浮遊する友
「……えっと、もう一度言ってもらえる?」
思わずスナオに聞き返していた。
スナオが口にした言葉の意味はわかるけど、脳が理解できないでいる。
「飛びたいので、脛当てを作ってもらえますか?」
ボクの困惑が理解できないのか、スナオは不思議そうに小首を傾げながら言った。
やっぱりスナオの言っていることが理解できない。
飛びたい…………うん、すでに意味不明だ。
成長したい、大きく飛躍したいの比喩表現……ないな。
それに、飛びたいだけでも理解が追いつかないのに、続く脛当てを作ってという言葉がボクをさらに困惑させていく。
飛びたいのに、なぜ脛当て?
なんらかの遠まわしな比喩表現?
あるいは暗号だろうか?
…………ダメだ、さっぱり、わからない。
この二週間でスナオは順調に、ここのダンジョンの探索に慣れてきたように見えたけど、疲労が蓄積していたのだろうか?
スナオは隠行と魔力感知のスキルをほぼ安定して同時に起動できるようになって、四日前には索敵のスキルを合わせても不安定ながら止まっていればなんとか同時起動できるようになっている。
まあ、長時間、走りながら魔弾を撃ちまくって、同時起動に難のあるスキルをある程度使いこなせるようになったとハイタッチで笑顔のスナオと喜びあったときに、「じゃあ、次は索敵のスキルも追加して起動できるようにしよう」と告げたら、一気に肩を落としていたけど。
それにスナオは一対一なら、ある程度魔力感知のスキルによるモンスターの動きの先読みや、安定してホブゴブリンやシルバーラビットを魔弾未使用の接近戦で狩れるようになっている。
まあ、長年ジャイアントラットを狩り慣れた弊害なのか、武装したモンスターを相手にすると実力的に圧倒的に格下のゴブリンやコボルトとの接近戦でもスナオは腰が引けて、間合いの長い長柄のデュオアックスを使いたがるので、短剣、体術のスキルの習熟もかねて双魔の剣鉈と柄の短いデュオアックスを装備させて、第一層のゴブリンとコボルトが争う戦場に挑戦してもらったら、絶望的な表情を浮かべたような気もする。
うーん、ちゃんとデュオサイズを手に後ろから、スナオがピンチにならないように、適当にモンスターを間引いたりサポートしてたんだけど、なぜか、スナオから死神に追い立てられているようだったと涙目で苦情を言われた。
人型モンスターを狩ること自体は慣れて心理的な抵抗もほとんどなくなってきたようだし、スナオの身体能力と装備からいってリスクはかなり抑えられるから、武器を向けられることに慣れて欲しかっただけなんだけど。
それに、大怪我はしなかったけど、シルバーラビットの突進のタイミングを見極めて、デュオアックスをカウンターで狩れるようになるまで何度か蹴られて派手に吹っ飛んでいた。
…………やっぱり、スナオは疲れが溜まっているのかもしれない。
順調に、こなすからどんどん第二層で上位ゴブリンや上位コボルトを相手に狩りもやらせてしまったけど、急いで無理をさせてしまったのかもしれない。
うーん、それとなく休養を進めたほうがいいのかな?
「作るって、どんな脛当てを?」
「風属性の双魔の杖のような脛当てです」
スナオの言葉にさらに困惑する。
双魔の杖はわかる。
なにしろ、ボクの作った杖だ。
けど、杖のような脛当てってなんだ?
