6-13 発見
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「俺だってよ、いつまでも竜巻起こすだけの男じゃないっつーの! もう少し燃費よくやってやらァ……」
と、一人息巻いてみたところで、負け惜しみには変わりない。
どうやら俺は、あの獅子と亀をぶっ壊せないらしい……今のところ。
なので中の乗組員を狙ってみたが、それだって確実に全員殺した手応えがあるかというと、どうも……。
「……足りるかな」
浮かせることまではできた。シェイクするのもそう難しくない。
だが、あれでもうかなり魔力を持っていかれた感がある。
これでもかなり抑えた方だが、あれらの陸戦兵器に対処できる人員がこちらでは限られていることを考えると、
「俺が半分……。あとの半分を……」
姫様、ジュン、フォッカー氏で受け持てるか? という問題がある。
向こうは数の有利を生かしたイケイケドンドンの戦術だが、こちらは少数な上、攻防の両方に魔力を割いている。こうして敵の主力が実際に何台かダメになってしまったこともあり、上空にいる俺を撃ち落とさんと敵も方針を変えつつある。
幸い、対空砲火の雨霰から身を守ることは簡単――だが、風で火球を逸らすにしろ掻き消すにしろ、貴重な魔力を割いていることに変わりない。この状況に追い込まれている時点で、かなりの不利を強いられている。
「ま、やるっきゃない」
頭を潰せばこの大軍が退く、という保証もなし――。
さしあたっては、逆に殲滅されつつある味方を、最低限瓦解しないよう助けるべきか。
俺が目立ったことで火力はほんの少しだけ分散しているが、それでも囲まれれば辛いのは変わらない。案の定フォッカー氏だけが一人倍速で動いているような状態で、彼の部下達も回避行動を心がけて火球の一個や二個で即戦闘不能にはならないにしろ、一度に五個も六個も被弾して動かなくなる隊員が出始めている。
獅子の包囲を一旦解き、後退して立て直すか、側面に回り込んで位置だけでも有利を取らなければ、どれだけ奮戦したとしても、歩兵同士でぶつかる前に数を相当減らされる。待っているのは相当な比率の多対一、じわじわやられていくだけだ。
丁度よく、眼下で姫様が手を振っている。俺はすぐにそこへ降りた。
「ちと旗色が悪いですな! 姫様、ここはなんとか我々で敵の陣形を崩しましょう」
「私もそう考えていたところよ。ジュンは?」
「彼らと合流できたのが逆にまずい、ってとこ……」
「そう。やって頂戴」
繰り返される姫様シュートに呼応するような形で、好き勝手を繰り返していたフォッカー氏も部下のバックアップに回るべく敵陣深くから戻ってきた。その勢いのまま獅子狩りに加わることで、かなり強引にではあるが、一時的に敵の包囲へ穴を空けることができた。
だが、その間にもこちらの兵は数を減らし続けていた。
「皆々様! この機に立て直しを!」
風の拡声でそう呼びかけると、姫様の活躍を見ていたせいもあってか、ディーンの面々は主の号令なしに粛々と後退を始めた。敵が砲火に頼ってこちらへ喰らいついていなかったこともあり、俺や姫様が砲火を無効化するのに長けていたこともあり……スムーズな移動はすぐに実現し、そこで一旦戦いも区切られ、ようやく彼らは頭を拾うことができた。
「負傷した者は今のうちに申告しろ! ここから先、退避することはできぬぞ!」
唐突に、フォッカー氏が隊長らしいことを言い出し始めた。
何を今頃それらしい振る舞いをしているのですかと、この際外の立場から指摘しなければならないような気がしたが、しかし彼の部下達は不平を唱えることもなく、非難の視線を主に向けるということもなく――尤も、視線については兜に隠れているからそのままでは非常にわかりにくいのだが――実に淡々と、状態の報告をしている。
俺は端っこの方にいた一人を捕まえて訊ねてみることにした。
「あの……、いつもああなんですか?」
彼はこちらに顔を向け、ややあってから、
「……ああいう人なんで。悪い意味じゃないんスよ。……本当に」
選抜されただけあって、異常とも思えるほど士気の高い集団なので、悪く思われていないというのは確かなんだろう。あの独走が結果的にだが奇手となり、敵の度胆を抜いて混乱させたところはあったし、開幕直後の的を絞らせたことで、却って味方の被害を抑えたのも事実ではある。滅茶苦茶であってもそれがほとんど不利益を呼ばず、むしろ戦果へ繋がっているというのが、フォッカー氏の許されている所以なのだろうか。
離脱が決まったのは脚をやられて物理的に動けない二名と、それを支えるための三名のみで、あとは怪我をしていようが鎧を維持する魔力が尽きかけていようが、些かも闘志に翳りを見せていない。
