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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第7章 隣界隊
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7-12 ご一緒にディナーをいかが?

 とはいえ、俺が着るものは数は揃っててもバリエーションがない。

 この季節の外出用の衣服は一着を除いて全て道化服で、その一着も一応用意してあっただけでほとんど袖を通したことがなかった。目の下に涙の刺青が入っている今、何を着たところで目立つに決まっているから、ちょっと出かけるだけの時でも道化師の格好で歩き回るようにしている。常日頃から目立っておくのが仕事の一部でもあった。


 そういうわけで、一応迷いはしたものの、別の道化服に着替えてルブナ・ジュランさんと再会した。


「あら、違う模様なのですね」

「ええ、まあ、昼に運動もしたので……」


 座学は練兵場とは別の建物を利用しているが、すぐ近くにある。そこの前で待ち合わせていたので、こうしている今も一日の訓練から解放された客人(まれびと)達が何人か、連れ立って談笑しながら脇を通り抜けていった。特に密談していたわけでもないのだが、俺と彼女のやりとりを聞いて憶えていた人もいるのか、少し好奇の目で見られているようだ。ちらりとそちらの方を見ると、若い一人がウィンクを返してきた。そして逃げるように早足で去っていった。別にそういう展開にはならないと思うが、まあ状況だけ見ればそう取れなくもないのか。


「……じゃあ、行きましょうか」

「はいっ!」


 キップの奴に乗って行ってもよかったが、目的地の近くに繋ぎ場があるか聞きそびれてしまったし、俺がジュランさんを後ろに乗せていいものか――いまいちわからない、というのもあって、城からは徒歩で出た。

 なので道中、というか全体的に会話の間がもつのか不安だったが、意外にも目的地に到着するまで、沈黙は少なかった。ジュランさんが会話の主導権を握っていたからだが、こちらとしても不思議な話しやすさがあってそこは随分と助かった。


 彼女は故国のことについてよく話した。どちらかというと暑いところで、セーラムに流れているのとは比べものにならないような大河に沿って都市が構築され、首都にはそれはそれは高度に整備された港があるという。だが国土のほとんどが肥沃な地帯というわけでもなく、むしろ広大な砂漠の中にまだらのように人の住む地域がある。それらの都市国家が一つの国にまとめられたのが、ルーシア共和国のはじまりだと言われている。

 そういう土地柄であるから、都市と都市の間を移動するのは大仕事だ。同じ川の流れに建設された都市間なら人も物も船で運んでいけるが、全ての都市、集落が水路で結ばれているわけではない。実際には孤立したオアシスもあるし、乾いた草原、いわゆるステップで馬や羊と移動しながら生活している人々もいる。職業に貴賎なしとはいうが、現実的にそこで暮らす民の生命線を保っている、あるいは生命線そのものであるために、ルーシアにおいては隊商ほど誇り高い職業は他にないという。


 だから、兵隊をセーラムまで連れてくるのも俺達が想像している以上に大変なのだということだった。セーラム王国やディーン皇国と比べると、ルーシア共和国は遥かに()()()で、ひとかまりでない。それでも歴史の中で二大国に吸収されず形を保ってきたのは、砂漠が()()()国境として機能してきたからであると考えられている。砂の山を越えて攻め入るのは魔法のあるこの世界でもコストのかかる試みで、代わりに、今のルーシアの形を拡大しようと攻め出て行くことも難しくしている。なにしろ陸路で国内から出るだけでも、移動の専門家である隊商のサポートは欠かせないというのだから、その過酷さが(うかが)い知れる。ディーンの人間がセーラムへ来る時も、海路を使わない場合はその世話になる。


