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15-6 接触

 初弾はコピー二体分の脳天へ直撃した。それぞれが派手に頭蓋の中身を撒き散らしながら墜落する。巻き込まれてもう一体が束の間動きを止める――そこを狙って、もう一発だけ追加で風を放つ。


「上がって来られるなんて思うな!」


 高度を同期される前に、できる限り仕留めておきたかった。


 なにしろ、これほど数の差があると、いくら触れるだけで倒せるといっても、一匹一匹を追いかけ回しているうちに消耗してしまう。そしてその一匹に集中することはこちらの隙にもなる。残りの四十体から繰り出される砲火、格好の浴びせどころ……。


 奴等もそのことを十分承知しているはずだから、不用意に近付くような真似はしてこないだろう。高さだけ合わせたら、あとは適度に距離を空けて、俺を挑発してくるはずだ。


 撃ち合いがしたいのなら乗ってやる。


 こちらは時間をかけすぎるわけにもいかない。もたつけば、別働隊にゼニア達や占領軍がやられる可能性が高くなる。シンがここまで追い詰められたのと同じように、俺一人生き残ったって仕方がない。


 最後の住民を引き連れて出ていったというエルフの将が、ガラ空きになったここを取り返しに来るようなことになれば――それこそわからなくなってくる。

 そういう()()は不要だ。全てここで清算する。


 俺はもう竜巻は作らないつもりだ。

 さんざっぱら構造物を破壊してきて近頃は頭痛の種となっていたし、味方を巻き込む可能性も常にある。敵を一掃しうる範囲と威力は、確かに俺の最大の武器だが、同時に大雑把で制御されない精神の現れでもあったように思う。

 俺にはもう竜巻は必要なくなったはずだ。


 それに、シンを()るのには、もっと焦点(ピント)を絞った小粒な攻撃の方が向いている――思考を読まれなくなった今、それで立派な有効打として成立するのだ。


 ただ、こちらの初弾が五つの対象全てに命中しなかったのを見ると、奴等もそれなりに俺と戦い慣れてきたというのがわかる。無論、俺は正確に狙ったし、奴等は()()()先読みがもうできないのだから、回避はほぼ不可能なのだが、タイミングさえなんとか合わせれば――あるいは常時展開しておけば――魔法を駆使して色々防御は可能ということだろうか。痛い目をみた経験もあることだし、奴等は軽い攻撃なら(しの)げるだけの魔法のバリエーションも持つ。


 ちらと見えた限りでも、紙のようなもので全身を包んだ二つの個体は、衝撃に翻弄されながらも内部にまで破滅的な力を浸透させなかった。残り一体は、世界樹をめぐる戦いで見せた、くすんだ緑色の泡の()()自分を押し込んでいた。可燃性の気体が詰まっていたような憶えがあるが、人体には無害なのか――それとも何か別の魔法を使って影響を及ぼさないようにしているのか、魔力の動きだけではわからない。


 まあ、いい。あんな空気弾はほんの小手調べ。投資する魔力量が変わればチャチな防壁など途端に通用しなくなる。


 ……とはいえ、その魔力量には限界があるから、粘られるとそれはそれで困ったことになる。気力と怒りに満ちたコンディションは相当量の資産(リソース)を担保してくれるが、それがどれだけ膨大であろうとも、吐き出し続ければどこかで終わりが来る。


 今回、できれば余裕を持った状態で本体のシンには接触したい――奴を本当の意味で(ひね)り潰すには、むしろ身体接触後をこそ魔力投入の本番として扱わなければならない。精神防壁を突破し、分霊ネットワークを引き裂くウイルスを送り込むのに、半端な魔力量で仕留め切れるかどうか?

 その決まり手を思えば、道中節約するに越したことはないのだ。出来る限り手軽に倒し、数を減らしていくのが理想だ。


 あの時のように――ディーンの寒空で身体を乗っ取られた時のように、相手の思考が流れ込んでくるのは……楽ではなかったが戦闘能力としては大いにアリだった。


 謎の精神体は読心から身を守るコツを教えてくれたが、()()()()(すべ)までは残してくれなかった。惜しい。俺には扱いきれないと思われたか、()()()()()実装を優先しているうちにそこまで手が回らなくなったか――(なん)にしても惜しい。


 心を覗かれなくなっただけでどれだけ助かるか、理解はしているつもりだ。

 だがそれでも――今この時、戦いの時ばかりは、あの感覚が羨ましい。

 

 二匹に何もさせず仕留めたのは、自分の腕が冴えているからだとは思わない。

 やられた二匹は……あいつらは、多分、単に初手の判断を誤っただけだ。おそらく、複製の段階で、確実に全身を守れるような手法でなければ効果は薄いということは知らされるはずだ。俺の技を見た生き残りが眷属の生産に関わっていれば直接記憶が転写されるだろうし、そうじゃなくても、この戦いが始まる前に簡単な()()()くらい開いたはずだ。やろうと思えば全員で集まって記憶と知識の並列化さえ可能に違いない。精神魔法の使い手同士ならそれは余裕だ。教育は間違いなく為されているはず。