「どういうこと?」
首を傾げながら告げたボクの言葉に、スナオは詳細に説明してくれた。
スナオの内容は、一言で言えば面白い。
実現の可能性はまったくの未知だ。
けど、やってみる価値はある。
というか、やってみたい。
そしてスナオの飛ぶために、杖のような脛当てを作って欲しいという言葉に間違いはなかった。
まあ、言葉足らずだったけど。
別にスナオは自由自在に空を飛ぼうとしているわけじゃなくて、断続的に風の魔術を足から放って数センチ浮遊することでホバー機動をしようというものだった。
だから、両足に風属性の杖としての機能を持った脛当てを必要としていた。
まあ、脛当てにしたら形状や大きさのせいで、杖としての性能はかなり落ちると思うけど。
とりあえず、最近スナオと一緒に狩ったゴブリンメイジから入手したマギエメラルドを二つ用意して、板状の双魔の杖を作っていく。
アダマントコックローチの脛当てを参考に、板状の双魔の杖を脛当ての形に整えて、マギエメラルドを足首付近にはめる。
さらに、スナオに装備して動いてもらって、違和感がないように微調整を繰り返していく。
『双魔の杖(風)』
完成した脛当てを鑑定したらこう出た。
形状は脛当てだけど、杖としての機能を持たせたから、鑑定のスキルには脛当てじゃなくて杖と認識されたのかもしれない。
「意外に重いですね」
と、軽く動きながらスナオは言うけど、脛当ての重さで違和感を感じているようには見えない。
それに、防具としてアダマントコックローチの脛当てよりも重いけど、その分頑丈にできている。
「まあ、金属だからね、それ。それでも、鉄に比べたら半分以下の重量だから十分に軽いよ」
「そう、ですか。じゃあ、さっそく実験してみます」
セーフエリア内の家具に万が一にも被害を出さないために、両足に脛当て型の風属性の双魔の杖を装備したスナオがダンジョンの第一層に出て、ゆっくりと魔力を風属性に変換していく。
とりあえず、両足から二つの魔術を同時に制御するのは大丈夫なようで、まだスナオは浮き上がらないけど、両足付近から風が起こっている。
スナオが風魔術のスキルを獲得したのは、数日前だからスキル熟練度が低くて浮くには出力が足りないのかもしれない。
全属性のビギナーワンドから外したマギダイヤモンドを取り付けた猟銃型の全属性の双魔の杖を装備してから、スナオは光と闇の属性の魔術を優先的に覚えたから、他の風、水、土属性の魔術はスキルポイントの都合もあって獲得を後回しにすることになっていた。
なかなか浮かないから、一度休憩をするように声をかけようとしたら、数センチだけどふわりとスナオが地面から浮いた。
「浮いた……」
そんな当たり前のことしか言えなかった。
人は科学の力で空を飛べる。
ダンジョンで手に入るアイテムのなかには空飛ぶ絨毯や空飛ぶマントもあるらしいけど、スナオがやっている自己の魔術のスキルだけで飛ぶことはそれらとは話がまるで違う。
人の可能性を示すような、ある種の奇跡を目撃したような気分だ。
まあ、まだ高度数センチだけど。
「浮きました! やっぱり、こんな脛当てが作れるなんてジャックさんは凄いです」
スナオは無邪気な笑顔でボクを褒めるけど、凄いのはスナオのほうだ。
足から魔術を使う、この発想ができるだけでも十分に凄い。
確かに、ゲームやアニメでもたくさんとは言わないけど、それなりに足から魔術や異能を放つ作品はあるから、完全なスナオのオリジナルとは言えないかもしれない。
でも、実際に杖を足に装備できる形状にして、足から魔術を放ったという話は聞いたことがない。
その上、足から放つ魔術で飛ぼうとするんだから、その発想力と実行力には驚嘆するしかない。
スナオがボクのパーティーにいるということはかなり幸運なことかもしれない。
それから約一時間ぐらいで魔力切れになって、スナオの初飛行は終了した。
脛当て型の杖は普通の棒状の杖と比べて魔力の変換効率が悪くて、それなりに増えてきたスナオの魔力を一時間で消耗させる燃費の悪さだった。
肝心のホバー機動は、スナオの風魔術のスキル熟練度が低いからなのか、全力疾走より少し速い程度だった。
けど、踏み込みの瞬間に風魔術をタイミングよく起動できれば、シルバーラビットを超える高速の突進が可能となる。
まあ、実際にやったスナオは踏み込みと風魔術のタイミングがズレて、盛大に地面に顔面からダイブしていたけど。
それほど実験をしたわけじゃないけど、スナオの魔術ダッシュの成功率はいまのところ二割以下だ。
実用性という意味だと、まだそれほど高くないけど、そんなことよりも実に面白そうだ。
これだけ常識外れで柔軟な発想できるようになったのは、磨耗して枯れていたスナオの中二的な心が回復してきているからかもしれない。
次回の投稿は四月一六日一八時を予定しています。




