ロール9。後始末と予想しえない展開っ! 3転がり目。
「強き者。恐ろしき者。ゴブリンよりはオーガのたぐい。でしたかしら」
「なんだ、存在してるんじゃないか 鬼」
むしろこの世界なら、実際に鬼が闊歩してても不思議じゃない、か。
それはそれで怖いもんがあるな……。
「あたしは知らなかったのよ。むしろなんでレイナは知ってるのよ?」
不服そうである。自分が知らないって言った直後に、友達がシレっと知ってたりすると、案外恥ずかしいっての、わかるなぁ。
「モンスター、伝承に関する知識は、ある程度持っていますの。屍皇竜についての知識もその一つですわ」
「なるほど。戦闘に関する力が特化しすぎてるから、かわりに知識でカバーしようってことか」
「ああいえ、そういうわけではありませんの」
なぜか微笑している。
「ただ、知識を得るのが。知らないことを知るのが楽しくて。気が付いたらそれなりの知識を持っていただけでしてよ」
恥ずかしいんだろうか。「でしてよ」なんて、これまで一度たりとも言わなかった語尾を使いやがった。
ああ、顔がうっすら赤いわ。間違いなく恥ずかしがってる。
「別に恥ずかしがることじゃないと思うぞ」
思ったことそのまま言っちまった。
「そうでしょうか?」
「不思議か?」
「だって。ただ知識だけあっても、役に立たないことの方が多いですから」
「でも、あたしの知らないこと知ってたじゃない。それ……なんか、悔しかったわよ。
冒険者にとっても知識って重要だから、それだけ負けてる感じしたし」
「あら、そうですの?」
クスクスと、楽しさをこぼしているレイナ。
「なによ、笑うことないじゃない」
口をツンととんがらかして言うベルクに、「フフフ、ごめんなさい」とレイナは楽しそうに微笑み、
それにベルクがなおも「んむぅ」っと不服な声を上げた。
和やかな女子のやりとりに、思わず表情がほころんだ。
見た目殆どかわってないかもだけど、ドラゴンだし今の俺。
「レイナ。知識があることを悲観する必要はないよ」
「そうですか? リビックさん?」
俺と同じような会話になってるな。
「うん。ベルクローザも言ったけど、特にぼくたち冒険者は、ことモンスターに関する知識は多いにこしたことはないじゃないか。
生息地域は元より、その性質や出没地形まで知ってれば、討伐の依頼や、思わぬ遭遇にだって備えられる」
ただ俺と違うのは、こうして冒険者の視点から、知識が多いことのいいところを伝えてることだ。
「たしかに、そうですわね」
リビックの言葉にゆっくりと首肯しながら相槌を打つレイナ。その表情は意外そうな物だ。
「珍しいわね、リビックがこんなにハキハキ喋るなんて」
感心しながら驚いているベルク。流石縁の下の力持ち改め、縁の下で雌伏中のリビックだ。
「これまでリビック、どんだけポンコツだったんだよ……」
リビックのことを縁の下ピープルだと考えた俺だけど、思わずこう言わざるをえなかった。
「そりゃーもう、どうっしようもなかったわよ。お酒飲んで火ぃ吹くだけの一発芸屋だと思ってたら、潜在能力隠しすぎでしょリビック」
「ひどい……」「ひでえ」
あまりの言い様に、言葉が笑いを含んでしまった。レイナも堪えきれないと言った様子で笑っている。
言われた本人は、しょんぼりとうなだれてるけどな。
「……ん?」
そんな和やかな空気の中に、突然違和感が入り込んで来た。
「どうしたのよリョウマ、真剣な声出して」
「足音だ。それも、わりと重たい」
「え?」
「本当ですの?」
「ああ。耳を澄ましてみてくれ」
「わかったわ」「わかりましたわ」「わかった」
全員答えると、とたんに山の夜に静けさがやって来た。
しかし、その直後には、俺が一番に聞き取った足音が、静寂にさせまいとするように鳴り始めたのだ。
「……思い出しましたわ」
「どうした急に?」
ハッとしたレイナの様子を、俺は不可解を乗せて尋ねた。
「ここは。このトミサムヤマは……」
「この世界の中で、最も鬼の多く住む山でしたわ」と狼狽し始めたのである。
「お、おいおい。さっきの鬼会話がフラグだったとでも言うのかよ?」
とたん、俺の声にも心にも焦りが押し寄せて来た。
「で、でも ほら。そんな都合よく? 悪く? 鬼が来るなんてことは……」
希望を求めて言葉を紡いだ俺だけど、冒険者三人に首を横に振られてしまった。
「なんで……なんで言い切れるんだ?」
「まず一つ。今このトミサムヤマは通行規制が敷かれてるわ。あたしたちだって、冒険者ギルドの許可証を見せて入山したんだもの」
「なんだって?」
「次に。この足音は人に似た形してなきゃ出せない歩調だよ」
「ぐぐ……たしかに」
「そして、鬼は昼夜を問わず現れる。条件に合致する生物は、もう……」
「鬼しかいない」
三人の話を聞いて、出せる結論は、これしか……なかった。
「どんどん、近づいて来るぞ 鬼。……どうすんだよ?」
「だ、だいじょうぶですわ。おお 鬼は意思疎通が かか可能な種族とされています。
うまくいけば、あるいは た戦わなくて済むかもしれません」
レイナが……レイナが、こんなに動揺しまくってる。これは……そうとうテンパってるぞ。
「あたしたちで、どうにかできるの? オーガみたいなもんなんでしょ?」
同様がにじんだような声で、ベルクが言う。
「た、たたたた たたかうことを前提にしないでよベルクローザっ!」
「バカリビックっ、叫ぶんじゃないわよっ」
「今更声を殺したところで意味ないぞ。もう……そこまで来てる」
俺込みの四人の声が恐慌にざわついた。
「し……シルエットが見えたぞ。なんて自信に満ち溢れた歩調なんだ。
俺は強いぞ、って見せつけるような足取りじゃないか……!」
って、誰! だ! よ! 俺はっ!
