7-2 もう一度、を押し付ける
もちろん、レギウスが再び仕事を始めるまでには少し時間がかかった。
ただ、片付けなければならないことは他にもあったので、待たされるのは苦ではなかった。王様にディーンで何をやってきたか報告しなければならなかったし、それによってこれから何をやらなければならないか決める、あるいは順序を付ける必要があった。
「だから余は反対していたのだ。初めから嫌な予感がしていた」
「しかし、エルフ共が直接乗り込んでくると思っていたわけでもないでしょう?」
「それはそうだが、道化よ――尚悪かったということではないか! ゼニア! 二度とこんなことは許さんぞ!」
「代わりにいいこともあったわ」
と、悪びれずに姫様は言った。
「いいことがあってもだ!」
「金剛石が四十個です。これらを全て優秀な魔法使いに変換できたならば、強大な戦力となります」
「第一、その金剛石を触媒とした召喚魔法というのがだな……好きにやらせているとはいえ、何もかも内緒で事を進めることはなかろう? それを行った現場を見ていない以上、余も未だに懐疑の念を消し去れぬ。あの侍従の娘はお前の私費で賄ったからよいものの、今度からはそうはいかん。ディーンから譲り受けた金剛石がお前への賠償として持ち込まれたものであっても、それほどの量となってしまえば国庫に入るのを約束されたも同然だ。説明の責任を果たさず消費すれば、諸侯や行政官達はどう思うか?」
「それは近々、各部門の長を集めて明らかにする予定です。必要とあらば、実演もさせてご覧に入れます」
「ならば、まあ、よいのだがな……」
こういう話をする時は人払い、が恒例となっていくのだろう。それが謁見の間であったとしても、姫様の企みのためなら、王様は喜んで近衛を下がらせた。代わりに、ジュンが警戒をしてくれる。一応、彼女にも話の内容をわかっていてもらいたいのだが、あまり興味もなさそうなので、半分くらいしか頭の中に入っていないかもしれない。
「向こう側に同じことのできる魔法家が登場した以上、召喚魔法を用いた戦力確保の流れは避けて通れません。むしろ、この計画を拡大していくにあたって、人員の増強は急務です。これからは積極的に協力を求めていくことになるでしょう。そのためにも、私達がこれから何をしていくのか、理解してもらわなければ」
王様は、はふう……と長く息を吐き出した、少し姫様のそれと似ていた。
「そうか――まあよい。それで、皇帝とその周りは何と言ってきた? どうせ、厄介な注文でも受けてきたのだろうが?」
それには俺が答えた。
「いえ、そういうのは特には――ああ、でも、今度は王陛下も交えて話をしようとは言っておりましたよ。できればルーシアの方々も御一緒に、近いうちに、と」
「……ふむ? それは、今年も冬のうちに調整の場を設けたいところではある。お前達が好き勝手に行動した分の埋め合わせが足りておらぬ……」
だが、実際に俺達の行動を受けて何万という軍を動かしたのは王様自身だ。
それに、あれは必要なことだった。勝手にやった、というのは否定しないが。
結果的に大規模な衝突を避けられたのは、他の二国もわかっているはずだ。
「本当に、話がしたい、とだけ言っていたのか?」
「……そうですね」
「我々が首都陥落の危機を助けた格好になりますから、今回はそういう押し付けは避けたのでしょう。元より、こちらに対しての不手際が原因で騒動も起こしています。あるいは、初めて国土を狙われたことで内部に混乱が生じ、意見がまとまるまでの時間を欲したのかもしれません」
「ふーむ……」
姫様の言葉を聞いても、王様は納得しかねる様子だった。
俺は姫様に目配せをした。彼女は続けた。
「――そういえば、話し忘れておりましたが、アキタカ皇帝の出自について、お耳に入れたいことが」
「……出自? かの皇帝にそのような噂はなかったはずだが……」
「はい。血筋それ自体は潔白です。ただ、その内面までが単純なものではなかったということです」
「どういうことだ?」
「少し込み入った話ですので、上手く説明できるかはわかりませんが――フブキとジュンが異界から移動してきたことは、既に話した通りですね?」
