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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第6章 望まぬ、望まぬ邂逅
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6-6 目標設定

 それは条件なのか? とマイエルは思ったが、意外にシンは大真面目だった。

 曰く、


「戦争はよくないことです。たくさんの人が……もちろんエルフも、死んでしまうし、街は焼けるし、物は壊れたり使ったりして無くなるし、恨み辛みは残るし……とにかく悪いことばっかりで、良いことなんかひとっつもありません。だったらやめるべきだと思いませんか? そうでしょう? 違いますか?」


 だそうである。随分と自信満々に言った。まるで普遍の真理を、今更ながら確かめるように説く――そんな口調だった。

 引っ張り出してからそこそこ経つが、マイエルは初めて、この少年が持論らしきものを展開していることに気付いた。ただ、これが彼独特のものなのか、それとも前にいた世界の影響によって形成されたものなのかまでは、まだ判断がつきかねた。


「君の意見に、疑問を差し挟みたい気持ちはなくはない……が、まあ、確かに、基本的には、やらない方がいいだろう。戦争はな。しかし、こう言うと君は怒るかもしれないが――私達が君にかけている期待は、あくまでレギウスを救ってくれるかどうかであって、戦争を終わらせるかどうかじゃない。そこを履き違えられてしまうと、これは少し考えなければならなくなる……」


 知らぬうちに、シンの精神の、どこかよろしくない部分を突いていたのかもしれない、とマイエルは思い始めた。彼の魔法が固まっていくにつれ、今現在マーレタリアとヒューマン同盟が置かれている状況についての詳しい説明を、その経緯やマイエル達の目的も踏まえて、済ませておく必要があった。

 このことについては、シンがやろうと思えば適当な頭の持ち主を捕らえて、そこから引き出してしまえるので、余計な考えを持たれる前に先手を打って知らせておくべきではあった。あまり隠し事をして反感を持たれるのもまずい。

 だから、シンは戦争が(確認できる範囲では)三百年以上続いていること、開戦より長らくエルフ陣営の快進撃が続き、ヒューマン陣営は衰弱する一方であったこと、この時代になってやっと盟主国セーラムの首都が射程圏に入ったこと、しかしマイエル達が94番を取り逃がしたことによって、おそらく反撃の機会を与えてしまい、実際にメイヘムという都市が奪還されてしまったこと――を、既に教えられて知っている。


「おふたりの目的と、この目標は、十分に両立できると思います」


 確かに、レギウスを取り返す(そもそも安否の確認から始めなければならないわけだが)過程で戦争へ参加する可能性が高いことは、かなり早い段階で言っておいたことである。しかし、本気で戦闘行動に関与するかまではわからないし、それが必要かどうかの想定さえできていない部分がある。

 ただ、できれば、戦いそのものからは遠ざかりたいというのが、少なくともマイエルの本音ではある。

 エルフは、明確にヒューマンよりも優れている。持って生まれた身体能力、頭脳の発達度合、魔法の才能、どれを取っても負けているところはない。だが、それでヒューマンのすることを完全に無効化できるわけではないのだ。数を頼みにされれば当然不利になるし、隙を突かれれば殺されもする。

 数などものともしないほどギルダとマイエルが強ければ話は別だが、特に、そういうわけではない。実際の戦闘では不条理も頻繁に起こりうる。真正面から関わっていては、命がいくつあっても足りない。

 さらに言えば、その目的のために、真の意味でマイエル達に味方してくれる者は、あまりに少なすぎる。レギウスがこのマーレタリアにとって非常に重要であれば、もしかすると捕虜交換や回収作戦の対象になったかもしれないが、大多数のエルフにとっては、戦禍に巻き込まれた有象無象のひとつに過ぎない。しかも、自ら望んで戦線の近くに飛び込んだのだ。危険を冒して救い出す理由などない。

 マイエル達は、マイエル達だけでやるしかないのだ。必然、戦いは視野に入れ難い。


「本当に両立できるだろうか? 君の魔法は認めるが、あまりに大それていないかな」


 戦争が終わり、平和な状態になってからゆっくりレギウスを探すというのも一つの手ではあるだろう。しかしそれでは手遅れになる可能性の方が高いのではないか。

 また、早い段階でレギウスが戻ってきたとしても、この少年の言う戦争終結に最後まで付き合わなければならないのかという問題がある。


「それに、君の目標に引っ張られすぎて、私達の本来の目的を見失うようなことになっても困る」


 とにかく、全く考えのなかったことを突然に言われても、そう易々と受け入れるわけにはいかないのである。

 終わらせるなどということはマイエル達はもちろん考えていなかったし、三百年終わらなかったものが、今更本当に終わるのか? という素朴な疑問も残る。ましてメイヘムから後退している現在である。

