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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第13章 増殖意識
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13-4 ある客人の視点3

                   ~


 その日も鹿(エルク)のみが戦果と思われていた。

 だが帰投の途中、思いがけず本命との遭遇があり、私達は最初の噛み合い(エンゲージ)でペースを握った後、そのまま半数ほどを()()倒した。


「ヤツら、行ったかな……?」


 隣でナガセ先輩が魔法の銃を抱えたまま斜面に寝そべっている。


「さあ……。でも、まだいるような気がしますね」


 私の方も、今は弓を構えずに背負い直していた。


 戦闘中にも束の間、休息時間を取れることがある。双方の攻撃が前触れなく止み、互いに次の出方を窺っているせいで、リズムが途切れているのだった。


 私とナガセ先輩は戦闘の混乱の中で、隊のメンバーから離れてしまっている。合流したいが、敵はその瞬間を狙っているのかもしれない――あるいは味方も、私達がダッシュしてくるのを待っているかも。

 どっちにしろ動きたくなかった。少なくとも私はそれを得策ではないと思っている。


 例えそれが無駄にふかふかの冷たい雪の上だったとしてもだ。


「どうしてわかる? 気配あるか?」

「いえ……」


 こちらの損害は軽微に思えた――それでも把握しているだけで二人失った――あちこちにばたばたと散らばった(エルフ)の屍と比べれば、遥かにマシな状況だ。


「何もわかりはしませんよ」


 だが、索敵能力を奪われたことに関しては運が悪かった。


 先手を取られた時に、そのまま通信魔法家と探知魔法家がやられた。

 私が戦いに臨むとこういうことばかり起こる気がする。同僚にとって私は死神だろうか。それともナガセ先輩が?


 エルフはきっと、私達を発見、即、仕掛けてきたというわけではないのだろう。しばらく()けて、内訳(うちわけ)を調べて、それから初手で目と口を潰した。


 すぐに手痛い反撃を食らうことになるのも織り込み済みだったのだろうか?

 それとも、こちらが十に満たない数だからと侮っていた?


「ただ、彼らにしてみれば、引き下がれないんじゃないかと思って」

「へっ、――まあそうかもな。あんだけボコったのに、まだ戦おうと思えば戦えるんだろうしな」

「我々と違って初めから交戦が目的だった」

「ああ……」


 我々が現在駐屯している拠点付近でエルフの目撃が相次いだ。


 全て遠巻きにではあったが、見間違いとするには、それはあまりに多かった。


 この世界では大体どこも冬は雪で埋もれるため、あまり交戦に適さない。ほとんどの年は休戦期間になってしまう。ヒューマンより強靭な肉体を持つと言われるエルフでも、寒さ、そして動きづらい環境を嫌う。冬はデメリットだ。冬という季節そのものが。


 だがそのデメリットを受け入れてまでも戦う理由がエルフにあることは我々もよく理解していた。住処を追われ、一刻でも早くそれを取り戻したいという願い――想像に難くない。これまでとは事情が違うのだ。


 私達はエルフが持つ古くからの生存圏を侵しており、そしてもう彼らには逃げ場所がなかった。私達に殺されるからといって、今いる地を捨てても、彼らにはもう新しくやり直すための場所が残っていない。


 彼らは撤退する気が無いのではなく、撤退することができないというわけだ。


 戦線の過酷なまでの推移、ヒューマン・アライアンス(同盟)の上層部が打ち出した虐殺気味の政策もあって、エルフの数は相当に減ったと考えられるが、それでも彼らに残された僅かな居住区、生存圏はパンクしそうなほどに厳しいはずだ。


 ――それか、最早、彼らの経済が略奪でしか成立しなくなったか。


 あまりに領土を削り取られてしまって、残された部分だけでは社会を維持できなくなり、このままでは越冬も叶わないということで、奪い返すしか、なくなった……?


 我々は、彼らの奪還計画に対策を取る必要性を強く感じた。


 それで、警戒のためのパトロールを始めた。


 程度の差こそあれ暮らしが厳しいのはこちらも同じだったので、私は並行して狩猟を目的にすることを提案した。それは受け入れられた。兎や猪を少し獲ってくるだけの寄り道では収支が合わず、余計なカロリー消費になるのではないかという意見もあったが、さらにもう一つ目的があって、完成したばかりの()()()()を実地テストするいい機会でもあった。


 試作三本を元に制作された正式採用版十二本(うち二本は予備)のうち、五本が我々のもとへ届けられた。ボロフでの戦いに投入(ロールアウト)が間に合わなかったのは惜しいが、それでも大きな一歩だ。ここから本格的な量産が始まる。高度に工業化されているわけではないにせよ、技術と製造ノウハウは既に共有されつつあると聞く。各地の工房がフル稼働すれば、そのうち銃という新兵器がこの世界に行き渡るだろう。その間にも細かなフィードバックが求められる。


