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付録(三)みらいの料理

本編終了後しばらくしてからの二人です。

今回もほのぼの(のつもり)です。

 客間で先生と話をしてた大久保様にお茶のおかわりを持っていくと、先生はいらっしゃらなかった。

「ちょうどいい、未来の話を聞かせてくれ」

 大久保様に言われて、とりあえずお茶をさしだしながら、部屋の隅にひかえてた以蔵様に聞いてみる。

「……あの、先生は……」

「大久保様に託す書状を書くために、部屋に戻られた」

「……じゃあ、あの、お話したほうが、いいですか……?」

 お待たせしてる間の場つなぎってことなら、断るわけにはいかない。

 この後は特に用事もないし。

「……そうだな」

 小さくうなずいた以蔵様は、静かに立ち上がって、わたしの横に来て正座する。

 隣にいてくれることにほっとすると、大久保様がからかうように言う。

「そんなに警戒しなくても、婚約者がいる女に手を出すほど、私は女に不自由していないぞ」

「…………」

 以蔵様は黙ったまま大久保様を見返す。

 にらんでるってほどじゃないけど、なんとなく険悪な雰囲気におろおろしてると、大久保様はくすりと笑う。

「まあいい。

 お雪、未来の話を聞かせてくれ」

「え、あ、はい、えっと、あの、なんの話がいいですか……?」

「そうだな、まずは食べ物の話を頼む。

 未来では、私達と同じような物を食べているのか?」

「あ、えっと、和食も、食べてましたけど、洋食も、けっこう食べてました」

「和食とはなんだ」

「ぇっ」

 和食とか洋食って、この時代ではまだない言葉なのかな。

 なんとなくのイメージだから、改めて説明するのは難しい。

 悩みながら、言葉を探す。


「えっと、未来では、この時代の人が普段食べてるような日本風の料理を和食、外国から入ってきた料理を元にしたのを洋食って、呼んでたんです」

「なるほど。

 洋食とは、どういう食材を使って、どういう調理をするんだ」

「えっと……」

 がんばって記憶をたどって、いろんな洋食の話をした。

 こっちに来るまで働いてた旅館は純和風が売りだったし、祖父は洋風の物が嫌いだったから和食ばかりだったし、わたし自身も和食の薄味のほうが好みだから、あんまり洋食のことは知らないけど、小学校の給食を思い出しながら、なんとか説明する。

