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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第7章 隣界隊
79/212

7-6 マーレタリア十三賢者緊急会議:議題『軍務代表の不信任案』

                   ~


 その日も十三賢者は揃わなかった。


「……つまり、俺はもう元帥でも、マーレタリア軍最高司令官でもない、ということだな?」

「はい、その通りです」


 しかし、総代表を除く()()()が集結していた。

 例によって司会を務める外務代表、内務代表、法務代表、衛務代表、生産代表、流通代表、財務代表、環境代表、教育代表、魔導代表オスカリン・バーフェイズ学長。


 そして――今まさにその任を解かれようとしている軍務代表、ジェリー・ディーダ元帥。


「誤解しないでいただきたいのは、我々は貴方のこれまでの功績を高く評価している、ということです」

 

 更迭。それが議題だった。

 今回はそれを見届けるために賢者達が集まったと言っても過言ではない。

 ある意味では、戦いに負けて兵を失ったことよりも注目されているのだ――賢者の交代という出来事は。


「エメリカ・ベグジット亡き後、ここまでよくヒューマンを駆逐してくれました。おそらく他のエルフにはできなかったことでしょう。ただ、その能力も度重なる敗北で疑問視されてしまった――そう理解していただきたい。貴方にはもうこの三百年戦争を率いていけるだけの判断力が備わっていない、と考えられているのです」

「まあ、仕方があるまいな。それだけ下手を打ったのだから。――どうやらこの様子だと、とっくの昔に話はついているらしいな」

「そうですね。あとはいつあなたに知らせるか、ということだけでした。そして、なるべく多くの代表に出席いただける日が今日だったのです」

「なるほど」


 ディーダは周囲を見回している。

 賢者の森の、陽の当たる広場。いつもより埋まっている、切り株の席。

 反応はそれぞれ違う、が――強いて分けるとすれば、内務代表と生産代表は同じ(たぐい)のものだ。ディーダがこの森から去ることを喜んでいる。


「せっかく最後ですし、何か言いたいことがあればどうぞ?」


 内務代表の方が言った。ディーダと同じ世代の男性である。(エルフ基準で)顔があまりよくないという理由で民にはあまり人気がない。


「いや、ない。俺の指示が原因で火球中隊と土甲大隊を完全に失ったのは事実だ。これほどの損害は長い戦争の歴史の中でもほとんど例を見ない。よって、これからの戦いを任せられないという皆の意見に間違いは認められない」

「本当に? それが百年以上も代表のポストを占有していたエルフの言うことか?」


 生産代表は不満気(ふまんげ)な表情を見せている。こちらは自他共に認める(エルフ基準でも)美男子であるが、若さゆえか強引な政策を性急に推し進めることをウリとしており、それで結果が出ているにも関わらず悪名高い。


 この二名に共通するのは、軍務代表が自分達の仕事の邪魔をしているという考え方であった。


 確かに新たな領土を獲得し続けているマーレタリアであるが、それに比例して国内の混乱も深みを増している。かつて体験したことがないほどにその数を増やしたエルフ民族は、賢者と呼ばれる者達をもってしても解決できない問題を生み出し続けていた。

 エルフには、ヒューマンと比べて劣っている部分が一つだけあると言われる。それが繁殖能力である。ヒューマンと同じく一年全てが発情期で、なおかつヒューマンよりも生殖可能な時間が長いにも関わらず、子を残すことのできる機会は何故か少ない。

 マーレタリアの学界では長寿、聡明、頑健と三拍子揃ったエルフの生態が子孫を多数残すシステムを必要としなかったのではないか、という説が主流となっている。そして、未曽有の戦乱に突入し、一時期は絶滅まで危惧されたエルフ民族であるから、その生態に変化が起こっていても不思議はないとする論調もある。これまでと比べて圧倒的に種全体が死にやすくなったために、()()に適応し始めているのだ――というのである。

 この論を後押ししているのが三百年戦争の中期に入る前、一時的に奪われた国土の回復を達成したのとほぼ同時期に発生したと言われるマーレタリア・ベビーブームである。当時、国家が繁殖を推進したという記録は残っておらず、ヒューマンを押し返した()()が、自然に、同胞の数を増やすという意識に繋がったのだと伝えられ、実際、これにより増加した個体数が力関係を逆転させているため、()()()()を頭から信じている民も少なくない。


 もちろん、基本的には国家を構成する民の数は多いに越したことはない。敵よりも働ける民が多ければ、自ずと軍は強力になり、生活も豊かになっていく、余裕が出れば文化も花開く。大きければうまくいく。そういうものである。

 但し、それも暮らすことのできる()()()空間を用意できればの話である。


 エルフは増えすぎた――と考えるエルフが、増えていた。


 ベビーブームにより登場した二百歳以下の若年世代を受け入れる土壌は、かつてマーレタリアが保有していたエルフの故郷にはない。今や、この国に生活するエルフは、多くがヒューマンから奪い取った土地に住みつき、そこで死んでいくしかない。その奪い取った土地への入植すらも、順番待ちが続いている。待っている間、その()()()()は――稠密な地域で手狭な集合住宅に詰め込まれるしかない。

