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付録(二)通り雨

本編終了後しばらくしてからの二人です。

甘めというよりは、ほのぼの、かも。



 昼餉の片付けが終わって、お松さんやお梅さんと台所でお茶を飲みながらのんびり話してると、稽古着姿の以蔵様が裏口から入ってきた。

「雨が降りそうだぞ」

「あら大変、岡田様ありがとうございます。

 お梅さん、お雪ちゃん、洗濯物取りこむの手伝ってくれる?」

「いいわよ」

「は、はいっ」

 お松さんがてきぱき言って、三人で急いで裏庭に向かう。

 空を見上げると、黒っぽい雲が広がって、今にも雨が降りだしそうだった。

 ここ数日雨続きで、今日は久しぶりに朝から晴れたから、早朝から三人がかりで大量に洗濯した。

 せっかく乾いたのに、またやり直すのは大変だ。

 手分けして急いで洗濯物を取りこんでると、遠くで雷が鳴る。

 急がなきゃ。

 焦って、でも手が追いつかなくて、よけい焦ったけど、なんとか全部取りこむことができた。

 両手いっぱいに洗濯物を抱えて、急いで裏口に向かおうと一歩踏みだしたとたん、昨日までの雨でぬかるんでた土に草履が滑った。

「ぁっ」

 後ろにひっくりかえりそうになったけど、いつの間にか背後にいた以蔵様が受けとめてくれた。

 そのままひょいっと腕に乗せるようにして抱きあげられる。

「ぇっ、あ、あのっ」

 わたしがとまどってる間に、以蔵様はすたすた歩いて、裏口から台所に入った。

「あら、どうしたんですか?」

 お松さんがわたし達を見て、びっくりしたように言う。

「あ、あの……」

「焦って転びかけたから、運んだ」

 以蔵様はさらっと言って、土間にわたしを降ろしてくれる。

「そりゃまあ、お雪ちゃんが歩くより岡田様が運んだほうが早いでしょうけど」

 お松さんは呆れたように言う。

 わたしと以蔵様では、歩幅がだいぶ違うから、確かに運んでもらったほうが早いけど、そんなに遠いわけでもなかったのに。

 でも、中に入ったとたんに雨が降りだしたから、わたしの足じゃ間に合わなかったかもしれない。


「岡田様が教えてくださるようになったおかげで、今日も洗濯物を濡らさずにすんで助かりました。

 ありがとうございます」

「……いや」

 にっこり笑ったお松さんに言われて、以蔵様はなぜか気まずそうな顔になる。

「お雪ちゃん、それちょうだいな」

「え、あ、はい」

 お松さんに手をさしだされて、抱えたままだった洗濯物を渡す。

「……あの、『教えてくださるようになったおかげで』ってことは、前は違ったんですか……?」

 いつも教えてくださるから、ありがたいなって思ってたけど、いつからかはおぼえてない。

 なんとなく気になって、おそるおそる聞いてみると、お松さんはからかうような顔になる。

「去年の十一月、お雪ちゃんが雨に濡れながら洗濯物を取りこんで、熱を出したことがあったでしょ?」

「……え、っと、あ、はい……」

 しばらく記憶をたどって、ようやく思い出す。

 お松さんもお梅さんもでかけてて、わたししかいなかった時に、にわか雨が降った。

 急いで洗濯物を取りこんだけど、何枚か落としてしまった。

 泥がついちゃったから、染みになってしまわないうちに、急いで洗い直した。

 終わった頃にお松さんが帰ってきて、濡れた着物のままじゃ風邪を引くって心配されて着替えたけど、しばらくしたら寒くなってきて、熱が出た。

 お松さんが一晩中看病してくれたおかげで、翌日には下がったけど、その後すぐ月のものが始まったから、結局一週間ぐらい寝込んでた。


「それ以来、岡田様は外で稽古してる時に雨が降りそうになったら、教えてくださるようになったのよ。

 またお雪ちゃんが熱を出さないようにね」

「え……?」

 思わず以蔵様をふりむくと、以蔵様はやっぱり気まずそうな顔で目をそらして、ぼそぼそ言う。

「……おまえが、そうしろと言ったんだろう」

「あら、私はそんなこと言ってませんよ。

 『外にいた人が雨が降る前に教えてくれたらお雪ちゃんは濡れずにすんだのに』とは言いましたけど、庭で稽古していた岡田様が教えてくれたらお雪ちゃんは熱を出さずにすんだのに、とは言ってません」