「ふむ、なかなか面白いな。

 おまえは洋食を作れるのか?」

「え、っと、はい、あの、いくつかなら……」

「だったら、何か作ってくれ」

「え、でも、あの……」

 返事に困って、思わず隣に座る以蔵様を見ると、以蔵様はわたしと大久保様を見比べてから、静かに言う。

「できない理由があるなら、それを説明しないと、納得してくださらないだろう」

「……はい……」

 やっぱり、そうだよね。

 どう説明すればいいのか、しばらく悩む。


「……あの、洋食っていうのは、さっきも言いましたけど、外国の料理を、日本人の好みに合うように、したものなんです。

 だから、あの、つまり、元々は、……今日本に攻めこもうとしてる、アメリカとかイギリスとかの、料理なんです……」

 おそるおそる言うと、大久保様はちょっと驚いたような顔をして、それから苦笑する。

「なるほど。

 洋食を食べたがるのは、異国の物をほしがるのと同じ、ということか。

 だが、オランダや中国からの輸入品なら珍重されているし、薩摩は、出島がある長崎が近いこともあって、西洋文化の流入は本土よりも多い。

 西洋の物だからといって、頭から否定することはない」

「そうなんですか……」

 この時代の人にしては珍しいだろうけど、さすがは大久保様ってことかな。

「ああ。

 だから遠慮せず作ってくれ」

「……大久保様が洋食に抵抗がないのはわかりましたけど、その……」

「なんだ」

「……洋食は西洋料理が元になってるので、西洋の食材や調味料を使うものが多いんです。

 未来でなら、お店で簡単に買えましたけど、この時代では、無理ですよね……?」

 おそるおそる言うと、大久保様は渋い顔になる。

「西洋の食材か……それは確かに、入手が難しいな。

 長崎でならなんとかなるかもしれないが、京都ではな……」

「……はい……それに、あの、道具も、やっぱり西洋の物じゃないと、作りにくいので……」

 フライパンとかフライ返しとかがないと、炒め物は無理だと思う。

 お梅さんにいろんな料理を教えてもらったし、この時代の台所道具にも慣れたけど、少なくともこのお屋敷には、洋食を作れるような食材も道具も、ほとんどなかった。


「道具もか……」

 うなるように言った大久保様は、小さくため息をついた。

「つまり、おまえが作り方を知っていたとしても、食材も道具もない状態では、作るのは難しいということだな」

「……はい……どんな料理でも、だいたい牛乳やバターを使いますし、……あ……」

 話してる途中で、記憶の底で何かがひらめいた。

「なんだ」

「え、あ、あの、……もしかしたら、この時代でも作れるかもしれないものを、思い出して……」

 おそるおそる言うと、大久保様は嬉しそうな顔になる。

「ほう。どんなものだ」

「あの、米粉……米を粉にしたものを使った、ホットケーキみたいな……えっと……」

 ホットケーキって、今の時代の人にはどう説明したらいいんだろう。

 必死に考えて、ようやく思いつく。

「あの、大久保様は、カステラは、ご存知ですか?」

「ああ。何度か食べたことがある」

「よかった、あの、ホットケーキは、カステラみたいにふんわりやわらかい生地を、平べったく焼いたものなんです」

 大久保様はしばらく考えこんでたけど、小さくうなずいた。

「それは、今の時代でも作れるのか?」

「えっと、米粉と、豆乳と、卵があれば、作れます」

 わたしが中学一年生ぐらいの頃、本家の小学生の女の子が突然なぜかホットケーキが食べたいって言い出して、でも洋食嫌いの祖父に見つからないよう作ってって、お手伝いさんに頼んでた。

 家には当然洋食を作れるような材料がなかったから、お手伝いさんは困ってたけど、ホットケーキミックスのかわりに米粉を、牛乳のかわりに豆乳を使って作ってみたら、まあまあおいしかったらしくて、何度も作らされてた。

 本物のホットケーキとはだいぶ違うと思うけど、本人はそれで満足だったらしい。

 でもそのお手伝いさんがやめちゃって、それ以降は作業を手伝ってたわたしが作らされるようになった。

 誰かに見つかったら、怒られるのはわたしだから、毎回びくびくしながら作ってたのが、今になって役に立つとは思わなかった。


「必要な材料は私が用意しよう。

 量はどれぐらいだ」

「えっと、一人分で、米粉と豆乳が半合ぐらい、卵が一個と、できれば砂糖もちょっとあると、甘めのが作れます。

 でも、あの、うまくいくかわからないので、できれば、ちょっと多いめに、用意してもらえると、助かります」

 おそるおそる言うと、大久保様は苦笑する。

「わかっている。

 どれもたいして高いものではないし、多めに用意できるだろう。

 作るのは、この屋敷のほうがいいか?」

「あ、はい、できれば……」

 このお屋敷のほうが慣れてるし、知らないところで料理をするのは緊張しそうだ。

「わかった。

 では、材料がそろったらまた連絡する」

「はい……」



☆☆☆☆☆☆☆



 それから十日ほどして、大久保様は約束どおりの材料を大量に持ってやってきた。

 最初は客間で待っててもらって、台所で作って持っていくつもりだったけど、作るところも見たいって言われて、困ってしまった。

 薩摩の重鎮の大久保様が、台所に来るなんて、いいんだろうか。

 でも、先生が、ご本人の希望だからかまわないだろうって言ってくださったから、ほっとした。

 お供の人が台所に運んでくれた材料を、お松さんやお梅さんと一緒に確認する。

 最初はわたしだけで作るつもりだったけど、竈の火の調節をしながらやるのは難しそうだったから、悩んだ末に先生に相談したら、お松さん達に手伝ってもらうことになった。

 お松さん達には、わたしが未来から来たってことはいまだに内緒だから、作るのが未来の料理だってことも話せない。

 だから、『わたしが知ってる珍しい料理』ってことでごまかした。

 嘘をつくのは苦手だけど、先生のご命令だから、我慢した。


「えっと、あの、じゃあ、始めます」

「ああ」

 たすきがけをして割烹着を着て土間に立って、座敷に向かって頭を下げる。

 大久保様は座敷で座布団の上に胡坐をかいて座ってて、その後ろに先生と以蔵様が座ってた。

 最初は大久保様だけのはずだったのに、先生も見てみたいっておっしゃって、以蔵様も当然ついてきて、結局観客が三人になってしまった。

 緊張しながらも、中学での調理実習で先生が説明してたのを思い出しながら言う。

「えっと、まず、卵を丼に割り入れて、菜箸でかきまぜます」

 ボウルと泡だて器のかわりに、丼と菜箸で、卵をかきまぜる。

「次に、砂糖と菜種油を少し加えて、さらに混ぜます」

 小さなさじですくった砂糖と菜種油を入れて、またかきまぜる。

「次に、米粉を入れて、また混ぜます」

 お梅さんがはかっておいてくれた米粉を入れて、ひたすらかきまぜる。

 少し疲れたけど、なんとか混ざった。

 できあがったタネは、未来で作ってた時と、見た目は変わらないようで、ほっとする。

「これを、鍋に垂らして広げて、焼きます」

 大久保様に見えるように丼を傾けながら、説明する。

 

