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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第8章 偉大なるゴブリニア及び南部オークランド連邦
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8-5 それぞれの腕試し

「――ということは、その者はお主達の事情を知った上で引き受けたか」

「ええ」


 マイエルは対面に座ったシンへ相槌を打った。

 実際の話し相手はバーフェイズ学長である。シンは通信魔法の結果を反映しているだけだが、声も忠実に再現できる魔法家から学んでいるので、目を閉じれば本当に学長がそばにいるかのようだ。


 交渉がまとまり、準備のために一度麓へ戻ってきてからの報告だった。


「そういうわけで、しばらくはここを離れられないでしょうが、心配はいりません」

「了解じゃ。皆には吾輩からきちんと伝えよう。どこも春へ向けての準備で立て込んでおるようだから、手筈が整うまではちとかかるかもしれんが」

「それは仕方がありません。まあ、用意さえ済んでしまえばメリーとシンで運搬できますから、多少の遅れは問題にならないでしょう。それに、まだどういう指導内容になるかわからないので、どのみち予定の調整が必要になると思います」

「ふむ。それはまた担当の者から通信をさせるとしよう。しかし――」


 シンは短く溜め息を吐いた。学長がそうしたのだ。

 あの老翁にしては、珍しかった。


「黒エルフか……」


 苦々しく言葉を吐き出すならまだわかりやすかったが、伝わってくるのは戸惑いだ。


「もう一度言いますが、そのことだけはくれぐれも他言無用でお願いします」

「わかっておるよ。……難儀が続くな」


 レギウスを取り戻すためとはいえ、ヒューマンと黒エルフの手を借りることになってしまっている。学長でなければ到底認めてはもらえまい。元より一身上の都合であるから、別に許されようとも、共感を得ようとも思っているわけではないが、エルフとしてこれでいいのか――もっと他に、真っ当なやり方を選択することもできたのではないか、と考えることはあった。


 それでも、やはりこの流れに沿うことが一番いいように思えるのだ。

 レギウスの()と比べれば、この程度のことは難儀でも何でもなかった。


「では、失礼します」

「うむ……」


 シンは、ふう、と息を吐いて、


「通信終わりました」

「ご苦労」

「それにしても、この魔法は慣れませんよ。繋がっている間中ムズムズするし、自分の声まで変わるってのがどうも……」


 マイエルはこれを無視して、椅子から立ち上がった。


 ミンジャナの小屋でメリーの体調がある程度回復し、無事に屋敷へ戻って来られたものの、またすぐに山へ入らなければならない。シンを預けるためだが、マイエルも小屋に滞在するつもりだ。ミンジャナが出した条件の一つに、シンの面倒を見る間、家のことを代わりにやって欲しい、というものがあった。あそこでの独り暮らしなら、妥当な要求ではある。


「そうだ、ええと……夕食は、運んでもらうようにしてください。またお父さんを怒らせるのも悪いんで」

「ああ……」


 確かに、今となってはその方がいいだろう。


 マイエルはシンの部屋を後にし、メリーの部屋へ向かった。

 軽くドアをノックする。


「入っていいかな」

「どうぞ……」


 返事をしたのはギルダだった。メリーもベッドで半身を起こしている。


「向こうには学長が上手く伝えてくれるはずだ。金と、秘密を守れる誰かが手配されるだろう」

「では、ひとまず安心、ということですか?」

「街のことに関してはな」


 脅威を取り除くわけではないから領民の感情は複雑だろうが、国からの援助を手厚く受けられるということで、なんとか納得してもらうしかない。


「それで、できれば明日すぐに出発したい。できるか? メリー」

「あー、はい。体力はまだ戻ってないですけど、魔法を一往復使うだけなら大丈夫だと思います……」

「ありがとう。それさえ終われば、あとはゆっくり休めるだろう」


 メリーはしっかり頷いたが、ギルダの顔には心配であると大きく書かれている。


「ギルダ、ここに残るなんて言うなよ。心配なのは私も同じだが、もう看病が必要というほどでもないだろう。君も一緒に来るんだ」

「そうだよ、ギルダ。あたしより、シンの面倒見てあげて」

「正直、私だけで家事全般が務まるとも思えないしな」


 冷ややかな視線が、二つ分投げかけられる。


「……それは冗談だが、シンの修業を見守るついでに、君の魔法も少しあの山で鍛えようと思う」

「わたしの魔法を、ですか?」

「もちろん私が教えるからには、治癒魔法だ。今の君の役割を考えると、召喚魔法以外の実力はあまり重要ではないかもしれないが、それでも、他の部分を伸ばしておいて損はないだろう」

「それはまあ、そうでしょうけど……」

「君がシンを召喚してから今まで、あまりに忙しかったが――これは私達にとってもまとまった時間を確保できるいい機会だ。飯炊きだけで日が暮れるということはない……ないと思う……余った時間くらいは好きにさせてもらうとしよう」