 自然を愛し、()()()()()に暮らすことが上等な暮らしであるとされるエルフにとって、これは精神を歪ませるほどの圧力(ストレス)に他ならない。


 しかし、それが現実であった。


 いつしか、内務代表とその部下達は、終わることのない問題か、そうでなければ解決しようのない問題を扱う役職となってしまっていた。何かのせいにしなければやっていられぬ立場であるということを、理解できぬ賢者達でもない。当のディーダが受け流すことに長けていたのもあって、多少の無礼は見ぬふり聞かぬふりが常態化していた。

 生産代表もまた、必死に備蓄した物資を食い潰す軍隊と、それを統べる元帥を目の敵にしている節があった。最優先で提示された数量を達成したそばから、また再び尻に火を点けられる。戦という、無限に目標を平らげる怪物を相手にして、発狂するのも時間の問題だとボヤく関係者が出る始末である。


 その理屈で言えば流通代表や教育代表も戦争が遠因の苦境に立たされるのが仕事のようなものであったが、そこは見解と――性格の相違があった。


「俺から他に、言うことはない……」


 生産代表は、常日頃からジェリー・ディーダの悔しがる姿を一度見てみたいと公言してさえいた。しかし事ここに至っても、ディーダは無感動であった。自らの失策により国軍総司令官という地位から失墜するという状況であっても。

 それがディーダという男の()()()()()というものだった。


 生産代表は続けた。


「わからんのか。あんたのこれまでの仕事を評価しているからこそ、せめて申し開きくらいは聞いてやろうというのだよ。いや……この言い方でも伝わらんかもしれんな。せめて、失態の言い訳をしてもらわければ、腹の虫がおさまらんのだ。説明をしろよ、それがあんたの義務なんだ」

「おそらく満足する回答はできない、生産代表。俺は今回の五点経由作戦が敵の息の根を止めるものだと考えた。だから実行した。それが間違っていただけだ。これ以上説明のしようがない」

「――貴様ァ」


 内務代表が激昂しかけ、


(いか)るのは結構ですが、あくまでも静粛にお願いします」


 外務代表がそれを抑えた。

 彼は標準的なエルフの男性と目されているが、突出した能力を持った者が任命されやすい十三賢者の中では、むしろこのバランス感覚が重宝されている。いつも司会となっているのも、立ち位置が極端でないためである。


「すみません……。これでも、かなり時間をかけて討議したつもりなのです」


 が、意外にも、先の作戦に伴う蛮族領へのフォローに忙殺されていたはずの外務代表がディーダの更迭を一番悲しんでいるように見えた。

 彼はこれまでもディーダの方針を実現するために様々な迷惑を被ってきたわけだが、それにはいつも勝利という形で結果が返ってきていた。その違いかもしれなかった。


「私自身は、貴方が失敗を取り戻せるだけの考えを持っていると今でも信じていますが、蛮族領との関係悪化も無視はできません。あれは……やりすぎました。彼らとて物は考えます、上等ではないにしろ――。とにかく、支払ったものが多く、それに対する還元が見込めない。この点を擁護することはできません」


 ディーダは頷いた。明らかに肯定の意が含まれていた。


「それで? 後任は選ばせてもらえるのか?」

「残念ながら。ラフォード・ゼイラブ将軍が次の賢者です。本日より引継ぎを開始する予定です。もしかすると、既に開始されているかも」

「そうか、帰ったら机がきれいになっているかもな。いいだろう。奴は兄弟子だ、不満はないよ。そもそも、エメリカのご指名がなければ、俺は軍全体を動かすなどということは考えもしなかったんだ。ラフォードなら俺とは違って、現場にも出てくれる。兵にとってはいくらかマシな代表となってくれるだろう。話は以上か?」


 内務代表が憮然とした様子で言う。


「そうだ。あとはここから出て行くだけだな」


 生産代表もまた、この状況下でさえこれ以上ディーダから感情の起伏を引き出せない――誰もが薄々気付いてはいた――ことを認めたのか、追従するように頷いた。


「ああ、もういい。ご退場願おう」

「――ちょっとよろしいかな。その前に終わらせておきたい議題があるのだ」


 会議が始まって以降、沈黙を続けていた魔導代表が、ここで口を開いた。


「何? 後にしろ」

「いやいや……この会議が終わるまでは、ディーダ元帥は一応まだ軍務代表ではないか。吾輩の提案は皆に聞いてもらわなければならぬ。追い出しだけで貴重な時間を浪費してはいかん。せっかくこうして、ほとんどが集まっておるのだから――そうだろう、外務代表?」

