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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第6章 望まぬ、望まぬ邂逅
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6-9 五点経由作戦

 おびき寄せたりするよりは、そちらの方がよほどいい。いる場所がもうわかっていて、そこへ直接乗り込む――素晴らしく時間が短縮されたように思える。


 しかし、


「やろうとしていらっしゃることは理解しました。ですが、奴を仕留めるには、並大抵の戦力では歯が立ちません」

「らしいな。火球中隊でまったく歯が立たなかったとなると、もう少し注意を払って編成しなければなるまい」


 少しどころの話ではない。

 竜巻を起こす相手――天災級の相手をするのに、一体どれだけの魔法戦力が必要とされるか、マイエルには想像もつかなかった。

 つかなかったが――それが、大部隊になることだけはわかった。


「それだけの戦力を送り込むことのできる運搬魔法が、実現できますか?」


 地図で見れば後方だが、敵地の真ん中へ飛び込むのである。

 二桁で足りるかもわからない規模の員数を、仮に運搬魔法家を国中からかき集めて別個に運んだとしても……。


「まあ、不可能だろうな」


 一瞬、気が落ち込みかけたが、すぐ、本当に可能性がないのならそもそも話をもちかけてこないということに気付く。


「普通には、無理だろう。が、」


 ディーダ元帥はシンを指で差した。


「そこの彼を知って、できるかもしれないという気になってきた。少なくとも、参謀達と計画を練ることまでは試してみてもいい」

「あ、オレ、シンです。ナルミ・シンです」

「そう、君が、どれだけ優秀かによる……。とにかく、色々な魔法を覚えることができるというのはわかった。それでもう一つ訊きたいんだが、君は、記憶力が良いか? 良い方かどうかではなく、良いか?」

「それは……」


 シンは少し考え、


「暗記する科目は……点がいい方ですけど、えっと……どうしてですか?」

「まあ、試してみればどの道わかることか……。それともう一つ、これはアーデベス卿に訊ねたいのだが」

「はあ」

「94番は、この少年を殺すことができると思うかね?」

「……どうして、でしょうか?」

「その男の魔法が、心のどこから来ているのかということだよ、アーデベス卿。()()()()()()()()()()()()94番が、それでも、彼を――」


 元帥は、もう一度、シンを指で差した。


「風の魔法で、引き裂くことができると思うかね?」




 そして今、マイエル達は、ディーン皇国の地を踏んでいた。

 正確に言えば――やっと、外へ出てくることができた。


 初め、この作戦は、関わる誰からも疑問視されていた。マイエルはもちろん、ギルダやバーフェイズ学長までもが、空論なのではないか、という態度を示した。


 今回の同行者に、メランド姉妹という、年若い三つ子がいる。

 彼女達は運搬魔法家が発生しやすいという家系にあって、全員が同じ両親から魔法の才能を持って生まれた。個々の能力に突出したところはなく、それぞれが非常に狭い()()()()の中で一名を運ぼうとするのがやっとであるが、彼女達の持つ同一性が、全員揃って魔法を行使した場合にのみ見られる、能力の拡張を可能にしている。

 それは一種の、陣形である。空間に対する立ち位置を意識して定めることにより、運搬数、量、範囲共に飛躍的な発展を遂げる。もちろん、それぞれの魔力量が増えるわけではないため制限はあるが、それでも有力な運搬魔法家を挙げていくときは、すぐに名が出てくる。


 この陣形は、同時に欠点でもある。これは彼女達の魔法の効果が、マイエルがメイヘムから逃れた時のように通り道を繋げるものではなく、瞬時にある場所から別の場所まで()()()形で発生するため、有効範囲からはみ出した部分がそのまま物理的に()()()()しまうことに起因するもので、多様な地形・物品に対応できる反面、彼女達に運ばれる側も、ある程度はどこにいれば自分が安全か、把握しておく必要があるのである。

 加えて、三者が同時に魔力を練るにあたっての調()()もまた必須で、周囲の環境に合わせて、感覚を変えていかなければならない。天候、空気の乾湿、出発地が高い所にあるか低い所にあるか、森、湖、建物、等々……様々な要素を踏まえて、最適な魔力の解き放ち方を判断する。


