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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第6章 望まぬ、望まぬ邂逅
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6-7 元帥の心

 それで、軍務代表との面会が認められた。

 世の中どうかしている、とマイエルは思う。


 十三賢者の関係性などよくわからないが、普通は同じ代表格のエルフに頼まれたからといってすぐに時間を作ったりはしないだろう。これもバーフェイズ学長の徳が為せる業か――しかし、こちらはただ学長を通して、()()()()()()()をしたい、ということをそのまま伝えただけなのである。

 軍務代表マサガン・ディーダ元帥は、そんな話はもう聞き飽きているとマイエルは考えていた。連日連夜、大事な話がそれこそ参謀部や前線の将校から送り届けられているはずだ。ほとんど何の関係もないマイエル達の言うことに耳を貸すような理由は何もない。わざわざ何を聞きたいというのか。まして、こちらにはヒューマンがいると、それさえも学長はそのまま伝えたらしく……。


 学長はシンの魔法が発覚して以後、定期的に彼の発達具合を聞き取りに来るが、特に何も言わなくても勝手に成長していくので、あまり愉快ではないようだった。もう大分興味も薄れてきているのだろうが、レギウスを救い出すことに関しては、依然協力を惜しまずにいてくれている。今回のように渡りをつけようとしてくれるだけで本来は非常にありがたいことだと感じるべきなのだろうが、まさかそれが実を結ぶとまではマイエルは思っていなかった。

 しかし考えてみれば、学長の持つエルフとエルフの結びつき、脈、縁……これらを自分から恥も外聞もなく求めたのは初めてかもしれなかった。これまで学長がそれとなくレギウスとマイエルに気を回してくれていたことはわかっていた、それが大きな助けとなってメイヘムへの旅にこぎつけたことも理解している。

 が、乞うような形で、というのは記憶になかった。それはレギウスにもマイエルにもそれなりプライドが存在していたからであるし、窮地でもないのに頼りにしたところで鼻で笑われるのがオチだ、という認識があったせいでもある。


 事ここに至っては、マイエルの力だけではどうにもならないということを学長もよくわかっているということだろうか。

 なんだかんだといっても、彼はレギウスのことを可愛がっていたわけで、というより、彼の庇護がなければレギウスの居場所はどこにもなかったわけで、ステラングレという名前も、卿という称号も、どちらも失われていたに違いないのだ。それが貴族としては最底辺のものであったとしても、レギウスにとって(あるいはマイエルにとっても)かけがえのないものが守られたことには変わりない。

 助け出したい気持ちは同じはずだ。

 席を設けたという報告こそ簡単なものではあったが、色々と手を尽くしてくれたのだろう。素直に感謝するしかなかった。


 ――と、そういうことを差し引いてみたところで、軍務代表の気まぐれを説明できるわけでもないのだが。


 マイエル達は小さな応接間に通されていた。

 さすがに執務室へ直接お邪魔するという形にはならないらしい。見張りもマイエル、ギルダ、バーフェイズ学長、シンの四名に対して六名が付いていて、その全員が手練れの魔法家であることは、纏っている雰囲気や所作の端々から容易に察することができる。

 逆にこの警備態勢は少々物々しすぎやしないかとも思われるが、何せマーレタリア全軍を掌握する軍務代表である。気を抜いたせいで何事か起こる、というのは許されない。どんな相手であろうと、このぐらいの用意はしているのが普通か。


 護衛六名に囲まれた状態で椅子に座り、待たされている、と感じ始めたところで、部屋の扉を開けて軍務代表が登場した。手に持った何十枚という紙束に目を落としていたせいで、扉の枠に足をひっかけ、バランスを崩しかけたところで従卒が慌てて補助に入った。


「すまない」


 そう言いながらも、なおもその視線は紙の上のインクを追いかけ続けている。

 そのまま机を挟んだ向こうの椅子に腰かけた。


「内密な話ゆえ、諸君らには席を外してもらう必要がある。俺がここから出るまで時間を潰してよし」


 読みつつ、そう言った。


「よろしいのですか?」


 と護衛の中から戸惑うような声がひとつ上がったが、ディーダ元帥は、


「問答は望まない」


 とだけ言って、ぱさり、という音と共に読み取りを次の紙に移した。

 従卒が六名に素早く目配せをしたということもあって、それ以上声が上がることもなく、護衛達はあっさりと去っていった。


 それから尚も軍務代表は書類を読み続け、マイエル達が押し黙っているのに気付いたのか、


「申し訳ない、急ぎ、これにだけは目を通したい。話を聞かないということではないから、どうかそのまま話して欲しい」


 と断りを入れてきた。


「……ええと、」


 マイエルは、なんとかその呟きを絞り出した。


 どうぞご自由に話を切り出してください、ということなのだろうが、とてもそのような雰囲気ではない。前置きすらいきなり封じられてしまった感触がある。そもそも、茶もなければ酒も出されてはいないのである。

 おそらくどのような始め方をしてもこの男は怒らないし、本当に手の中の書類が重要なだけなのであろうが、だからといって、じゃあ……と始められるような神経をマイエルは持ち合わせていない。

