続犬に挑む友
ジェネラル……確か、将軍という意味だったか。
合計で二〇を超える将軍が雑兵のように四、五体ずつ向かってきて、あっけなく命を散らした。
普通の軍隊で二桁の将軍が短時間に戦死したら、大混乱になると思うんだけど、コボルトたちに動揺したり混乱した様子はない。
すぐに、大盤振る舞いで新たな将軍が、戦場に追加で投入される。
まあ、将軍といっても、この場合は役職じゃなくて、コボルトジェネラルというただの種族名だから、本当にコボルトの大軍を指揮しているわけじゃない。するのは雑兵のような進軍と、吠えて同族を強化することくらいだ。
そんな無意味なジェネラルについての思考をしながら、新たなコボルトジェネラルの群れに近づく。
コボルトジェネラルは器用に木々を利用して、ボクとスナオが放つ魔弾の射線に身をさらす時間を短くしている。魔弾よりも速く動いているわけじゃないけど、不規則な三次元の立体的な機動で、こちらの照準を回避する。
けど、光属性の魔弾は命中すれば重傷以上のダメージを与えられるし、なかなか命中しなくても相手に回避を強要できるから無意味というわけじゃない。
それに、コボルトジェネラルはまったく照準が追いつかないぐらい速いというわけでもない。
コボルトジェネラルの注意をかき乱したり、減速させる工夫をすればいいだけのことだ。
例えば、魔弾を連射しながら、起動させていた隠行のスキルをオフにする。
ボクに狙われて、ボクを注意していたコボルトジェネラルに、大きな変化はないけど、スナオの魔弾の猛射に追い立てられていた他の二体のコボルトジェネラルは、一瞬だけボクへ注意を向けてしまう。
一秒以下の刹那のよそ見だけど、二つの命が死へとつながる致命的なよそ見だ。
連射されるスナオの魔弾が一切の容赦なく、二体のコボルトジェネラルの頭をいくつも貫通させて穴だらけにする。
隠行のスキルによって消されていた存在感が、スキルをオフにすることで相手にとっては不意打ちで出現してくる。
すでに相手を目視で捉えているなら、存在感の有無なんて重要じゃない。けど、交戦距離にいながら、視覚外で急に出現する存在感は、嗅覚などで事前に認識していても容易に無視できるものじゃない。
簡単なテクニックだけど、魔弾を回避することに専念しているコボルトジェネラルは高確率で引っかかってくれる。
ソロのときには不要なテクニックで、二人以上のパーティーで狩りをするときにのみ意味が出てくるテクニックだ。
挑発系のスキルを覚えるという手もあるけど、デフォルトだと獲得不可能で覚えるためには挑発系のスキルに補正効果のある装備を購入する必要がある。
多分、それは楯になると思うけど、合理的な判断じゃなくて、好みの問題でできれば狩りで楯は装備したくない。
それに挑発系のスキルは細かい制御が利きにくいものが多いので、下手に挑発して周囲にいる複数の群れを引き寄せて、こちらが屍に変えられてしまうことも十分にありえる。
跳躍。
魔術ダッシュで地面を蹴って、残ったコボルトジェネラルよりも高い位置に跳び上がる。
疾走。
木を魔術ダッシュで蹴って、コボルトジェネラルのように木々を駆け抜けて、魔弾を連射しながらコボルトジェネラルを追い立てる。
不思議な感じだ。
学生時代、体育の授業でやった跳び箱やハードルは悲惨な結果だったのに、レベルアップによる恩恵なのかアニメやハリウッド映画のように木々を苦もなく跳躍している。
それも木の蹴り方、空中姿勢、木への着地の仕方が繰り返すごとに、スムーズになっている。
それにオークの革で作り直した安全靴がしっかりグリップして、衝撃を吸収してくれるから、思いっきり全力で跳躍できる。
…………嫌な記憶を思い出してしまった。
