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文久三年三月(五)

 翌朝の朝餉の後、以蔵様と一緒に先生の部屋に行く。

 先生の前に並んで座って、深く頭を下げた。

「お雪と夫婦になる約束をしました。

 お許しをいただけますでしょうか」

 以蔵様が言うと、先生は以蔵様をじっと見つめる。

「自分で決めたんだな?」

「はい。

 自分で決めて、自分で言いました。

 ……お雪には、先生が話されるおつもりだったようですが、……俺が言ってしまって、申し訳ありません」

「いや、かまわない。

 お雪」

 静かに呼ばれて、びくっとする。

「……はい」

「以蔵にも言ったが、この縁談は私の『命令』ではない。

 おまえ達自身で考えて、決めていいんだ。

 以蔵と夫婦になるのは、おまえ自身が納得して決めたことなのかい?」

 先生は、静かだけど、どこか厳しい顔で言う。

「……はい。

 ……わたしがこっちに来た翌日、先生が、わたしに『他の幸せを考えてごらん』と、言ってくださったのを、おぼえてらっしゃいますか?」

「ああ」

「わたし、幸せを、見つけました。

 以蔵様と一緒に、先生についてくこと。 

 それが、わたしの幸せです。

 だから、以蔵様と夫婦になりたいと、思いました」


 先生が好きだから、ついていきたい。

 以蔵様が好きだから、一緒にいたい。

 以蔵様と結婚すれば、その両方がかなえられる。

 それは、わたしにとって、たとえようもない幸せだ。


「俺も同じです」

 以蔵様が、間をおかずに言う。 

 先生が一番。

 お互いが二番。

 お互いにそう断言できるからこそ、幸せになれる。

 先生は、わたしと以蔵様を交互に見つめて、優しい顔でうなずいた。

「……そうか。

 孝行者の弟子が二人も(・・・)いて、私も幸せだ」

「!」

 今までずっとわたしは『先生』って呼んできたけど、先生がわたしをどう思ってらっしゃるかは、よくわからなかった。

 それでもわたしのきもちは変わらないけど、でも。

 わたしを、弟子って、認めてくださるんだ。 

「……ありがとう、ございます……っ」

 涙があふれそうになって、あわててうつむいて目元を拭った。


「礼を言うのは私のほうだ。

 だがどうせなら、もう少し幸せになってみよう」

「え……?」

 顔を上げると、先生は楽しそうにおっしゃった。

「お雪を私の娘にしたうえで、以蔵に嫁がせる。

 そうすれば、私達は家族だ。

 一緒に暮らしても、一緒に土佐に戻ったとしても、なんの問題もない」

「……で、でも、わたしは……」

 ゆうべ、以蔵様が、先生がそうおっしゃったって教えてくれたけど、さすがに無理だろうなって思った。

 先生は身分が高い上士で、しかもお殿様に気に入られてるほど優秀で、そのうえ土佐勤王党の党首で、これからの土佐を主導していく人だ。

 身元の怪しいわたしを養女にするなんて、きっと誰からも反対されるだろう。

 だから、以蔵様と話しあって、先生の親戚筋の、あまり身分が高くない人に、わたしを養女にしてもらえるようお願いしようと決めた。

 なのに。

 

「……『養女』ではなく、『娘』ですか?」

 とまどうわたしをちらっと見て、以蔵様が言う。

 先生は、楽しそうな顔でうなずく。

「そうだ。

 昨日考えてみたが、そのほうがうまくいきそうだ。

 『結婚前に縁があった女性とよく似た娘と京都で出会った。気になって身の上を聞いてみたら、親と死に別れ、ひきとられた家で冷遇され、奉公に出された先でも苦労していると知って哀れに思い、面倒を見ることにした』。