 それが例え、ただの暇つぶしにしかならなかったとしても。




 山の精霊こと黒エルフのミンジャナは、今度は双子大岩の前で待ち構えていた。


「よろしくお願いします!」


 とシンが勢いよく頭を下げたものの、彼女は特に反応を示さない。


「それじゃあ……あたしは帰りますけど……」

「ああ。何もなければ、次の物資補充でまた会おう」


 メリーが魔力を放出し、雪の上から消える。

 おそらくは、ミンジャナも運搬魔法くらいは扱えるのではないかと思う。ただ、マイエル達のためにそうする気がないというだけの話だ。


「初めに言っておくが――」


 と黒エルフは口を開いた。


「引き受けたのは、わしに利があるからだ」


 一つ不思議なのは、マーレタリアの社会から弾き出された存在であるはずの彼女が、マイエル達白いエルフを見ても憎悪の念を飛ばしてこないという点だ。それ自体は隠せることかもしれないが、彼女が実際には何を思い、どういう結論によってこの取引を受け入れたのか、気にはなる。マイエルはただ、彼女を納得させるために、シンと行動を共にするようになったこれまでの経緯(いきさつ)を詳しく説明し、その上であらためて条件を提示しただけだ。それで彼女は、条件を呑んだ。


「お主らの事情はまあ、聞いて理解した。あまり情報を仕入れぬから、少なからず驚きもしている――だが、それとお主らに興味を抱くかどうかは別の問題だ。教えるが、上手くいくかどうかは、知らん。保証もせん。これまで弟子を取ったこともなければ、同じように心を覗ける者と出会ったこともない。だから、何をどうすればお主らが満足するかなどといったことはわからん。考えるための材料が、まだ手元にないのだな――と、そういうわけで、だ、まずは……そうだな、ふむ、ヒューマンよ、お主、わしの精神を読んでみるか?」


 腕試し、といったところだろうか。自分から心に触れていいと言うのだから、よほど魔法から身を守るのに自信があるのだろうが、


「――いいんですか?」


 と聞き返すシンも相当自信家に思える。


「うん。話に出てきた、魔法を使った攻防な、それが本当にありうることなのかわからんのだ。お主の言う通り、破った実感がないのではな。だから、自分が身を守る側になれば、何のことを言われたのかよく理解できるかもしれん」

「そういうもんでしょうか」

「なに、わしはそんなことしたこともないから、意外と簡単に、覗けるかもしれんぞ」

「自信ないですけど、そうおっしゃるのであれば――」

「では、試してみるか。……その前に――白いの、お主らにはそろそろ、約束した仕事に取りかかってもらわんと困る。わしは今日、何も食っとらん」


 急に自分達のことを言われて、マイエルは少し焦った。


「あ、はい――それはもちろん、仕事はこなしますが、我々も一応、修行の経過を観察しなければならないので見学は……もちろん、よろしければ、ですが」


 ミンジャナは相変わらず何を考えているのかわからない瞳でこちらを見、


「……まあ、よいわ。……では、やってみろ、ヒューマン」


 シンは一旦魔力を見せたが、すぐに首を傾げてから引っ込めた。


「あの、やっぱり、一番強いっていうか、やりやすい方法でやった方が参考になりますよね?」

「当たり前だ。そうでなければ意味がなかろう」

「はい」


 頷いて、シンはミンジャナに近づき、


「では、失礼して……」


 その頭部を両手で包んだ。

 ミンジャナはヒューマンにそうされているというのに、驚くでもなく、抵抗するでもなく、されるがままにしている。


 シンが魔力を練った。

 既に魔法の効果は発揮されているはずだが、ミンジャナは未だに平然としている。むしろシンの方が難しい顔をしているくらいで、それも、時間と共に段々と険しくなっていく。


 思うようにいかなかったのか、シンは一旦、魔法を止めた。

 目を閉じて集中し、そして今度は、全身から魔力を溢れさせた。

 その上で、ミンジャナの頭をもう一度包み込む。彼女の頭で、シンの魔力に触れてない部分は一つもなくなった。


 だが、ミンジャナが溺れるようなことはなかった。

 やはりシンの方が、息苦しさを味わっているように見える。


 マイエルはここでやっと、ミンジャナの皮膚に薄い魔力の膜が張られているのがわかった。シンの魔力に隠れて見えないが、頭部も同じように守られているはずだ。


 そしておそらく、シンはそれを突き破っていけない。


 とうとうシンは、彼女の心を読もうとするのを完全にやめてしまった。


「……おい」


 肩で息をするシンに、ミンジャナは声をかけた。


「もう一度だ」

「――言われなくても」


 そこからは同じことの繰り返しだ。

 シンは何度もミンジャナに襲いかかったが、彼女の表情を変えることさえできなかった。最終的に、雪の上へべったりと座り込んだ。


 ミンジャナは頷いて言った。


「なるほど。確かにわしよりは下手らしいな」

「……やっぱり、オレの見込んだ通りだ……」

「それで、お主としては、大体わしと同じくらい使えるようになれれば、満足か?」

「――そうですね。そのくらいの魔法家になれるなら、少なくともあの人は問題にならなくなる。オレの目標は達成される」

「そうか……ふむ。お主がどこまでやれるかは知らんが、わしの言うことを聞いていれば、近づくことはできるだろう」


 シンは複雑な笑みを浮かべた。


「そう信じたい」

「では、今日は終わりだな」

「ええ!? いや、オレはまだやれますよ。魔力はまだ残ってます、ほら」


 そう言ってシンは魔力を出して見せた(本当に残っている)が、ミンジャナは取り合わなかった。


「修業のペースを決めるのはわしだ。お主ではない。お主がやれると思ってもわしがやりたくなければやらぬし、お主がやりたくなくともわしがやれと言えばやれ。それが嫌なら、今からでも全て忘れて帰れ。今日はもうやらん」