 そう――まだ全然負けてはいないが、押されては、いるのだ。


「さっきも言ったように、おふたりには協力します。そうじゃないと、オレがここにいる意味、ないっていうか、今見捨てられたら、オレ、途方に暮れるしかないし……。だから、とりあえずレギウスさんは返してもらいましょう。ただ、その上で、戦争が終わるようにもしたいんです。もう戦争が起きてるということについて何か言ってもしょうがないですけど、これを終わらせることについては、まだまだ話せることがたくさんあると思います。どうですか」


 ひょっとすると、彼なりに自己防衛本能を働かせた結果の、この提案なのかもしれなかった。いきなり元いた場所とかけ離れた環境に連れて来られて、先がどうなるのかもわからない日々だ。こうして一応でも目標を立てておかなければ、精神の安定を保てないのかもしれない。シンは自分の魔法の詳細がわかって以降は積極的に動いていたため、そういう面での心配はマイエルはしていなかったのだが、意外に堪えていたということはありうる。であれば、このように無茶なことを言いだしたのも納得はできる。少々盲目的になったとしても、それに取り組んでいる間は気が紛れるというのならば、どうせならその作用が長く続いていた方がいい。

 逆に、心の拠り所にしか過ぎなくても、目標があれば安心するというのであれば、可能な範囲までは付き合えないこともない……つまり、マイエル達も戦争終結に向けて動く、というポーズまでは取ることができる。本心はどうやったところでシンがその気になれば暴かれてしまうから、それは仕方のないことだが……。


 そもそも、マイエル達にとってはレギウス奪還は悲願ではあるが、シンにしてみれば会ったことすらない相手だ。仮に素晴らしい能力を持ち、簡単にレギウスを取り戻すことが可能だったとしても、気乗りするかといえば、そうではないだろう。

 それならば、マイエル達の目の届く範囲で好きにさせてやる(あるいはそのつもりにさせる)ことくらいは、もう認めた方がいいのかもしれなかった。


「では、具体的には、どうするのかね。まずはそれを聞かせてもらわないことには、私達としてもすんなり頷くことはできないな。何か案があるのか?」


 そう訊ねると、シンはすぐに答えを返した。


「単純ではありますけどね。というか、やること自体はそんなに多くないと思うんですよ。話聞いた限りでは、その94番って人はマイエルさんのことを相当恨んでるみたいじゃないですか。だからとりあえずこのままでも、向こうの方からやってはきますよ、多分」

「それを待ち受けるのか? いくら94番の魔法が強力だとしても、ここまで攻め込めるようなものではない。仮にここまで辿り着けたとしても、それは時間がかかりすぎる、レギウスが耐えられるかわからない。――生きているかどうかさえも、今の時点でわからない。悠長にはしていられない。それはもう話したはずだ」

「いや、レギウスさんは生きてると思います。それに、しばらくは殺されもしないんじゃないかな……無事かどうか、って話になるとまた違ってくるんでしょうけど、死んではいないと思いますよ、まだ」


 予想外にしっかりとそう言われ、マイエルは面食らった。


「何故そう言える? あの気狂いなら、何かの弾みに……もうやっていてもおかしくはないんだぞ。だからこそ私達はこうして気を揉んでいるんじゃないか」

「まあ、実際にその人と会ったことはないから、こう動くだろうってのはオレにも言えないですけど……ヒューマン側って、今負けてるんですよね?」

「……そうだが」

「魔法使いの数も比べものにならないって聞きました。で、魔法使いがこの世界の軍隊だとかなり重要な戦力なんでしょう?」


 マイエルの代わりに、ギルダが首肯する。


「94番さんとオレの両方が魔法を使えるってことは、ギルダさんとマイエルさんの魔法に差はないわけで、まあつまり、新しく魔法使いを連れて来れるかもしれないレギウスさんを、向こうさんはそう簡単に手放したりはしませんよ」

「奴一人が暴走すれば、どのみちレギウスは助からん!」

「そしたら周りの人が誰か止めますよ。……あのですね、友達を攫われたマイエルさんの気持ち、わかります……とか御大層なことは言わないですけど、想像することはできます。そりゃあ心配でしょう。オレだって同じ立場だったら心配しますよ。必死にもなるでしょう。でも、もうちょっと落ち着いてくださいよ。レギウスさんのこととなると、どうもマイエルさんはカッとなりすぎるんじゃないかな。その点に関しては、ギルダさんの方が結構冷静だとオレは思いますね」


 シンはギルダの方をちらりと見やり、彼女も肩を竦めた。


「……マイエルさん達がどれだけ94番さんにひどいことしたか知りませんけど、天災級でしたっけ? 竜巻起こすくらいの恨みってなると、これは一日や二日で収まるようなもんじゃないでしょう。そういう相手を捕まえてすぐに殺して、あーすっきりしたっ、てなると思いますか? 逆に、死なないよう最大限気をつけるんじゃないかな。自分はこんだけ怒ってるんだぞっ、てことを思い知らせなきゃならないんだから。()()()()()()ってことまでありえますよ。そのへん、マイエルさんだって本当はわかってるんじゃないんですか? ぶっちゃけあなたに細かいところを考えてもらわないとオレもギルダさんも困るんですから、ただ焦ってもらっても困りますよ……」