 それでもこの場でミスが起こるのは、従わないか、従えない――従うだけの能力がないからだ。


 そう、やはり個体差なのだ。本来、完全な複製を自称する物体にあってはならない痛恨の差異――それが隙の正体。


「思うに、端末を増やす方向で努力したのは失策だったんだろうよ」


 ただ違いがあるだけならよかった。

 だが実際にはどうだ? 複製体は、シンという若い才能の一体どれだけを引き継いでいるというのか。


「勝つことだけ考えるなら、目の付けどころはまあよかったんだろうが……!」


 再び五発の風を回転させる。少々高くつくが、分散させず、一つの目標に全てけしかける。ただしこれを5セット行うから、五匹狙うのは変わらない……今度はシン本体も含める。高度もまだ上げつつ――引き撃ちされる前にこちらが引き撃ちしてやる――位置の有利は長引かせたい。


 向こうさんは手を出したところでまだ効果はたかが知れている。防戦だ。しかも直前より強力な攻撃が天から降ってきている――ところが、この変化に対応せず、先程と()()()()()()()防壁を作った個体がいる。少なからずだ。本体以外の、実に四体ものコピーが、()()一枚と()()の膜だけで五倍のつむじ風を(しの)ごうとした。


 当然のことながら、俺はそれを破れるだけの風を飛ばしている。指先で刺しただけなら風船だって多少は耐えるかもしれないが、鷲掴みにして爪を立てたら確実に割れる。どんな子供にもわかる理屈だ。緑色の泡はかなりの弾力を誇るが、別々の方向から同時に刺せば耐えられないであろうことは見当がついていた。そしてそれを知らないシンではあるまい――なのにどうしたことか、一度防いだから大丈夫だと言わんばかりに、コピー達は同じ対処法で満足した。そして死んだ。


 こんな馬鹿げたことが起こるのは、もちろん同じことをしそうな個体をこちらで選定したからだが――それにしてもひどい対応力だ。あまりに単純で、あまりに経験則な思考。それほどまでに劣化した複製体が紛れ込んでしまっているということだ。何次コピーかは知らないが、出来損ないの人工知能程度の判断力も持ち合わせてはいまい……無意識に送られてくる指令に反応しているだけなんじゃないかとすら思わせる。


 本体の方は虚空から大剣を生成すると、一薙ぎして風の勢いを殺した。それはほとんど五方向を同時に切り払ったように見えた。バリアの類で身を包むより、よほど安全性の高い対処の仕方だが、これは能動的な防御だ。複製体に欠けているのがこれだ。


「おかしいと思わないか。お前ならこんなもの、かすりもしないんだよな! 何故コピーは死ぬかわかるか!?」


 シンは天から降り注ぐ俺の声に耳を貸さず、こちらを睨みつけながらなおも上昇を続けている。


 俺は五本5セットの手順を、今度は本体を狙わずにリピートした。

 シン達は本体の成功例に倣って、自分達も思い思いの武器を取り出し、風を掻き消そうと振るった。だがそれを完遂したのはわずかに一匹だけだった。全員が魔法で膂力を高めていたはずだが、本体のスペックに近付くことができていない。


「いい加減気付いてんだろ? 完璧なコピーは無理だったんだよ、お前ほどの魔法使いでも……それは無理だった」


 だから取りこぼして身を引き裂かれる。宙を舞いながら落下していく……。


木偶(でく)を量産しただけだ。せいぜいが操り糸で動かせる程度のな……」


 奴等が俺の高さに追いついてきた。それぞれが魔力を練りに練って、今にも爆発しそうなほど溜め込んでいる。


 俺は高度を上げるのをやめ、囲まれるがままにした。


「今頃、向こう側で戦ってるお前のコピー達は、銃弾で蜂の巣にされてるだろうよ」


 少し通り過ぎて、見下(みお)ろすような場所で停止した本体のシンが、腕をこちらに向けた。砲火の合図だった。


 途端に、空間がありとあらゆる物体で埋め尽くされそうになる。火球や成形された岩石、圧力が加わった水鉄砲などかわいい方で、残像の見えるまでに回転がかかった手斧、毒々しい色をした粘液、波打つ光の幕、蛙やら生き物をぶつける気の個体もいる。重力の歪曲も相変わらず起こっているし、予想通り、それらは十分な間合いを取った上で行われている。


 こうなると、のんびり狙いをつけた射撃で応戦するのは難易度が上がる。自然、どんな形であれタッチするだけで済む()()()()の方が有力な攻め手となるが、ネタが割れて久しい今、どれほどやらせてもらえるかは微妙なところだ。それこそ、何度も同じ手が通用することなど――ましてこの決戦の場で()()()もらえることなど、普通はありえないのだが。


 とはいえ、牽制としてその素振りだけは見せておいてもいい。俺は手近な個体に目標を定め、追跡を開始した。そして狙われた複製体は逃亡に全力を尽くし、他のコピーがこれを援護する……やはり予想通りの流れ。捕まえられないことはないが、どうも骨が折れる。比喩ではなく、一匹一匹に対して無茶な軌道で追いかけ続けていたら、俺の全身にはいつかヒビが入っていくだろう。取り巻く空気の微細な動きさえ制御下に置いても、無理なものは無理。そのくらいには、逃げに徹されるとつらいものがある……撃ち落とすための風の命中率だって悪くなる。


