ニート、杖を作る
帰る前に、さらに二騎のゴブリンライダーを狩って、一体のスモールブラックホーンをコンテナブレスレットに収納した。
シャドーマントの効果なのか、こちらに気づかれることなく、ゴブリンライダーの二騎をデュオサイズの一撃で狩ることができた。
セーフエリアについたら、スモールブラックホーンの血抜きをして、角と脳と皮と肉に解体していく。
スモールブラックホーンの皮をなめしてから、シャドーバットの飛膜と貼り合わせて、残っていたスモールブラックホーンの革と、錬金術と革加工のスキルで合わせる。
動きやすさを優先して、コートに最適な厚みと柔軟性に調整していく。
黒い威圧感すら感じられる革が、コートの形に近づいてくると、徐々に存在感を希薄にさせて、実体のある闇色の幻想のようになる。
コートの形になったら袖を通して、走ったり腕や肩をわざと大きく動かして、動きを阻害しないか確認しながら修正して、また動いて修正する。
『シャドーコート:隠行のスキルに小補正』
何度か修正を繰り返して、納得できる物になった。
シャドーマントに比べて、シャドーコートの方が重量的には重いんだけど、マントほどひるがえらないからなのかコートの方が動きやすい気がする。
でも、もう少し両方とも、何度か実戦で使って、どちらをメインにするか決めよう。
スモールブラックホーンのステーキ定食を食べながら、一息入れる。
塩コショウのシンプルな味付けだけど、なかなか美味しい。
高級牛肉で言われるような溶けるほど柔らかくないけど、安い牛肉のように筋張って硬いわけじゃないから、適度な噛み応えがあっていい。
ジャイアントラットやシルバーラビットに比べると、肉の味に突き抜けた意外性はないけど、クセがないから食べやすい。
スモールブラックホーンは見た目が馬みたいだから、もう少し肉も馬っぽい味がするんじゃないかと思ったけど、食欲を刺激する香りと味も完全に牛肉だった。
久しぶりに、牛肉じゃないけど牛肉っぽい味のスモールブラックホーンを堪能した。
深呼吸して、弛緩した気持ちを少し緊張させる。
今日、新しくゴブリンメイジから手に入れた先端に深い植物のような緑色に輝くマギエメラルドを備えた杖を調べる。
『スキルポイントを二〇消費して、風魔術のスキルを獲得しました』
火魔術と同じように、風魔術のスキルを意識しながら魔力を杖に流して、先端のマギエメラルドに到達させる。
魔力を風属性に変換する図形のような文字以外、内部は火属性の杖のものとほぼ同じだった。
雑な図形のような文字をいじりたくなってくるけど、とりあえず我慢して風魔術を使ってみる。
杖の先端に、火魔術と違って不可視の魔力の玉が生まれる。
けど、魔力の制御の仕方は、火の玉を生み出すときとあまり違いはない。
風の玉をセーフエリアの外に放ってみる。
うん、わかりづらい。
地面に着弾したときに、土がわずかに舞い上がって、ようやく視認できた。
ボクは魔力感知で確認できるから問題ないけど、視覚に頼って魔力感知が苦手だと捉えられないかもしれない。
単発、連射、弾道制御、風の玉を次々に放って試す。
魔力を風属性に変換するのに多少もたつくけど、それ以外の制御は火魔術と同様にできた。
右手に風属性の杖、左手に火属性の杖。
同時に使って、比べてみる。
……うん?
魔力は先端の宝石に到達しているのに、上手く魔術に変換されない。
風の玉を生み出してから、火の玉を生み出そうとする。
体の奥の神経の裏側がつるような負荷がかかる。
併用に難のあるスキルを同時に起動するときに近い感覚がする。
負荷を強引に押し切ろうとしないで、説得するように、妥協するように、魔術の工程を進める。
焦らないで、少しずつゆっくりと火の玉を形成する。
数分かけて、ようやく左右に別属性の魔術を生み出せた。
続けて、左右で同時に別属性の魔術を生み出すために、繰り返し練習する。
練習のなかで、色々試してわかったことがある。
魔術のスキル熟練度が高いと、その属性へよりスムーズに変換されるし、一度の魔術に込められる魔力の上限も多くなる。
つまり、ボクが全力で魔力を込めた風の玉を、スキル熟練度の高い火魔術で相殺することは可能だけど、逆に全力で魔力を込めた火の玉を、スキル熟練度の低い風魔術で相殺することはできない。
さて、どうするか。
違う属性とはいえ、魔術用の杖が二本ある。
だから、一本が使えなくなったとしても、魔術が使えなくなるわけじゃない。
今日、倒したゴブリンコマンダーとホブゴブリンの武器から、ゴブリン鋼を分離しながら、魔術用の杖を試作することを決断する。
ゴブリンコマンダーと第二層のホブゴブリンの武器のゴブリン鋼の含有量や強化の程度は、ゴブリンファイターや第一層のホブゴブリンの武器と同じくらいか。
鍛冶と錬金術と風魔術のスキルを起動しながら、風魔術用の杖の作り方を鑑定に問いかける。
ゴブリン鋼のインゴットと宝石だけじゃなくて、ゴブリン系の角か、コボルトの犬歯、もしくはスモールブラックホーンの角が必要なみたいだ。
杖のなかに角や犬歯で図形のような文字を刻むようだ。
一番魔力の通りやすいスモールブラックホーンの角を使う。
脳裏に鑑定で綺麗に清書された文字を思い浮かべて、魔力を満たしたスモールブラックホーンの角を錬金術で溶かすようにイメージして、細く延ばしながら描いていく。
文字を大きくしたり、太くしたりして、文字の形状の違いによる効果の違いを鑑定に確認しながら修正して完成させる。
魔力を増幅させる文字が完成したら、同じ文字を二つ続けたら、さらに増幅されるのか問いかけると、鑑定に否定される。
それどころか、一つの杖に同じ文字を使用すると、効果を打ち消しあう。
ゴブリンメイジの杖と刻まれてる文字の内容は同じだけど、少し大きくて、線を二倍くらい太くした。
完成した文字をつなげて、ゴブリン鋼で覆っていく。
この文字を覆う素材の種類と量も、杖の性能に影響する。
でも、量が多ければいいというわけじゃなくて、適切な量がある。
ゴブリンメイジの杖より少し太くなった五〇センチのゴブリン鋼の赤い杖の先端に、ゴブリンメイジの杖から取り外したマギエメラルドをはめる。
『ゴブリンワンド(風)』
鑑定でこう出た。
まあ、素材の大半がゴブリン鋼だから、間違ってないんだけど、名前が少し弱そう。
試しに、ゴブリンワンドをセーフエリアの外に向けて風の玉を放ってみる。
うん、問題なく風魔術が使えた。
それどころか、半分の魔力でスムーズに効率よく風の玉が生み出された。
風魔術が使えなくなる危機は回避できた。
次は、連射してみる。
…………あれ?
間違いなく秒間二発は風の玉を放っている。
何回か弾道制御をしてみても、慣れている火魔術よりも滑らかに制御できた。
すぐに、火属性のゴブリンワンドも作っていく。