「ええ。議題の提出を認めます」


 生産代表が目を細めた。


「……あんたら、事前に話し合っていたな?」

「そうとも。ディーダ元帥更迭の是非を話し合ったのと同じく、な」


 舌打ち。


「やけに他が静かなのもそういうことか? ――聞こうじゃないか」

「ありがとう。さて、それにはまずこの議題に関わる重要な者達をこの広場に招かねばならん。――おおい、入ってきてくれい」


 魔導代表が声をかけると、エルフが二名、そしてヒューマンが一人、入ってきた。


「まだ見たことのない者もおるから、改めて紹介しよう。右から、召喚魔法の復元者にして三種(トリプル)の、ギルダ・スパークル。そして、彼女によって召喚された異界よりの客人(まれびと)、シン・ナルミというヒューマン。さらに、二名の保護者であり治癒魔法家のマイエル・アーデベス卿。皆にはこの三名を、これからよく見知っておいてもらわねばならぬ」

「よくわからないな。召喚魔法の宣伝か? 先の作戦は彼らにも責があると聞いたが、まさか、ディーダがここを去る代わりに、彼らを許せと言うのか?」


 首を傾げる内務代表に対して、


「十三賢者」


 とオスカリン・バーフェイズは呟くように言った。


「吾輩もそこそこ長く生きたが、知る限りでは、この広場の切り株が完全に埋まったことはない。本日いらっしゃらぬ総代表は別としても、常に誰かが欠席しておったり、足りないままでマーレタリアの話は進んできた。それは、偉大なる祖先が、全員揃わなくとも物事は運んでいけるのだと……十分にやっていけるのだと、示してきたからだ。我らにもその精神は受け継がれ、十三賢者の席の一つを、敢えて空位のままで過ごしてきた。変化に対応できる余地を残す――この教えを守ってきた。そう、変化だ。皆は、この三百年戦争が変化の時を迎えていると思わぬかな? ディーダ元帥でさえ続けて選択を見誤るような難局に、十三賢者も新たな構えで対応するべき時が来ていると!」


 外務代表が目を見開いた。


「では、ご老体、貴方はまさか」

「さよう。吾輩はこの場にて、新たなる賢者の迎え入れを提案しよう。異界より魔法家を招く、召喚代表の迎え入れを、な」


 どよめきはなかった。


「……召喚代表?」

「召喚魔法によって魔法家を集め、増強されつつあるヒューマンの魔法戦力に対抗することを目的とする。もちろん、召喚魔法を扱える唯一のエルフである、このギルダ・スパークルを任命する。尤も、彼女はまだ若く、未熟なところも多い。シン・ナルミのケースでは奇跡的に上手くいったが、これからもそうだとは限らぬ。異界からの客人(まれびと)には気難しい者もおるだろうし、文化の違いに戸惑うことも星の数ほどあろう。住む場所や魔法開発の手助けは我らの魔導院で確保できるが、最終的には軍を始めとした各方面の協力も必要だ。それで当面は、ギルダ、シン、マイエルを合わせて一個の賢者として扱ってほしい。さあ、皆の意見はどうかな?」


 突如、環境代表が切り株から立ち上がった。

 小麦色に焼けた肌を持つ、逞しい体格の女性である。


「――かつて、歴代の賢者達は、常設されている役職とは別に、その時々でさらに必要とされる賢者を任命してきたと聞きます。我々もそれに倣うべきでは?」


 目を閉じたままじっと話を聞いていた衛務代表が、そのまま口を開く。


「詳しい話までは聞いていなかったので驚いているが、戦力の増強には賛成する。ヒューマンという部分は気に入らないが、完全に制御できるのならば、ヒューマンにヒューマンをぶつけるという構図は悪くない。だが、少しでも我々の思う通りにならぬのなら、その時は然るべき処置をさせてもらう」


 教育代表は柔らかな物腰の、母性に満ち溢れた女性である。


「それで少しでも多くの知識が増えていくのなら、挑戦する価値はあると思います」

「そうだな。異論はない。予算は成果が出てから考えるとしよう」


 と財務代表。


「同じく異議なし。好きにやったらいいんじゃない?」


 と流通代表。


 最後に、女性陣の中で最も歳を重ねている法務代表が言う。


「この戦争が終わるか、あるいは召喚魔法という太古の技術に頼る必要がなくなれば、十三番目の席はまた空位となろう。しかし今は、この案を支持する」


 ディーダが更迭されるのに変わりはない。

 だが、最早生産代表は苦い顔をするしかなく、内務代表も慌てながらまくし立てた。


「待てっ! そんなに大事なことなのか? 余所からヒューマンごときを連れてくることが? それでヒューマンの魔法戦力に対抗? 我々は有利なのは変わらない! 役に立つと、本気で信じているのか!?」

「うむ。それも話さねばなるまいな。具体的に何をしていくのか。なに……複雑なことではない。魔法家の客人(まれびと)を集め、まとめ上げ、新たな魔法隊を設立するというだけのことだ。実は、名も既に決めておる」


 そこで、バーフェイズ学長は少し笑った。


「ギルダが言うにはな、彼らの住む()は、意外と近い場所にあるのかもしれぬ。そう、すぐ隣の世界から出でし者達で構成された部隊ということだ、すなわち――」

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