 ――言われずとも、わかっている。


「召喚魔法の秘密についてすっかり聞き出すまでは、少なくとも生かしておくはずだ」


 むしろ、簡単に死なせてもらえるならまだ穏当かもしれないという思いすらある。


「そこはまあいい。すっかり喋ってしまうことは簡単だ。それだけ聞いても、奴らにはどうすることもできない。だから無理せず何もかも吐いてしまえとすら思うよ。だが、その先、レギウスを利用しようとした時、何が起こると思う? レギウスは自分からヒューマンに協力しようなどとは考えない。向こうも一枚岩ではないだろうから、金剛石を調達するのに手間取るかもしれない。だがそれで稼げる時間だって微々たるものだ。いつか、すぐに、その時がやってくる。召喚魔法を強要するために、どのような手段が用いられると思う? 拷問に決まっている!」


 そうだ。彼を取り戻すことは、不可能というほどではない。

 彼の形をした、何かは。


「終わった時、レギウスはもう、レギウスではなくなっているかもしれない……」


 何よりも、マイエルはその、成れの果ての姿を怖れている。


「わかってますよ、マイエルさん」


 とシンは言う。


「だから、急ぎますよ、もちろん」


 にやりとした笑いだった。

 マイエルは初めて、そこからヒューマン特有の()()()()を受けなかった。

 これもシンの魔法のせいなのかもしれないと考えたが、魔力の燐光が見られない。


「話、戻しましょうか。先の戦いでこっち側が負けたのは、その94番さんに好き勝手やらせたせいだってことはわかってるわけですよね。前線まで出てきていて――しかも、その力をアテにしてる。話を聞く限りでは、頼り切ってるって言ってもいいんじゃないかな。それでやっと、あっち側が勝った。ということは、その人さえ止めれば、ヒューマンの国は戦争を続けることができないんだから、戦争は終わりますよ。元々はこのエルフの国が勝っていたんだから」


 そして、こう言うのである。


「94番さんには悪いですけど、魔法を奪います」


 マイエルは、シンが自分の魔法について必ずしも良い印象を抱いていないのではないか、と考えていた。特に、最初にソルティスの魔法を奪ってしまったことが、彼の心に影のようなものを落としてはいないか、と。

 どうも、彼は自分で「悪いこと」だと思うことをやりたがらない傾向にある。

 だから、あれ以降は、誰かの魔法を真似ることはあっても、決して奪うことはしなかったし、本人の発言を信用するならば、記憶を除く際も、不必要な情報(例えば女性から手に入る着替えの記憶など)までは読み取らないようにしているらしいのである。

 マイエルにしてみれば、自分に好印象を抱くように相手の心を変えることは極悪非道の行いにしか思えないし、そもそも他者の心へ土足で入っていくこと自体が許されることではないと思うのだが、とにかく、シンの中では色々と線引きがあって、大丈夫なことと大丈夫ではないことの区分けがされているのだ――全て駄目なはずではあるが。


 なので、この、魔法を奪うつもりでいる、という発言は、それなりの覚悟を持って事に当たる気があると、そこまで手を汚して協力する気があると、そう受け取って欲しいという――シンなりの意思表示なのかもしれない。


「ついでに、レギウスさんの居場所も教えてもらえる」

「……理屈はそうだが、どうやって94番を狙うんだ。どうすれば奴に会える? そもそも、奴がどこにいるかわからなければ……」

「そこなんですよ。ただ、向こうに攻め込むこと自体は、そんなに難しくないはずです」


 もちろん、陸路を行くには距離がありすぎるため、


「……運搬(ポート)魔法を使うのか? 君の?」


 シンは、それは既に真似て習得している。


「我々だけを運ぶことはできるだろうが……」

「いやいや、さすがにそれじゃあどうにもなりませんって。本職に大勢運んでもらわないと、何もできないですよ。そこの協力を得るのはもう前提」

「無理だ。要職誘導員は君が思っているようなものではない。それこそ国を運営するための重要な……」

「だから、言うこと聞かせます。オレの魔法で。会えることさえできればね」


 ――もうとっくに、シンは覚悟を決めているのではあるまいか。


「……気は進まないですけど。いいですか、全然気は進まないですけど、でも、やりましょうよ。そうしないと、一生ここで過ごすことになりそうなんで」


 ――実は、かなり本気で、戦争を終わらせる気なのではあるまいか。


「オレ、知らなかったんですけど、バーフェイズ学長ってすごく偉い人なんですね。だったら、他の偉い人とも知り合いなんでしょう?」


 会いさえすれば。

 確かに、会いさえして、シンがその気になりさえすれば、何者であろうとも、言うことを聞かせられることは、可能だ。


 だが、失敗すれば?

 マイエル達は、どれだけの勢力を敵に回すことになるのだろうか。


 ギルダを見る。

 彼女は、一片の恐れも抱いていないように見える。


「会わせてもらいましょうよ。せっかくのコネなんだから。フル活用しないと……」

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