「……わかりました。本日の指導、ありがとうございます。あ、一つだけいいですか」

「何だ」

「師匠って呼んでいいですか」

「……勝手にせい。ほら、白いの(ども)、早く飯を作れ。あまり待たせるなよ」


 ギルダとマイエルは顔を見合わせたが、ひとまずは、従った。




 そんな調子でスタートしたシンとミンジャナの師弟関係だったが、二日目からは長い時間をかけた修業が始まった。といっても、内容の大部分は魔力同士の接触による精神魔法の力比べとでも言うべきもので、シンが毎回コテンパンにやられているという以外は、見ていても何が起こっているのかよくわからないのだった。一応、ミンジャナが口での説明を挟んでいるものの、


「お主の(かたむ)け方は急すぎる。自分を入れると同時に相手も取り込まなければ歪みが生ずる。精神を層に分けようとするからいかんのだ」


 などと抽象的なことを言うばかりで、マイエル達にはさっぱりである。


 早々に観察を諦めたマイエルとギルダは、ミンジャナが要求した家事を一通り覚えることに専念し、その上で余裕を持って自分達の活動に取り組むことにした。ギルダが疲れ切っていてもマイエルが動けるなら、役目はこなせる。


 薪を割り終わり、その日の夕食の仕込みまで済ませ、暖炉の前で延々と魔力の扱いに物申されているシンを横目でちらと眺めてから、マイエルとギルダは外へ出かけた。


 本日がギルダの修業初日である。


「どこに向かうんですか?」


 と訊ねてくるギルダに、


「それは、修業に適したところさ」


 と答えながら、マイエルは山のさらに奥深くへと分け入っていく。

 あんまり小屋から離れていくので、ギルダは不安な表情を見せている。


「同じ魔法を使えるのに、君とはあまりそういう話をしたことがなかったな」

「ええ……」

「ミンジャナさんも言っていたが、私も誰かに教えるときは、とりあえずその相手がどの程度できるのかを把握したくなる」

「はい」

「そこがわからないと、どういう予定を立てていいかわからないからね……。だから、君と私の仲ではあるけれども、まずは知るところから、だ」

「……はい」

「今日やるのは、それだけだ」


 やがて、目的地に到着した。


 特徴のある場所ではなかった。木々の間を進んで、切り立った崖に出ただけだ。

 下見をしたわけではない。この場所に決めていたわけでもない。こういう地形であるなら、マイエルとしてはどこでもよかった。


「よし」

「ここで……何を?」

「始める前に、まず聞いてくれ。当然だが、君より私の方が優れた治癒魔法家だ。だからもし君が上手くできなくても、最終的には私が治せる。いいね?」

「――それ、どういう意」


 マイエルの腕前では、不意を突かなければギルダに一発お見舞いすることができない。何度も使える手ではないが、()()()()としては悪くなかった。


 雪の粉が飛び散る。

 マイエルは蹴りを繰り出し、ギルダは――本当ならば脇腹に入っていたところを――腕で上手く防いだ。素晴らしい反応だった。


 だが、勢いまでは殺せない。

 ギルダは足を踏み外し、落ちていき――それでも、崖のふちを掴むことには成功していた。


「――流石だな」

「な、どうして、こんなこと――」


 もう一方の、蹴りを防いだ腕を上げようとしているのだろうが、あの手応えだと、多分骨にヒビが入っている。動かすのは難しい。


「修業だよ、ギルダ。これも修業だ」


 マイエルはしゃがみ込んで、崖の下を覗き込みながら、ギルダの指を、まずは一本、ふちから剥がした。


「私は肉体の破壊に対応するのが得意な治癒魔法家だ。怪我を治す術を覚えるのに一番手っ取り早いのは、怪我をよく知ることでね。特に、体験すると、よく理解できる」


 もう一本。


「君の真下に、変な形で生えてる木の枝がある。そこをクッションにすれば、そこまでひどい怪我にはならないだろう。まずは下まで落ちてみよう」


 三本目、残りの薬指と小指はギルダの体重を支えることができなくなった。

 悲鳴を上げながら、ギルダはマイエルの計算した通りに枝へ激突してから、荒々しい着地をした。死ぬ高さではない。だが、脚は折れただろう。


 呻き声を確認してから、マイエルは声をかけた。


「夕食のことは心配するな、私だけで用意できる。そうだな、大体そのくらいまでに戻ってくることができれば、君は有望だ。もし自分ではどうにもできなくても、明日の朝迎えに行くから、それまでは死なないようにできるな? じゃあ、頑張ってくれ」


 ギルダが小屋へ帰ってきたのは、マイエルが床に就こうとする直前だった。


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