中には、どう見ても片腕がもげているのに戦闘続行の意志を見せた狂人もとい強者さえいた。出血がひどくて動きたくとも動けないというか、生きたくても生きられないところにまで来ているのではないかと思ったが、出来のいい土甲にはそういうところも一応フォローしてくれるタイプがあるようだ。あくまでも、一応、の域を出ないようでもあるが……。
仮に俺がこの世界の人間と同じくらい頑丈な肉体を持ったとしても、そこに宿るファイティングスピリッツは真似できそうにない。
ちなみに、見た目で言えばジュンが一番アレだった。
「――なんですか?」
返り血なんだか脂なんだか肉なんだかわからない諸々で化粧しているのは、大なり小なり皆同じだったが、彼女には鎧による防護がなく、さらにそれらの不純物をたっぷりと自分の水で滲ませていた。
「……姫様、ちょっときれいにしてあげた方がいいですよ」
見かねた俺はそう進言したが、
「いえ! 姫様の貴重な魔力をそんなことに割いてはいけません! どうかお気になさらず!」
それはそうなのだが、絵的に、
「ジュンの言っていることが正しいわ」
「……オーケイその通りだ。俺が間違ってる」
実際には率いていくつもりもないのに見事に部下を纏め上げたフォッカー氏が、深刻そうな顔をしてこちらへやってきた。
「わかっていたことではありますが、厳しい戦況となってしまいました。しかし――殿下も、お二方も、これほど強力な魔法の使い手でいらっしゃった……。我ら一門は見ての通り、私も含めて前へ出るばかりが取り柄の粗忽者揃いで、皆帰る道なしの覚悟にございましたが、今、初めて光明を見ております。何卒、ここでお知恵を拝借し、妙案を立てることができないでしょうか?」
「ええ……」
今度こそばかりは声に出てしまった。
それ最初に言ってほしかったなあ。
ま、しかし、考えてみれば――俺が結構最近までフォッカー氏へ疑いをかけていたように、向こうにもまた、同じような気持ちがあったのだろうか。
だとしたら俺も、ちょっとは心を入れ替えなければなるまいて。
姫様の方をちらと見る。彼女はどうとも思っていないような、いつもの顔で頷く。
俺は言った。
「――この戦力差から策を導き出せるかまではわかりませんが、まあ……またちょっと上から見てきて、そうしたら、誰か何か思いつくかもしれません。全員で頭を捻ってみる価値はあるでしょう」
フォッカー氏もまた頷いた。
俺は敵の様子を観察するべく、再び空を飛んだ。
そして、あるいは向こうの方が手酷い打撃を受けたのではないかと考えた。こちらに少し話し込む余裕を与えているのもそうだが、むしろより時間をかけて立て直す必要に迫られているような印象を、蠢くエルフの軍団は俺に与えた。
そうかもしれない。奴らにしてみれば、寡兵を圧殺するだけの戦いだと思っていたものが、その中のさらに一部の手勢によって、大きい方から倒されていく。戦いの果てに殲滅できたとしても、一体それまでにどれだけの犠牲を払えばいいのか――? そういうことを、向こうも考えることはあるかもしれない。
守りに入ろうと、考えているのかもしれない。
じゃあ、今の攻め手はこちらだ。
やり方によっちゃ狙えるんじゃないか? 大将首。
少し探せば見つかるはずだ。ほらいた。
先程までと変わらず後ろのほうにいる。そう、守りは堅固。しかしこちらには枚数で計算しない駒がいる。その差はかなり大きいのではないか。駄目だその先から考えを発展させられるほど俺は頭がよくない。姫様や――もしかしたらフォッカー氏の考えだって要るかもしれない。そのためにはもっとよく状況を見なければ駄目だ。
よく見ろ。
よく見ろ。
――そして、見知った顔があった。
ある意味で、それは原初の記憶だった――この世界へ生まれ落ちてからこびり付いて離れない。
およそ場違いな男だ。見るからに軍隊じゃない。
こんな前ではなく、もっと、後ろの方で、くだらない考えをこね回している方が似合いそうな男……。助手のように見える女エルフと共に、あれは――ヒューマンのように、見える。どこかへ連れて行こうとしているように見える。
――本当なら、ここでディーンの面々と上手く連携を取ってあの大軍を攻略し、絆か何かが深まったりするのだろう。そこまでいかなくとも、互いに恩義を感じたり、敬意を払い合うような関係が築けただろう。多分その方がきれいだし、人に話しても納得されるような出来事か体験になるだろう。
だが、悪い、事情が変わった。
俺はすぐさま下に降り、言った。
「やはり、頭を倒すが上策かと存じます」
「敵の隊長を? それは……確かにそれができれば、壊走するかもしれませんが……」
できるのか? という疑問が、フォッカー氏の口調には含まれている。
できる。
