ニート、再び見られる
学校の教室ぐらいの大きさの白い部屋、ここがセーフエリア。
奥で、白いオーブが高さ一メートルぐらいのところを浮いている。
あれが、転送装置。
すぐに、登録して使いたいところだけど、先に壊れた胸当てを廃棄する。
表面のポリカーボネイトだけじゃなくて、衝撃吸収用の特殊ゲルもボロボロになっていた。ゴブリンやコボルトの攻撃を防ぎ続けたのに、第二層最弱であるシルバーラビットの一撃で壊れてしまった。
第二層でポリカーボネイトは通用しない。
新しいポリカーボネイトの胸当てを買うよりも、ダンジョン由来の素材で防具を作るなり、買うなりしたほうがいい。
ただ、ゴブリン鋼などの金属製の防具はできれば避けたい。
確かに、ゴブリン鋼は鉄に比べて軽いけど、それでも革やポリカーボネイトよりは断然重い。シルバーラビットの高速攻撃やシャドーバットの衝撃波の雨をかいくぐるには、速度が重要になってくる。防御力を上げた結果、敵からの被弾率が上がったら意味がない。
ある程度軽くて、ボクにでも手に届く値段のものがあればいいんだけど。
買取所の店員に相談するか?
それが現実的な手段だと頭では理解できるんだけど、気は重くなる。
事情を説明して、オススメを聞いて、不明なことがあれば聞かないといけない。
…………憂鬱になる。
あの店員は好人物だと思うんだけど、それとこれは関係ない。
他人との会話という行為が、ボクにとって負担なんだ。
まあ、アンナ相手なら、多少身構えることはあっても、会話自体が負担になることはないんだけど。
胸当ても破棄したし、第一層に転送しよう。
……どうやって、登録すればいいんだろう?
音声入力?
あるいは、セーフエリアに入った時点で、登録されているのか?
手をオーブに乗せてみる。
『登録が完了しました』
例の謎アナウンスが頭に響く。
使い方は……いろいろやってみよう。
役所もゲートのマニュアルだけじゃなくて、転送装置のマニュアルを記載する親切心があっていいと思う。
試しに、飛びたいと思いながら、オーブに触れる。
『入口 第一層セーフエリア』
選択肢が二つ出た。
使い方はあれでいいみたいだ。
第一層セーフエリアを選択。
オーブが強烈な光を発する。
光がおさまって、セーフエリアの外を見ると暗くなっていた。
無事、常闇の第一層に、転送されたみたいだ。
凄いんだけど、なんか簡単で地味だ。
もっと、無数の光が乱舞するとか、辺りに魔法陣がいくつも浮かび上がるとか、途中で次元の狭間が垣間見えるとかの演出があっていいと思う。
一種の瞬間移動をしたんだから、もっと劇的に感情が動いてもいいのに、強烈な光があっただけであっさりと転送されたから、感動しにくい。
シルバーラビットを血抜きして、解体する。毛皮は清浄をかけてセーフエリアに置いていく。
ホブゴブリンの大剣も、後日調べたいから置いていく。
シルバーラビットの肉だけ持って、ダンジョンの入口に転送。
大きいリュックサックに、数日で手に入れた魔石とゴブリンの角とコボルトの犬歯を詰め込む。買い取ってもらえるかわからないけど、ダンジョン鉄とゴブリン鋼とコボルト鋼のインゴットも持って行く。
インゴットの買い取り価格によっては、角や犬歯を回収しなくなるかもしれない。
オレンジ……橙色、いや、夕日……黄昏色のカボチャを被り、黒いツナギを着た存在が姿見に映る。
まあ、ボクなんだけど。
さまようカボチャは明るすぎず、暗すぎず、調度いい深みのある色で、実にボク好みだった。
ただ、頭頂部の緑色のヘタが、なんとなくダサい。
目の奥からこぼれる青白い光が、いい感じで禍々しいのに、ヘタのせいで野菜感が丸出しだ。
……さまようカボチャの上から帽子でも被るか。
ヘタを覆うように乗せて、錬金術で固定すれば簡単には外れないだろう。
後は、黒いコートか、マントが欲しい。
黒いツナギだけだと、雑魚怪人に見える。
「我はジャック! 昼と夜の狭間のときにのみ顕現せし、黄昏の狩人。雑兵よ、貴様らは我が糧として、狩り……」
さまようカボチャの見た目をチェックしてたら、興が乗ってきた。だから思わず、中二モード全開でポーズを決めてセリフを口にしたら、
「ねぇ、ジャックさん」
背後から聞こえてはいけない声が聞こえた。
「ハウワァ!」
振り返ればそこに、それはそれは冷たい眼差しのアンナがいた。
「話しいいかな、ジャックさん」
「あの、ね」
状況を訂正しようとするけど、アンナの汚物を見るような笑顔に萎縮してしまう。
「なに、ジャックさん」
「だから……」
ボクの口は、アンナのブラックホールのようなプレッシャーに圧されて閉ざされる。
「なにが言いたいの? ジャックさん」
「…………ジャックでいいです」
心が折れました。
「そう、ジャックさん。今月も残り少ないけど、お金支払えそう?」
「お金? ……ああ、離れの家賃か」
「忘れてたわけ?」
アンナの声が一段と険しくなる。
「いや、忘れたわけじゃないよ、大丈夫、大丈夫」
ゴブリン鋼の分離とか、ホブゴブリンを狩るとかで、いままで頭の片隅に追いやられていたような気がするけど、多分、気のせいだ。
「ホント? まあ、いいや、興味ないし。それで、支払いはどうする?」
「明日、買取所に行くから、帰ってきたら払えるよ」
今回の量を買い取ってもらえれば、一〇万円は問題なく超えるはず。
「えっ、払えるの?」
アンナが、驚いたような表情をしている。
なかなか、レアなできごとだ。
でも、ボクが一〇万円払うのが、そんなに驚くことだろうか…………まあ、ボクの過去の実績を考えれば驚くような奇跡かもしれない。
「えっと、多分、払えるよ」
「へぇ、払えるんだ」
「えっと、ダメかな?」
「別に、ダメじゃないけど、ジャックさんが支払うなんて期待してなかったから、少し驚いただけ」
「えっと、ありがとう」
期待してないのに、離れにわざわざ来てくれるアンナの律儀さが嬉しくなって、思わず感謝の言葉を口にしてしまった。
「いや、まったく全然、一ミリも褒めてないんだけど」
「そうなの?」
他人との会話は、やっぱり難しい。
でも、不思議と心理的な負担がいつもよりも軽い気がする。
もしかしたら、さまようカボチャを装備しているから、精神異常耐性が効果を出しているのだろうか?
「はぁ、もういいや、明日領収書持ってくるから、アタシに無駄足踏ませないでね」
離れを出るアンナが、若干疲れているように見えたのは気のせいだろうか?




