ロール7。体の中から大反撃。 1転がり目。
「なんだ……なんか、寒いな」
どうやら気が付いたらしい。でも目を開けてるはずなのに暗い。それに寒い。
体を触ってみる。あれ……普通だ、この プールから出たばっかりで風が吹いて来た時みたいなゾクって感じにはなりそうもない、普段とかわらない熱だ たぶん。
まさか……この寒さ、心か? 精神的な理由か? 俺が状況を理解できてねえってことは、
本能が怖がってるってのかよ、この闇を。
「それに、なんだこの音……まるで、鼓動みたいな?」
ドクン ドクン、って周りで定期的に鳴る音は 同時にゴゴゴって言う、
まるで殆どなくなったジュースをストローで飲む時の音をスロー再生したような、気持ち悪い音がくっついている。
この音を聞くたんびに、鳥肌が小さく立ちやがる。やっぱりこの反応……本能か?
けど、いったいこの寒気はなにに対する拒絶なんだ?
「な……うめき声?」
周りから聞こえるのはうめき声。それもネクロノミコンダに向かう途中で聞こえた奴より、もっと広くて近い。
ボリュームは大きいのに聞こえる音量そのものが小さいって言う表現の難しい音の感じだ。
そうだな、耳元でささやかれてるのに近いか。
それに加えてこのうめき声、足元からせりあがって来るような不気味さのおまけつきだ。
「まさか……」
思い出したのは、闇に飲まれる前の会話。ベルクが言ってたアレだ。
『吸い込まれたのよ。あれに。ゾンビが』
「まさか……」
声に不快感が300%ぐらい乗った声になってた。
「ここって……?」
体をまさぐって武器を探す。
「ない、ない、ないっ!」
いくらガサゴソしてもズボンの横にひっかかるのは、剣を刺せるわっか状の部分だけ。
「おいおいマジかよ」
焦る。焦りまくる。鳥肌の立ち方が鼓動っぽい音を聞く時より、もっとくっきりはっきりだ。
「俺、たしかにしっかり両腰にカイナベル刺しといたよなぁおい!」
くそ、どうなってやがる。どうなってやがるっっ!
「……ええい、そのウゥウゥ言うのをやめやがれゾンビどもっ!」
今俺ははっきりと口にした。そして、それによってきっちりと認識し、認めてしまった。
ここが。
ーーネクロノミコンダの体内だと言うことをっ!
「ちくしょう。転生初日に死にかけたりモンスターに食われたり、なんなんだこの状況は!」
って言うか、そもそもなんでしっかり地面みたいな横に平坦な空間があんだよ、あの蛇の体内?
「まさか、ここ。ゾンビどものたまり場なのか? いや、疑問を挟む余地なしだな。
ここは、ゾンビどもの巣窟、この蛇の前線基地だ」
あんの蛇、異世界の凡夫を戦列に加えてなんの得があるってんだ。アホか? アホなのかこの蛇は?
「っと、武器を探さねえと。たしか、武器 攻撃する側にはむりだけど入れ物にはレイナの防御魔法がかかってるって話だったよな?
現状俺がなんともねえってことは、ゾンビに抜かれていなきゃあ問題はねえはずだ」
あれはそもそも人のもんだし、それに現状を打破しうる手だ。双剣カイナベル、見つける必要がある。
「そろそろ目が慣れ始めてもいい時間目を開けてるはずだ。けど くっ、真っ暗のまんまだぞ、どうなってんだ ここは!」
ゾンビの巣窟でうろつくのはしたくねえことだけど。
やるしかねえ。じゃねえと、武器がねえ。この場を切り抜けるには、あれが必要だ。
「すり足遅足恐怖足、っと」
うめき声で体がゾクゾクしてるけど、動く以外に手はない。とりあえずゾンビどもは動く気配がないから、それだけは助かってる。
「くそっ、ねえぞ。どんだけうろうろしても鞘に足がヒットしねえ。まさか……防御魔法突き抜けて消火されちまったのか?
いや、それだとしたら俺もとっくに消火されてるはずだ。そうなると……どういうことだ?
俺が飲み込まれた時に蛇が不要物として吐き出したのか?
