ロール8。初の勝利はほろ苦く。 3転がり目。
『ギャアアアア! オアアアアアオ!!』
トグロを巻き切る前に俺達の総攻撃を受けた結果、のたうち回ることになった巨大蛇は、苦痛にもがくその動作だけで地面を激しく揺らす。
そしてその低くうなる風みたいなおたけびは、全身に怖気を走らせ、それと同時にあまりの音量に他の全てを耳から薄れさせる。
鳥肌立てるドラゴン、なんともかっこわるいが、感覚 感性が人間なんだからしかたない。
で、この鳥肌状態……自分で言うのも変な話なんだけど。
なんか。鶏肉っぽい。
ワニの肉が鶏肉っぽい味って話はよく聞くけど、爬虫類っぽいドラゴンとはいえ、
その肉の持ち主本人 ーー なんだこの言い回し ーー が鶏肉判定するってどうなんだよ、我ながら。
「っがーっるせー!」
垂直にジャンプし、俺はそのまま翼をはばたかせて上昇。揺れと声からなるべく遠ざかる。
「あーっこら! ずるいわよリョウマ!」
耳を塞いだ状態で、こっちを見上げて叫ぶベルク。
震度2か3ぐらいの揺れにもかかわらず、それでも平気で立ってるベルクたちは流石の身体能力だな。
「こっちゃ耳塞げねえんだから、これぐらいしてもいいだろが!」
叫び返す。
「くそ、人に戻れれば耳塞げるのにっ!」
いやまて、地震にさらされてるよりこっちの方が何倍もましだな。腕……いや、翼がちょっとばっかし疲れて来たけど。
っていうかあの蛇、のたうち回るのはいいけど、それだけでドスンドスンっていうかズドンズドン言うんだけど……。
その衝撃で起きる震度2か3程度の地震。ここがもし活火山だったらと思うと恐ろしい。
衝撃で噴火する火山なんて漫画脳かもだけど、ここは仮にもファンタジー世界だ。なにが起きてもおかしくない。
ん? 地面に自らの体を鞭みたいに叩きつけてるネクロノミコンダ、徐々に動きが鈍くなって来てるな。死を飲み込み扱う存在が受ける浄化の痛みが、どれほどのものなのかは想像もつかないけど、
これほどの声と動きを続けてるんだ。きっとよっぽどなんだろう。
けど……、その痛みを和らげるはずの暴走が、逆に自らの命を縮める、か。なにもしなければ激痛に苛まれ、それを和らげるためには命を削る。
結局逃れる道なし。……地獄だろうな。
「っくぅっ、そろそろ腕が釣りそうだっ。降りよう」
慣れない動きを続けてるせいで、翼に変形してる腕が張りつめてて、今にも釣りそうでな。もう限界ですはい。
腕釣って真っ逆さまとかかっこわりいにもほどがあるし、笑えねえしで。結果、自力で降りるのであるよ。
「おわっ」
着地したらちょうどグラっと地面が揺れたもんで、バランスがうまくとれずこけそうになった。
反射的に後ろに体重をかけたところ、なんやら横に長ーいつっかえ棒みたいな感覚が尻の延長戦辺りにあって、
そのおかげでこけるの回避。
……ああ、そっか。尻尾だな、これは。たしかに物質的にはそこにあるのに、これまで存在しなかった部分なせいか、どうにも尻尾がある実感がいまいちないんだよな。
「そろそろ、奴も限界でしょうね」
槍が知らない間に消えているベルクが、両耳をまだ抑えたままで言った。
「お前、槍どうした?」
顔をしかめて尋ねる俺。
叫び声のボリュームが、ネクロノミコンダの体力が落ち始めているとはいえ、それでもまだ強化された感覚の俺の耳には充分にうるさいせいだ。
「ペンダントを荊棘弦巻く魔槍に開放したでしょ? あれと逆に、槍からペンダントに封印する術もかけられててね」
「その呪文で封印したの」って言って、胸元に左手を持って行くと、そこにある物を持ち上げた。
それはたしかに、ツルが巻き付いたようなミニチュアの槍っぽい 開放する前に見たロウザ・ボルガの姿だった。
「もう、今回の依頼で使うことはないでしょうから」
そう言ってベルクは、暴れまわるほどの力がなくなったか、ぐにょぐにょと なにかから逃れようとするかのようにうねる、ネクロノミコンダを見やった。
「ねえ、リョウマ」
「なんだ?」
ちょっとシリアスに問われ、少し身構える。
「もがき苦しむネクロノミコンダを見て、どう思った?」
「ん? あ、ああ。なんと言うか……つらいだろうな、って 思った」
柔らかに問いかけられて、ちょっと面喰っちまって、たどたどしくなってしまった。
「でも、あいつの中身を見たでしょ? あいつはあれだけの人間を殺してそのまま支配した。いえ、もしかしたらもっと多くの者を殺したかもしれないの」
