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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第7章 隣界隊
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7-9 シンの憂い

 予定通り、シンは集まった十人に精神魔法を施した。


 彼と比べると、ほとんどの客人(まれびと)が召喚直後から状況をうまく認識できず、混乱を(きた)していたため、これはやはり必要な措置であったように思われた。魔法やエルフの存在しない世界から来た彼らの驚き――マイエルにとっては魔法もエルフもいない世界の方が奇妙に思えるわけだが――尋常ではない。

 周辺環境の変化が精神と、ことによっては肉体にさえも強い圧力を与えてしまうことは、ヒューマンもエルフも同様だと考えられている。そんな中で、シンの精神魔法は、どんな治癒魔法よりも、効率よく客人達の心を癒したに違いなかった。


 マイエルが考えた通り、シンに調()()された後は、召喚されたヒューマン達は新しい立場にすんなりと順応していった。

 もちろん、戦争というイベントや、種族間対立とそれに伴う差別意識といったものに対する受け取り方・考え方には個体差があったが、概ね共通して、その状態は改善されなければならないという思いを抱いているようだった。そのためには、マーレタリアではなくヒューマンの陣営を挫く方が結果的に被害は少なくなるだろう、とも。


 シンの意見に同調するよう彼が魔法をかけているのだから当たり前といえば当たり前だが、それはさりげなく、自然体であるかのように錯覚させた。同じ志を持った者達が集ってきたように思わせられる――それは薄気味の悪いことだった。過程を、マイエルがしっかりと監視していたにも関わらず、だ。傍目には、シンと同じように(彼らが思うらしいところの)正義感に溢れる性格をした集団が、偶然現れたかのように映るのだろうか。


 シンは、その処置を終えた後も、まだ自分のしたことに懐疑的ではあった。だが、思考の全てをそれに割り振れないほどに日々は騒がしくなっていったので、話題としては――少なくとも、マイエルとの間には、出て来なくなった。


 大事に扱おうとするしないに関わらず、十人分の面倒を見るということは、大変な労力であった。ただ魔法だけを教えればいいというわけではなく、この世界について、というところから教えなければならなかったし――彼らは全員が、哀れなヒューマンの肉体しか持たないので、実に貧弱だった。筋力も、頭脳も……おそらく、シンのいた世界の民が構築する社会は、科学的にはこちらよりも大分――認めたくはないがかなり、相当――進んでいるのだろうが、頭の使い方そのものが優れているとはマイエルには思えなかった。知的な佇まいは、シンも含めて、彼らの中にはなかった。何故(なにゆえ)か、ギルダが召喚したヒューマンはシンと歳が近い者ばかりだったが、生きた年数は関係ない。彼らにどう物事を教えていこうか考えるだけで、マイエルは頭が痛くなった。


 それでも、シンは魔法を使って知識を効率よく他者へと伝えることができたから――彼一人にばかり負担がかかってしょうがないという問題に目を瞑れば――教育面ではそれほどの問題はなかった。魔導院を本拠地とする限りは、教官の確保もできている。シンのおかげで――というよりは、シンのせいで――魔導院に出入りするほとんどのエルフはシン以外のヒューマンに対しても抵抗を示さなくなりつつあった。当たり前の話だが、外部のエルフにとってはその状態は好ましくない。


 そもそもマイエルでさえ、多数のヒューマンが野放しでうろついていることを憂鬱に思っている。事情を知らない者からしてみれば到底受け入れがたい、というよりも見過ごせない状態であるのは確かだった。それでも暴動が起こったりしないのは、まさに十三賢者の威光が待ったをかけているからであった。召喚代表ギルダの()()()()、並びに()()()の創設は、マーレタリアの今後のためにどうしても必要な実験として、特例中の特例として、他の代表達が各方面に布告を出している。


 であるから、最近この国はどこかおかしいぞ、と街の酒場で大いに語られ、魔導院に連日苦情の列が並ぶことはあっても――実力行使に出る者までは確認されていないのだった。


 しかし、ギルダは――シンの言を今に至るまで信じるとするならばだが――心を操られていないにも関わらず、マイエルや他の多くのエルフ達とは違う感じ方をしているようだった。最早、彼女はシンに対して嫌悪感の欠片さえ持ち合わせていないのではないかとマイエルは思っていた。真実のほどはわからない。ギルダはギルダなりに、本心を押し隠していた方がシンのやる気を損なわずに済むと考えているかもしれない。


 だが、つい最近のことだが、マイエルがそれとなく()()調()()をしてみたところ、


「――想像していたよりは……」


 とギルダはヒューマンについての感想を漏らしたのだった。


 彼女がまだ若く、外をあまり知らぬせいかもしれない、と思うところはある。

 もちろんマーレタリアの教育機関では、ヒューマンは愚鈍で矮小な生物として教えられている。しかし、もうギルダ達の世代ともなると、よく頭で理解はしていても、それを肌で感じる機会がほとんどないのだ。首都にも数多くのヒューマンの奴隷が働くか囚われているが、マイエル達の一つ上の世代の頃から既に、それを巧妙に隠すことが常識となっていた。そしてそれは首都だけの話ではない。意識して探そうとしなければ、ヒューマンと()()ことは、まず、ない。昔ならいざ知らず、セーラム王国の領土を切り取り続けた結果、前線も首都から遠く離れていった。