 それで、話したのと同じくらい、俺の故郷について訊ねてきた。


 正直、あまり話したくはなかった。

 過去を話すことがあまり楽しくないということと、俺のおつむだと余計なことまで喋ってしまうおそれがあった。俺がどういう社会、どういう世界に住んでいたかということは、隠しているわけではないが、わざわざ意識して詳しく教えるのは、それが姫様の利益になるだろうと思える時ぐらいだ。ましてジュランさんはルーシアのヒューマンで、そこまで警戒する必要もないかもしれないが、エリート層ではある。下手に情報を与えることで、面倒事の引き金を引いてしまうとも限らない。


 なので、とりあえず、俺も地理的な話をすることにした。

 向こうの世界の地理の話なら、知ったところであまり役には立つまい。


 島国だ。

 火山ばっかりの土地にわざわざ住みついて、毎月のように地震が起きてもほとんどの人は気にも留めない。それを補って余りあるほど、水の豊かな国――。


 そういうことを話しているうちに、目的地に到着した。


「……で、ここですか?」

「そうです! この都では評判のお店だというので、一度来たかったんです。フブキ殿も、入ったことはなくてもお噂ぐらいなら聞いたことがあるのではないかと思うのですけれど」

「……あー、入ったことありますよ。何も食べなかったですけど……」

「それは、どういうことなのですか?」


 今は別の店でコックとして働いてもらっている、カラサワさんと揉めたレストランだった。確かに評判の店だし、高級すぎない。姫様の渡した謝礼金を駆使したのか、ここ最近は特に景気がいいという噂も聞いている。興味を持つのは無理からぬことだった。


「まあその、召喚した後の、仕事の斡旋の関係で何度か」

「そうだったのですか。……それだけの保証があるなんて、やっぱりここを選んで正解でした」


 いや別の店にしませんか、などと言えるはずもなく、入店する。


「いらっしゃいませぇえ。『ポルタ・レナ』へようこそ! 二名さ、ま、で……」


 運の悪いことに、オーナー兼店長直々のお出迎えだった。俺の姿を見て固まった。

 問題となったのはここのコック長とカラサワさんの喧嘩だったが、示談までのやり取りはこのオーナーとの間で行われたのだ。その時の記憶もまだ新しいだろうから、またぞろ何か厄介事を持ち込まれるのではないかという思考が一瞬で彼の表情に浮き出てきた。この状況がもう面倒な事態なので、俺は先手を取ることにした。


「お久しぶりです。あの時はとんだご無礼を。本当に申し訳ありませんでした」


 できるだけそっけない感じで言う。謝罪というよりは挨拶の雰囲気を出す。

 頭も軽く下げるにとどめ、話を続ける。


「我が主に代わり、()()()重ねてお詫びをと思いまして」


 オーナーはまだちょっと驚いていたが、俺の声の調子と、目が訴えていることを悟ったのか、すぐに切り替えた。


「いやいや、それはもう済んだことです。して、本日は何用で?」

「その……実は、普通にお食事をいただきたいと思っておりまして……」

「あたくしがお誘いしましたの。――もしかして、何かまずいことを……?」


 彼女にはその件の話をしたことはなかった。あくまでもアデナ学校の出向スタッフであって、隣界隊志願者以外の事情は知らない。


「いやいやいや! 滅相もない! どうぞ料理をご堪能ください! そのための当店でございます! おおい、誰かこのお二方を席までご案内してくれ」


 かしこまりました、と実にスマートそうな従業員がタイミングを見計らったかのように進み出てきて、俺達を先導する。なんとか助かったようだ。途中、振り返ってオーナーともう一度アイコンタクトをする。彼は微かにだが頷いた。道化師と異邦人の組み合わせを奇妙には思っているようだが、ジュランさんの身なり自体はまともなので、おそらく無害だろう、と判断してくれたようだ。


 席につく。つい、いつもの調子で壁にかかっているメニュー表を探してしまったが、この店にはそれがなかった。ジュランさんも俺につられて首を回していたが、ウェイターが紙のメニュー表を運んできた。