 また、銃は比較的簡単に扱える道具の一つだが、訓練無しで満足に性能を引き出せるほど浅い武器ではない。地球のものと比べて構造が違うから、分解結合やメンテナンスの心配は少ないが、的当ての技術という課題は残る。このふざけたライフルに習熟した人間を育てることが必要だった。


 届けられた理由の一つは、私が本物の小銃を扱った経験を持ち、インストラクターとしての役割を期待されたからだ。もう一つは、ナガセ先輩が開発に深く関わっており、従って運用に際してもそれを監督する能力があると見られたからであった。


 私の他にも実銃に触れた経験のある者はいたが、その人達は別方面に送られた五本のために派遣されていった。


 遠征の余波が落ち着いた(のち)、しばらく私は未熟な自衛官見習いであった頃の記憶を頼りに、見込まれた生徒達へ銃の撃ち方を教えた。特に、戦う意欲はあるものの魔法の威力が見合わないとされてきたライフ・クラス(生活級)客人(まれびと)も対象とされた。

 皆、私より筋が良く、想定していたほどの苦労はなかった。すぐに動かぬ的を卒業し、森へ分け入り、新鮮な肉を拠点へもたらした。


 魔法の杖の性能自体も素晴らしかった。試しに自分で撃ってみたが、精度に若干の難を感じるものの、リロードを必要とせず、おまけに音と反動が小さい! 弾丸一発を射出するために消費する魔力も、よくここまで抑え込んだものだと感心する出来だった。取られる量は決して少なくはないが、威力と射程を考えれば安価であると言えた。欠点を補って余りある美点がこの武器にはある。


 我々は徐々に巡回の範囲を広げ、拠点近くに位置する山にまで踏み入るようになった。エルフを見つけることはなかったが、ハンティングの獲物には事欠かなかった。元より任務は警戒の域を出るものではなく、仮に敵勢力を発見できたとしても、報告が第一であって交戦を前向きに検討することなどなかった。


 そして今日。初の二足歩行生物相手にスコアを稼いだのはほとんど魔力射出装置で、それも最初にやられた二人が持っていたのとは別の二本が叩き出したものだった(最後の一本だけは念のため常に拠点で留守番させるようにしていた)。


 そこだけに関して言えば、むしろ意表を突かれたのはエルフの方かもしれなかった。この世界では弓や投石以外の遠距離攻撃は珍しくもないが、ここまで小型かつソリッドでスピードもある脅威は、(いま)だ……他に類を見ないだろう。

 おそらくここで初めて、射出装置は実戦を経験した。エルフにとっては完全に未知の相手となる。


 そのせいで、必要以上に怯えさせたかもしれない。

 最初は敵も短期決戦を考えていたかもしれないが、こうまで殴り返され、しかもその正体が判然としないのでは、戦いへの取り組み方も変わる。


「となるとアレだな――ヤツら、じっくりこちらを囲むつもりかもしれねえ」


 ボロフで大量に戦力が消えた一件以来、我々がそういった手法に神経質になるのは無理からぬことだった。


「そんなような気がします。数では依然、こちらが不利ですから」


 確認した限りでは、敵は極力、雪景色に溶け込めるよう装備に気を配っているらしかった。接近がすぐにわからなかったのもそのせいだ。


 距離を取られている状態で、なおかつ微量な移動では、こちらが敵の姿を捉えるのは至難の業だ。味方の発砲音が止んでいるのはそういった理由もあるものと思われた。


「せめて状況の第一報だけでも本部に送れてたらなあ……」

「援軍ですか?」

「おう」

「駆けつけてくるまでにどれだけかかるか」

「おう……」


 時間を稼ぐにしても、ハードルが高すぎる。


「――あ、そうだ。おい、お前(かぶら)矢持ってたろ」

「一応用意してきましたが……この静まり返った状況からいきなり大きな音を出して味方に助けを求めるのは、どうも間抜けに感じます。彼らも意識して伏せているんでしょうし、邪魔するのは」

「そうじゃなくて、こっちから()()()()位置を知らせてやるんだよ」

「何故? そんな危険な真似を?」

「こっちが辛抱(たま)らず救援要請を出したと見せかけて、(おび)き寄せるんだ。ヤツらにしてみれば各個撃破の方が楽だろうからな。しかしそうは問屋が卸さねえ、派手に反撃してやる――見た目だけはな。見た目だけは……」