 ()で隠しきれないほどのヒューマンと戯れて暮らすしかない下層民ならともかく、今、ギルダのように多少()()()()の出身者がヒューマンを観測しようと思ったら、軍に志願するか、長い時と時間をかけて()の方まで観光に行くか、マイエルやレギウスのように、()で仕事を見つけるかくらいしか手段がなかった。

 そのような環境下で、呪文(スペル)のようにヒューマンはゴミクズだ、と唱えられ続けても、いまいち実感できないのは無理もないことなのかもしれない。


 ただ、ギルダが見ているシンというヒューマンは、特殊ケースである。あれがヒューマンの代表と考えるのは危うい。何せ異界の住人である。こちらの世界のヒューマンとは似て非なるものだ。マイエルもようやく、そこは認めなければならないという気になってきた。ヒューマンだが、少し質は違う――ということを。それは94番にも当てはまる。彼らは、ここではないどこかの要素で構成されている。


 されど――ヒューマンはヒューマンだ。

 エルフと交わることはない。受け入れられるものではない。


 そこのところを間違えないよう、忠告はしている。ギルダも、わかっています、とは返答する――それでも、マイエルはまだどこか、不安を覚えずにはいられないのだった。生き残ったメリー・メランドを見ると、尚更そのような気持ちになる。メリーは初対面時にシンに頭をいじられたので、その点はギルダとは違うのだが、だからといってギルダがメリーをもう()()()()()ではないとみなすわけではない。むしろ、私闘に姉妹を巻き込んでしまったことに対して、大きな罪の意識を抱いていたので、生還してからは何かと気にかけていたのだ。

 親族やギルダの心配の甲斐なく、姉妹の喪失を覚えてからのメリーは急激に崩壊していった。自ら命を断とうとするのを止められ、食事にも手をつけようとせず、完全に塞ぎ込み、貴重な魔法家がまた一名失われるのか――と誰もが諦めかけていたところを、シンが魔法で、ほんの少しばかり痛みを取り除いたのだ。そして――それは余計なことだったとマイエルは思っているが――喪失を行動で埋めるように、心の方向を固定したのだ。それで、メリー・メランドは回復した。完全に元気を取り戻したというわけではなく、悲しみも未だ強く残っている。だが、死のうとはしなくなり、自分にできることを模索し始めた。今では彼女は、隣界隊の教官として数えられている。


 だから、少なくともそのことに関しては、ギルダはシンのしたことを正しいと信じているのだった。それもまだ許容できる。悲しいことを同じく悲しいと感じるのは、エルフにもヒューマンにも心という機能が備わっている以上、仕方のないことだ。


 だが、彼らは、それらの感情を、()()しているように思えた。

 それは過ちへの入口だった。

 どこでその芽を摘んだらいいのか、まだマイエルにはわからない。




 それで、当のシンはというと、基本的には憂鬱そうにしている。

 やるべきことはやっているのだが、やはりディーンでの敗走が尾を引いているらしい。それはマイエルもギルダも同じことではあったのだが、誰が一番堪えているかというと、多分、シンなのだった。

 正直、()を狙えるようになって、マイエルはいくらか気分が楽になっていた。まだ絶望するには早かった。ギルダも、召喚代表に任命されてからは、()のためにやる気を見せている。シンも忙しくないわけではなかったが、マイエル達と比べると、明らかに切り替えに失敗していた。召喚魔法が成功して、やっとまともな同郷の者と話せるようになったわけだが、それさえもあまり慰めになっていないようだった。


 庭園の一角が、角ばった小高い丘になっている。その斜面でシンが足を抱えて座っているのを、マイエルは発見した。


「尻が濡れるぞ」

「立っているのには疲れました。彼女、今日はずっとあれをやってます」


 火の化身として召喚されたアキタニ・ハナビ――ハナビ・アキタニが、巨大な炎を球体に造形し、空中に浮かべていた。それは呆れるほどに眩しく、まるで第二の太陽であった。

 だが、冬の寒さを和らげてはいない。

 庭園に積もった雪を溶かし尽くしもしない。

 ハナビは今、()()を制御しようとしていた。しかも、成功しつつあった。


 客人が魔法開発をする際は、必ず魔導院の誰かが立ち会うことになっていた。事故防止と、勝手なことをしないように見張っていなければならないからだ。


「オレはもう飽きましたが、ギルダは根気よく付き合ってますねえ」

「そうか……」


 いつの間にか、シンはギルダを呼び捨てにするようになっていた。これもまたマイエルが不安を募らせる原因だった。落ち着かず、マイエルは首巻きのズレを直した。


 ハナビは、真剣な表情で、そばに立つギルダの言葉に耳を傾け、頷いている。かなり遠くなので内容まではわからない。もうとっくに火の魔法ではギルダはハナビに追い抜かれていたが、擬似的な師弟関係は続いていた。ハナビはギルダに教えてもらうようせがんだし、ギルダもまだ教えられる部分はあると考えているようだった。