「歩兵同士に限定すれば、倍の数までは問題なく攻略できるとお見受けしましたが、いかがか――フォッカー・ハギワラ卿」
「そ、れは……可能です、が、しかし――フブキ殿?」
「取り巻きが大体それくらいの数です。よろしくお願い致します。さて、お嬢様」
急に呼ばれて、ジュンはわずかに身を固くした。
俺の様子が少し変わっているのを気にしたのかもしれない。
「申し訳ありませんが、私と代わって、また姫様のおそばに。露払いも、大事で、楽しい役目です。できるな?」
「はい……その、」
「姫様。あの女隊長は捕縛だ。訊きてえことがある。頼みます」
「――それで、あなたは?」
「俺ァ……ちょっと遊んでくるよ」
「そう」
ああ――この人はこういう時に面倒がないのが、最高にいい。
「では、そういうことですので、取りかかってください……ね!」
空を裂き、ほどなくして、敵の淵に手がかかった。
今は、風が安定している。はらはらと視界を舞い落ちる雪の粒が、どこまでも遅くなりつつある。俺は獅子を割った。いくつかに。侵入口が多ければ、中身を処理する時にそれだけ大勢でかかれていいだろう。あとは任せる。俺は、目についた端から割っていればいい。大体、もうそれさえも面倒だ。アクションは少なくしたい。すう、と手を挙げて、そのまま握り拳を、亀の一台に叩きつけた。この方がいいかもしれない。とにかく俺としては、この余計な課題を早いところ片付けて、本題に入りたい。
さあ、もっと急いでくれ。なんなら手助けしたっていい。風で全員の背中を押すのも、一つの方法じゃないか。やるさ。そうだ、あの一匹一匹を自分でやるには、今は間が悪い。分担だ。ジュンなんか、ここで飽きるくらい殺しておかないと、次にいつたらふく食えるかわからないぞ。
そう、彼女は殺しを楽しんでいる。手にかける生き物が複雑な構造であればあるほど、きっと楽しいのだと思う。倫理的には最悪だ。しかしもう、彼女に説教する者はいないし、今更それを信じ込む彼女でもないだろう。そう、殺しは楽しいのだ。事実として、楽しいのだ。その否定は、嘘だ。彼女は嘘を言われ続けてきた。その嘘に従わされ続けてすらいた。痛みがわかるようになれ、と。不健全である、と。
今、彼女の顔には清々しさがありありと浮かんでいる。陸上競技で自己ベストを塗り替えた後の昂揚感や、盤上遊戯に潜む選択の奥深い味わい、旅先の情景を切り取ること、物語への没入――そういったことと全く同じ種類の快楽が、命を奪うというやり方の中に含まれている。彼女にとっては。
俺も、俺の一番やりたいことをそろそろ始めるとしよう。
「マイエル・アーデベス卿! ――また会いましたな」
~
最早、見間違えようもなかった。
レギウスがマイエルを突き飛ばした時の、あの一瞬の記憶の中に存在する姿。
ディーンのヒューマンが好む上着を羽織ってはいるものの、その下の、敢えてそうしてあると思われる継ぎ接ぎ、茶や擦れた赤といった一見地味な配色、両目から垂らしたような滴の刺青、どれもが――どれもが。
「いや、はるばる、どういうわけかは知らないがよく来た。まったく会えて嬉しいよ。ほんとに」
かつて、この男が痩せ細って壊れやすかった頃の、延長線上にある。
「――レギウスは、どこだ」
それを聞くと、94番はさも意外そうに、
「レギウス? レギウスは元気だよ。ちょっと前だって、」
「どこかと訊いている!」
「何だい、俺達が連れてったからって捜しに来たのか? だとしたらやり方が悪いよ。あいつは留守番さ。セーラムにいるよ。ここじゃない。当たり前だろうが」
――あっさりと、欲しかった情報の一つが、手に入る。
「じゃあ、センセイは、生きている……」
安堵したようなギルダの声を聞いて、94番は露骨に、失敗した、というような表情を作った。
「なんだなんだおい、」
舌打ちまでして、
「冗談でもブチ殺したって言っとくべきだったな。マイエルさんよ、彼女は新しい助手か何かかい。センセイって、レギウスと何か関係があるのかい」
ペースに乗せられてはならない。この饒舌さは、94番なりの牽制に違いなかった。もうこの男を普通のヒューマンだと思ってはいけない。ある種の怪物と扱うのなら、怪物じみた勘にまで気を配るべきだ。下手に何か言って気取られれば、作戦そのものが破綻する。
「ま、そのへんの話は後でじっくり聞かせてもらうとするかな……中々の面構えだ、センセイと並べてみるのも悪くない。そういうわけで、一緒に……来てもらおうか。抵抗は好きなだけするといい。あとそうだな、ついでに――どこから攫ってきたのか知らないが、その少年も、保護させてもらおうか」
そういう演技をさせている。あの協力者の女に言って、土地の着物まで取り寄せた。
94番は気付いていない。
94番は、シンが――自分の魔法を奪いに来たとは、思っていない……。




