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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第14章 遥か時空の彼方の隣
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14-8 遠くなる故郷

「だってねゴロさん考えてもみてよ……ていうか、ゴロさんいっつも何かしら反対するけど、うちの子をいいって言ってくれる人が、何人も現れると思ったら大間違いなんだからね。フブキはサラッと言ったけど、そこに至るまでにどれだけ遠回りしたんだか、目に浮かぶようだよ。はっきり言って、()()()()()よりいいよ。母親として不安がないとは言わないけど、こういうのは縁だよ」

「そうは言うがな……風子の時とはワケが違うだろ。せめて、何とか、一度だけでも会って話す段取りつけられないか? どうだ」

「俺も、できればそうしたい。でも、どうしようもないって状況だ。本当に、できれば自慢したいくらいなんだけどね……」

「こう言ってるんだしさ、風吹(ふぶき)()()()に期待しましょうよ」

「それができたら喚いてない」


 敗勢を悟った父がふてくされると、姉が、


「しかしさあ、御伽話じゃないんだから、上司と婚約とか、どういうサイコロ振ったらその結果が出るわけ? すっ飛ばそうとしてるけど、あたしらとしては過程の方が気になるんだけど?」

「話してよ兄さん。わたし聞きたいな、馴れ初め」

「参ったな……」


 微に入り細を穿つような説明をすることはできないわけで、それで伝わるのか、満足してもらえるのか、難しいところである。


「さっきも言ったけど、全部を丸々は話せないよ……時間がかかりすぎるからね」


 それでも俺は、なんとか、流れだけは掴めるように順を追って語ることにした。

 余計なことは話さないつもりでいたが、最低限必要と思われるエピソードだけに絞っても多く、それらを拾っていくうちに、横道に逸れて仕方がなかった。


 出まかせでは用意できない数と尺に、却って生々しさが出たのか、話し終える頃には、(こころ)みたこちらの不安とは裏腹に、ある程度、父にも信じてもらえたようだった。


「――とりあえず、全くの出鱈目じゃないということはよくわかった」

「色々ぼかしてあるから、説得力あるかわからないけど……」

「アヤシイといえばアヤシイんだけど、電波特有の支離滅裂さがないんだよな」


 ふと時計を見ると、二十三時を回ろうとしていた。


「あれ? やべっ、もうこんな時間か! 皆、明日の予定とかあるんじゃ……」

「いや、明日休みだし約束もないし」


 と妹が言い、父も頷く。


「さすがに日曜までは仕事ないな」

「あ、そうなの……」

「――でさあ、明日からどうすんの?」


 姉の一言で完全に我に返った。


「今日はもう遅いからアレだけど、ほら……五十嵐家としては行方不明者届けを出したわけなんだからさ、警察さんに何か報告した方がいいんじゃないの」

「そうだなあ、見つかったわけだからなあ……」

「家に戻ってくるにしろこないにしろ、もう失踪じゃないもんねえ」

「でもさ……兄さん、喋った内容からすると、警察のお世話になるのはちょっとまずいんじゃ……」


 俺は沈黙をもって返答とした。


 家族に会って、その後の展開がどう転ぶか。

 衝き動かされるようにここまで来たが、そろそろ目を向けなければならない。


 確かに、こちらの世界のルールに従うのであれば、定められた手順通りに報告するべきだろう。行方不明者届けを取り下げてもらって、家族は安心するし、悪いであろう世間体も多少は改善する。


 だが、その過程で警察は事情を知りたがるだろう。取り調べというほどハードなものではないだろうが、調書を作成するための材料は必要とするに違いない。どれほど真剣にやるものかわからないが――俺には答えられない質問が多すぎる。何かの拍子に疑念を持たれ、詳細を求められ、説明できないことを説明するように言われる可能性は高い。そして、説明できないことを警察が認めてくれるとは思えない――俺が警察だったら、認めない。担当者は忍耐強く、歯切れの悪い俺に付き合ってくれるだろう。


 それは――、


「――とりあえず、今日はもう寝ない? なんか疲れたよ、急なことだったし」


 姉が伸びをする。


「明日起きたらさ、みんなもうちょっと冷静になってるはずだから、その時決めようよ。あたし今日泊まってっていい? スズも運転したくないっしょ?」

「うん。めんどくさい」

「お父さんもそれでいいよね?」

「ん、まあ……そりゃ、一分一秒とかそういうのじゃないからな……慌てずに、心の準備をしてから行った方が、向こうとしてもやりやすいだろう。どうせ先に電話で一報入れるんだろうし……」

「お風呂沸かさないとね」


 母が席を立ち、なんとなくこれ以上の追求は避けようという空気が醸成された。おそらく、この場にいる全員が心の根っこでは――問題提起した姉でさえ――面倒なことになりそうだと思ったか、あるいは気付いたらしかった。


 俺としても、これからどうするべきかは見当がつかない。というより……何ができるのか、わからずにいる。


 ひとまず寝るというのは、正しいかもしれなかった。


「俺、どこで寝ていいの。ソファ?」

「部屋があるだろ。お前の部屋が」


 そう言って案内された二階の角部屋には、自室の面影というものは残っていなかった。かろうじて、シーツも毛布も取り替えられたベッドだけが、昔そこで寝起きしていたという思い出を(かす)かに刺激した。