姫様は、アキタカ皇帝が召喚魔法とは別の形でこの世界へやってきたということを話した。元あった精神に寄り添っているのだということを。その年齢が肉体とはかけ離れているということを。
聞き終わった王様は、片手で顔を覆い、呻き声を漏らした。
「――俄かには信じられぬ。そんなことが起こりうるのか。狂言ではないのか?」
俺は言った。
「あまりにも、私がいた世界と共通していたのです」
「フブキが見抜き、アキタカ皇帝は全てお話になりました。彼もまたヒューマン・アライアンスの現状を憂えています。実を言えば、これだけの金剛石を持ち帰ってくることができたのも、皇帝陛下の御心添えがあったからなのです。彼は我々の方針に賛同しています」
「――そして、それがお前達の口から明かされたということは、皇帝は余にもそれなりの期待をかけているのだな?」
「そう捉えてよろしいかと……」
「やはり厄介な注文ではないか……!」
王様はちょっと怒ったように髭を触り始めた。
こんな奇怪な話を聞かされれば、誰だって反応に困る。
「どうしろというのだ……!」
「あのー、それでですね、陛下」
ぎろりと睨まれ、俺はちょっと縮こまった。
これまで必要に迫られて散々無礼な態度を取ってきたが、本来はこれで正しい構図だ。
「何だ……?」
「このことに関連してですね、ええと、召喚魔法と並行して、人探しもやっていきたいのです。つまり、皇帝陛下のような人物を探す、ということです。探して見つかるものでもないかもしれませんが……」
「勝手にすればよかろう。これまでと同様にな」
俺と話し続けると際限なくヘソを曲げていきそうなので、またアイコンタクトを送って、姫様に引き継いでもらう。
「この表現が適切かどうかはわかりませんが――自然に、この世界へと移動してきた者が、アキタカ皇帝の他にも幾人かいるかもしれません」
「そう思う根拠は何だ? 勘か」
「そうです。フブキや皇帝陛下とはまた別の形でこの大地を踏んでいるということもありえます。そう思わせる発見なのよ――お父様。きっと、三百年以上も、気付かれなかったか、失われていた……そういう発見。その何者かは魔法家ではないかもしれませんが、我々にとって有益な知識を持っていることはほぼ間違いありません。それはフブキが既に証明しています。フブキと同じ世界、同じ国、近い時代からやってきたのであれば、様々な形で力になってくれる。その希望が持てる」
表情こそいつものように乏しかったが、熱が込められているのは明らかだった。
今度は王様の方が冷静になった。
「しかし、手掛かりがない。雲を掴むような話だ」
「はい……」
姫様の代わりに、俺は頷いた。
ただ――本当に雲を掴むだけのことなら、俺は今、それができる力を持っていた。
昔ならやってみようと思えないことでも、今なら始めてみようと思えるほどには恵まれている。それか、恵まれたから、やらなきゃいけないという気になっている。
「まあ、どうであろうと、お前達のやろうとしていることは、早めに始めた方がよい」
「……というと?」
早めに始めた方がよい、なんて言われなくてもわかってる。
わざわざそう言うからには、何か意図があるのだろう。
「そのまま、ある程度までは早めに終えろということだ――確かに金剛石が四十個あるのだな? それをセーラムの魔法家として本当に変換できるのだな? そしてディーンの、少なくともアキタカ皇帝はそれに賛成しているのだな?」
「は、はい……」
矢継ぎ早な質問に、俺はたじろいだ。
「そして、皇帝はルーシアを交えて話すと言った……向こうから、言った」
頷く。
「だったら、すぐ使い切ることだ。ルーシアが話に入ってくる前に」
「――そういうわけで、我々は魔法の才能を欲しているのです」
話し終えた後、ワタナベ・ソウイチ氏は首を縦に振らなかった。
「人を……殺せって、言うんですか……。やったこともない……」
「人殺しではありません。エルフを殺して欲しいのです」
「でも、戦争なんでしょう?」
「そうですね。それは確かです。我々の考える形で参加してもらった場合、まず殺生は避けられません」
彼は視線を斜めに落としながら、距離を置こうとするかのように手を前に出した。
「……無理です」
目下のところ、これが一番に解決しなければならない課題だった。
いかにして、召喚した人々を戦争に引き込むか?