 庭園には他の、エルフの学生達もいたが、敢えて今の彼女達に近寄ろうとする豪の者はいない。


 魔法に関しては、客人達は例外なく恐るべき才能揃いであった。シンと同じように、他の劣った部分を帳消しにできるほどの素質を秘めている。それが十人。きちんと育て上げれば、隣界隊は精鋭集団になる。


「このままじゃ、オレはダメだ」


 唐突に、シンはそう言った。マイエルは少年を見下ろす。


「まあ、このまま君が落ち込んだままでいるのはよくない状態だな。確かに、私達は失敗した。だが、こうしてまた先へ進もうとしている。それでは駄目なのか?」


 シンは無造作に雪を拾って、大して握りしめもせず、雑に前方へと投げた。


「そういうことじゃない。マイエルさん、オレは次にまた会った時、あの人に勝てると思いますか」

「……勝ってもらわなければ困る」


 あの時のシンに落ち度はなかった。邪魔が入ったことが問題だったのであって、シンの仕事にはケチのつけようがなかった。


 94番は風の化身だ。戦力が充実しつつある今、一度対峙したシンよりも、火の化身であるハナビや、もう一人の、土の化身をぶつけるのが筋なのかもしれないが――総合力では、やはり彼に分があるのは間違いない。94番を処理する人選が変わることは、おそらくこの先もない。


「自信をなくしているのか? ……気が付かなかった」


 自分を責めるのは好きなだけやっていればいいと放っていたが、そうだとしたらこれは少し問題だ。


「セーラムの王女も、その侍従も、なんとか対応する。向こうに他の戦力が増えていてもだ。次こそは、君の邪魔はさせない。そのために、ギルダが君の仲間を召喚したんだぞ? 君は94番にだけ集中すれば問題はない。そこまでの道筋は、私達が整える」

「あの人は、怒ってるんですよ」

「知っている」

「そうでしょう。でも、それがどういうことかは、あなたでもわかってない」

「それは、まあ、奴の心を読んだ君の方が、具体的には把握しているかもしれないが」

「レギウスさんと、マイエルさんに怒っていた。エルフにも」

「前にも聞いた。聞かなくてもわかっている」

「多分、もう、あの人はオレにも怒っている。怒っているから、あの人は強い。あの人は、オレの前でも竜巻を起こせるのかもしれない。……さすがに勝てない」

「ふむ……しかし、君がこの調子で成長を続ければ、()までには追い越せる」


 シンはもう立派な怪物であった。

 新しく出会う魔法のほとんどを覚えている。それこそ、ハナビの魔法すらも、それが仕上がった後で簡単に真似てしまえるのだ。


「全然足りない。もっと強くならなきゃ」


 マイエルは賛同しかねたが、シンはさらに続ける。


「あの人の風を読むことはできた。でも覚えることはできなかった。あの人の中にいる誰かが拒んだんだ。()()()()()。あれを突破しなきゃ、あの人は倒せない」

「やるならば、万全の態勢で臨みたい、ということか?」

「でも、次にどうしたらいいのかがわからない。どうしたら、もっと上手く、心を読んでいけるのか――」

「――つまり、魔法を覚えることではなく、自分の精神魔法をもっと鍛えたいということか。何を悩んでいるのかと思えば、ずっとそのことを考えていたのか? 独学だと、もう限界なのか」

「そうです。それか、()に間に合わない。次は、向こうももっと力を付けているかもしれない。今のオレじゃ、抜けないくらいに」

「なるほど……」


 ただ気落ちしていたわけではないらしい。

 彼は彼なりに、次にどうしたらいいかを模索していたのだ。


「手本となる者を――師を、見つけなければならない、か」

「でも、どこにいるかがわからない」

「そうだな」


 憂鬱になるのも無理はなかった。

 精神魔法家は、その実力が優れていればいるほど複雑な状態に置かれる。連絡を取る事さえも困難である。逆に、簡単に見つかるようなら、おそらくシンよりは下だろう。


「聞くが、もし見つかる可能性が少しでもあるのなら、君は師匠を探すか?」

「そりゃあ……もちろん。でも、アテがないでしょう? 十三賢者の人達だって、過去に会ったことはあってもコネを持っているわけじゃないって……言ったのはマイエルさんですよ?」

「あの時は君が本物の師匠を欲しがっているなんて思わなかった。本腰を入れて探す気ではいるんだな?」

「……方法が、あるんですか?」


 そういうことであれば、手がないわけではない。

 マイエルは提案した。


「では、シン……あまり薦められるわけではないが、君が師匠を見つけられるかどうか、未来を見てみるか?」

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