 そう言えば、皆勝手に納得するだろう」

「えっと……」

 わたしの境遇としては、母親が先生と縁があったっていうあたりをのぞけば、だいたい合ってるけど、でも、『勝手に納得する』って、どういう意味だろう。

 よくわからなくて以蔵様を見ると、以蔵様も困ったような悩むような顔をしてた。


「……お雪を、先生の隠し子ということにするのですか」

「ぇっ」

 びっくりして先生を見ると、先生は優しく微笑まれた。

「私が父親では、嫌かい?」

「ぇっ、いえ、そんな、むしろ、わたしなんかが娘だなんて、先生に申し訳なくてっ」

「そんなことはないよ。

 私や以蔵や私の仲間達は、君が教えてくれた歴史のおかげで、死ぬ未来をさける機会を与えられた。

 それだけでも充分だが、子供ができなかった私達夫婦に、娘と息子が同時にできるのだから、大歓迎だ」

「……で、でも……」

「以蔵との結婚のために親戚筋の養女にすると、結局はそちらに遠慮しなくてはならない。

 だが、実の父親が私なら、私の娘にしても、結婚後も一緒に暮らしても、おかしくないだろう」

「それは……そうですけど……」

 先生に言われると、それが一番いいように思えてしまう。

 だけど、本当に、いいのかな。

 先生のお考えに反対したいわけじゃないけど、先生に迷惑かけてしまう気がする。

 だけど、この時代をまだよく知らないわたしより、よく知ってる先生の考えに従うほうが、いいのかもしれない。

 でも、迷惑かけたくない。

 いくら考えても、どうすればいいのかわからなくて、泣きそうになった時、背中に何かがふれた。

 びくっとして見ると、以蔵様が背中をそっと撫でてくれる。

「……おちつけ」

 優しい顔と声、それに手のぬくもりに、空回りしてた頭が少しだけおちついた。

 以蔵様は優しくわたしの背を撫でてくれながら、先生を見る。


「母親が土佐出身となると、生家を聞かれるでしょう」

「安政の地震で絶えたと言えばいい。

 難を逃れたお雪の母親は、お雪を連れて京都の親類を頼ったが、すぐに病死したから、お雪は父親も地震で死んだと思っていたことにする」

「お雪の母親が先生にお雪のことを伝えなかった理由は、どうなさるのですか」

「身分が低かったから、上士格である私の家に遠慮して姿を消して、一人で産んだということにする」

「……結婚前のこととはいえ、他の女性との間に子を成せたなら、今まで子ができなかったのは奥様のせいだと、陰口を言う者がいそうですが」

「いるだろうが、今更だ。

 武市の家は甥に継がせると決めてあるし、おまえを婿にするのではなくお雪を嫁がせるのだから、跡継ぎのことで揉めることもないだろう。

 富子には、私から説明しておく。

 ……私の義理の息子になることで、おまえへの陰口も増えそうだな」

「それも、今更ですから、気にしません。

 お雪が土佐弁や他のお国言葉も理解できることは、どうしますか」

「奉公先が、全国から商人が集まる大きな宿屋だったとしておけばいい。

 さまざまな地域の客の相手をしているうちにその言葉が理解できるようになり、お雪自身は誰にでもわかりやすいように話しているうちに今のようにな言葉使いになった、としておく。