そう、魔法使いを喚び込むことはできる――いや、これだけでも非常に革命的ではあるのだろうが――しかし、その先の、協力を得ようとする段階において、有力な手段を用意できているわけではなかった。
何事も楽にはいかないということなのだろう。
「そこを曲げて、なんとかお願いできないでしょうか?」
「できませんよ! できるわけがない! あんたも日本人ならわかるでしょう!?」
力尽くで従わせることは、まったく不可能ではないと思う。
だがあまりに非効率だし、仮にそうやって支配下に置いたところで魔法を使える集団相手ならたちまち覆されたって不思議じゃない。
そもそも――それじゃ、レギウスとマイエルが俺にしたことと同じだ。
下手に虐げて向こうに付かれてみろ、俺みたいなクソが増える。
だから、実は、自発的にこの陣営に加わってもらうしか、ない。
「……私は誰かに頼まれたわけでも状況に流されたわけでもなく、自分の意思で戦争に参加していて、もう実戦も少し経験してしまっておりますので、わかる、と言ってしまうと、嘘になります。明確な目的を持ち、積極的に行動しています。戦争のために戦争をしているというほどではありませんが、この戦争に対してのモチベーションは低くありません」
「――戦争がいけないことだとは言いませんがね、」
こう言ってくれるだけ、反応としてはマシな方だ、所謂アレルギー反応までいった人も少なくなかった。
「私はそういう時代に生まれていないし、そういう政治体制の下で過ごしてきたわけでもないんですよ……。ちょっと前まで、ただのサラリーマンだった。職を変えるにしたって……とにかく、明日から軍隊に入れと言われても、やっていけませんよ」
この人が比較的臆病だとか、そういうことではもちろんない。
俺のいた国の教育のせいだというのでもない。
いくらろくでなしでも――正常ならこうだということだ。
おかしいのは俺の方で……そして、ジュンが特別におかしかっただけだ。
即決するような奴なんか、こっちも即警戒だ。
それでも、最終的には一つの魔法隊を、少人数でも作りたいという目標が俺達にはある。一人でも多く戦列に加わって欲しい、というのが本音だ。
「明日からもう放り出そうというわけではありませんよ。こちらで用意した施設でしばらく訓練を重ねていただいて、それから現場で働くことになります」
「しばらくって、どれぐらいですか」
「……それに、魔法の才能が戦闘行動に直接繋がると判明したわけでもありません。自分に新しくどういう能力が備わったのか、それを調べてからでも、これからどうしていくか決定するのは遅くはないはずです」
誰しも、第二の人生があると思って自殺するわけじゃない。
だからこんな事態は想定していない。
まずは、動揺を抑えてもらうための時間を取る。
それくらいしか、できることもなく――。
ただ、しなくていいなら、誰も自殺なんかしなかったはずだ。
今やっている戦争に直接参加するかどうかは自由だと思うが、やりなおせるかもしれない、という機会に対して、前向きに検討してみて欲しいところはある。
「先程も言いましたが、ご自分の身の振り方はご自分で決めていただこうと考えています。我々としてはもちろん軍事力の一部として魔法の力を奮っていただくことを望みますが、無理強いできることではないのも十分理解しているつもりです。しかしながら……こうして本来死ぬはずだった方々と余計なお世話でお話しするのにも、実は相応のコストを支払っておりまして――正直に申し上げますと、あなたをただ逃して、損をしたくはありません。そこで第二案として、どうしても軍属になっていただけない場合は、いくつか用意する職業の中から選び、それに携わると同時にこのセーラム王国で暮らしていけるよう手配いたします。特に希望があれば、できる限り意に添えるようにもいたします。あまりこういうことは申し上げたくないのですが、この国は窮地に立たされており、ただ社会の中で生活していただくだけでも、随分と助かるような状況なのです……。それでも、どうしても私共と関わり合いを持ちたくないとおっしゃるのであれば――止めません、そのようになさってください。ただし!」
