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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第6章 望まぬ、望まぬ邂逅
57/212

6-1 彼はごく普通の高校生

                  ~


 ヒューマンの少年は、シン、と名乗った。

 ナルミ・シン――シン・ナルミ。ただし彼がいた世界の姓はもうあまり大した意味を持たないだろう。年齢は十六歳ということだが、やはり彼がいた世界の時間とここマーレタリアで流れている時間は別である可能性が高いため――そしてヒューマンとエルフに流れている時間もまた別であるため――こちらも、期待するほどには大した意味を持たないかもしれなかった。


 そもそも、姿形が似ているからといって、94番と同じ世界の出身であるとは限らない。そういった情報は欠落していた……当時のマイエルとレギウスには、本当にどうでもいい情報だった。マイエルの興味は召喚魔法によって得られた成果であの見世物が盛り上がるかどうかに集約されていたし、レギウスも出てくるものに興味を持ってはいたものの、どこから取り出したかまでは追う気がないように思えた。

 ヒューマンのような()()()知性体を()び出すまでは確かめようもなかったし、コミュニケーション可能な最初の個体である94番が(竜巻を起こすまでは)あの程度のものでしかなかったことで、どういう世界からやってきたのか聞き取るという発想が出てこなかった面もある。よしんばマーレタリアより進んだ国からやってきたのだとしても、あの風の化身に関しては、どうせつまらぬ、取るに足らない土地の出身であるとしか思えなかったのだ。見出せるものがあまりに少なかった。


 シンに話を戻すと、前例で懲りていたマイエルは、今度は慎重に対応しようと短い間で決心していた。少年はヒューマンに見えるが、一旦先入観を捨てて、ヒューマンではないものとして扱おうというのである……いや、対等なエルフとして話すところまでやらねばなるまい、と。前回と同じかほとんど違わないようなやり方を繰り返して、再び災害でも起こそうものなら、これはもう全く希望というものが無くなってしまう。

 もちろん、ヒューマンに(ヒューマンに決まっている)そのような接し方をするというのは癪なことではあったが(そしてこれが一般的なエルフの感じ方であり何ら異常のないことは明白である)、友を救うため、マーレタリアを災禍から遠ざけるため、そして何より身を守るためには、これは必要なことである――と自分に言い聞かせた。そのためなら、ほんの少しの時間を()()()過ごすことは可能だ。今この瞬間にレギウスが受けているかもしれない、()()()()()()とは程遠い。


 とはいえ、円環(サークル)から迸る金剛石の光のヴェールを破壊するほどの力は、少年もまた持ち合わせてはいなかったらしく、94番とは違い、パニックを起こしてその()から強行的に出ようとすることもなかった。


「これすげーな……どうやってるんだろ」


 ()()光に触れながらそう呟く様は、むしろこの状況に対して何か確信めいたものを持っているようですらあった。ただ、そこには戸惑いもかなり含まれていることは推察できる。狂乱するほどのことではないが、どうして今こういった状況下にあるのかがわからずにいる、といったところだろうか。


「……大丈夫かね。どこか、痛いところとかは」


 と手始めにマイエルは訊ね、少年は答えた。


「あ、ないです。……いやその、すいません、あの、ちょっと変なこと言うかもしれないっていうか、変なこと言うんですけど、オレ、いやボク、どうしてここにいるのか、わからないん、あー……よくわかってないみたいなんですけど」


 どう説明したものか思案しながらマイエル達が黙っていると、先を続ける。


「すいません、自転車で転んだとこまでは憶えてるんですけど、」


 自転車とは何か。


「何かオレ気絶してたんでしょうか? でもここ病院じゃないっぽいし……病院じゃないですよね? 前後の繋がりが何か変っていうか、うーんもしかしてオレかなり頭おかしくなってますか? もう病院から出て、これなんですか? 自分ではそんなに――例えば頭使うのが難しくなったりとかはしてないと思うんですけど……」