跳び箱で腹部を強打して、ハードルに引っかかって転んで、クラスの連中に指を向けられて笑われて、ボクも悔しいのにそれを隠して愛想笑いを浮かべていた苦い記憶。
正当性も合理性もない八つ当たりだけど、特に大笑いしていたオオノとイムラには、是非とも嘲笑の波に溺れて辛酸を舐めていて欲しいものだ。
魔弾と跳躍で上手く追い立てていると、横から飛んできたスナオの魔弾がコボルトジェネラルの頭を撃ち抜く。
新感覚の楽しさだ。
言葉もなく、スナオとの思考と動作が噛みあって、一つのことをなす。
回避しながら、あるいは追い立てながら、スナオの射線に誘導する。
複雑な連携じゃないけれど、個々で対応するよりも面白いくらい簡単にコボルトジェネラルを狩れる。
余計な会話をしている余裕のない動きとテンポの速いコボルトジェネラルが相手だから、会話による確認という過程を省略して、スナオの思考や行動をいち早く予想して合わせるということができたのかもしれない。
もっとも、すぐにスナオとの行動と予想が噛み合ったわけじゃない。
二つ目と三つ目のコボルトジェネラルの群れと交戦したときは、ボクという前衛を抜かれて、後衛のスナオの目前に迫られてしまった。
だから、危険を減らしつつ、効率良く狩るにはどうすればいいか、それぞに考察して解体の短い時間で軽く相談して、次の群れで試してみた。
それを何度も繰り返した。
それがようやく、なんとか形になってきた。
解体したコボルトジェネラルの素材をズタ袋に収納すると、タイミングよく索敵に新たに五つの反応。
ポーションベルトに吊るしたズタ袋が地味に重いけど、まだ、コボルトジェネラルの群れを狩るのは可能な重さだ……多分。
跳躍。
木々を魔術ダッシュで駆け上がり、コボルトジェネラルの群れとの距離を詰めながら、相手よりも速く高い位置を確保する。
戦闘機は相手よりも高度をとっていると有利らしい。
コボルトジェネラルが相手の狩りで、そのセオリーが適応できるかわからないけど、相手より高い位置から攻めると有利に狩れているような気がするので、相手よりも高度をとる。
うん?
コボルトジェネラルのうち一体が五〇メートル前後の距離で前進を止めた。
…………うーん、これはコボルトジェネラルか?
反応が微妙に違う気がする。
遠見で確認すると、前進を止めたコボルトが弓を構えていた。
弓?
コボルトハンターの最上位種のコボルトスナイパーか。
回避。
回避。
回避。
回避。
回避。
ゴブリンハンターやコボルトハンターを超える速度の矢が五つ連続で飛んできた。
速いけど、現状なら回避も迎撃も可能なレベル。
でも、コボルトジェネラルと交戦しながらだと、厳しいかもしれない。
連射。
牽制として魔弾をコボルトスナイパーに放つけど、あっさりと木の陰に隠れてやり過ごしてしまう。
返礼として、六つの矢が飛んでくる。
こちらも木で射線を遮る。
「クソ」
コボルトスナイパーの相手をしている間に、四体のコボルトジェネラルがかなり前進している。
上からちょっかいをかけてコボルトジェネラルの連携をかき乱して、スナオが魔弾で狩っていくパターンを思い描いていたんだけど、ちょっと難しいかもしれない。
コボルトスナイパーに牽制されて、十全に効果的な動きができない。
まあ、そのための牽制なんだろうけど。
でも、コボルトスナイパーの注意がスナオにいかないというのも、一定の意味はある……と思いたい。
なかなか面倒な相手だけど、ピンチという程じゃない。
コボルトスナイパーの矢は嫌なところに嫌なタイミングで飛んでくる。
ボクに魔弾で矢を撃ち落すなんて曲芸みたいなことはできない。でも、距離があるから精度は低くなるけど、魔力感知でコボルトスナイパーが矢を放つタイミングを見極めて、矢の射線に最近は使用していない魔弾よりも面積の大きい光の玉を連射して迎撃することは可能。
