ニート、試し斬りをする
目覚めて思ったことは、デュオシックルの実際の使い心地はどうだろうかじゃなくて、寝袋の寝心地が悪いことだ。すでに使っていたから寝袋の保温性がダメなのはわかっていたことだけど、致命的な問題でもないから先送りにしていた。
ホームセンターで買った夏用の安い寝袋だからしょうがないのかもしれないけど、体が微妙に冷えて固くなるのは、いい加減どうにかしたい。
ダンジョンのなかは猛暑日続きの九月の気温を無視するように、体感で一五度前後をキープしている。夏用の寝袋で我慢すれば寝られない気温じゃないけど、喜んで寝たい状況でもない。
離れに戻ってベッドで寝ればいいんだけど、それだと魔力切れから回復しても、魔力があまり増えないかもしれない。
どうしようか?
一番簡単なのは魔石やゴブリンの角やコボルトの犬歯を売って、高い冬用のしっかりとした寝袋を買うことだ。
でも、ここは革加工のスキルの練習と、捨てている素材の有効利用をしよう。
すなわち、ジャイアントラットの毛皮で寝袋の下にしく敷物を作る。
ジャイアントラットの革は防具などには向かないらしいけど、加工はしやすいらしいので、将来的にオークの革で防具を作るための練習と熟練度稼ぎにちょうどいい。
というわけで、今日はジャイアントラットをメインに狩りをする。
狩ったジャイアントラットはセーフエリアに放置する。今回、肉はいらないから血抜きをしないで、後でまとめて解体する。
実戦でデュオシックルを使ってみるけど、ジャイアントラットが相手だと、ギロチンシックルとの差がわかりにくい。
狩ったジャイアントラットも十分な量が集まったので、デュオシックルの性能確認のためにもゴブリンも狩ってみる。
索敵で捉えて、遠見で手ごろなゴブリン三体を視認。気づかれないように、後方から間合いを詰める。
後方一メートルまで迫っても隠行の効果で、ゴブリンに気づかれない。ゴブリンはコボルトと違って、嗅覚で隠行を破ったりしないから奇襲しやすい。
一番左のゴブリンの腰に狙いを定めて、デュオシックルを振るう。鎌のスキルで動きがすぐに的確に補正されて、レベルアップと魔力循環と体力増強で一撃に至るモーションを力強く高速に強化される。
振り抜かれたデュオシックルは、皮の張りも筋肉の繊維も骨の硬さも感じることなく、ゴブリンの命を腰ごと断ち切った。
ギロチンシックルなら肉は切れても骨に引っかかって、強引に身体能力で振り抜く必要があった。
霜のように冷たい興奮が全身を駆け巡る。
自分が手にしている武具の力に恐怖して、それを作り出した自分自身に歓喜した。
「グギャアアアァ」
真中にいたゴブリンが驚いたように叫びながら、剣を突き出してくる。
余裕をもって避けながら、意識することなく鎌のスキルが導くように、逆手に持ちかえたデュオシックルをカウンターで股下から脳天に振り抜く。
「アハハハハハ」
感情が振り切れて、笑いが自然と口から出てくる。
縦に背骨を切って、頭蓋すら割らずに断ち切っているのに、柄を握る手になんの感触も伝えてこない。
間合いに迫って振りさえすれば、ゴブリンクラスなら問題にならないレベルで両断する。
ギロチンシックルがトレーニングウェポンと呼ばれるのも納得してしまう。
攻撃力が違いすぎる。特殊技に頼る必要すらない隔絶した性能だ。
「グギャウウウ」
最後のゴブリンの剣による大振りの一撃を避けながら、順手に持ちかえたデュオシックルを袈裟斬りに振るう。
やはり、肋骨複数本と胸骨と背骨を断ち切っているのに、まるで抵抗がない。いや、切った感触が豆腐よりもなかった。
デュオシックルに問題はない。
いや、問題がないどころか、作り出した自分が天才なんじゃないかと勘違いしてしまいそうな性能だ。
だけど、ボクは勘違いしない。
デュオシックルの性能は本物だけど、作ったボクの技術はスキル由来のものでしかない。
ボクが作ったからこの性能なんじゃない。
鑑定と錬金術と鍛冶のスキルの併用による相乗効果の産物にすぎない。ボクは偶然、人よりも早くそれを見つけただけだ。
ダンジョンからの借り物の技術で、いくら愚かなボクでも確固たるレーゾンデートルを得られると勘違いしたりしない。
これで一応、ホブゴブリンと戦える得物は用意できたことになる。
魔力循環、鎌、魔力増強、体力増強など戦闘系スキルも育っている。
レベルアップも十分にしているはずだ。
その証拠に最近、第一層で狩りをしてもレベルが上がりにくくなっている。
ボクのレベルがすでに第一層の適性レベルを超えてしまったんだろう。
ゲームみたいに序盤のモンスターを倒しまくってレベルをカンストさせるみたいに、第一層で非効率でも大量にモンスターを狩りまくってレベリングして、安全マージンを確保する。
そういう手段もあるだろう。
でも、ボクはその手段を選ばない。
ただお金のために探索者をしているなら問題ない。あるいはただ安全に強くなりたいなら、そういう選択肢もあるだろう。
でも、ボクにとって探索者は存在意義を見出す生き様だ。
決断と恐怖を先送りにして、カンストレベルでゴブリンを蹂躙して得られるレーゾンデートルになんの意味がある。
そんなものは決別した過去の離れに滞留しているヘドロのような諦観と怠惰のなかに、いくらでも沈んでいる。
今のボクには必要ない。
安全マージンを無視して無謀になるわけじゃない、十分に準備はする。けど、手札がそろっているのに、まだ、ジョーカーが足りないと挑まないで言い訳をするのを止めるだけだ。
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
ストックがなくなってしまったので、明日から一八時に一回の投稿になります。
しばらくは毎日投稿するつもりですが、執筆状況によっては不定期になるかもしれません。