「ね、ねえ? 戻る気配って……ないの?」
ベルクがこわごわ聞いて来た。
「ない。一 切 ない」
歯噛みしながら返した。やわな希望は絶望の元だからな。きっちり事実を伝えなきゃいけない、うん。
いけないと思ったんだ、うん。
「べ ベルクローザさん、無暗に戦意をちらつかせないでくださいませね。
まずは話し合いましょう、どうしようもなくなったら、ですわ」
「わ、わかってるわよ。あたしだって、オーガと事を構える気なんてないっ」
オーガ。RPGじゃ強いモンスターとしてランク付けされてることがままあるけど。
ここでも強えのかよ……。それもこいつらをして、これほど恐れを抱くほどに。
ーーガチで、転生初日に明日なしっすか?
今日よりも明日な慈悲はないんですかコロコロちゃんさまーっ!
「ずいぶん怖がられてるなー」
「え?」
ベルク、
「はい?」
レイナ、
「えっ?」
リビック、
「……にゃ?」
そして俺。
全員間抜けな声が出た。おまけに俺は噛んでしまった。
なんでかって? だってよ、今の声。第三者、つまり 鬼だと思ってる奴のだぜ?
「きもっちわるい気配が消えたから様子見に来ただけなのにー」
姿は肩よりは長い黄土色の髪で、その頭には先のとがったソフトクリームのような形の黄色い二本角。
濃い緑の瞳の、レイナの言う鬼とはかけ離れた柔和そうな印象を受ける、つっついたらぷにぷにしてそうな頬で。
おまけにどう見ても少女の顔をしている。
服装ははっきりとはわからないけど、身長が足音に比べると低く、この重たい足音を演出としてわざと出してるような感じだ。
唯一の光源が星明りでもこれだけしっかり見えるのは、今の俺がドラゴンで 五感が強化されてるからなんだろうな、たぶん。
「見た目もだけど、完全に女の子だぞ、この声」
「え、ええ。それも……声色は、どちらかと言えば戦闘を好まなそうなほんわかした雰囲気の」
「ち、ちょっと。強くて恐ろしいオーガってのは、どこいったのよっ?」
「げ、げんじつに頭がついていかない」
困惑することしきりな俺達だ。
「ちょいちょいー。こそこそしないでよ、せっかくなんだし お話しようって」
ものすごいフランクに話しかけて来る鬼少女括弧推測。
「お? おお。竜だ、竜がいる。ん? でも、人間の気配だなー」
どうやら俺のことのようである。
「ああ、俺は人間だよ。本来はな」
「ってことは、竜に転身してるってこと?」
「そうなる。戻り方わっかんねえけど」
この鬼少女括弧推測の雰囲気のおかげで、緊張が大分ほぐれている。口調もこのとおりだ。
「そうなんだー。もしかして、君があの蛇やっつけたの?」
「いや、俺だけじゃない。ここにいるみんなだ」
「そうなんだー、よく平気だったね。あいつの近くにいると、精神も肉体も腐っちゃいそうで、みんな近づけなかったんだー。
最初はこんぐらいのちっちゃーい蛇だったって話なのに、どうしてあんなになっちゃったのやら」
こんぐらい、で自分の掌を示している。調子の狂う鬼だなぁ。
「なにはともあれ感謝感謝。やっと山の覇権が戻って来たよ。
この山はぼくたち鬼の物だったんだから」
さらっとすげーこと言ったぞ、おい。
って言うかぼくっ娘だと?!
ともあれ、全員で「ど……どういたしまして」としどろもどろに返した。
「ところでリョウマ」
「なんだ?」
恐る恐る俺に話しかけるベルク。そんなに気をもまなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「鬼って、あんたが知ってる情報でも、こんなに親し気なの?」
「話によるな。暴れるようなのもいれば、こうやって人間に親しいのもいる」
「そんなにいっぱいニホンってところには鬼の話があるの?」
「ん? まあな」
なんて会話を聞いて、鬼少女括弧推測が口を挟んで来た。
その発現は、俺にとって衝撃のひとことだった。