矢は迎撃して、合間で魔弾を放って牽制する。
四体のコボルトジェネラルはスナオの魔弾を避けながら、左右にわかれてボクに迫る。大変だけどボクを無視して、四体が同時にスナオへ向かうよりはいい。
残念ながら、四体のコボルトジェネラルの注意も視覚もボクから外れていないから、ここで隠行のスキルをオフにしても意味はない。
回避。
回避。
迎撃。
迎撃。
コボルトスナイパーがボクの魔弾を避けて、高速で木々を移動しながら不規則に矢を放ってくる。あれだけ激しく動きながら正確にこちらを狙ってくるのは凄い。静止していないから、魔弾で簡単に狩れないし、常に矢が飛んでくる方向を警戒しないといけない。
調査員の報告書に記載されていたコボルトスナイパーの情報を思い出した。コボルトスナイパーの矢筒は持ち主が装備しているかぎりコボルト合金製の矢を無限に提供し続けるから、あれだけ凄い勢いでに矢を消費しても、矢が切れることはない。
まあ、残念ながら、その矢筒を入手しても、持ち主が死んだ時点で矢を提供する機能も停止するらしいので、簡単にコボルト合金を無限に入手するということはできない。コボルトスナイパーを従魔にできれば可能かもしれないけど、わざわざ挑戦しようとは思えない。
忙しい。
それぞれ五体のコボルトの動きを把握しながら予想して、スナオの行動と思考を予想する。
腕と頭を増設したくなる。
魔術ダッシュのおかげで、コボルトジェネラルに対してスピードで優越できているから、なんとか互角以上で狩れている。
魔術ダッシュを覚えていなかったら、スピードでかき乱されて詰んでいた可能性もある。
コボルトスナイパーに矢で牽制されながら、光の玉と魔弾で牽制して、魔術ダッシュで囲まれないように、引き離さないように注意して、先頭でボクへ徐々に迫るコボルトジェネラルをスナオの射線へ誘導していく。
射線が重なるけど、コボルトジェネラルは絶妙に加減速をして木の陰に滑り込む。
三度、繰り返すけど、スナオの魔弾はコボルトジェネラルを撃ち抜けない。
それでも、コボルトジェネラルを同じように誘導する。
魔弾は木を穿ち、コボルトジェネラルを捉えない。
けど、
「キャウン」
木の陰からコボルトジェネラルの情けない悲鳴が上がる。
跳躍。
一閃。
手足から血を流して減速したコボルトジェネラルをトリオシックルで両断した。
木の陰に隠れたコボルトジェネラルを傷つけたのは、スナオが弾道を曲げて撃った魔弾だ。
魔弾の射線に誘導して狩れればいいけど、無理でも木の陰は安全だと思い込ませて、そこに誘導できれば死角から飛んでくるスナオの魔弾が襲う。仮に、それで殺し切れなくても手負いにすれば近距離にいるボクが、すぐに止めをさせる。
魔弾の弾道を曲げても、見えていればコボルトジェネラルに回避されたかもしれないけど、木に隠れていたら視認なんてできるわけがない。
狙うスナオは魔力感知で捕捉しているから、木の陰に隠れたくらいで照準の枷になったりしない。
ちなみに、ボクが魔弾の弾道を曲げると弾速がかなり遅くなって、実用的じゃない。
コボルトジェネラルを狩るなかで、スナオの魔弾を行使する錬度が急激に上がっている気がする。
残りのコボルトジェネラルはスナオの曲射を過度に警戒して、木に隠れようとしないで普通の魔弾に被弾していく。
注意がスナオに集中したらボクがコボルトスナイパーを牽制して、コボルトジェネラルを接近戦で狩った。
結果、四体のコボルトジェネラルを狩るのに三分かからなかった。
残ったコボルトスナイパーは光の玉と魔弾の連射で押さえ込みながら、魔術ダッシュで間合いを詰めてトリオシックルで首を落とした。
次回の投稿は五月一八日一八時を予定します。