けど、ゾンビはガチガチに防具固めてる奴もいるんだよなぁ。なぁわっかんね!」
思わず頭頂部を両手でボリボリ掻いちまった。よく手が、きっちり頭頂部にヒットしたな、びっくりだわ。
「わかんねえことを考えててもしかたがねえか」
カイナベルがこの空間に落ちてたとしたら、もうリビックには謝るしかねえな。
「しかしどうする? どうしたらいい?」
止まってるのがいやなので、うろうろしながら考える。
けど。考えたところでいい案は浮かばない。
「万事休すって奴かよ」
地面を踏みしめて両の拳を握りしめる。踏みしめた地面が、まるで砂でも敷いてるようにズっと音を立てた。
「どうなってんだ、この地面……見えなくて、正解な気もするけど」
小さくなった声は、またちょっと不快感を帯びちまった。
「くそ、いったいどうすりゃいいんだ」
文字通り闇の中で、一条の光も刺さない。未だに目は慣れなくて、なにがどうなってるのかこの空間すら把握できない。
「本当に。打つ手が……ねえ」
ドン。僅かに衝撃。
「外からだ。ベルクか? こいつが衝撃を受けるぐらい斬り傷が深くなったのか? それともリビックがもっかい酒をかっくらって魔法を?
いや、もしかしたらレイナがピンポイントに浄化の力を使ってのダメージか?
いずれにしても……」
知らず、拳を更に握り込んでいた。
「みんなが戦ってる。なのに……」
爪が食い込んで痛い。けど、拳を開くことができない。
「なのに俺は……! うろたえるだけで、なにもできないっ!
考える頭と動ける体があるのに、なんの手も打てないっ!」
悔しい。こんなにも歯がゆいこと、これまでなかったっ。なにかしたいのになにもできない……!
俺は。なにも……このままなにもできずに……抗うこともできずにアンデッドに堕ちるのを待つことしかできないのかっ?
「よう、言ったよなコロコロちゃん」
声は殺したように、怒りを帯びて聞こえる。俺の思考とは関係なく、声に心がもれてる感じだ。
「いざとなったら力の使い方がわかる、って。それって、今じゃねえのか?」
声色は怒りを帯びたまま、脅しているように怒気を更に含み始めている。
「今この時が、力の使い時じゃねえのか?」
両の拳が生暖かさを帯びる。けど、俺の心は拳を握ることを。握りしめることをやめさせない。
爪が血管を刺していようとも、きっとこの袋小路を破壊できなければ 指を開くことをしないだろう。
自分の体が、自分の意志でどうにもならない。こんなことも初めてだ。
「どうなんだよダイスの女神。クリティカルは見せかけか?」
まるで正面に本人が立っているかのように、そのコロコロちゃんを睨みつけるように、俺は声を発し目を細めている。
「抗えない状況を打破するために、アンタは俺に『力』を与えたんじゃねえのか!」
我慢の限界だ、そう言いたげな俺の声は、いっきに爆発した。頭よりも心に声が追従してるようで、自分が自分で喋ってないような奇妙な感覚。
「もしあの言葉が嘘じゃねえなら。俺の中にあるはずの力。
今、俺に手札を示せ!」
ドグン!
「かっっ?」
今。強烈に内側から血のポンプをむりやり動かされたような強い鼓動が俺を襲った。
今の声は、そのせいで呼吸が詰まった声だ。
「なんだ……」
その鼓動を打ってから、体に変化が起きた。そしてようやく俺の声が俺の意思を受け入れた。
「体が……熱い?」
今の今まで寒気を感じていた体が、ドックン ドックンと、押し出されたような血のめぐりで熱を得始めてる。
爪先からふくらはぎ、太腿 腰、上半身から腕へ向かって、手先から戻って上へ。
そんな血の流れが、ジンジンと感じられるほど急激な血潮の律動。
「これが……力の始まりだって、言うのか?」
どんどんと熱くなって行く俺の体。血の動きはすっかりと本能が起こしたはずの寒気を取り払っている。
自然と、気付かずに、両の拳を開いていた。爪で刺して流れたはずの血は、傷とは違う熱を掌によこしている。
シュー、そんな蒸発したかのような音が掌でしたけど、その音は俺に痛みも熱さも感じさせなかった。
そのかわり、その音の後、手からなにか さっきのむりやり押し出された血液と似たような、力強いなにか……。
気とか魔力とか、たぶんそういう奴が俺の中に入って来る感覚があった。
「俺に……これからなにが起こるんだ……」
不安と期待と、その二層の下にくすぶる未知への恐怖。それらが一つになって、俺の動きを固まらせている。
「俺は、この後どうなるんだ?」
思い出すのは女神の言葉。変身能力と言う彼女の言葉だ。
力の使い方は、まだわからない。これ以上、俺がなにをするんだ。なにが俺にできるんだ?
そう考えた。そうしたら。
まるで俺のこの思考を待っていたかのように。まるで誰かに教えられているかのように。
頭の中に言葉が浮かんで来た。
その言葉は力強い。だけど、その流れ方は優しく。それはまるで、使い込んだ敷布団と打ちたての羽毛布団のセットみたいなチグハグで。
それでも心地のいい硬さと柔らかさの合わせ技。そう。
ーー思わずそれを読み上げてしまうほどに、心地のいい言葉の流れだった。