 近寄るところまでは楽勝だ。魔力を纏った腕で掴むまでが遠い。一瞬たりとも方向転換を休まない相手に、自分の被弾を気にしながら衝突しようとするのは分が悪い。


 この、少しの距離を埋める。

 手は考えてある。


 当然、俺は風を操るしか能のない男だから、するのはやはりただの風起こし――性質を少し変えるだけだ。


 俺は複製体を吸い込んだ。


 それはあっけなく手元に転がり込んできた。俺はエルフに魔力を流し込み、精神の改変を終わらせた。それは飛行する能力を失い、重力――正しい重力――に従って落下を始める。最後の瞬間まで何が起きたかわかっていなかったかもしれない。そういう表情をしていた。今、自我を失くしたエルフは、やはり何もわからないまま森へと還った。


 何のことはない。俺から風を吹かせるのではなく、俺の方に向かって風を起こす――それだけだ。何となく、あまりやってこなかったことだが、精神魔法を引き継ぎ、風の扱いもそれなりに上達した今なら、組み合わせて結構凶悪な武器になるのではないかと……秘かに練習だけは積んでいた。


 上手くいきそうだった。


 今まで大体、何をやるにもこちらから動くことで接触を図っていたのが、向こうから寄ってくるようなものに変えただけで、不思議なくらい敵は虚を突かれる。

 またこれがおそらく、奴等の想像を遥かに上回るほど強い突風なのが対応を困難にしている。実際、俺が起こしてきた風の中では一番の出来なのではないかと思う。威力、取り回し、コスト、三拍子揃って目的にも合致する。

 ただ()()()|む゛というだけのことが。


 一匹、もう一匹と、手のひらに向こうからやってくる。俺はゆるく獲物を追いかけるだけ。シン達がどういう現象か理解し始めても、一向に改善の兆しは見られない。


「どうだよ、おい。ちょっと搦め手にしただけで入れ食いじゃあねえか、え?」

「こんなことで……!」


 断末魔の叫びを残してまた一匹、ナルミ・シンとしての偽りの生涯を終える。

 俺は首根っこを掴んでいた手を離した。地に足のつかない不安と根源的な死への恐怖から繰り出される原始の叫びが遠ざかっていく。


「はは、こんなことで負けるのが嫌か?」


 一時あった空間の狭苦しさが緩和されていく。


 当初の作戦が通用しないと悟り、一部のシン達は中距離の維持にこだわらず接近戦も仕掛けて来るようになった。俺に触れられたらアウトであるにもかかわらず、そして、一太刀も浴びせられないまま空中で呪いを解かれるにも関わらず――元より、風魔法の速さではこちらが(おく)れを取ったことなどない。追いかけなくて済むなら、より自分の動きに風の恩恵を与えられるというもの。攻撃を見切れなくても問題ないほど、移動に余裕を持たせられる。昔ならともかく、今、ホントの真正面からやり合ったら、コピーの風魔法ではノロマもいいところ……どれほど必死にやったってこちらの思うツボだ。そういうところに自分からやってくるのは、発狂したのと同じだ。


「まともな戦いになると思ったのか? 俺がお前の戦術に真面目に付き合うとでも?」


 口笛を吹く。交響曲第三番――ブラームスの方。


 触れては捨て、触れては捨てる。外傷も何も無いまま、シンの眷属だったものは地上へと降りていく。俺はそれほど必死に回避軌道を取らなくてもよくなっている。


 シンの本体は、そろそろ俺が奴を捕まえようとしていることに気付いている。

 自分だけは遠ざかろうとしているが、俺はきちんとその分だけ距離を詰めている。


 奴は吸われた個体の最後の記憶に同期して、新しい風の威力を疑似体験し、備えているだろう。確かにそれは真実の情報かもしれないが、一方で、実際に味わった者にしかわからない境地があるはずだ。俺はそういう風を目指した。


 疑似体験で攻略できる程度のものだったら、隠し球になどしない。

 それがたとえ本物の体験と寸分違わない物であっても。


 ほとんど妨害が気にならなくなるほど敵の数は減った。

 俺はようやく、本体を吸い込むことができる。


 もちろん、複製に使ったものとは比較にならないほど、真心の怒りを込めた風だ。


 目の前に辿り着いた時、シンは、身構えてはいた。

 俺のこのくだらない風に抗う覚悟がそこにはあった。


 だがそんなことは何の問題でもなかった。

 俺の脳が奴を吸い込めと電気信号を送った時、結局奴は――何もできなかった。やろうとはしていた。間違いなく目にその意志が宿っていた。恐怖に支配されていても、それは確固たる、純然たる、尊重さえすべき意志だった。


 だが、結局、俺のかけた魔法の前では、何でもなかった。

 奴の頭部はおとなしく、俺に鷲掴みにされた。


「始めるか」


 シンの心に、靴を脱がないまま踏み込む。

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