「あ、これか……」


 昔からあったものだろうが、一応庶民レベルの店でこれはリッチな備品だ。店内をほんのり暗めに保つ燭台や、テーブルと椅子にかけられているクロス、食器類もそうだが、手の届く価格でできる限りの高級感を演出するという戦略なのだろう。


 元からメニューの数自体は多くないが、ジュランさんは上から下までサッと目を通すと、


「では、鶏肉とキャベツのトマト煮を……パンはどれくらい付きますか?」

「バスケットいっぱいでございますよ。お好きなだけご提供いたします」

「そうですか。ではそれで」


 即決めてしまった。早っ。


「ええーとちょっとだけ待ってくださいね……」


 それをぼんやり眺めていた俺は一気に追い込まれてしまった。そりゃ、時間をかけて決めて、後からまたウェイターさんを呼んでもいいが、もうジュランさんの注文は済んでしまったわけだし、ウェイターさんとしてもまとめてオーダーが取れるなら取ってしまいたいはずだ。もちろん暇じゃないんだから。その二人分の時間を堂々と奪うのは気が引けた。――これでいいや。


「円盤焼き、豚燻製乗せ」


 ピザに似た料理だ。というかピザだ。トマトソースの。俺達のいた世界だと、トマトは古代からの食物ではなく、食材として広まったのは結構時間が経ってから、記憶が正しければヨーロッパへ十八世紀かそこらで、あの懐かしい肉厚なアメリカンピザの材料として使われるようになったのはイタリア移民が伝えてからの再開発だったから十九世紀も後半ってところだが、こちらでは既にこうして親しまれている。


「鶏肉とキャベツのトマト煮、円盤焼き豚燻製乗せでございますね。かしこまりました」


 言ってから、手を汚したりかぶりついたりする様を見せるのもどうか、と思ったが、確認までされたのにキャンセルするのはどう考えても決まりが悪すぎたし――もうウェイターも行ってしまった。


 まあ、いいか。気にしすぎだ、色々と。


「注文したばかりでナンですが、私も同じものにすればよかったかもしれません」

「……どうしてですか?」

「いや、ジュランさん、すぐ決めたっていうより、最初から決まってたのかな、と思いまして。鶏肉とキャベツのトマト煮でしたっけ? 誰かからおいしいって話、聞いたんじゃないかと……」


 彼女は少し沈黙した。何の()なのか、よくわからなかった。


 クスリ、と笑いがあった。照れの笑いだ。


「違うんです。その……あたくし、実はちょっと緊張してるんです。それで、焦ってしまって」

「緊張、ですか。まあ、初めてのお店ってのは、どきどきするかもしれません」

「ふふ、でも、それだけじゃなくて……」

「それだけじゃなくて?」

「あっ……いえ、大したことじゃないんですよ。何でもありません。――それより、さっきのことですけど、何か前にあったんですよ……ね?」

「いえ、大したこっちゃ――ことじゃないんですよ。まあその、例えばジュランさんは、アデナ学校の生徒の皆さんとよく打ち解けていると思います。でも、私達はやはり別の世界からのヒューマンで、違うところがたくさんあります。それが不幸を招くこともある、といったところでしょうか」


 ただ、カラサワさんとここのコック長の関係の悪化が、カルチャーギャップに全て端を発しているとも言えないだろう……とは思っている。


 俺はそこまでは言わなかった。詳しいことは言わなかった。

 ごまかした。

 だから、ジュランさんも敢えてその先を聞こうとはしなかったし――だから、今まで一応保たれていたリズムのようなものが完全に崩れて――だから、沈黙になった。




 それが少し続いた。まだ、料理が来るまではかなりかかるはずだった。

 俺もちょっとは楽しんでいたのが、一転してまずい空気になってきた。

 もうなってる。

 目を合わせるのも難しい。彼女の方も持ち前の勢いをなくしてしまったようで、一度だけ何かを言おうとしたが、やめてしまった。


 残りの時間全てを、沈黙か、多分もう元のリズムを取り戻すことはないギクシャクした会話に費やすのは、苦痛以外の何物でもない。しかもお互いに。


 俺は逃げ場を探して、無意味に周りを見渡した。

 助けを求めていたのかもしれない。だが、カタギの象徴のような家族連れも、余生を理想的に過ごしていそうな老夫婦も、彼らが形成した輪の外へ関心を向けるほど奇特じゃない。じゃあ独りの人――と他の席を見るうち、それがいいことなのかはわからないが、一つの発見をした。


