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ニートはダンジョンに居場所を求める  作者: アーマナイト


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マウザーな友

 こんなダメ人間なボクだけど、友人と呼べる存在は一応いる。

 直接会ったのは一〇年以上前で、ダンジョン出現直後の情報と探索者の資格を取得して挑戦を断念した報告を五年前にメールでやりとりしたのが最後の接触だった。

 霞のように希薄で、ひび割れるほどドライな関係だけど、多分まだ友人だ。

 まあ、相手がボクをいまでも友人だと認識しているとは限らないけど、少なくともボクは相手を友人だと認識している。

 ボクと同じように、周囲にいる人間のささいな言葉と行動で、あきれるほど簡単に傷ついてしまう弱い存在だった。

 だから、ダンジョンが出現したときに、変わろうと探索者の資格を取得したけど、一般人にも開放されたダンジョンに密集する人の多さに、挑戦する心がボクみたいに折れてしまったらしい。

 そんな彼から久しぶりのメールがきていた。

 ダンジョンへ戻る前に、数日放置していた離れを掃除して、パソコンを起動したのは運がよかった。

 もしかしたら、メールに気づくのが一〇日以上遅れていたかもしれない。

 スマホで連絡を取ればいい?

 ガラケーすら所持した経験がありません。

 彼からのメールには、二年前に家族から家を追い出されて、ヒキニートから新人探索者へ強制的にクラスチェンジさせられ、現在までソロで探索者を続けていて、ボクに協力して欲しいと書かれていた。

 協力要請、あるいは救助要請だろうか。

 ダンジョンの探索がソロで進まないから、探索者証を持つボクをパーティーメンバーに誘ったのかと思ったけど、何回かメールのやりとりをしてボクの近況を伝えると、こちらのダンジョンをボクと一緒に探索したいと言ってきた。

 普通なら、詐欺か、寄生を警戒するけど、彼からの文面を読むとお金が欲しいとか、そういうことじゃなくて、もっと根源的に諦観して停滞した現状を打破したいみたいだ。

 まるで、ダンジョンに挑む前のボクのように。

 彼も探索者を続けているはずなのに、なぜこんなに鬱屈しているのかわからない。

 だから、直接彼と会うことにした。

 けど、次の日に待ち合わせ場所の自然公園のベンチに座る人物を見て、少し後悔した。

 上を見れば澄み切ったさわやかな気持ちのいい青空が広がっている。

 ダンジョンのなかの重苦しいまがい物の青空とは全然違う。

 そんなさわやかな青空や敷き詰められた緑色の絨毯のような芝生を、拒絶するように漂う全てを押し潰して圧迫するような暗闇を幻視した。

 ベンチにうつむいて座る一人の人間が、圧縮された呪詛のようなそれを撒き散らしている。

 垂れ下がった長い黒髪で顔を確認できないけど、多分、彼が目的の人物。

 探索者がよく着るような首まで覆う革のジャケット、革のズボン、革のグローブ、革のブーツ、ダンジョンの外で武具を持ち運ぶためのウェポンケースと大きめのボストンバッグがかたわらに置いてあって、少なくとも探索者であることは間違いない。

 でも、二年間も探索者をしているしては、魔力が少ない気がする。

 というか、間違いなくボクよりも魔力が少ない。

 疑問に思っていても仕方がない、声をかければいい。

 …………吐きそう。

 人違いの可能性は限りなく低い。

 でも、そういう確率とは関係なく、見知らぬ他人に声をかけるかもしれないと思うと、底なし沼に沈むように気が重い。


「あの、スナオさんですか?」


 意を決して、うつむいた小柄な彼に声をかけたら、不意打ちであらわになったその顔を見てドキリとしてしまった。

 うれいを帯びた大きな黒い瞳に、小さな桜色の唇、控えめに言っても美少女だった。

 ……うん、別人だ。


「すみません、間違いました」


 軽く頭を下げて素早く回れ右をして離れようとしたボクの服がつまむようにつかまれた。


「間違いじゃないです、私がスナオです」


 彼? 彼女? がボクの古い友人のスナオ?

 最後に直接会ったのは一〇年前だけど、別人にしか見えない。

 というか、黒髪黒瞳と背が低いこと以外、目の前の人物と記憶のなかのスナオの共通点がない。

 記憶のなかのスナオは、小柄で丸々と太っていたことから、周囲から子ブタとからかわれていた。

 確かに、ダンジョンで狩りをしていれば、体は痩せて最盛期の年齢まで若返る。

 ボクも二〇前後まで若返って、脂肪のついたメタボボディはシックスパックになってる。

 けど、基本的な容姿は変わっていない。

 スナオの顔に存在した脂肪を消去したら、目の前の美少女のような顔になるだろうか?

