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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第8章 偉大なるゴブリニア及び南部オークランド連邦
88/212

8-1 彼の地に眠るもの

 ヒューマンにもエルフにも支配されていない土地が、セーラムの北にある。

 日本地図で言ったら山形から新潟にかけてのあたりだが、そこにはゴブリンという種族と、オークという種族が暮らしている。こういう言い方をすると奇妙に聞こえるが、二十一世紀の日本から来た俺達にとっては、とても馴染み深い存在だ。エルフと同じで、その生態や姿形は、登場する()()ごとに細かな違いがあるものの、大まかなイメージは共有されている。そして実際、話を聞いた限りでは、この世界における彼らも、つまり――醜く汚らわしい存在として捉えられている。


 元々は敵対勢力同士であった彼らだが、三百年戦争が始まるもう少し前に、今の社会体制を構築した。彼らは「偉大なるゴブリニア及び南部オークランド連邦」を名乗り、一つの国になった。が、ヒューマンもエルフもこれを公式には認めておらず、彼らのテリトリーは単に蛮族領か、それぞれの名前をくっつけて、オーリンと呼ばれている。


「レギウス・ステラングレ卿。もう一度だ。もう一度説明しろ」


 格子の向こうで、そのエルフはもしかすると自分がやっぱり何か間違っていたのではないかと確認するかのように、本のページをめくった。いちいち指で重要だと思われる箇所をなぞり、見落としがないか、見落としをしてしまったのではないかと怖れながら目を見開いて点検している。


 だが、認識が覆るような発見はなかったと見える。


「……ですから、これは、魔力を供給することによって召喚魔法の効果が得られる装置、について、書かれているものではないかと……」


 俺の後ろで、姫様が長く息を吐いた。


「おいレギウス、お前、俺達がそれを読めないからって(たばか)ろうとしてるんじゃないだろうな?」

「め、滅相もございません!」

「魔法家がいなくても召喚ができる装置なんて、そんな都合のいい話があるか?」

「それは、お、(わたくし)めも大変に驚いておりますが、しかし、というか、これが本当だとしたら、大発見などという生易しい表現で済むようなことではもちろんなくてですね、謎のベールに包まれていた古の魔法体系を明らかにする上で非常に重要な手掛かりとなるばかりか、この装置が何に利用されていたか、また装置のある場所を調査すれば、マーレタリアにおいても判然としない、三百年戦争より遥か以前の歴史を紐解く鍵にさえなるということでもありますからして、」

「もういい。とにかく、その装置とやらはヒューマンを()べるんだな?」


 レギウスは首肯した。

 姫様の方を振り返る。彼女やジュンだけでなく、アキタカ皇帝とクドウ氏、それにフォッカー氏にも同席してもらっていた。フォッカー氏の弟であるジェレミー君には、俺とジュンの出自について説明するため少し触れた程度だったが、それがこのような発見に繋がるのだからわからないものだ。コネクション(縁故)がいかに大事であるかということを痛感させてくれる。


「まあ、どの程度のもんかにもよるが、これ取った奴が勝つかな」

「それで?」


 と姫様は言った。


「地図は、結局装置のある場所を示しているということかしら」


 レギウスは答える。


「もし、そちらの方がおっしゃったように蛮族領の地図ということなら、私にはなんとも……ただ、関係ないものをわざわざ挟んでおくということは、考えづらいのでは?」

「んなこた言われなくてもわかってる。ではそれはまた別の専門家に回すとして……」


 それで、後日判明したところによれば、それはやはり現在蛮族領とされている地域の古い地図であるということだった。


「分析官は、ゴブリンとオークがあの土地へ追いやられる前の時代に使われていたものかもしれない、とも言っていたわ」


 姫様のその言葉に、ふうむ、とクドウ氏が唸った。


「それほど古いものであれば、あのエルフが言ったことにも頷けますな。確かに、歴史を紐解く上での重要な資料なのでしょう。非常に興味深い」


 まだルーシアにこの事実は知らせていない。こうしてディーン側の重鎮とのみ密談の場を設ける状態が続いていた。


 俺達は慎重になるべきだった。エルフを相手にするだけだったら、俺が出て行って露払いをしよう、と話の方向がイージーになっていくのだが、今回はそうではない。そして、少なくともルーシアのトップ、マルハザール大統領は慎重な男ではなかった。だから、今は仲間外れにしている。それが原因で揉めたばかりだということを踏まえても、この判断で正しいと思う。


「しかし、真に重要なのは、我々ヒューマン同盟がその装置を手中に収められるかどうか――さらに申せば、手中に収めようとするかどうか、ではないですかな?」


 やるなら、当然、蛮族領との外交方針を決めなければならない。


 まずは交渉になるだろうが、こちらの思うようにいかなかった場合、どこまで妥協できるかということを決めなければならない。もっと言えば、妥協ができないのであれば、事を起こす準備をしなければならない。もっともっと言えば、事を起こすところまでやるつもりでいくのか? ということから決めなければならない。