 これがどのくらい複雑であるかというと、三女、マリー・メランド曰く、


「まあ、陣形と魔力調節を重ねると、27通りね」


 これは、三姉妹が成長と共に魔法を開発していく過程で自然と現れたらしい数字で、3の累乗である。


 だが、もちろんのことではあるが、そのままでは大部隊を運搬するのには不足する。

 そこで元帥は、彼女達の魔法の中にシンを加えた、さらなる拡張を提案したのである。


 当然、交渉の段階でメランド姉妹からは猛反発があった。


「バカ言わないで! ワタシたちだけでも魔力の調節をするのにとっても集中しなければならないのよ! それを他の……しかもヒューマンなんかを混ぜるですって!? 考えただけで鳥肌が……! こんな侮辱、初めてよ! 訴えるわよ!」


 という次女、ミリー・メランドの拒絶は、とても自然なものであり、まだ穏やかな方でさえあった。他の二名からもほぼ同じような反応が見られた。


 しかしそれも、シンに直接会った途端、嫌悪感を取り除かれてしまうので、問題にはならなかった。どちらかといえば、いかにして彼女達の魔法にシンを習熟させるか、ということの方が課題であった。シンの模倣をもってしても、この魔力の調節は易々と再現できるものではなかった。使う魔法は同じものを用意できても、シンという異物を取り込むことにより、姉妹が持つ魔法の特殊性そのものが捻じ曲がってしまい、新たに陣形と魔力調節のパターンを構築しなければならないため、これは再び魔法開発を始めるのとほとんど同じであった。


 ディーダ元帥を訪ねてから、ほんの数日前まで、シンはこれにかかりっきりであった。()()増えたことによる4の四乗――256通りの運搬パターンを、頭と体と()へ叩き込むために。


 バーフェイズ学長の協力もあり、理論自体は驚異的な速度で完成をみた。だが、やはり実際の習得は容易なものではなかった。特にヒューマンの身であるシンは、(彼が女ではなくメランド姉妹の肉親でもないということも含めて)技術面での初めての壁につき当たり、()()()()は、遅々として進まなかった。

 ついに、同調できないのはシンが三姉妹にとって近しい存在ではないからだ、という話が持ち上がり、一時的な共同生活が提案された。魔導院内にある寮の一角を借り、寝るための部屋こそ分けられはしたが、起きてから寝るまで、ほとんどの時間を共に過ごし――とにかく()()になろうとするための、訓練と称されたレクリエーションまでもが追加され、魔力を使わない、あるいは使えない時間は、踊りや体操、ギルダを相手にした多対一の組手などに費やされ、互いをよく知るために、癖を把握するといったことさえも奨励された。


 確かに、シンなくしては実現しない作戦だとは思うが、それを見ているマイエルとしては気分のいい光景ではない。若い女性が四六時中ヒューマンの男と一緒にされ、戦争への勝利という大義名分があるとはいえ()()まで知られようというのである。それどころか、自分達の魔法の中にまであの少年を受け入れなければならない――心の中に、シンを入れる。


「そうだとも。歪ませなければ、誰もそんなことはしないじゃないか」


 ギルダにそう漏らしてみたところで、共犯者としての溜息以上のものが返ってくるはずもなかった。


 ともあれ、これにより、救国魔法軍団第二土甲大隊を運ぶための手筈は整えられた。

 総勢、千二百二十五名である。

 第一大隊はヒューマン同盟軍と正面から対峙する際の戦力の一部、第三大隊はヒューマン以外の勢力に対して睨みを利かせる、という役割がそれぞれあるため、これは現在首都付近で召集が可能で、なおかつ運搬魔法の輸送規模に収まる範囲では、最も強力と思われる部隊であった。


 しかし、まだ魔力量の問題があった。

 これだけの規模の運搬魔法を行使するというのは、この三百年戦争始まって以来の大挑戦である。メランド姉妹とシンの魔力だけでは、例え命と引き換えにしたとしても全く足りない。特に、シンは移動した先で94番の魔法を奪うか消去するという大事な役目はあるので、ほとんど貢献できないと言っていい。現地では何が起こるかわからない。運搬魔法を走らせようとするための最低限の魔力さえ惜しいような状況である。