「お雪ちゃん、火加減これぐらいかしら」

 竈の前にいたお梅さんに言われて、丼を持って近づく。

 竈の上には、大きな鉄鍋が置かれてて、かすかに湯気があがってた。

「えっと、はい、それぐらいで、大丈夫だと思います。

 ありがとうございます」

 お礼を言いながら竈のななめ前に立って、ちょっと背伸びして鍋をのぞきこむ。

 鍋は平たい部分がフライパンより少ないから、小さいのをいっぱい焼くより、大きいのを一枚にしたほうがいいかな。

 悩んでると、お松さんが近づいてくる。

「お雪ちゃん、ここにそれを入れて、焼くのよね?」

 背後に立って小声で言われて、こくんとうなずく。

「はい」

「じゃあ、私がかわりにやるわ」

「え……?」

「この鍋大きいから、高さがあるでしょ。

 お雪ちゃんだと、近すぎて危ないかもしれないから」

「あ……」

 確かに、鍋の上の端はわたしの胸元ぐらいだから、上から落としこむには、わたしでは高さがたりないかもしれない。

 お松さんは、わたしよりもお梅さんよりも背が高いから、この鍋でも大丈夫そうだ。

「あの、じゃあ、お願いしてもいいですか……?」

「もちろんよ。やり方を教えてちょうだい」

「ありがとうございます……」

 にっこり笑ってくれたお松さんに、丼とおたまを渡す。


「あの、えっと、おたまでこのタネを軽くすくって、なるべく一箇所にまとめる感じで、鍋のまんなかに落としてください」

「わかったわ」

 お松さんは慎重な手つきでタネをすくって、鍋に落とす。

 とたんに、じゅうっと焼ける音とにおいがたちのぼる。

「ひとすくいでいいの?」

「あ、えっと、薄いようならもうちょっと、ぇっ」

 お松さんの横から、背伸びして鍋をのぞきこもうとしたら、腰に何かがふれた。

 びくっとしたら、ひょいっと持ちあげられる。

「危ないぞ」

 いつの間にか背後に来てた以蔵様に、腕に乗せるようにして抱えられた。

「あ……」

「ああ、その高さからならよく見えるし、安全ね。

 こんな感じで大丈夫?」

 お松さんに笑って言われて、あわててななめ下を見ると、鍋のまんなかに直径十五センチぐらいのタネが広がってた。

「あ、はい、だいじょぶです。

 それで、あの、表面にぷつぷつ穴が開いてきたら、木べらでひっくり返して、両面焼いてください」

 以蔵様に抱えられたままなのが気になったけど、お松さんに説明する。

「わかったわ」

 フライ返しは、最初はしゃもじで代用しようかと思ったけど、長さが足りなさそうだったから、手先の器用な竹三さんに形を説明して、木材を削って木べらを作ってもらった。

 お松さんは木べらを握ったまま、真剣な表情で鍋を見つめる。

 しばらくすると、タネの表面にぷつぷつ穴が開いてきた。


「そろそろいいかしら」

「あ、はい、だいじょぶだと思います」

「わかったわ。

 念の為ちょっと離れててね」

「あ、はい、あの、以蔵様」

「ああ」

 以蔵様が二歩ぐらい下がると、お松さんは慎重な手つきで木べらを鍋にさしいれた。

 鍋の中は見えないけど、ひっくり返す動作をすると、またじゅうっと音があがる。

「……あの、以蔵様、もう大丈夫ですから、おろしてください……」

 おそるおそる言ったけど、以蔵様はわたしを見上げて言う。

「鍋をのぞきこむたびに背伸びをしているようでは、危ないだろう」

「……でも、あの……」

「いいじゃない、上からのほうが見やすいでしょ。

 それより、この後はどうすればいいの?」

 お松さんが笑顔で言うと、わたしが何か言うより早く、以蔵様がまた鍋に近づいて、のぞきこみやすい角度に身体を向けてくれる。

「え、っと、あの、裏面も、焼けて、端が浮きあがってきたら、できあがりなので、お皿に移してください」

「わかったわ」


 それからしばらくして、お松さんは慎重な手つきでお梅さんが渡したお皿に焼きあがったパンケーキもどきを移した。

 いつの間にか、大久保様や先生も竈の近くに来てて作業を見てたから、とりあえずお皿を大久保様に渡してもらう。

 ようやく以蔵様におろしてもらえて、ほっとした。

「あの、お箸だと食べにくいでしょうから、少し冷ましてから、手で持って食べてください」