 さっぱり、わからない。

 まあ、目の前の人物がスナオだと言うなら、証明してもらえばいいだけだ。


「えっと、なら、中学と高校時代に周囲からなんと呼ばれていたか、それと所属していた部活を答えてみて下さい」


「……周囲からは子ブタで、部活は……学校非公認のオカルト研究会です」


 小さな声で紡がれた言葉で、目の前の人物が古い友人スナオだと納得する。

 中高と家族や学校にも告げないで、ボクとスナオで設立した黒歴史、オカルト研究会。

 子ブタと呼ばれていたことは調べて知っていても、オカルト研究会のことは他人が調べることはできないだろう。

 あれは黒歴史だけど、あのときのボクたちにとっては唯一の大切な逃げ場所でもあった。


「正解です。……なら、本当に君はスナオ?」


「はい、私はスナオです」


 スナオがぎこちなく微笑みながらうなずく。

 違和感しかない。

 容姿のことだけじゃなくて、口調が一〇年前と全然違っている。

 まだ、緊張しているからかもしれないけど、スナオの一人称は私じゃなくてオレか、中二が全開になると我だった。

 ボク以外の他人に対してスナオは上手く喋れなかったけど、ボクに対しては多弁で饒舌だった。

 すぐに調子に乗って中二病をはっきして、物凄い痛い発言を楽しそうに口にしていた。

 間違っても、絶望と諦観に取り憑かれたような少し前のボクのような表情はしていなかった。

 あの忌まわしい中高の六年間の日常に負けなかった彼が、強制的にとはいえ探索者になっているのに、どうしてこうなっているのだろう。


「スナオ、探索者としての君になにがあったの?」


 ボクの言葉にスナオは静かに首を横に振る。


「違う。私は探索者じゃ……ない。ただ生きるだけのマウザー」


「マウザー?」


 聞き慣れない単語に首をかしげると、スナオが自嘲するように笑いながら説明してくれた。

 マウザーとはいわゆるスラングで、探索者のなかでもジャイアントラットクラスのモンスターを狩り続ける者への蔑称なのだそうだ。

 なぜ、ジャイアントラットを狩り続けると、ダメなのかよくわからなかった。

 美容や健康、娯楽や小銭稼ぎでダンジョンを探索するエンジョイ勢の大半が、ジャイアントラットクラスを相手にしていて、少し強いゴブリンクラス以上を相手にするのは少数派のはずだ。

 そこを聞いてみると、マウザーとはジャイアントラットクラスだけを狩る者全般を指しているんじゃなくて、なかでもエンジョイ勢のようなパートタイムや兼業じゃなくて、探索者を専業でやっているのに危険を冒さない者への蔑称なのだそうだ。

 ジャイアントラットクラスのモンスターだけを狩っていると、レベルアップは一月ぐらいで頭打ち、それ以後なかなか成長できなくて、なかなか魔石も出ないからお金にならないし、自分の狩ったジャイアントラットの肉を食べながら中途半端に高くなった能力で大半が鬱屈した思いを抱えているらしい。

 そんな思いを抱えるくらいなら、ダンジョンの先に進めばいいのにと他人は思うのかもしれない。

 あるいは、別の仕事につけばいいのにと考えるかもしれない。

 まあ、難しい。

 コンティニュありのゲームなら適正レベルに恐れずに挑める。

 けど、死亡リスク数パーセントの現実に挑むのは簡単じゃない。

 大半は死なないけど、少数でも死ぬ実例が身近にあると、特別な目的でもなければなかなか挑めないだろう。

 それに、多分、ボクやスナオのような人間には別の仕事なんてやれない。

 まあ、いくつもトライアンドエラーを繰り返せば出会えるかもしれないけど、それまでに多分、こちらの心がもたない。

 ただ他人といるだけで、心が擦り切れる脆弱な存在なんて、この社会は想定していないから仕方がない。


「私は探索者じゃなくて……ネズミの肉で生きながらえるマウザー、ただの敗残者です」


 卑下するようなものですらない、ただの事実確認のように口にしたスナオの言葉が胸に痛い。

 ボクもスナオもダンジョンを探索しているけど、中身が全然違っていた。

 強者に挑んで自己肯定と存在価値を確認していたボクと違って、スナオは苦手な人の群れのなかで必死に生きて、それでも死のリスクに挑めない自分に嫌悪しながら磨耗していった。

 自分の多幸感に酔い痴れて、友人への共感をおろそかにした自分が情けない。

 でも、まだ大丈夫。

 スナオは磨耗しきっていない。

 ノイズのような他人がいない環境で、成功体験を一つずつ積み重ねていけば、うつむくことを止めて前を見ることができるはずだ。

次の投稿は三月二三日一八時を予定しています。

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