 バーフェイズ学長は立ち会うためだけにこの場にいるようなものだし、ギルダに口を開かせたら何が飛び出してくるかわかったものではない。

 参った、どうしたものか、と急いで思案するうち、マイエルは、隣に座っていたシンが魔力を放出していることに気付いた。


「――おい馬鹿、何してる!?」


 思わず叫びが口から転び出た。


 ディーダ元帥の心の内を読む、という行為は確かに予定の中には含まれていたが、こんなに初めの段階でやるというわけではなかった。

 あわよくば、そのまま従わせるか、少なくともこちらの要求を呑むように精神を操作するかというところまでは企んでいたものの、それでさえ最終手段という認識であった。

 というのも、これほど強大な権力の持ち主となると、下手に掌握した結果、その能力まで含めて著しく妨げるおそれがあるからである。言いなりにしたせいで、本来軍務代表の中に存在した構想や方針を損なう可能性は高い。その都度精神を覗いてそれらを都合よく引き出せたとしても、咄嗟の判断力や刻々と変化する情勢への対応力までもを保証できるわけではない。そのように誰かを従わせるなら、マイエル達の中の誰かが代わりを務める覚悟でいく必要がある。

 早い話が乗っ取りなのだ。魔法をかける対象自身を騙せても、その周囲のエルフを全て騙せるかという問題もある。誰かが違和感を覚え、異変の原因を辿り、マイエル達まで行き着いた時、そこで全てが御破算になるのでは意味がない。

 そういうやり方はまだ時期尚早だ。

 できることなら、()()に協力してもらうことが望ましい。

 事情が事情、状況が状況であるから、それが困難であることは否めないが……しかしどの道、要求を通すところまではやらなければならなかった。


 シンの表情は複雑であった。


「この人……」

「だから人ではないと何度言えばわかるんだ!」


 できるだけ聞こえぬよう声を抑えてはみたが、この狭い部屋では無駄な努力であることはわかっている。マイエルは軍務代表の方へ目を向けたが、男は未だ平然と書類の染みを追い続けている。シンが魔法を行使したこと、少なくとも行使しようとしたことに気付いていないはずはないが、これは一体どういうことか?


「あなたは、オレのことが嫌じゃないんですか」


 少し沈黙があり、その間も軍務代表の眼球は左から右へ規則正しく動いている。


「それは、君のような、つまりヒューマンをどう思うか、という意味か? まあ、大体他のエルフと同じくらいには、俺もヒューマン嫌いだと、自分では思っているが」

「嘘だ」


 シンが立ち上がった。

 そこでやっと、ディーダ元帥は顔を上げた。


「何故、嘘だと?」

「それは……」


 シンは言い淀んだが、最早隠そうとしても仕方がない。


「オレには、あなたが何を考えているかわかるんです」


 元帥は目を細め、しかし再び紙束に目を落とした。


「精神魔法家なのか。ナチュラル・タイプ(自然型)、しかも触れずに読み取る。おそろしいな」


 だが、マイエルにすら、男の口調からはその感情が含まれていないことがわかった。

 シンがまた魔力の輝きを見せ、マイエルは止めようとしたが、すぐに彼はそれを手で制した。そして、おそらくはディーダ元帥の心を読んだまま、言う。


「あなたはこれを、オレに心を覗かれているこの状態を、嫌だと思っていない。というか――まず、オレに心を読まれているんだということを、もう信じている。信じた上で、まだその紙に書かれていることの方が大事だと思っている。食料をどこへ送った、どこの部隊がどれだけ消費して次はこのくらい必要だっていう、そのことが」


 元帥は二回ほど頷いた。いいかげんな頷き方だった。


「そうだな、その通りだよ。なんといっても空腹は危険だからな。糧秣がなければ何も動かないのだから、どの部隊にもそれが充実していることが望ましい。特に、馬にはきちんと食わせる必要がある。俺達は腹が減った状態でも無理して動くということができるが、馬はな、中々そうはいかない」

「おかしいですよ……」


 力が抜けたように、シンは座った。

 魔法をものにしてからの彼が、このような動揺を見せるのは初めてだった。


「あなたは他のエルフとは違う……違いすぎる」

「そんなことはない。同じだ。ヒューマンと戦い、滅ぼすことが目的の、俺もまた、このマーレタリアで暮らすエルフだよ。君には悪いが……」

「でも、あなたは人を憎んではいない。あなたの中の()()は、他のエルフの中にいる()()とはかけ離れている。あの、心を見た時の、ぞわぞわする感覚がない! オレを刺し殺そうとするための、心の棘が一本もない……。あなたのような心は、オレは初めて出会いました。あなたは――」


