ニート、分離する
アンナに渡したのとは別の魔石を取り出して観察してみるけど、別に、変なところはない。
うん、変なところは…………あった。
魔石にはモンスターの血がべったり付いていた。
ボクは一〇〇体以上モンスターを解体しているから、感覚が麻痺してきたけど、血塗れの魔石を渡されて、笑顔で受け取る女子高生はいないだろう。
グローブをしているから、魔石に付着している血が、わかり難かったというのはあるけど、これはボクのミスだ。
洗って、血を落としてから渡せばよかった。
これはデリカシーがないと咎められても仕方がない。
ミスにミスを重ねて沈んだ気持ちのまま離れに戻る。
風呂で戦塵を洗い落として、一息ついたらアンナに言われたように、書類をちゃんと確認する。
一通り書類に目を通したら、気分転換にボクが分離したゴブリン鋼を手にしてみる。
軽くて力強い朝日のような鮮やかな赤色のそれはまるで、伝説のヒヒイロカネのような迫力があるような気がした。
鑑定。
『ゴブリン鋼』
まあ、ミスリルやオリハルコンがすでにダンジョンで見つかっているからって、ヒヒイロカネも存在するとは限らないか。
それでも、ゴブリン鋼がここにあるのは十分に凄いことなんだけど。
なんとなく、魔力を浸透できるかスキルを起動させてみる。けど、うまく魔力がゴブリン鋼に浸透していかない。
焦燥を帯びた赤色の鼓動が、ゆるやかにざわついて心に波紋のように広がっていく。
ゴブリン鋼と一緒に持ってきたダンジョン鉄にも、魔力を浸透させてみるけど、うまくいかない。
口のなかが乾いて、呼吸が不規則に乱れて意識による統率を拒否する。
不安を振り払うように素早く動く。
土蔵に保管していたゴブリン合金製の剣に魔力を浸透させようとするけど、やはりうまくいかない。
ゴブリン合金をゴブリン鋼とダンジョン鉄に分離したペナルティー?
ただ一度の奇跡の代償に、複数のスキルが使用不能になる?
…………いや、スキルの起動はできていた。
なら、魔力の浸透を阻害している要因は、それとは別のなにかだ。
破裂しそうな自我を誤魔化すために、平静を急造で偽造する。
魔力はどうだろう。
ボクは魔力切れで気を失っている。なら、魔力が回復しきっていなくて、魔力を浸透させるのに必要な魔力量を確保できていない可能性はどうだろう。
さっきから起動している魔力感知と魔力操作、魔力循環のスキルの感覚から、魔力不足だとは感じない。
魔力感知と併用して鑑定で自分の魔力を鑑定してみると、減っているどころか魔力の総量は魔力切れ以前に比べて二割増えている。
これは変だ。
魔力切れから回復すると、魔力の総量が増えるのは一般に知られている。けど、レベルアップによる魔力増加に比べて微量なことから、一部の魔術信奉者以外がわざわざ魔力切れになって魔力を増加しようとする者はあまりいない。
間違っても、一回の魔力切れの回復で二割も増えるという話は聞いたことがない。
魔力が増えて制御できないから、魔力を浸透できない?
違う。
それなら、そもそも常時起動させている魔力循環すらうまくいかないはずだ。
魔力が浸透しないのは、もっと別の要因だ。
スキルはどうだろう。
スキルがゴブリン鋼を分離したことでマイナス成長したとか、別のスキルに変異したとか?
「スキルウインドウ」
『隠行六 鑑定 索敵六 解体四 暗視六 魔力感知八 鎌七 魔力操作八 魔力循環八 錬金術四 鍛冶二 革加工一 スキルポイント三〇』
魔力関連のスキル熟練度が凄いけど、それよりも、月単位、年単位でようやく成長すると言われている生産系スキルの錬金術と鍛冶が成長している。
ゴブリン鋼を分離させる偉業で成長したのだと、納得できる部分もある。だけど、それなら、なぜ、魔力を浸透させることができない?
成長したのに、成長前にできたことができなくなる。ありえなくはないんだろうけど、どうにもしっくりとこない。
他の要因は関係していないか?
例えば…………場所はどうだろう。
ここは離れで、ゴブリン鋼を分離したのはセーフエリアだけど一応ダンジョンのなかだ。
手早く、一週間ダンジョンに入っていられるように準備をして、今度はちゃんと予備日も含めて一週間探索するとゲートに入力してダンジョンに入る。
さっそくゴブリン合金製の剣を手に取り、スキルを起動させて魔力を浸透させる。
魔力が滑らかに剣に浸透する。
よし!
うまくできなかった要因は場所だったか。
ダンジョン内じゃないと、錬金術はうまく機能しないのだろうか?
まあ、ダンジョンやスキルにかんしては、よくわからないことのほうが多いのだから、不都合がなければとりあえず納得して、イレギュラーがあったら経験として学習して、そのつど修正すればいい。
スキルが成長したからか、一時間で魔力を剣に浸透させることができた。続いて、そのままゴブリン鋼の分離に移行。
五時間でゴブリン鋼の分離を完了させた。時間が短縮されて、消費した魔力も前回の半分以下ですんでいる。
おかげで心に余裕ができた。
だから、その暗闇のような冷たい厳然たる事実も視界に入ってくる。
ゴブリン合金製の剣を分離して得られるゴブリン鋼の量が少ない。
前回のゴブリン鋼が剣の一割強で、今回は二割弱。ゴブリンが所持しているゴブリン合金製の武器におけるゴブリン鋼の含有率は二割前後といったところか。
ゴブリン鋼でギロチンシックルくらいの大きさの鎌を作ろうと思ったら、最低でも三本、もしかしたらそれ以上の数の剣を分離しないといけない。
感覚的にはびっしりドミノを並べるような精密作業を五時間以上しなくてはいけない。
こつこつとひたすら地味な作業を繰り返すのは嫌いじゃないけど、連日となるとさすがに気が重くなる。
魔力の残量としては後一本分離できるけど、ゴブリン合金製の剣を分離したいかと言われると、正直気が乗らない。
でも、ダンジョンで狩りができるような状態でもない。
肉体的な疲労はないけど、精神的な疲労が鉛のように重く蓄積している。狩りの途中で集中力を乱して、逆に狩られる愚者にはなりたくない。
どうするか?
昨日までなら、迷わずに寝たけど、魔力切れで魔力が増えるなら、魔力切れになってから寝たい。
よくわからないけど、うまくすればまた魔力が二割増えるかもしれない。
でも、いまから新鮮味のないゴブリン鋼の分離は遠慮したい。
…………視界にコボルト合金製の剣が入った。
コボルト合金もゴブリン合金と同じように、コボルト鋼とダンジョン鉄の合金。濃紺で軽くて硬いコボルト鋼はコボルトキングの武器の素材として有名で、中堅以上の探索者が刃をもつ武具の素材にしている。
ゴブリン鋼が分離できたのなら、コボルト鋼も分離できるかもしれない。
というか、気持ちを切り替える意味でもやってみたい。
コボルト合金製の剣を手にして、呼吸をゆっくりと整えて、意識を集中させる。
魔力はゴブリン合金と違ってコボルト合金製の剣に滑らかに浸透していく。このままコボルト鋼の分離もすんなりいくかと思ったけど、コボルト鋼を選別しようとすると、ダンジョン鉄がへばりついて邪魔をする。
結局、コボルト鋼を分離する独特の感覚をつかむのに手間取って、八時間弱かかった。
作業が終了すると、ちょうどよく魔力切れになったので、そのまま寝袋に入って気絶するように寝た。