 これに関しては、魔法開発に並行して魔力捻出の手段が検討されていた。といっても、足りない魔力を外部から補填する手段は限られているため、それらをどう確保するか、ということに自然と焦点が置かれる。


 最も手軽なのは魔力供給員である。この魔法家達に関しては――厳密には魔法使いではない、とする見解もある。つまり、魔力を他者へ分け与える魔法、なのである。それも()()()なケースであって、魔力を練ることすらできないが、魔法使いに魔力を()()()()()()ことは可能、という受動的な、ほぼ体質と言っても差支えのないようなケースも存在する。


 マーレタリア中の魔法供給員を徴発しても、足りるかどうかが、わからない。

 規模、距離、共に常識外である。


 仮に足りたとしても、魔力供給員を使い切るというのは、国中の動きが止まるのにも等しい。しばらくの間、軍事作戦上は柔軟性が失われるし、生活する上でも、例えば町の治癒魔法家が一日に多数の怪我を治すということができなくなる。それに、国内で同じ動きが今回望まれるほどの規模で起こってしまうと、事前に察知されてしまうおそれがあった。セーラムの首都攻めも知られていたのである。今回の作戦では、できる限り目立つ要素は避けたいという元帥の思惑もあり、この方法が使えないということは、議論するまでもなく決まった。


 そうなると、やはり、魔力溜まりである。

 しかしそれも、移動先の鉱脈がどれほどの()()()なのかがわからない以上、博打止まりであるし――おそらく、足りないのは変わらない。一応、そこに魔力溜まりがあるという事実(マイエル達にしてみれば事実と思い込むしかない)から今回の作戦が始まっているわけなので、計算には入れるが、どうしても余裕を持たせた計算になってしまう。ただでさえ感覚的なものを勘定するのであるから、魔法を行使する当事者達とよく相談し、絶対に大丈夫だ、と彼らの考える量を用意しなければならない。想定される魔力量が膨大であるのは、このためでもあった。


 さらに、ディーンへ移動するための、()()()()の問題も立ちはだかった。運搬魔法である以上、移動先に関する何らかの情報を魔法家が持っていなければ()()へは飛べない。()()を知っているというのが一番いいが、不完全であった場合、繋がらなかったり、見当違いの場所へ出てしまうということもありえる。

 移動先を、()()、と捉えることもある。正確に対象を運搬できるかに加えて、よく見知っている何者かの近くに移動できるかどうか、は一つの評価基準になっている。メランド姉妹が選ばれたのは、この条件をクリアしているからでもあった。


 この二つの問題を解決するために、これは前例のある方法だが、()()()の魔力溜まりを設けることが決まった。出発点の魔力、中継点の魔力、終点の魔力を順番に拾いながら移動することで、強引ではあるが足りない分の魔力量を補うのである。


 二つ以上の中継点を作るやり方は、やはりこの三百年戦争では記録されていない。

 今回は、中継点を五つ使うことに決まった。

 往復分も考えるとどうしてもこうなってしまう、という結論に至ったのだった。


 ある日、中継点を記した地図の中に気になる()を見つけ、マイエルは元帥に訊ねた。


「……中継点の途中に、蛮族領が入っているのですが、これから許可を取るのですか?」

「いや、その魔力溜まりは現地民が滅多に寄り付かないというから、無断で使用する予定だ。間もなく彼女達も仕上がるんだろう? 交渉する時間はない」

「……後で、問題になるのでは……?」

「大問題だ。なので、外務代表へは既に通達してある。尽力してくれるだろう。俺は怒られるが、君達の()()()が外れるほどではないはずだ」


 マイエルは唖然としたが、元帥はこう続けた。


「このルート以外はありえない。()()()が必要なのは、君もわかっているはずだ」


 知らない移動先をしっかり掴むべく、顔見知りを予め移動先に置いておくことになっている。いくつかの魔力溜まりは三姉妹も知っており、シンもその記憶を読み取ればいいので問題ないが、蛮族領の中継点と、終点の敵地は四名のうち誰も知らないため、実質、()()を捉えて飛ぶしかないのである。