 普段ほとんど立ち入らないのか、父は冷暖房機のリモコンを探すのに少し手間取った。


「こういうのって、いなくなった時のまま保存しておくもんじゃないの」


 記憶より遥かに物置(ものおき)(ぜん)としている部屋を眺め回し、俺はそう言った。


「んなこと言ったってお前、風子(ふうこ)涼風(すずか)はたまに帰ってくるからいいけど、この部屋はなあ……」


 ボヤきは無視し、ベッドに腰掛け、足を組み、指も組む。


「お前、荷物とか何かないのか」

「身一つさ」


 そして当たり前のように一番風呂をもらい、現代的なフリースに袖を通し、おろしたての歯ブラシを使った。洗面所の鏡をぼんやりと覗き込んでいると、母が、


「あんたこの服、普通に洗濯機にかけていいやつなの? タグもラベルもないんだけど」

「あー、どうだろ……」


 こちらの粗悪品よりはまともな出来だと思うが、洗濯機で洗濯しない世界の代物だから実際にはどうなるかわからない。


「まあいいか、それも明日考えれば……。ところで、先に寝ちゃったら? もう倒れそうなほど疲れてるんでしょ」

「……わかる?」

「そんな顔してる」

「じゃあ、お先に、寝ようかな……」


 自室に戻り、毛布を身体全体にかけると、疲れが縁取られ、訴えかけてくるようだった。


 即座に眠りに落ちるものかと思われたが、例の、袖を引かれるような感覚が僅かにそれを引き止めた。どうも鬱陶しい。俺は無視して目を閉じ、二、三度寝返りをうった。




 ……その、引かれるような感覚に今度は、はっきりと起こされた。二度寝をしようと思うほど眠気は残っているが、もう無視できるものではなくなっていた。負荷は全身にしっかりとかかっていて、例えば、風邪のだるさで目が覚めるのとよく似ていた。


 ――今にも、ここを離れてしまいそうな……。


 起き上がる。窓の外が少し白んでいる。時計の針は五時……十五分を回ったところ……うんざりして頭を振る。眠りを邪魔されたことへの怒り、今すぐ行動を起こさなければならないことへの焦り、別れが決まったことへの切なさ――に混じり、どこか頭の片隅で、奇妙な納得もあった。空気を読んでくれた方だとさえ感じた。


 時間切れ、ということなのだろう。


 ベッドから出て寒さに身を震わせながら、皆を起こさないようこっそりと階下へ。脱衣所の洗濯カゴから道化服を回収する。さらに戸棚とテーブルからポケットに入る分だけの菓子をくすね、忍び足で玄関に向かう。


 冷え切った床に尻をつけ、ブーツを手繰り寄せた時、


「もう行くの」


 ゆっくりと振り返る。

 腕を組み、肩から壁に寄りかかった母がいた。


「……事情が変わったんだ」

「慌ただしいね。これだけでも持っていったら?」


 差し出された紙袋を、座ったまま腕を伸ばして受け取る。中を覗くと、うどんの乾麺やら、みかんやら、鮭とばやら、あたりめやらが詰められていた。俺はポケットの菓子をそちらに移した。ブーツに足を突っ込む。


「次、いつ帰ってくるの?」


 問題を片付けたらすぐにでも帰ってくるさ――そう言いたかった。だが、もう、気休めでもそんなことは言えない。


 母は悲しさを隠そうとはしていなかった。


「帰ってこられるの?」


 これすらも、そうだよ、と返事できない運命だった。経緯を思えば、そもそも、二度とこんなことがあってはいけない。再現できるのか、代替手段があるのかさえもわからない。


「放蕩息子」

「ごめん……」


 ブーツを履き終わる。


「でも、どうしても、約束することができない」


 暫しの沈黙があり、そして俺はそれに甘えようとしていた。

 ――許されるのを待っていた。


「行方不明者届けなんだけど、」


 と、母は突然そう言った。


「捜し人が見つからなくてもね、届け出た人が取り下げようと思ったら、取り下げられるのね」


 俺は瞬きを繰り返した。瞬時には話の意図を掴みかねた。


「例えば、だから、家族が諦めちゃったり、そういう時は取り下げられるの。あとは、いなくなった人に会えてはいないんだけど、何かの方法で連絡が取れたりね。あんたの存在は、実はあんまり大事じゃなくって、だから、余計なことは考えなくていいから」


 遅れて理解すると、心の底から、名残惜しさが際限なく湧いてきた。


「とにかく、こっちの方でいつでも、なかったことにはできるから」


 母は何でもないことのように言う。


「だから、大丈夫だから」


 ――不意に、今俺を引っ張っているのとは別の、見えない力が目頭を強く押した。それは熱を帯びていて、反射で涙腺を刺激される。精一杯、取り繕おうとする母が、どうしようもなく琴線に触れていた。


 俺は顔を伏せた。

 行かなければ――せめてここから離れなければ、と思うのだが、今度は腰を上げたくなくなっている。


 にっちもさっちもいかなくなった俺を見かねて、母は、もう一声(ひとこえ)


「頑張んな」


 意を決し、跳ねるように立ち上がる。

 そのままの勢いで、ドアを開いて外へ出た。

 最初は駆け足だったが、門を抜けたあたりから全力で脚を動かしていく。道化服と紙袋を脇に抱える。誰もいない道をひたすらに突き進んで、やがて、俺は抗えないほどの力に空間ごと引かれた。




 安定した場所に投げ出され、まず最初にやったことは魔力の練成だった。

 (なめ)らかに(つむ)がれる燐光は、間違いなく自分のもので、帰還を確信する。


 (とお)りの雰囲気には憶えがあり、空を見上げてみれば、丘に建つセーラムの城が被って映る。ここは都だ。

 虚空から出現したであろう男を、道行く人々は驚きの眼差しで見つめている。


 俺は周囲に迷惑がかからないよう、ゆっくり浮遊して十分に高度を稼いでから、一気に加速して城を目指した。

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