ニート、模索する
オークは強い。
けど、逃げるだけなら、そこまで難しくはない。
このオークが第二層を自由に徘徊する通常のモンスターだったら厳しいけど、第三層への階段を守る存在だから、階段から一定の距離までしか離れられない。
油断はできないけど、回避する方向を調整すればかなりの確率で無事に逃走できる。
まあ、その選択はしないけど。
このオークを前に背を向けるなんてありえない。
ボクの心臓はさっきから初恋であるかのように早鐘を打って、魂がこの出会いを震えるように歓喜して、全力で挑んで競り勝つことを渇望している。
体格、身体能力、スキル熟練度、それらを合計した評価はオークのほうが、多分、ボクよりも上だ。
けど、それは届かないという意味でも、狩れないという意味でもない。
そこに到達する道筋が困難というだけで、デュオシックルや双魔の剣鉈で急所を切り裂けばボクでも、オークを狩れる。
ボクの全てで挑めば、ギリギリ狩れるかもしれない。
圧倒的な実力差で届かないなら、ボクも即決で撤退する。
ギリギリの実力差で勝ち筋を容易に見せない、この狩りにどうしょうもなく惹かれてしまう。
この困難な狩りで、自分の存在を試したくなる。
自分は戦闘狂じゃないと思っていたけど、これもある種の戦闘狂なのかもしれない。
迫るオークのハンマーを、熱く騒ぎ立てる心とは裏腹に、冷めた思考で観察して避け続ける。
二〇の死を回避して、六つの小さな隙間を見つけたけど、踏み込めそうな一瞬は二つだけ。
うーん、少し調整してみるか。
次の小さな隙間が見えたときに、次の攻撃でオークが狙いにくい位置に回避する。
オークの踏み込みが深くなって、スイングがより大きくなる。
間合いを詰めたくなるような空白が見えたけど、今回はあえてスルーする。
五回、似たようなことを繰り返して、意図的にオークのすき作る。
ある程度、回避によるオークの誘導はできるようになったけど、それだけだ。
一歩、踏み込めるだけで、狩るにはまだ遠い。
けど、すきを眺めているだけじゃ、オークは狩れない。
予定通りにすきが見えた瞬間、魔力感知と体術のスキルを意識しながら、間合いを詰める。
警戒していたオークから放たれた回し蹴りと、追撃のハンマーを後方に跳びながら連続で避ける。
体術のスキルは攻撃のためじゃなくて、オークが体術のスキルでどんな攻撃をしてくるか、予想するために問いかけていた。
スキルからの明確な回答はなかったけど、体は自然と流れるように回避できた。
オークを誘導して体術のスキルによる攻撃の回避をセットにして、何回も繰り返す。
順調にオークを追いつめているかと言えば、答えはノーだ。
一瞬でもタイミングと間合いを読みが間違ったら死ぬ。
足が小石や小枝にとられて、姿勢がわずかに崩れても死ぬ。
ボクの行く道は死で満ちているのに、オークの死はまるで見えない。
なんともありがたいことだ。
余計な可能性を妄想して思考を浪費しないで、一つの道筋を模索することに専心できる。
一〇回、オークの体術を避けてわかったことは、このままだと反撃は厳しいということ。
無手ならオークの体術を避けられるけど、武装して避けるのは少し厳しい。
まして、デュオシックルや双魔の剣鉈で反撃しようとしても、オークの体術がこちらへ先に命中する。
相打ち覚悟ならなんとかこちらの攻撃も命中させられるけど、確実に狩れるかわからないし、ボクの生存の可能性も完全に未知だ。
まあ、思考を放棄したような博打をやるつもりはない。
偶然じゃなくて、意志と思考と実力でオークを打倒する。
うん?
オークが予想外の攻撃をしてきた。
ボディブローがくると思っていたのに、ハンマーの柄で押し返すように攻撃してきた。
予想外だったけど、微妙な間合いから無理な姿勢で放たれた攻撃だから、避けることは難しくなかった。
なんで、こんな攻撃をしてきたのか。
たまたま例外的にやっただけなのか。
…………うーん、試すか。
誘導までは同じだけど、間合いを詰める位置を調整しながら、何度も繰り返す。
一〇回、試して四回、体術じゃなくてハンマーの柄や柄頭で攻撃してきた。
確実じゃないし、不確定要素もあるけど、オークを狩るための一つの道筋が見えてきた。
感覚と魔力感知のスキルをより研ぎ澄まして、踏み込む一瞬を見極める。
広がる隙間に滑り込み、肘鉄を小さなモーションで素早く放つ。
「ブヒィィィ」
ハンマーの柄で攻撃しようとしたところを、逆に柄を握る指にボクの肘鉄を食らって、オークが豚のような咆哮をあげて、大袈裟に痛がる。
オークの指の骨くらい肘鉄の一撃で折れるかと思ったけど、なかなか頑丈だ。
余程、痛かったのか、オークの攻撃がより大振りで荒々しくなる。
視覚的な威圧感と迫力は増したけど、避けやすくなって危険度はむしろ低くなったと言える。
このオークは身体能力もスキル熟練度も高いけど、第一層で戦ったホブゴブリンに比べて戦い方が下手だ。
フェイントや牽制のような工夫をしないだけじゃなくて、攻撃がほとんどスキル任せになっている。
だから、体術のスキルで攻撃すればいい場面で、無理に熟練度の高いハンマーで攻撃してしまう。
ボクも鎌や体術や短剣のスキルを習熟しているときに、状況に最適な選択じゃなくて熟練度の高いスキルで対応してしまった経験が何度もあるからよくわかる。
闇雲に体の制御をスキル任せにするんじゃなくて、スキルをしっかりと使う意志がないと、このオークのように墓穴を掘ることになる。
一気に急所を狙うようなことはしないで、焦ることなく、ゆっくりと確実に、拳と肘でオークの指に狙いを定める。
どれだけオークが叫んで暴れても、動揺することなく冷静に静寂な凪の心で、一手一手を着実に進めていく。
一四回積み重ねて、ついに、ボクの拳がオークの指の骨を砕いた。
「ブガァァァ」
オークが周囲をなぎ払うような咆哮で空間を震わせる。
ボクは恐怖するどころか、鈍くて遅いハンマーを落ち着いて観測する。
デュオシックルと双魔の剣鉈を装備する。
大振りの一撃を誘い、一気に踏み込んで、こちらを蹴ろうと地面から離れようとしているオークの足に、双魔の剣鉈を突きたてる。
刃は簡単に突き刺さったけど、オークの肉が締まって抜けない。
双魔の剣鉈を抜くのは諦めて、迫るオークの拳を回避する。
いよいよオークの動きから精彩さがなくなった。
踏み込みも、ハンマーの振りも稚拙に見えてしまう。
一閃。
「ブギィィィ」
オークの手からハンマーが落ちる。
うーん、デュオシックルで手首を切り落とすつもりだったのに、半分以上切断できたけどわずかに肉と皮を切れなかった。
「ブヒィ」
オークが血を撒き散らしながら、素手で突進してくる。
もう、シルバーラビットやスモールブラックホーンの突進よりも迫力がない。
一閃。
デュオシックルを握る手に硬いものを切ったような鈍い感触が伝わってきた。
切り裂いた首から、血を噴き出して、流血で溺れるようにもがくオークに視線を向ける。
金属でもないのに、あきれた頑丈さだ。
あるいは、首を骨まで切られているのに、なかなか死なないオークの生命力に驚嘆すべきなのかもしれない。
慎重に近づいて、オークの心臓にデュオシックルを突き刺して、ボクの手でオークの命を奪った。