 不安そうな表情を見せ、


「すいませんこれシャレにならなさそうなんで先にハッキリさせときたいんですけど、これドッキリですよね? 番組に協力できなくてすいません、でもそれどころじゃないっぽいんで……とりあえず親に連絡させてもらっていいすか? ケータイはあるんで」


 そう言って、下穿きの尻の方にあるポケットを探り始める。

 が、目当てのものはそこにはなかったらしく、たちまち探る範囲が全身に及ぶ。


「……うわ、ベッドに置いたままか。やったなー……」


 焦りと自責をない()ぜにし、腰に手を当てた。

 俯いて、床を足で何度か打つ。


「どうすっか……」


 行き詰まったようなので、マイエルは助け舟を出すようなつもりで、少しづつ説明を加えてみることにした。


「……ここはマーレタリア。我々のような――エルフの、国だ。君はヒューマンのように見えるが、それで合っているかな?」


 少年は顔を上げた。マイエルとギルダをじっと見つめる。

 しばらく、かなり、黙り込んでいたが、


「あっ、そういう……」


 何かを――心からではないと思うが――納得した様子になる。


「いやー最近のテレビは何でもするようになったって聞いてたけど、マジで一時的な人攫いとかしてるんすね。全部ヤラせだと思ってたけどなー……これ断れないカンジのやつですよね。まあでも? ADさん出てこないってことは、オレみたいな反応の(ブイ)も一応押さえるんですよね? うん……わかりましたやります。その代わり、まともなギャラじゃなかったら訴えますんで……」


 誤解だろうが、何と誤解しているのか、マイエルにはわからなかった。

 いつか解くことになるだろうが、まあ、今この瞬間強いてやるほどでもないだろう。

 それより、おとなしく話を聞いてくれる態勢になってもらうことの方が重要だ。


「……君が何を言っているのかはわからないが、」

「うっす」

「我々――というか、」


 ちら、とギルダの方を見る。


「彼女が、ある目的のために、君をこちらへ召喚した」

「あーはいはいはい……じゃああの、魔王的な……」

「いや、……ふむ」

「あ、違う。すいませんやっぱちょっと黙っときます。続けてください」

「そうしてくれると助かるよ。それで、目的だが……現在、マーレタリアはヒューマンの国々と長い戦争状態にある」


 少年は顔を(しか)めた。


「危機に瀕しているというわけではないのだが、私の友であり彼女の師が、戦闘に巻き込まれて、前線へ取り残されてしまった。急な話で申し訳ないのだが、君には、彼を救い出すための手伝いをしてもらうおうと思っている」

「……人探しですか?」

「ヒトではない。私達と同じエルフだ、が……まあ、そんなところだ。確かに、探すところから始めなければならないんだよ」

「もしかしてすげえ長くなりそうな問題ですか」

「わからない。ただ、今が取りかかろうとする第一歩だということは確かだ」

「……えっと、とりあえず、今日中にはもう家帰れないって思った方がいいですか」

「……そうだな」


 小さな溜め息があり、


「わかりました。じゃあ、もう少し詳しく話を聞く前にですね、――もう知ってるかもしれないけど、一応、名前とか……」

「ああ、そうだな。自己紹介がまだだったか。私の名前はマイエル。マイエル・アーデベス。そして彼女は、」

「ギルダよ」

「シン、って言います。ナルミ・シン」

「――どちらが姓なのかね?」

「セイ? あ、ナルミが名字です。名前はシンです」

「そうか。ではナ――シン、君としておこうか」

「はい。にしても……えらい大変そうな設定ですね。クレーム、大丈夫なんですか」

「……大変な活動にはなると思う。やらなければならないことが山積みだ。どこから片付けたらいいか、私にはわからんよ。さっき突然決まったことでもあるしな……」

「大体でいいんで、何やったら帰れるか把握できてると、こっちも動きやすいとは思います」


 マイエルの専門ではないから答えないが、おそらくこの少年は、二度と故郷へは帰れまい。レギウスがそんな話をしたことはなかったし、弟子のギルダも教えられてはいないだろう。指南書を記した先駆者からして、そういう技術を確保していたかどうか?


