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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第6章 望まぬ、望まぬ邂逅
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6-11 甲対甲

 確かに、首都それ自体の防御力はあまり高くないように思われた。

 籠城戦を成功させるためには、敵を挟撃するための援軍の存在と、効率よく防衛できる拠点の存在、この両方が必要不可欠であると考えられる。


 援軍に関しては、ディーン皇国全土から広くこれを(つの)れば、いくら魔法戦力千二百とて耐え切れず潰滅(かいめつ)するはずなので、アテはある。仮に通常戦力のみしか駆けつけられず、屍の山を築いたとしても、最終的に向こうの魔力が底を尽きれば、後は普通の殴り合いになるはずなので、この点において(被害に目を瞑れば)敗北の心配はない。

 しかし一方で、防衛拠点となる首都のやわらかさは、これは素人目に見ても明らかなものがあった。きちんとした壁で囲まれているセーラムの首都やメイヘムを先に見ていたせいもあるが、そもそもディーンの首都はここで戦うということを想定しないで作られたように思える。この国の宮殿は豪華ではあるのだが、高所から周りを見渡せるように建ててあるセーラム首都の城に比べると、平たいし、無駄に広い印象を受ける。城下の建物も木材が主でよく燃えそうだし、外敵を阻むための壁も低く、あちこちが老朽化しているせいか途切れ途切れで頼りない。はっきりいってしまうと()()()であるという以上の役割は果たせていない。


 領土を切り取られるという苦痛を長年味わってきたセーラム王国と、兵は出していたものの被害は後方で眺めるしかなかったディーン皇国が持つ危機感の差が、ここによく現れているような気がする。

 まあ、しばらく出番がなく、今後も強いて必要になるとは誰も考えていなかった防衛力が軽視されるのも無理はないと思うが……。

 その代わり、水回り等のインフラはセーラムより発展しているし、商業やら流通やらも活気がある。何だかシミュレーションゲームみたいだが、そこまで首都の守りを気にしなくてよかった分、開発に専念することができたのだろう。


 ともかく、その結果問題となるのは――フォッカー氏が言ったように、街がめちゃめちゃになってしまうということもそうだが――実際に援軍が来るまでに、こちらが耐え切れるのかどうか。

 戦盤(いくさばん)と同じで、(キング)を取られたら終わりなので、そうなってしまうと、援軍が後からどっさり来たところであんまり意味はない。


 だから、いっそこちらから出向いてしまえ、という考えはわからなくはない。

 どうせ守るのに適していないのだから、中にいるも外にいるも一緒――それなら、勝てた時に被害の少なくなる方を選ぶのは、むしろ当然ともいえる。


「もう、勝ち目があるとかないとかいう話じゃないですもんね」


 と、屈伸しながらジュンが言う。


「そうね。私達が抜かれれば、もう駄目ね」


 姫様は草の上にちんまりと座り込み、遠くをじっと見つめたまま答える。


 俺達は既に首都を離れ、原野に陣を敷いていた。

 陣といっても、キャンプに毛が生えた程度のものである。特に柵を立てたりはしていないし、兵糧や装備を一ヶ所に集めて管理しておくための場所もない。

 馬だって繋がれてはいないし――というか、馬はもういないし。


 ここに来る時まではいたのである。しかしそれも、数日分の余分な食糧等を運べる力が必要だったというだけで、軍馬が動かされたわけではなかった。フォッカー氏がここで敵を待ち構えると決めてしまうと、その馬と乗り手も首都へ引き揚げていった。


 今回、選抜された百二十名は、その全てが魔法戦力である。


「純粋な魔法戦が想定される以上、魔法に関わらぬ戦力は、無用」


 フォッカー氏は作戦会議において、同席した全員を相手にこう言い放ったのだった。

 果たして部隊はその通りに編成され――デニーは今度こそ留守番になった。


 馬すら、()()()()()()()()()から退避させた、というのである。

 ()()()()()()()()()を、フォッカー・ハギワラ氏は選んだのであった。


 現実的に考えれば首都を本当のカラッ(けつ)にはできない、しかし頭数だけでも揃えておいた方がいいのではないか――という意見も一応出たが、一蹴されている。


 敵は多数だが、それでも限界まで員数を()ぎ落としているはずである。運搬魔法家を除いても、おそらく魔法戦力で固めてきている。何万対何万という戦いになれば通常戦力も魔法戦力に負けず劣らず重要になってくるのだろうが、フォッカー氏の言う純粋な魔法戦を経験している身としては、心細さは残るものの、賛同する。


「うー……、緊張します」


 ジュンは借りてきた薙刀を握って、軽く振り回した。

 そろそろこの準備運動も見飽きつつある。


「緊張するようなタマかよ」

「あ、なんかひどいことを言われている……」

「大体、そんなに大きな得物、扱えるんですか? 初陣だからといって、ちょっと気負い過ぎたのでは? お嬢様がその手の武器で訓練しているところを見たことがないような……」