「もちろん、()()、我々の管理下に置くつもりです」


 と姫様は宣言した。


「待て、ゼニア。お前は簡単に言うが、向こうもそう易々と入らせてはくれまい。エルフが山を越えようとしたばかりで、蛮族共は一層慎重になっておるのだぞ。何か上等な餌をちらつかせるにしても、乗ってくるようには思えぬ」


 王様の言うことはもっともだった。アキタカ皇帝も頷く。


「オーリンは道ではない、と呪文のように唱え続けられるのが常だと聞きます」


 俺は素朴な疑問を口にした。


「でも、エルフに屈したから、あの時山を越えられそうになったんですよね? 通してもらおうと思えば、手がないわけではないということですよね?」

「それはそうだがな、道化よ……蛮族共としては、エルフもヒューマンも同じく通したくない相手なのだ。余はな、奴らに面と向かって、関わりたくない、とはっきり言葉にされたこともある。それは、あの時のエルフは多少上手くやったのかもしれぬが、それとて何度も続けられるものではない」

「ガルデ王陛下の仰られる通りです。フブキ殿」


 とフォッカー氏も言う。


「蛮族領が戦を望んでいないことと、蛮族領が戦を始められるかどうかは別の問題です。彼らとて生活が脅かされれば、武力に頼らざるを得ません。エルフも悪戯に戦線を拡大するという愚は犯したくありませんから、蛮族領へ兵を通そうとはしても、こちらの兵とぶつけようとまではしなかったでしょう? それと同じように、我々ヒューマンも、ゴブリンやオークとは敵対的にならぬよう努めているのです」

「なるほど……それは確かに、ただでさえこちらは不利なわけですから、敵を増やすような行動は慎むしかありませんね」

「しかし――」


 アキタカ皇帝が軽く首を傾げる。


「考えてみれば、ゼニア姫なら、この辺りの事情は既に御承知の筈。そういうことであれば、もう覚悟をお決めになったか、何かお考えがあるのでは?」

「もちろん、(わたくし)とて流れる血を増やしたくはありません。特に、それがエルフ以外のものであるなら」


 クドウ氏が姫様の方を見る。


「それでは、策ですか」

「いえ、策というほどのものではありません――もし、こちらが考えているよりも、向こうに交渉の余地があったとしたら、どうでしょうか?」


 俺と姫様と、いるにはいるが話には参加してないジュンだけが、表情を変えない。


「と、申しますと……?」

「不思議だったのです。いかに腕利きの運搬魔法家(ポーター)といえども、エルフ圏からディーン皇国までという長距離を、しかも大隊の規模で移動するためには、膨大な量の魔力を消費しなければなりません。何十という魔法家と、何百という魔力供給員が連携しても実現しうるかあやしい――そういった、途方もない量です。奴らが現れた遺跡も魔力溜まりとしてはかなり有望なものだったでしょうが、我々が調査に入った時には既に空となっておりました。そして、そのたった一ヶ所だけでは、到底賄えなかったはずなのです」


 フォッカー氏が言った。


「私もそれは疑問に思っておりました。あれほどの運搬魔法を実現するためには、どこか別に中継点を設定して経由するしかないはずですが、しかし――」

「そう、帰りの分も考慮すると、二つや三つに中継点を増やしてさえ足りないのです。それに、結局、エルフ圏の端からディーンの端まで飛んだとしても、まだまだ距離がありすぎる――ということは、どこかヒューマンの領地で秘密裏にそれを確保するか、あるいは、」


 俺がその先を引き継いだ。


「蛮族領にそれを求めるか……」

「そういうことね。さて、私は今、エルフが本当にその方法を用いた、という情報を手に入れております」


 それは知らなかった。

 だがその情報とやらがどこから出てきたのかは知っていた。

 霞衆(かすみしゅう)だ。


「エルフは、オーリンに無断で彼らの魔力溜まりを利用したのです。ゴブリンとオーク、それぞれの心中まではわかりませんが、土地を荒らされても穏やかでいることは難しい。彼らは揺さぶられているのです。それだけではありません。エルフからの過度な干渉を退けるのに、最早彼ら自身の力だけでは足りないのではないか、と考える一派がいるとの情報も転がり込んできています。その一派となら、交渉の余地は、あるはずです」