「大体か。まずは、もう一度我々が戦場へ近づく前に、情報収集が必要だろう――レギウスが、つまり、私達の探しているエルフが、どこにいるのかを掴まなければ、どこへ行くということもできない。それから、根回しも欠かせない。ただ私的な活動をするためだけに、軍に厄介をかけたり、前線に近い拠点でそれなりの待遇を確保することは、難しい。そして、向こうに辿り着いたら辿り着いたで、何か荒事か――場合によっては、ヒューマンの軍勢を打倒することになるかもしれない。戦争だからな」


 少年は――シンは、言った。


「じゃあ、オレにできることって何もない気がするんですけど」


 慌てて、付け加えるように、


「すいません、あの、オレただの学生で、誰かと戦ったりする仕事ってしたことないんで……というかそもそも、話が本当だとは思ってないんで……えーと、だから少し話飛ばしてもらっても……」


 ここで、ギルダが口を開いた。


「マイエルさん。わたし、思うんですけど――一度、外を見せたらどうですか?」




 ギルダの案は実行に移され、そして、かなりの衝撃がシンに与えられた。

 少なくとも、マイエルにはそう見えた。

 シンは、口を半開きにしたまま、夕暮れに照らされている学内と、行き交う――そして時折不審そうな視線をこちらに投げかける――学生達を眺めていた。

 いつまでもそうしているので、マイエルから声をかけなければならないほどだった。


「もういくらかでも、状況を把握してもらえただろうか」


 シンは頷かなかった。不安の色が強くなった瞳で、こちらを映すだけである。


「君には、すまないと思っているが――」


 マイエルも、そしてギルダも、そんなことは思ってなどいないが――、


「まったく、私達の勝手で、()びつけたんだよ、ここに」


 力が抜けたように、シンはその場に座った。


「……とにかく、テレビじゃないってことはわかりました。これを用意するのに、絶対予算がつかない。そして……それコスプレじゃないんですね? 耳、本物ですね? じゃあ、ここは……日本ではないんですか」

「それが君の故郷の名であるとしたら、そうだな、ここは、ニホンではないよ」

「ここは……地球でもないんですか」

「違うのだろうな。まったく違うところに、今、君はいるんだ。君は怒るかもしれない。怒って当たり前だ。だが、召喚してしまった時点で、私はおろか、ギルダにも、もうどうすることはできない。君は帰りたいと思っているだろうが、少なくとも、君の帰りたいところへ帰る手段は、私達は知らない。まずは、このことを認識してもらうべきだったな」


 シンは頷いた。取り乱しはしなかった。

 ただ――取り乱すための元気が、94番と違って、湧いて来なかったのだろう。


「そうか……こういうことが、あるのか……」


 それが却って、丁度よかったのかもしれない。

 シンはすぐに立ち上がった。


「オレ、これからどうなるんですか。アンタたちは、オレを……どうするつもりなんですか」


 マイエルの代わりに、ギルダが答えた。


「それを、これから決めたいの」




 ともあれ、シンの召喚をギルダが実現してしまった時点で――バーフェイズ学長に報告する必要が出てきた、とマイエルは判断した。

 ギルダもそれに同意した。どのみち彼の協力なくしては、様々なことが実現しないだろう。一番に話を通すのが筋というものだった。


 幸い、マイエルが学長に会うのはそう難しくなく、研究室の前に立ちはだかる秘書に連絡を頼むと、ほどなくして入室の許可が下りた。

 代わりに、先客が出て行った。どこかの教諭だろう。雰囲気から察するに、彼が望んでいたよりも、少し早く話は切り上げられてしまったかもしれない。


「どうぞ」


 と老いたエルフの声が、扉を叩く前に聞こえてくる。それが常だった。

 魔法でもなんでもなく、彼はそういうことができるのだった。


 マイエル、ギルダ、シンの三者が部屋に入ってくると、バーフェイズ学長は目を通していた書物を、机の上に置いた。そして、客を確認し――異物が混じっているのを見つけた。彼の年齢を説明するが如く伸びた髭を撫で、そして、異物が何を意味するのか理解したようだ。