「わかった」

 大久保様はじいっとパンケーキを見てたけど、しばらくして端を軽くちぎって、口に入れる。

 ゆっくり噛んで飲みこんで、なんともいえない顔になった。

「……不思議な味と噛みごたえだな。

 餅ほど固くはないが、カステラとも違う。

 米や卵や豆乳の味もするが、普段食べている時とは風味が違う。

 これが未来の味なのか……」

「……みらい?」

 お松さんがきょとんとしたように言って、びくっとする。

 思わず大久保様を見ると、大久保様は何かをごまかすみたいに小さく咳払いした。

「知らなかったのか。

 『みらい』というのは、お雪がここに来る前に働いていた宿屋の名前だ。

 女将が珍しいもの好きで、宿泊客を通じて全国の珍品を集めていたらしい。

 珍しい料理も好んで自ら考案して、みらい屋の名物として客にふるまっていたそうだ。

 その中でお雪が作り方を知っていたうちのひとつが、これだ」

「へえ、そうだったんですか」

 大久保様の即興なのにもっともらしい説明に、お松さんが感心したようにうなずく。

 確かに、ほんとのことは言えないけど、いいのかな。

 おそるおそる先生を見ると、苦笑いしながら軽くうなずいてくれたから、大丈夫みたいだ。

「不思議な味だが、悪くない。

 もう一枚焼いてくれ」

 いつの間にか食べ終わってた大久保様が言う。

「あ、はい、あの、お松さん、お願いできますか」

「わかったわ」


 それからタネがなくなるまで、何枚もお松さんが焼いてくれて、大久保様だけじゃなく先生や以蔵様にも食べてもらった。

 大久保様は結局三枚食べて、満足そうに帰っていった。

 残った材料は好きにしていいって言われたから、お松さんが自分たちの分としてタネを作り始める。

「お雪ちゃんが働いてた宿屋は、面白いところだったのね。

 珍しい料理を知ってるなら、教えてくれたらよかったのに」

 薪を足しながらお梅さんになにげなく言われて、びくっとする。

「……すみません、あの、……あんまり、思い出したくなかったから……」

 先生や以蔵様のことや、歴史にまつわる知識は、思い出してもなんともなかった。

 だけど、宿や祖父の家での日常を思い出すのは、なぜかつらかった。

 先生に、未来から来たことは黙ってるようにって言われてたから、だけじゃなく、思い出したくなかった。

 だから心の底に封じこめて、なるべく思い出さないように、話さないようにしてた。

 当時は意識してなかったけど、今改めて考えてみたら、そうだったと思う。


 小さくため息をついて、ふと気がつくと、その場にいた全員がわたしを見てて、またびくっとする。

「……なんですか?」

 おそるおそる言うと、背後にいた以蔵様がゆっくり近づいてきて、そっと背中を撫でてくれた。

 慰めるみたいな、優しい手の動きが嬉しくて、以蔵様を見上げてにっこり笑う。

「今は、以蔵様がいてくださるから、だいじょぶです」

 この間大久保様に聞かれた時、記憶が薄れかけてたから、思い出すのには苦労したけど、つらくはなかった。

 それはきっと、以蔵様が隣にいてくれたからだ。

 以蔵様は、ちょっと驚いたような顔して、だけど優しく笑ってくれた。

「……そうか」

「はい」

「お雪ちゃんが今は幸せでよかったわ。

 他にも知ってるなら、今度教えてちょうだいね」

 からかうようにお松さんに言われて、みんなに見られたままだって気づく。

 だけどみんな優しい顔をしてたから、ほっとしてうなずいた。

「……はい」


Web拍手で『大久保様がお雪に未来の料理をおねだり、大久保様「未来を感じる!!」、おつきの人「みらい?」、大久保様「味蕾を知らんのか」とごまかす』というネタをいただいて思いついた話です。

調べてみたら、味蕾が発見されたのはもう少し後の時代だったので、宿屋の名前ということにしてみました。

以蔵さんがやたらとお雪を抱っこするのは、無自覚です(笑)。



初投稿:2013.10.03

時系列で並べ替え:2014.07.03

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