 ゆっくりと、シンは机に手をつけるほど身を乗り出しだ。


「あなたは、どうして戦争をやっているんですか」

「それは哲学的な問いだな。俺の専門分野ではないから、答えるのは難しい。難しいから答えない。どうせ、君はその気になれば直接答えを見られるだろうしな」

「読んでもわからないから聞いているんです」


 そんなことがあるのか、とマイエルは驚きを隠せなかった。


「自分がどれだけやれるのか示したいから、あなたの先生から引き継いだことをやり遂げたいから、国のため、家族のため? ――でも、どれもそんなに大きな理由じゃない」


 置かれた手が、徐々に握られていく。


「あなたは心を隠しているのか?」

「それができるのは同じ精神魔法家か、訓練を積んだ者だけだと聞いている。俺はそのどちらでもない。後者には、いつかなろうとは思っているが」

「……オレは、あなたに直接触れて、心を読みたい」


 これにはギルダでさえも焦りの色を見せた。シンが自分からこのようなことを言い出すなどとは、彼女でさえも予想できなかったのだろう。


 これで落ち着き払っているのは、ディーダ元帥とバーフェイズ学長だけになった。いや、学長は事の成り行きを興味深そうに見守っているのであろうから、落ち着いているのとはまた違っているのか……。


「すると、どうなるんだ? もっと詳細に俺の心の内がわかるようになるのか――それとも、記憶が消えたりするのか?」


 とにかく、軍務代表にこれほど捉えどころのないエルフが収まっている――これは誤算ということになるのだろう。少なくとも、シンの魔法に()()らしきものがあることまでは想定していなかった。


「あなたの心そのものを、作り変えられます」

「それは困る。おそらく君でも、掴みかかられたら俺は抵抗できないだろうからな」


 マイエルは不思議に思っていた。この、およそ軍に似つかわしくない――悪く言えば貫録のない中年男性が、代表を務めているという事実を。


 だが、今、男は部屋に入ってきた時の四倍は大きく映っていた。


「あなたの心の秘密を、あなたから教えてくれれば、そうする必要はなくなります」


 そう見えているのがマイエルだけではないことは、シンの言葉からよくわかる。

 シンは今、初めて自分の魔法が通用しないかもしれない相手と対面しているのだ。

 読心よりも、書類を優先する相手と。


「その、心の秘密とやらを暴くのが君の魔法なんだと思うがな。秘密か。なんとも言えん。ただ、さっきの君の問いに答える形でなら――そうだな、誰もが心に明確なものを託しているわけではない、ということだろうか」


 シンは元帥のこの言葉を理解しかねたようだった。

 マイエルにもよくわからない部分があった。

 沈黙を疑問と取ったのか、男は続けた。


「君は強い感情を持っているらしいな。君だけじゃない、優れた魔法家というものは心を重要視する。心にひとつ定まったものが、魔法の源になるのだと信じている。だが、俺は別にそういうわけじゃない。俺は魔法家ではないし――使命感や義務感のために戦争をしているわけでもない。生き残るためというのも違う。……何と言うべきなのだろうかな、ただ、今俺のやっていることがこれだというだけなんだよ。偶然に。そう、おそらくは、それだけのことでしかない」


 くく、と低い笑い声があり、


「なんとなくだよ。なんとなく、ここに座ってしまった。それで、何となく続けているんだよ。もちろん、こういう言い方をこれまで誰かにしたことはない。本当は言ってはいけないことだろうしな。しかし、考えてみると、敢えて動機について問われたこともなかったな……。うん、君に問われたのがおそらく初めてだな。おそらくこんなだから、君にとっては、俺のことがよくわからなかったのだろう。あと強いて付け加えるとしたら、俺のような性格は、少ないのかな」


 今までこんな男がマーレタリアの命運を左右していたのか、とマイエルは思った。

 これまでの元帥の功績は、実質的なものだったのかどうか? ――そんな不安に襲われる。そのような精神状態で、どうやって今まで軍務代表を務めてきたのか、想像ができなかった。


「アーデベス卿」


 突然自分の名前を呼ばれて、マイエルは返事も覚束(おぼつか)なかった。

 いつの間にか、元帥は手元の紙束全てを読み終えたようだった。


「本題に入ろうか。まあ、なんだ……俺もな、何も考えず君に会おうとしたわけではないんだ。あれからずっと、引っかかってはいたんだよ――君達が取り逃したヒューマンのことが。メイヘムの戦い以降動きがないから、どう手を打ったものか決めかねていた。後処理に追われていたのもあるが……いつまでもそれにかかりきりというわけにもいかない。それで、ここからさらに()()を誤らないためにも、もう少し詳しい話を聞こうかと思っていたところなんだ。またひとつ計略をやる算段も整いそうで、参考にな。すると折よくバーフェイズ翁が話を持ってきてくれて……と思いたいが、戦略上重要な話、としか聞いていない。君達とこちらで認識の違いがあっては困るから、一応はっきりさせておきたいんだが、結局、今日は何の用で俺に会いに来たんだ?」


 間髪入れずシンが答えた。


「戦争を終わらせます」


 それは最早、願望を飛び越えた、宣言であった。


「そのために、俺達を関わらせてください」


 ディーダ元帥はなんでもないことのように頷き、


「それは構わないが、君、どのくらい戦えるんだ? 俺は心を読めないから、教えて欲しいんだが」


 と訊ねた。

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