「やったのかね。驚いた。――素材はどうやって?」


 ギルダが答えた。


「センセイが、隠していました。一つだけ……それを、わたしが試しました」

「そうかそうか。やりよる。お主も、レギウスも――それで、見せに来たのかね」


 マイエルは頷き、それとなく、シンを前に押し出した。


「ふうむ」


 と、わざわざ口に出すように老翁は唸り、座っていた椅子から立ち上がって、机を回り込んでこちらまでやってきた。


「吾輩も見るのは初めてだな……この世の者ではない、ヒューマンは」


 そして、シンの顔を覗き込むように、少し腰を曲げた。

 それに対応するように、シンはほんの少し仰け反った。


「そうか。このようなものなのか。見た目では、わからんな」


 そう、わからなかった。

 マイエルは、別に、最初から、この少年に期待などしていなかった――が、ギルダがいきなり召喚を成功させてしまったことについては少なからず驚いていたし、現状では、他に期待をかけられそうな要素が手元にまったくないことも、事実だった。

 とはいえ、シンは、外見に関しては94番とそう変わらない。貧弱なヒューマンの典型といったものからは、少しも逸脱していない。


 何故この少年を召喚する運びになったのかといえば、当然、94番のような隠された魔法の力を引き出して、対抗手段とすることが可能かもしれないからだった。

 あれほどの金剛石を消費したのだから、可能性だけは、あってもおかしくはない。

 しかし、可能性は、目には見えない。


 学長はマイエルとギルダに向き直り、


「それで、彼は――()()()のかね?」


 と訊ねた。


「それを、今から確かめようと思いまして。何しろ、彼はこの国の者ではありませんし、ヒューマンの国の者でもありません。とかく、文化が違うようですので……。少し話をしてみただけでも、それはよくわかりました。お互いに、よくわかったと思います。いきなりそう、何もかもを、というわけには参りません」

「なるほどな。ではまあ、そう()くこともあるまいて。上手くいかぬのなら、明日にでも明後日にでも回したらいい――と、言うのは簡単だがなあ……ふ、ふ、この爺の前に連れて来るだけ連れて来て、すぐに持って帰るというのは、意地が悪いとは思わんか。どうなんだ、ん?」

「まあ、それは……早くにわかる方が、色々と考えやすくはなりますが」


 94番の場合に当てはめて考えてみれば、わかるのが遅れたせいで大問題になったとも言える。この少年に何ができるのか、少し調べてわかるなら、今日中にはっきりさせておきたいという気持ちは確かにマイエルにもあった。


「あのう……さっきから、何の話を……」


 シンにとっても、早めにわかっておいた方がいいのかもしれない。


「魔法は、君のいたところでは、あったのかね?」


 とマイエルは訊ねた。シンは、叫んだ。


「魔法!」


 知ってはいるらしい。


「……本当に?」


 疑ってもいるらしい。


「また、色々と妙な勘違いをされると面倒ね」


 とギルダが言う。マイエルも肩を竦めた。

 するとシンは少しムッとして、


「じゃあ、やってみせてくださいよ」

「わかった」


 ギルダはおもむろに学長の机まで歩いていき、そこに置いてあった、封書開封に使用していると思われる小振りのナイフを手に取った。


 そして、シンに斬りかかった。


 女と男、されど、ヒューマンとエルフの身体能力差である。たちまちのうちにシンは組み伏せられ――そして、左胸を刺された。


「――が、……ぐ……?」


 血の溢れ出す穴を必死に押さえ、それでは足りないのだろう、徐々に爪を立てる。


「治してあげてください」


 と、立ち上がったギルダは言う。

 マイエルは呆れたが、これで身をもって、魔法を体験することにはなる。


 ()()()()()()必要があるために、マイエルは少し多めに、練ることにした。

 そして、シンに問う。


「見えるかね?」


 少年は必死に顔を上げて、マイエルを見た。

 その目が、わざとらしい魔力の動きを、しっかりと追っていた。


 94番は、最初、魔力を感知してはいなかった。

 少しはマシだろう――そう、マイエルは判断した。

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