「それは本当に見たことがないだけですよ! 本国にいた頃は結構やってましたよ」


 姫様の方を見ると、彼女はこくりと頷いた。


「ほら!」

「失礼いたしました……」

「剣もいいかな、と思ったんですけど、やっぱり長い方が強いのかなって」

「さあて、そもそもリーチがどうのという話になるかどうか」

「そういえば、フブキさんは素手なんですね」

「そうですね。私はこれでいいのです。お嬢様と違って、武器を持っても上手く扱えないので。それにどのみち、数の不利を覆すには、魔法ですから」


 百二十という数字は姫様、ジュン、俺を含んだものなので、ディーン側からは百十七名が参戦している。その全てがフォッカー氏の直属の部下で、主力はそれということになる。ただ――多分、魔法兵というのは往々にしてそうなのだろうが、ほとんど丸腰の者が多いので、いまいち頼もしい感じはない。頭領であるフォッカー氏からしてそうなのである。まあ、彼らはほとんど同じ服を着ているので、そこは統率されている感じがあって、中々いい。


 敵はほぼ十倍だが、割合でいってしまうと、あの火の玉をたくさん飛ばしてくる連中と戦った時より全然差が縮む。あの時は俺一人だったから、三百三十七倍だ。


「フブキ、あまり大きな声では言わないけれど――」


 と姫様が言った。


「あなたの魔法が戦局を左右するのは、今回も同じ。それは、わかっているわね」

「……ええ、まあ」


 どうして改めてそこを確認するんだろう、と俺は思ったが、すぐに、


「――もし、エルフの狙いが本当に私で、対策をとっていたら、ですか?」

「いい子ね。別にそうと決まったわけではないし、こちらが対策の対策をするというわけでもないけれど――」


 姫様も、時々心配性になる。だが、そういう心配こそ、無用、だ。


「エルフを感じれば、エルフには勝てる」


 エルフを殺すための魔法を、その通りに使うだけのこと。


「……いー寒い」


 半纏のようなものを借りて羽織ってはいるものの、この寒空の下で待たされ続けではどうしても冷えてくる。俺は立ち上がり、身体を温めるため、自分も屈伸をしてみた。


「さて、じゃあまたそろそろやりますか」


 索敵に関しては、一応、俺が気休め程度に担当している。地図を見せられてもあまりよくわからなかったのだが、どうやら、絶対にこの場所を通る、という確信がフォッカー氏にはあるらしく、敵が来たか、来てないか――それだけわかれば十分、ということらしい。

 まあ、最初から広い場所で戦いたいと言っていたし、敵も広い場所を通ろうとする可能性が高い、と後から言われたので、そういうものかと納得することにしている。俺達よりフォッカー氏に土地勘があることは確かだ。今更敢えて口出しもすまい。


 もう恥ずかしさも大分薄れてきてしまった例のポーズをとり、俺は耳に風を入れた。


 そして、何かが進む、連続した音を捉えた。


 俺はすぐには、来た、と言わなかった。その時点では何が来たのか、あまりよくわからなかったせいだった。十数秒ほどそれを聞き続けたところで、やっと別の、足音だと確信を持って言えるものが混じり始め――しかしその頃には、()()()()()を、全員が感知していた。


 地平線の彼方に、それらはいつの間にかいた。


 寝転がったりしていた者も、今はもう起き上がってそのシルエットを見ている。

 二足歩行でも、ちっぽけでもない、そのシルエットを。


「――どうやら、来たようだ」


 俺の代わりに、フォッカー氏がそう言った。


「総員戦闘準備!」


 そういうオーダーがかかっても、魔法家達のすることはそう多くない。

 集まって、並んで、魔法のための()()()をする。


 俺達三人は別の指揮系統――というより、それらしいものを持たないから、ジュンは薙刀を握り直したし、姫様は静かに立ち上がりながらそれでも()()から目を離さない。

 俺も姫様に倣って、目で、迫る影を観察し始めた。あるいは姫様が一番最初に気付いていたのではないか――と思いながら。


 そう、二足ではなかった。なかったが、足が付いているところまでは同じだ。

 四本か、ものによっては六本足の、動くもの。

 移動は速くはない。ゆっくりとこちらに近づいてきている。

 それが最高速度なのか、意図的にこの速度に抑えているのかまでは、わからない。


 やがて、十分にそれが何なのか把握できる距離になり、広い場所を通りたい、の意味がわかった。まあこれは、単純な表現でいいだろう、巨大だからだ。


 土甲、というくらいなのだから、ジェレミー君のように鎧を組み上げた兵隊達が模様となって平原を埋め尽くすのかと思っていた。

 だが、現実は、それもやはり土魔法で組み上げたものなのだろう、動物に似た、乗り物としか思えないからくりじみた物体が、威圧感と共に展開されていたのだった。


 ほとんどは獅子の形をしている。尾は無いが、足の他に首や胴の一部も可動するのは間違いない。周囲を固める()()()()の数から察するに、装甲の内側には残った戦力をぎっしり詰め込んでいるものと思われる。おそらく二十匹かそれ以上を待機させているのだろう。あちこちに据え付けられた明らかに()()と思われる筒形の部品も合わせてみると、どちらかと言えばハリネズミの方が近いかもしれない。