 蛮族領までは、同じく運搬魔法の心得がある三姉妹の親族が(秘密裏にではあるが)向かうことになっている。それなら灯台役としては申し分ないし、シンも鮮明な記憶を参照することができる。

 だが――、


「敵地にまで中継点を作る余裕はない。終点に現地の協力者を送り込むので精一杯だ」

「その、現地の協力者というのはヒューマンなのでしょう? 大丈夫なのですか?」

「家族が死ぬよりも悲惨な目に遭うのが嫌なら、いくらヒューマンといえども、忍び込むことくらいはするだろうさ」


 そういう類の間者がいることは、マイエルも噂には聞いていた。

 これもやはり、シンがその家族から記憶をもらい、それを三姉妹と共有することで、灯台役を果たすはずである。


「少しでも魔法の安定性を高めるためだよ、アーデベス卿。失敗したら、彼女達の魔法だと、バラバラになってしまうかもしれないぞ」


 様々な地を転々とする移動の難易度が、どれほどのものになるか……。この過程がために、必要最低限数で済んだかもしれないはずの運搬パターンを、しっかりと構築しなければならなかったのである。


 運搬魔法は、賢者の森からスタートした。

 見ているだけのマイエルにとっては、それこそ、ほんの数瞬の出来事にしかすぎなかったが、次々に変わっていく情景は、紛れもなく現実であることを知らせており――そして、一つの成果が実ったことを証明していた。


 最後に危惧されていたのは、終点に千二百名が入るのか、ということであったが、現地の協力者による事前連絡により、十分な空間が確保されている、ということがわかっていた。それもまた、事故なく到着したことで証明された。


 その現地の協力者は、(ヒューマン基準で)妙齢の女性であった。手にランタンを持ち、暗い洞窟の内部を照らしていた。あまりに広いので、その光源は頼りなくはあったが――すぐに大隊のそこかしこから別の光源が増えていった。


「お待ちしておりました」


 とその女は言った。長い髪を二つ結いにし、その地に伝わると思われる独特な装束に身を包んでいた。


「どうやら、成功したらしいな」


 と、女大隊長であるクレージュ・エメルシュが応えた。

 自らも出陣するという意味で好戦派な貴族の出身で、クレージュもその例に漏れず戦功を誉れとしていることで有名である。

 体格もよく、軍隊の中にいる女性としては美麗さを損なっておらず、(許嫁はいるが)独身であるので、兵士達にも人気が高い。よく通っている鼻筋と、誰が見ても少し高飛車な印象を与える目つきが特徴的である。声もまたそれを思わせるような、命令することに慣れた者の権威で着飾っていた。


「この地の他のヒューマン共には、知られていないだろうな?」

「……はい、それなのですが……」


 女は言い淀み、中佐がそれを問い詰める。


「ばれたのではあるまいな? いや、まさか……知らせたのか!」

「そのような! そのようなことはございません! ただ……」

「ただ、何だ?」

「わたくしも知らなかったのでございます、ここを今更掘り返そうとする者達がいるなどとは、知らなかったのでございます! なんとか、その目を盗んで、やっとここへ辿り着いたのでございます……」

「すると、外には誰かいるのか」

「はい。ああ、でも、これほどの方々がいらっしゃるのなら、大丈夫でございます。今はもう、ほとんどの作業は済んだ様子で、片付けや最後の収穫を運ぶために残された者達だけですから……」


 それを聞くと、中佐は側近にこう告げた。


「よし、斬り込み隊に通達せよ。戦闘準備だ。その後、速やかに攻撃を開始する」


 協力者の言う先客達は皆武装していたが、戦いらしい戦いにはならなかった。

 その様子を見たシンは、慣れていなかったのか嘔吐し、短時間で体調も崩した。

 キャンプ地の片隅で、ギルダと長女のメリー・メランドが彼を介抱している。

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