 知っている顔があったのだ。


 苦しかったので、俺はそれをいいこととして処理し始めた。

 おもむろに席を立ち、その知人のところまで歩み寄った。


「こんばんは、マエゾノさん」


 男は顔を上げた。少し頬がこけている。

 椅子に座っていても長身だというのがわかる。


 俺を見ても表情は変えない。人を寄せ付けないタイプの無表情だ。見方によっては、陰気だと言い切ってしまってもいいほどの。だが落ち込んでいるような感じではない。手元のまだ湯気の残るスープはかなりうまそうだが、もしかしたらそれにさえも無感動なまま飲んでいたんじゃないかと俺は思った。


 じっと見つめられ、そして、


「――こんばんは」

「奇遇ですね、こんなところで。いい店を知っていらっしゃる」


 マエゾノさん。この中年男性も、客人だ。

 だがアデナ学校には参加していない。彼は教員免許を持っているそうなので、現在は日本でいう小学校と中学校を合わせたような教育施設で教員として働いてもらっている。寺子屋や手習所のようなものだ。貴族的なあれこれや魔法は教えない、完全に一般向けの教育施設である。専門は数学だが、物理など、他にも教えられるものはできるだけ教えてもらうようにしている。当然、現場では重宝されている。


「親御さんに、紹介を、されましたので」


 と彼は言った。


「少しお手当てが多くて、こういうところで使うのも、いいかもしれない、と……」


 言葉ほどには、いいと思っているようには見えない。それでも俺は頷いた。


「なるほど。実は私、今、ルーシアの教官の方と来ておりまして。これも何かの縁ですし、よかったら、ほら、テーブルにも余裕がありますから、ご一緒しても?」


 彼は返答しなかった。ただ、こちらを見るだけだった。

 嫌がっているのかさえわからなかった。あまり興味がないのかもしれない。


 沈黙は肯定、と受け取ることにした。


 急いで元いたテーブルへ戻り、ジュランさんに事情を説明し、ウェイターさんを呼び止めて、料理はあっちのテーブルへ運んでもらうように伝えた。


「こちら、ルーシアからお越しの、ルブナ・ジュランさんです。座学を担当してもらっています。それで、こちらがマエゾノ・ハジメさん。ハジメ・マエゾノさんかな。実は彼も座学というか――子供達に算学を教えてもらっています」

「よ、よろしくお願いします……」

「よろしくお願いいたします」


 ジュランさんはマエゾノさんが発する近寄り難いオーラに戸惑っているが、マエゾノさんは異国の濃い美人に会っても特に動揺などはしなかったし、舞い上がったりもしないようだった。内心はどうか知らないが、少なくとも、それを表に出すほど愚かではなかった。あまり興味がないのかもしれない。


 わかっていたことだが、同席者が増えたからといって、彼は自分から話題を振ろうとはしなかった。そしてこちらからもすぐには話しかけられないとわかると、木製の匙を使って、スープに沈んだニンジンをすくい上げて口に運んだ。拒まないが、積極的に構う気もない、か。あまり興味がないのかもしれない。ニンジンにさえ、あまり興味がないのかもしれない。


 日本にいた頃、俺はマエゾノさんと会っている。

 知り合いというほどじゃない。でも、会っていた。

 その点が――俺から見ればだが――他の客人と大きく異なっている。


 その時、彼は入社試験の面接官だった。俺は、もちろん就活生だった。

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