男は、俺をじっと見つめている。
真剣に話を聞いてくれていることを願う。
「重ね重ね申し上げますが、戦時下なのです。戦力となりうる人材が敵側に渡ってしまうことは防がねばなりませんので、最低限ではありますが、監視の目を付けさせていただく形となってしまいます……どうか、ご理解をいただきたいと思います」
こんなことを言う権利は、俺達にはない。
誰にも、どこにもない。
お願いをしているようで、選択肢を与えているようで、その実は、こちらの都合のいいようになることしか言っていない。
彼らには、行くあてがない。
何かに縋ろうとするなら、とりあえずは俺達に縋るしか、おそらく道はない。
そして、いきなり異界へと連れて来られて、誰もが溺れている。
溺れていたところを、連れて来られている。
俺達はわざと池から誰かを引き上げて、また突き落とし、藁を投げ込んでいる。
それは、目の前の男も多分わかっている。
「――もし、」
と彼は切り出した。
「もし――しばらく、こちらに滞在させていただいて、その……魔法、ですか……のテストか何かを受けて、それで、もし――何にも適性が認められない、ということであれば、私にはもうまったく用がない、と考えていいのでしょうか?」
ディーンから持ち帰った金剛石は、どれもジュンの時に使ったものほど大きくはなかった。もしかすると、激しい戦闘に耐えられない程度の魔法の才能であるかもしれない。
「何にも適性がない、ということはありえません」
ありえない、という言い草がいかにもうさんくさいけど……一応これは、自信を持ってその通りだと言える。魔力が見えている以上は、そうだろうから。
これまで、召喚されて魔力の見えていなかった人はいなかった。
おそらく、召喚魔法によって召喚された、地球出身の人間は、(少なくともレギウスのやり方だと)自動的に魔法の才能が付与されている。俺みたいに、それがわかるまで若干のラグやきっかけを必要とすることはあるかもしれないが、多分例外なく、召喚の過程で、無理矢理付け加えているような状態だと考えられる。
それが悲しくはある。
実の詰まった才能ではない、ということだ。実体がない、と言い換えてもいい。
何か苦労をして手に入れたわけじゃないし、血筋とかそういうのでもない。
ゲームのスキルか何かのように、ただくっつけただけの――安っぽい、才能。
だから、俺やあの少年のような奴にも、簡単に使える。
きっと、その昔――召喚魔法が途切れ途切れになっていなかった時代でも、今俺達がやっているように、魔法の才能を期待されていた技術だったのだと、俺は思っている。
いつか、それがはっきりとわかる日が来るのだろうか?
「そして、仮に魔法を扱う形で活躍することができなくとも、この世界でやれることがなくなるわけではありません。むしろ、魔法以外の面でもかなり期待されています。それが何故だか、なんとなくでも、見当がついているのではないですか?」
男は、少し無表情になった。
「この世界の文明レベルは、」
文明レベル。なんてあやふやな言葉だ。だが、敢えて俺はそれを使った。
少しでもわかりやすそうな気になる言葉なら――わかったような気になれる言葉なら、丸め込めそうな言葉なら、使ってやる。
「我々が生きていた現代日本と比べると、遥かに進んでいません。義務教育を終えただけだったとしても、どれだけの知識をこの国の人々に伝えられるか、想像できますか?」
彼は机の下、自分の手に目を落とした。そしてすぐに顔を上げた。
「――とりあえず、考える時間を下さい」
もう、狼狽していないかもしれない。
「たくさんは、いりませんから」