 お松さんは、またにっこり笑って言う。

 笑顔なのに、なんだか、恐い。

 まるでその笑顔をひきたてるみたいに、少し近づいた雷が鳴った。


「さて、私はこれをたたんでくるわね」

 お松さんは腕の中の洗濯物を抱えなおしながら言う。

「あ、あの、わたしも、手伝います」

「大丈夫よ、お梅さんと二人でやるから。

 お雪ちゃんは岡田様とおしゃべりでもしてなさい」

「ぇっ」

 意外なことを言われてびっくりすると、お松さんは優しい顔で言う。

「婚約したのに、しかも同じ屋敷で暮らしてるのに、二人きりで話すことあんまりないんでしょ?

 いい機会だから、ゆっくりおしゃべりすればいいわ」

「え、あ、はい……」

 以蔵様が雨を知らせてくれる前に三人でおしゃべりしてた時に、以蔵様との仲を聞かれて、婚約したけど特に変わってないって話したから、気を遣ってくれたのかな。

「岡田様も、雨がやむまでは稽古できないでしょうし、かまいませんよね。

 でも、まだ祝言はあげてないんですから、節度は守ってくださいね」

「…………ああ」

 お松さんがまた恐い笑顔で言うと、以蔵様は目をそらしながら小さくうなずいた。





「…………」

 お松さんが台所を出てくと、雨の音と、だんだん近づいてきた雷の音だけが響く。

 おしゃべりしなさいって言われても、急に二人きりになると、話題を思いつかない。

 もともと以蔵様とは、用事がある時ぐらいしか話してなかったし。

 少し離れたところに立ってる以蔵様も、なんだか困ったような顔で、開けたままの裏口から外を見てた。  

 その横顔を見上げて、ふとお礼を言ってないことを思い出す。

「あ、あの、さっきは、助けていただいて、ありがとうございました」

「……いや。

 おまえは焦ると足下がおろそかになるから、気をつけろ」

「……はい、すみません」

 小さな声で答えると、雨の音が大きくなる。

 またしばらく沈黙が続く。


「…………あの、さっき、お松さんが言ってた、わたしがまた熱を出さないように、雨が降る前に教えてくれてるって、……ほんとなんですか?」

 おそるおそる言うと、以蔵様はわたしをちらっと見る。

「……ああ」

 さっきよりさらに気まずそうな顔で言われて、思わずうつむいた。

「……気を遣わせてしまって、すみません……」

 迷惑かけないようにしなきゃって思うのに、結局迷惑かけてばかりで、情けない。

「……いや。

 おかげで気づけたことがあるから、お松には感謝している」

「……え……?」

 静かな声で言われた意味がよくわからなくて、おそるおそる顔を上げると、以蔵様は優しい顔でわたしを見てた。

「おまえを守るのは、先生と同じやりかたではだめなのだと、気づけたからな」

「……えっと、それは、わたしが、グズだからですか……?」

 手間がかかるって意味なのかな。


「違う。

 先生は、俺よりはるかに強いから、お守りするというよりは、雑魚が先生の手をわずらわせないように片付けるのが、俺の役割だ。

 だから、奇襲と足手まといにならないことにだけ気をつけていればいい。

 だが、おまえを守るには、周囲を警戒するだけでは足りない。

 雨や、ぬかるんだ足下、歩幅の違い、道ですれ違う者の言動、向けられる視線といった、俺自身は意識もしないもので、おまえは傷つくことがある。

 おまえを見ていないとわからない『敵』もあるんだと、お松の言葉で気づくことができたから、感謝している」

 優しい声で言われて、ふと思い出す。

「……そんなふうに、見ててくださったから、わたしの『大丈夫』と『平気』の違いも、気づいてくださったんですか……?」