 以前旅の途中で知りあった宿屋の跡取りだという若者が、お雪と同じように出身がわかりにくい言葉使いで、そういうことを言っていたから、それでごまかせるだろう」


 『安政の地震』って、確か今から十年ぐらい前に、土佐で起きた地震のことだったはず。

 地震で先生の家は壊れてしまって、翌年建て直した家で道場を開いて、門下生に以蔵様とか、いろんな人がいて、その人達がいずれ土佐勤王党に入った、はず。

 ぼんやり思い出してる間に、どんどん話が進んでいく。

 先生の頭脳明晰さを、こんな形で実感するとは思わなかった。

 以蔵様は、剣の腕しか取り柄がないって言ってたけど、先生とこんなふうに話せるなら、頭もいいんじゃないのかな。

 ぼんやり考えてると、先生がふいにわたしを見た。

「お雪」

「は、はいっ」

 びくっとして返事すると、先生は真面目な顔でおっしゃった。

「君が未来から来たことは、私と以蔵と龍馬と大久保様以外には、知られないほうがいい。

 君の歴史の知識は、役に立つと同時に危険だ。

 誰かに知られたら、君も我々も狙われることになる。

 それは、わかるね」

「……はい」

「君の身元を隠すためには、どうしても嘘が必要になる。

 だがその嘘は、なるべく少なくして、君の負担にならないようにする。

 だから、私を信じて、任せてほしい」

「……っ」

 先生にそんなふうに言われたら、断ることなんてできない。


「私の『娘』に、なってくれるね?」

「…………」

 それでも迷って、以蔵様を見ると、以蔵様は小さくうなずいて、わたしの背中をぽんっとたたいてくれた。

 あったかい手に勇気をもらって、決心する。

 深呼吸して先生を見つめて、三つ指をついて頭を下げた。

「……すべて、お任せします。

 ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします……『お父様』」

 ゆっくり頭を上げると、先生は嬉しそうに笑ってくれた。

「ありがとう。こちらこそよろしく頼むよ」

「……はい」

 本当にいいのか、不安は残るけど、それより嬉しさのほうが強かった。

 先生と、以蔵様と、家族になる。

 ずっと一緒にいられる。

 嬉しすぎて、また涙があふれそうになったけど、なんとかこらえた。


 優しい顔でわたしを見てた先生は、ふいに表情をひきしめる。

「この先、私が進む道は、苦難の連続だろう。

 大切なものを喪うかもしれない。

 志半ばで倒れてしまうかもしれない。

 それでも、ついてきてくれるか?」

 深い覚悟と苦悩を含んだ問いかけに、以蔵様と目を合わせて、しっかりうなずいた。

「はい、もちろんです」

「どこまででも、お供いたします」

「俺達は、先生の弟子で、家族ですから」

 二人で交互にきっぱり言うと、先生は優しく笑った。

「ありがとう。

 孝行者の弟子で家族が一緒なら、百人力だ。

 どこまでも、共に行こう」

「はい!」











 この先、何が起こるかは、わからない。

 わたしが知る歴史が実現してしまうかもしれない。

 わたしが知らない不幸が起こってしまうかもしれない。

 それでも、先生と以蔵様と一緒なら。

 何があっても、きっと幸せだ。


これで本編は終了です。

この後は付録(おまけ)で、基本短め・甘めです。


☆☆☆以下この作品についての色々。興味のない方は飛ばしてください☆☆☆


この小説を思いついたきっかけは、幕末が舞台の某ゲームでしたが、発想から完成まで、かなり短期かつ妙な流れでした。

具体的には、

ゲームの攻略情報を求めて関連サイト巡り

→武市先生の二次創作小説サイトにハマり、先生に興味を持つ

→先生や幕末のことをいろいろ調べる

→ネタを思いつき、先生と主人公がくっつくラストまで構想する

→一部うまくつながらず、岡田さんと主人公でラストを考えてみる

→そっちのほうが良く思えて、全編構想しなおす

→我慢できずに書き始める

→実質7日間で、完結まで10万文字超を書きあげる

→書きあげた勢いで投稿

という、なんでそうなったのか自分でもよくわからない感じです(笑)。

でも、妄想がはてしなく広がって、すごく楽しかったです。


本編では出してませんが、タイトルの『星』が先生で、『手』が岡田さんです。

『先生が一番、お互いが二番』というのは、恋愛としてどうなのか、と自分でも思いますが(笑)、お雪と岡田さんの場合、そうでなければ恋愛は成立しないと思います(特に岡田さん)。

なので、一般的とはいえませんが、お雪にとってはこれが幸せです。

時代背景的に『そして皆幸せに暮らしました』とは言えませんが、彼らは幸せになるために努力するでしょうから、あえてここで終わりとさせていただきます。

……が、感想をいただいていくつかネタが浮かんだので、付録(おまけ)として追加しています。


投稿当初は、総合5000PV、評価100pt、感想1件、お気に入り登録10件を目標にしてました。

本編完結した後(8/8時点)で、総合7200PV、評価113pt、感想6件、お気に入り登録24件で、すごく嬉しいです。

3月に指の怪我でドクターストップをかけられて以来、まともに書いてなかったので、いいリハビリになりました。

完結させられたことで、ちょっぴり自信もつきました。

そういう意味でも、この小説を書けてよかったです。


最後にもう一度。この小説を読んでいただいてありがとうございました。


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