 王様が渋い顔になって言った。


「まあ待て、まあ待て――その情報の出所(でどころ)は?」


 姫様は答えた。


「さる筋、というのでは?」

「納得するわけがなかろう! 仮に余がそれを受け入れたとて、アキタカ皇帝もクドウ氏も納得などせぬわ!」


 しかし、アキタカ皇帝も、クドウ氏も、微妙な表情ではあったが、王様とは纏っている雰囲気が明らかに違った。何かに迷っているような感じがする。


「あ、ガルデ王陛下。……大変に申し上げにくいのですが……」


 躊躇いはしたが、クドウ氏が切り出した。そして、


「実はその情報、我がディーンにも入ってきておりまする」


 反応を見るに、多分、一番驚いたのはフォッカー氏なのだと思う。


 皇帝は言った。


「正確には、私の部屋に届いた差出人不明の密書で、概ね、今ゼニア姫が言ったのと同じようなことが記されておりました。すぐにクドウへは知らせたのですが、真偽の判定も難しいものがありましたし、ひとまず私との間で留め置いていたのですが、そうですか、そちらにも既に同じ情報が……」

「……では、知らなかったのは余だけか?」

「陛下、私めも知りませんでしたよ」


 と俺はフォローしたが、


「やかましいわ!」

「すいません」

「とにかくだ! その情報が信用できぬのに変わりはなかろうが!?」


 だが、姫様はこう言った。


「エルフが蛮族領を通過して首都を狙うと知らせたのも、この筋ですが」

「な……」


 これで一気に信憑性が跳ね上がってしまった。


「私も全てを信じているわけではありません。しかし、裏を取るだけの価値はあるはずです。調査隊を派遣し、滞在させることを第一に、最終的には装置の管理権と、それに伴う国交の一部復活を目標とします」

「……そして、調査隊はお前が率いるわけか」


 姫様はコクリと頷いた。


「如何でしょうか、ガルデ王。そういうことであれば、悪い案ではないと私は思いますが……試すだけ、試してみては?」


 とアキタカ皇帝が言う。


「左様、異界よりの客人(まれびと)がこれからの戦略に欠かせぬ存在であると知れた以上、良い目のありうるものならば、何事も取りかかってみるが上策かと……」


 クドウ氏も乗っかる。


 俺やフォッカー氏は特に何も言わなかったが、それぞれの主君がああ言うならば、やはりそれに従うわけで。


「……わかっておる。わかっておるが、しかしだな……」


 王様は王様だから、本当は、突っぱねてしまったっていいはずだ。結局、こういう提案を通して一番苦労するのは王様なわけだから。

 姫様も偉い人だが、国の全部を動かそうとしても無理だ。王様が号令をかけて、初めて姫様の思い通りに人が動いてくれる。王様が、あいつの言う通りに仕事をしなくてもいいんだよ、という号令をかけたら、俺達は茶を飲んで戦盤に興じるくらいしかすることがなくなる。


 でも、これまでの例が示している通り、王様は姫様には激甘だ。

 姫様も姫様で、中途半端に止めようとしても止まるような人じゃない。

 そうなると、彼女を守るのに一番いい方法は、彼女が力を発揮できるように支援する、ということになってしまう。


「陛下、また姫様が危険そうな場所に行くってんでご心配なんでしょう」

「……そうだ。あんな野蛮な種族が潜む地になどやれるか」


 王様は開き直っていた。


「しかし、別に彼らと話ができないわけではないのでしょう? 我々とエルフの戦争に巻き込まれたくないと考えているのなら、セーラムの姫君に何かあったらただじゃすまないってことも重々承知しているはずですよ。むしろ安全な気さえしますがね」

「道化、余がおそれているのはそこではない」

「では、何をご心配なされるのです」

「貴様が関わるようになってからというもの、戦局の変化はこれまでと比べて激しくなっておる。この戦争そのものが、何か良からぬ方向へ導かれているような気がしてならぬのだ。いいか、貴様がそうしているというのではない――ただ、貴様がいるせいで、何か余計な歯車までもが動いていることはありうる。エルフがオーリンを通ろうとしたことも、ディーンに兵を運んだことも、長い戦争の歴史の中ではそう珍しいことではないのだろうが、これほど短い間に続くのは凶兆としか思えぬのだ」


 王様がそのように考えていたとは、知らなかった。


「そのような()の中へ、貴様が単身入っていくのなら止めはせぬ。だが、ゼニアまでもがその身を投じていくのを、見過ごしていていいものかどうか――それが余を悩ませるのだ」


 世が世なら、臆病だとか、我が子可愛さにとか、呆れられてしまうこと間違いなしの情けない台詞だ。まして、他の国のトップもいる場である。


 だが、誰も笑うことはできない。

 この男は既に息子を三人と、娘を一人失っている。


 もう奥さんもいない今、事実上の後継ぎは、姫様と、姉のミキア姫のみ。

 ここを失ったら、次の旗印はどうしたらいいのか? シリアスな問題だ。


「しかしね、陛下」


 と俺は言った。


「あなたわかっているはずですよ。歯車を動かしているのは、姫様の方だって」


 王様は激昂しなかった。そうだな、と認めるわけではないが、さりとて、俺の言葉を必死に否定しようともしなかった。ただ、受け入れるのが大変なのだと思う。


 クドウ氏が言った。


「いずれにせよ、雪解けは待たねばなりますまい」


 それには全員が頷いた。

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