まるで、子供に言い含めるような調子で、こちらを見ずに言うベルク。
「多くの悲しみや恨みを飲み込んで、あいつは生きて来た。いつか相応の報いが訪れる。それは自然に訪れる死では決してない。
同じだけの苦痛の中で死ぬのが、定めなのよ」
目を伏せて語るベルク。こいつも、少なくとも今の苦しみもがくネクロノミコンダを、気の毒に思ってるんだろう。
「因果応報、か」
「でも、それが浄化による苦痛なのは、せめてもの救い……なのかもね」
「せめて安らかに死ぬがよい、って奴か」
「安らかかはわからないけどね」
クスリと微小したベルクに、そうだな と俺も微笑する。
「リョウマ」
「ん?」
「その、苦しむ敵を見てつらい心、忘れないでね。それは、人として当然だから」
シリアスを崩さず、そう言うが 意図がわからず、「どういうことだ?」と問いかける。
「冒険者は、今回みたいなモンスターの討伐だけじゃなくて、人の命に絡むこともあるわ。
命や心にかかわる時になにも感じないのは、人としては死んでるのと同じような物でしょ?」
「そう……かもな」
実感はないけど、感情がなくなった人間が死んでるのとさしてかわらないっていうのは、なんとなくは理解できる。
「心が潰されそうになったら抱え込まないことと、依頼に対する心の動きを『悪』と捉えないこと。冒険者の心構えよ」
「そうなのか?」
「ええ。あたしたちといっしょにやって行く気があるなら、覚えておいて」
「わかった。心しておく」
「素直な心を失うな。ですわ」
話に入って来たレイナのその言葉を、「そういうことだな」と頷いて理解する。
レイナのストレート且つ端的な一言は、よりスっと冒険者の心構えを俺の腑に落とさせた。
「もう、屍皇竜は旅立ちましたわ」
レイナの言葉を受けて、倒れているネクロノミコンダに視線を向ける。
「そうか。静かになったと思ったら……」
屍皇竜ネクロノミコンダは、苦しげにねじれたままで、もう、微動だにしていなかった。
「救いは浄化の力のみならず」
「なんだよ、急に?」
レイナの柔らかく紡がれた言葉の、言わんとしていることが理解できず、訝しげに尋ねる俺。
「あなた方もわたくしも、そしてリビックさんも。もがく屍皇竜を見て胸をしめつけられた、ということですわよね?」
「そうだな」
リビックとレイナに関して俺は見たわけじゃないけど、この二人の性格を考えると、俺とベルクと同じような気持になったんだろうと想像に難くない。
「そうでしょう? ざまあみろと見送られないことは、たとえなにものであれ、救いだと思いますの」
「なるほどな」
神妙に、理解に小さく首肯する。
「後は証拠の収集、だね」
リビックが、ほっとしたようなそれでも少し重たい声で言った。
「証拠の収集って、なんだ?」
「このモンスターを倒した、って証拠だよ」
「こ」と同時にネクロノミコンダを指差した。
「素材としてギルドに持って行くんだ。そうしないと、特にこの依頼は完了とは認められないからね」
「なるほどねー」と相槌を打ってから、
「ベルク。さっきそれらしく、もう この依頼で槍を使うことはないとか言ってなかったか?」
ギョロリとベルクを睨む。
「ええ、ないわよ」
サラリと頷き、
「だって、この槍で切ったら、切り口がズタズタになるじゃない。
それは素材の価値が下がるの。そうすると報酬額の上乗せ分が減っちゃうのよ」
再び封印状態のロウザ・ボルガを持ち上げて、更にそう言葉を続けた。
切り替えが早いな。そうじゃないとやっていけないのかもしれない、か。
しかし今の言い分。解体作業をやらないための言い訳にも聞こえるが、
あのロウザ・ボルガの棘のように無数に突き出した刃では、たしかに綺麗な切り口にはならないだろうな、とも納得できる。
「せちがらい話だな」
リビックを気の毒な気持ちで見る。
「『仕事』だからね。お金もらうんだから当然でしょ」
冗談めかして言うベルク。
それはすなわち、リビック一人にこの長大で巨大な蛇を解体させるってことだよな?
……鬼かこいつは。
「それに今回、もう一人いい解体役がいることだしね」
ニコリとベルクが、俺のこれまでの人生で見たことないほどに、爽やかで楽しそうな笑みで
俺を
見た。
「……世知辛い、話だな」
ゲッソリと吐き出す俺なのであった。
鬼かこいつは……。




