギルドマスターから話があるって。ギルドマスターの仕事部屋まで来てくれってさ。
ナキリメさんもいっしょに」
リビックからの呼び出し告知に、「マジか?」と目を見開いてしまった。
おいおい、フラグ回収早すぎだろっ、つい今さっきそんなこと言ったばっかだぞ?!
「ギルドマスターのお部屋に直接だなんて。いったいなんでしょうか?」
考えるような調子のレイナ。
「ナキリメもいっしょって辺り、あんまりいい話とは思えないわね」
レイナと同じく、ベルクも考えるように言うが、
レイナの単純な思案と違って、深い息交じりに重めに吐き出した。
ギルドマスターって者に、いい印象がないんだろうか?
お約束としてギルドマスターってのは、一般の冒険者を自分の部屋に招く人としてはまず描かれない。
レイナの態度を見る限り、このお約束は本物のファンタジー世界でも同じらしいな。
まあ、店長が特に理由なく一般客をバックヤードに入れるようなもんだし、当然か。
「むぅ……やだなぁ」
「まだどんな話かもわかんないうちから不満がるなって」
なだめるように言うが、「だってさぁ」となおもぶうたれる鬼娘。
「そう言う態度とると、状況が想定するより悪くなるかもしんないだろ?」
調子を変えずに言う。
「はぁい、わかったよ」
しかたなしに納得したと言う雰囲気の百鬼姫は、
「どうせ悪い話に決まってるんだ」なんぞとぶつぶつ言いながら俺達の後に続く。
なるほど。人も鬼に対して偏見持ってるし、鬼もまた然りってことか。
ただ、こいつの場合は俺達への態度を考えると、おそらく偉い人とか頭の固い人間に対して、
いい印象がないってことなんだろうな。
それは俺も同じだ。けど、まだ話をしてないどころか顔も見てすらいない段階から決めてかかるのは、よろしくないと思うんだけどな。
そう言うお前は元の世界でそう思えたのか、って問われればはっきり言ってノーってのが、
なんともいいかっこしいだなぁとは思うんだけどさ。