 プロポーズされた時に言われて、気になってたことを聞いてみると、以蔵様は小さくうなずく。

「ああ。

 気づいたのは最近だがな」

「…………」

 自分では気づいてなかったことに、気づいてくれるぐらい、見ててくれたんだ。

 それって、なんだか、すごく。


 嬉しい。


「……っ」

 思わずうつむいて、顔を隠すように両手を頬に当てる。

 頬が熱を持ってるのが、手の平に伝わってきた。

「……どうした?」

「ぇっ」

 びくっとして、でも恥ずかしくて、顔を上げられずにいると、以蔵様が近づいてくる。

「首まで赤いぞ。具合が悪いのか?」

 心配そうに言われて、よけい頬の熱が上がる。

「いえ、あの、だいじょぶです……」

「本当か? 熱があるんじゃないのか」

 さらに心配そうに言いながら、以蔵様はわたしの前に片膝をつくようにしてしゃがんで、わたしのおでこに手を伸ばす。

 思わず一歩後ろに下がって、その手をよけながら叫んだ。

「違います、ほんとに、だいじょぶですっ、あの、恥ずかしいだけなんですっ」

「……恥ずかしい?」

 空中で手を止めた以蔵様に驚いたような顔で見上げられて、よけい恥ずかしくなったけど、こくこくうなずく。

「い、以蔵様が、わたし自身が気づいてなかったことに、気づいてくれるぐらい、わたしを見ててくれたんだって、知って、嬉しくて、恥ずかしくて、でも、だから、あの、具合が悪いわけじゃ、ないんです……っ」

 恥ずかしいんだって伝えるのは、なおさら恥ずかしくて、泣きそうになりながらもなんとか言葉をつなぐと、以蔵様はゆっくり手をおろしてうつむいた。

 そのまま黙りこんでしまったから、おろおろする。

「あ、あの、……心配かけてしまって、すみません……」

「…………いや。なんともないなら、いい」

 小さな声で言った以蔵様は、ゆっくり立ち上がると、裏口のほうを見る。


「雨が上がったな」

「え? あ、ほんとだ……」

 いつの間にか雨がやんで、外は明るくなってた。

「……俺は稽古の続きをする。

 おまえはここにいろ」

「ぇっ、あの、でも、まだ、稽古するには足下が悪いんじゃ……」

 またけっこう降ったから、地面はかなりぬかるんでて、稽古しにくいんじゃないのかな。

「……このまま一緒にいたら、お松に怒られることをしそうだ」

「え……?」

 苦笑いしながら言われた意味がよくわからなくて、とまどってるうちに、以蔵様は裏口から出てってしまった。





 以蔵様の言葉の意味をぼんやり考えてると、お松さんとお梅さんが戻ってきた。

 ぼんやりしてたのを心配されたから、以蔵様とのやりとりを話して、聞いてみる。

「『怒られること』って、なんなのか、わかりますか……?」

 お松さんとお梅さんは、顔を見合わせて、くすくす笑った。

「若いっていいわねえ。

 でもお松さん、ちょっと厳しすぎじゃない?」

「婚約者とはいえ結婚前なんだもの、当然よ」

 きっぱり言ったお松さんは、わたしを見て、にっこり笑う。

「それはね、岡田様はお雪ちゃんを大好きってことよ。

 よかったわね」

「……………………はい」

 以蔵様がわたしを大好きだと、どうしてお松さんに怒られるんだろう。

 不思議だったけど、またあの恐い笑顔だったから、それ以上詳しくは聞けなくて、こくんとうなずいた。

  

お松さんは、お雪の母親の心境なので、時々恐いです(笑)。



初投稿:2013.09.06

時系列で並べ替え:2014.07.03

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