「それから、どうするんです?」

「こっちに気を取られているところを、あいつらに横から撃ち抜いてもらう。後ろでもいいが」

「それで?」


 ナガセ先輩がその先について述べることはなかった。


「それだけ……?」


 もっと気の利いた考えがあるものと思っていた。


「他に何かあるかよ。このままじっとしてても不利になるばかりじゃねえか」

「それはそうですが……」

「だったら、リスク取って打開しねえと」


 私は少しの間逡巡し、


「――仕方ない、それでいきましょう」


 それで少しでも生き残る可能性を買えるなら、確かにやらない理由はない。


 私は弓に手をかけた。ナガセ先輩も銃を握って、ぼやく。


「自分で、これをよ……実戦で使うことになるとは思わなかったな。開発過程でそれなりに撃ったけど……」


 ナガセ先輩は火と土の複合魔法使いであり、その能力は装備の製造に捧げられがちだが、その気になれば銃を持たなくても攻撃手段を用意できる。今手にしているのは、例の殉職者から命がけで剥ぎ取ってきたものだった。

 貴重な、最初の銃だ。元の持ち主が死んだからといって、装備まで失うわけにはいかなかった。


「祈っててくれよ」


 私は返事として、鏑矢を放った。


 甲高い音が空へ吸い込まれていき、私はそのやかましさに恐怖した。注目させるに間違いのない合図だった。敵がまた退(しりぞ)いていないなら、絶対に殺到してくる。


「動いた――」


 言うが早いが、ナガセ先輩は自力の三点バーストで静寂に戻ろうとしていた空気を切り裂いた。


 私は彼の視界の反対側に注意を向け、矢を(つが)える。

 (かす)かに、斜面へたくましく根を張った木々の間に揺らぎを感じ、放つ。

 魔法を矢に乗せる。私の目は束の間、空中を行く一本の細長い視点となり、そして自分の感じた揺らぎが気のせいでないことを知った。


 まだ、ここまで敵が残っていたとは――。


 予想された通り、エルフは、敢えて斜面の下に陣取ってまで、こちらを包囲する腹積もりのようだった。手短に弾道を曲げ、私は隠れていた中の一匹の眼孔に深々と(やじり)を刺し入れた。


 再び意識の全てが私自身に戻り、二の矢、三の矢、四の矢を同時に番え、放つ。

 どうせ――いつもこれをやる時はどこか後ろめたさを感じる――矢を誘導できるのだから、極端な話、最初はあらぬ方向に射出しても最後には帳尻を合わせることが可能だ。視界も分散できる。意識すら。それが限定的なものだからだろうか。


 今度のショットは会心の出来とはいかなかった。直撃コースに修正できたのは三の矢だけで、二の矢が狙っていた目標は遮蔽に滑り込み、四の矢は安定した軌道へ乗せる前にカウンター・ショットの存在を認めた。


 私は大慌てで意識を統合し、その場から跳躍して離れた。

 何か杭のようなものが刺さって雪を舞い上げた。既にナガセ先輩は匍匐での移動を続けていた。


「全然当たらねえ!」


 彼は撃ち上げる形になっていたから、さもありなんといったところだ。


「これでもくらえっ!」


 当たらない弾丸の代わりに、幅広く制圧するような炎の輪を投射していく。そうしてから、また銃で狙いをつける。


 私はといえば、矢の視点から目に焼き付けた光景を思い返しつつ、次に繋がる位置取りを模索していく。敵も常に動いてくるだろうから、それも考慮しなければならない。


 それにしても気がかりなのは――さっき見たエルフの中に、一匹、妙な個体がいた。


 その個体だけ、装備が明らかに違っていた。充実しているのではなく、その逆で、防寒対策はしているものの、登山も視野に入れたものとしてはやや薄着だった。それに、全くカムフラージュしていなかった。上は赤で下は緑というおめでたい格好だ。

 どうして今まで気が付かなかったのか――気が付くことができなかったのか。


 また、緊迫感というものが、その個体のいる一角だけ欠如しているように思えた。他の個体は、殺るか殺られるかといった状況下で焦りや緊張を表へ出しているのに対し、その個体だけは雰囲気を共有していないような、平熱の表情とも言える落ち着きがあった。協力して行動しているようにも見えず、どこか場違いな印象を抱いた。


 無論、私が見たのは弓矢が滞空している数瞬の間を切り取ったものにすぎず、それこそ、緊張感が勝手にバイアスをかけただけなのかもしれない。しかし、


 しかしだ――。

 そのエルフは、仲間と一緒にいるのではなく、いつの間にか()()()()いるような感じがしたのだ。

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