 おそらく()()()()と思われる残りの三つは、どれも形は違うが亀の如くで、しかし何故か六本足をしっかりと地に付けている。獅子の形をしたそれよりも一回り大きく、したがって砲門もその貫録を増し、数こそ減らしてはいるものの、総合的な威力は断然上であることが伺い知れる。


 なるほど――確かに、あれを竜巻で吹き飛ばせるかは、やってみないとわからない。


 歩兵は例外なく鎧を着込んでいる。それも、この世界の、魔法を介さない技術では到底作成できないような造形が目立つ。土魔法は土壌や植物に干渉することも多いらしいが、こうした極まった錬金術ともいえる製出が、やはりこの戦乱の時代では代表的なものとして扱われているのだろう。


 鼻先の一点に一際冷たいものを感じ、俺はそこを触った。

 見ると、ほんの小さな水滴が指に残った。


 雪……。


 降り始めていた。

 視界にちらほらと混じりながら、尚もその中をエルフの軍団は進んだ。

 あの大砲の射程圏内にもう入ってしまったのではないかと思う頃、やっと、フォッカー氏はエルフ達の歩みに待ったをかけた。


「止まれ……!」


 風の拡声は無用だった。それほどに彼我の距離は詰められていたし、またフォッカー氏の声もよく響いていた。


 土甲部隊は少し遅れて、進軍をやめた。

 こちらの言う通りにしたのか、それとも、その場所で止まりたかったのか。


「長耳よ、その無遠慮な振る舞い――この地が皇帝陛下の御膝元であると知っての狼藉か。早々に立ち去れ、今ならば追わぬ!」


 実に華美な装飾が施された鎧に身を包んだエルフが、奥からゆったりと歩き出て、先頭に立った。

 その個体に限った話ではないが、エルフ特有の長い耳までが造形に組み込まれているので、兜が少し妙な形をしている。


「我々は救国魔法軍団第二土甲大隊である! 元より、貴様等愚かなヒューマン共と話す時間は惜しいのだ。何故(なにゆえ)、今再びこのわかりきった道理を説いて聞かせねばならないのか? いいか、よく思い出せ、高貴なるエルフの眷属が為すことに、どういう理屈で人間風情が口を出せるというのだ、下郎?」


 デザインの特徴から、そうではないかと思っていたが、その総指揮官と思われるエルフは、女だった。おそらく向こうじゃ女傑として扱われているのだろうが、この物言いなので、特に見所はなさそうである。


「邪魔立てするのであれば、よかろう、この三百年間繰り返されてきた一つの証明を、今度も我々が直々に行ってやるとしよう。どう足掻いたところでヒューマンはエルフに敵わぬ、劣った存在であるという、その証明をな! 前進を再開せよ! ヒューマン共を踏み潰せ!」


 女指揮官が指をこちらに向けると、エルフ達は咆哮し、戦術もへったくれもないと思わせるほどの一斉突撃を始めた。多分前にいた集団だけが来ているのだと思うが、それでもこちらの兵員が全て飲み込まれそうなほどの数である。

 獅子と亀も先程までとは比べものにならない躍動と共に迫り、それでいて随伴歩兵はその速度と完全に同調していた。


 フォッカー氏も叫んだ。


「退けぬぞ! 我らは退けぬ! さあ、(つるぎ)を手にするのだ! 我らハギワラ一門、今、この戦こそが全てぞ!」


 そして、打って変わって、


「――時の穂が、落つる水面(みなも)の、彼方より。揺らめく(あけ)も、醒めてしまえば」


 呪文(スペル)だった。フォッカー氏も、弟と同じ、自分を鎧う土魔法の使い手であった。彼だけではない。他の者も皆、思い思いの歌を口にしていた。

 地面は上質の鋼と化し、今や彼らを包み込んでいる。

 完全な武装――エルフ達の滑らかに造形されたそれとは対極にある、武骨で、それゆえに儚さも感じさせる金属。


 フォッカー氏は鎧と共に作り出した大太刀を、八相に構えた。


 横に立つジュンへ、俺は言った。


「お嬢様」

「はい」

「大変長らくお待たせいたしました。――あれ、全部殺していいぞ」

「はい!」


 俺が今、エルフを前に無限の魔力を引き出そうとしているように、彼女もまた、その興味によって魔法の才能をより一層開花させようとしている。

 そう、殺していい。

 エルフは殺していい。

 一匹も残らず、殺すべきだ。


「ゆけ――」


 フォッカー・ハギワラの号令で、味方を置き去りにして飛び出したのは三者。

 一人はフォッカー氏自身。

 そして、残りの二人は、風に背を押された、俺とジュン。

 エルフを遥かに上回る速度で肉薄し、フォッカー氏の大太刀と、穂先が鋭い水で補強されたジュンの薙刀が、一振りでそれぞれ二匹を葬った。

 そういう始まり方だった。

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