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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
183/212

12-21 これからどうしたらいい?

 次に気が付いたのはテントの中だった。

 ベッドから勢いよく起き上がると、傍らの椅子に座っていたジュンが、優しく俺を押し戻そうとした。それを振り払い、肩を触って確かめる。


 腕はそこにあった。くっついていた。治されてもいたし、他の怪我を含めて、俺は回復していた。


 戦いの緊迫感が急速に薄れ、消えていくのを感じた。


「――終わったのか」


 服は着替えさせられていた。身体も拭かれ、清潔な状態だった。


「そうです」


 ジュンは答えたが、簡潔で、不十分だった。


「決着は? どうなった」


 知りたいのはそれだった。

 言われなくても真っ先に説明してほしいところだった。


 しかしすぐに俺は、はっきりしたことは言えないのだと、彼女の表情から読み取った。どう伝えるべきか、考えあぐねている様子だった。


 俺はベッドから下りようとした。


「あっ、だめです」

「るさいっ……」


 ジュンが本気で止めようとしていないのがわかった。

 その理由も、すぐにわかった。


「おっ……おお……」


 脚に上手く力が入らず、盛大にふらつき、反射的に身体が支えを求める。

 気分もあまりよくない。


 ジュンが肩を貸してくれて、ベッドに俺を座らせた。


「だからだめですって。傷は治っても、失った血が戻ったわけじゃないらしいので」

「やっぱり、姫様が処置をしてくれたわけじゃないのか」

「治癒魔法を優先してもらっただけありがたいと思ってください。それに、あなたはひどく疲れてるんです」

「それはわかってる」

「無理して動くことないですよ」

「でも、だからって、今……寝込んでいていいのか……? 結局、どうなったんだ、戦いは。俺はどうして無事なんだ?」

「戦いは……終わったんです、とりあえずのところは。敵軍は竜巻にやられて、撤退していきました」

「撤退って、どこにだ? 街に退いていったのか?」

「いいえ、それよりもっと奥に……。もう街に建物はほとんど残っていませんから、拠点としての十分な機能がなくなったと、姫様は言っていました。全部崩れてしまったんです」

「つまり、俺が更地にしたのか」

「そうです。だから、敵はあそこを放棄したみたいです」

「じゃあ、勝ったのか?」

「そうは……言えないと思います。そうなる前に、こちらも壊滅したんだと思います。姫様がなんとか、生き残りをまとめてくれましたけど……正直言って、少なくなりすぎていて……どうにもならないみたいで……。今もまだ、これからどうするのか、上の人達と話し合ってます」


 痛み分け?

 完全敗北は免れたようだが……壊滅、やはりそうなのか。敵を追い払えただけマシな結果だと、頭ではわかっていても――愕然とする。


「そこに連れて行ってくれ、ジュン」


 俺は、再び、ゆっくりと立ち上がった。


「安静にしていないと」

「多分、俺はいくらか釈明しなきゃいけないことがあるし……それにここでじっとしていても、きっとつらくなるだけだ」

「わたしは、本当は、ここであなたを見守るのではなくて、見張っていろと言われたんですよ」

「頼む」

「――……仕方のない人ですね……」


 ジュンに介助してもらいながら大天幕まで辿り着くと、中にいた人々が一斉にこちらを振り向いた。


「お邪魔をするようですみません。しかし――報告の義務は果たさなければならないでしょうから」


 減っていた。明らかに。どこの国の将官も、寂しい顔ぶれだった。

 そしてその数少ないポストすら、あちこちから代理が立てられていた。本来座っているべき人間が忙しいからではないだろうということは、居心地が悪そうな各々の雰囲気から察することができた。もう、そうやって間に合わせる以外に手がないのだ。


 萎縮した空気が全体に漂っていて、会議が建設的に進んでいないことを示していた。


「……座って」


 とゼニアが言った。俺は頷き、隅っこの席になんとか腰かけた。


 ゼニアは当たり前のように、これまでガルデ王が座っていた位置を占めていた。とりあえず、各国とも、それを認めているようでもあった。俺が言った通りに、ゼニアは総司令の職を代行する運びになったらしい。少なくとも、この目も当てられない事態が収集されるまでは、そうだろう。まずは重畳といったところか。


「先程、起き上がったばかりで……どのように戦闘が終結したのか、まだ把握しておりません。余計なお時間を取らせて真に申し訳ないのですが、まずはそこからお聞かせ願えればと思います」

「どちらかというと、わたしたちの方が知りたいところなのよ――あなたたちの決闘がどういう決着を迎えたのか」

「――それが、私にも確かなことは言えない……竜巻を起こす直前に、意識を失ってしまったから……。起きて、様子を聞かされるまで、それが成功したかどうかすらわからなかったという始末で……」

「でも、私達には、あなたがあの竜巻を制御しているように見えた。傍らを飛んでいたから。終わった後、あなたはきちんと帰ってもきた。保護された時のことを憶えていない?」

「それが、どうも……。無我夢中だったのか……」

「そう……」


 ゼニアは少しだけ訝しげな目つきをしたが、すぐにやめた。


 俺は……あの後、動けたというのか? 現にこうして無事でいるのだから、確かにその方が筋は通るが……記憶がないから実感もない。


「その様子だと、報告といっても、大して実のある話は聞けそうにないわね」

「……面目ありません……」

「いいわ。報告などしなくても、あなたがエルフの軍勢を薙ぎ倒したことはわかっています。あなたは役目を果たした、それで十分」

「しかし……」


 それが劣勢を覆すことになったわけではあるまい。


 俺が奴等を刈り取るのは半ば既定路線であって、求められているのは、それ以上だったはずだ。俺は……ある意味、ここへ罵倒を求めにやってきた。その覚悟は、固まらないながらも――どこからかは、不満が出てくるものと承知で、この場に姿を現した。


 誰も、口には出さないが、そうではないか。

 はっきりと言ってほしかった。

 遅すぎた、と。お前は時間を使い過ぎ、それで余計な死人が出たと。


「褒められた手際では、ありません、でした」

「今、それを議論することに益は無いわ」


 だから、このように切って捨てられるのは悲しいものがあった。


 俺のごく個人的な感傷に付き合っていられないというのは、そうだろうが……。


 それ以上何も言えなくなり、ゼニアからも、強いて先を促されない。


「……戦力の話をすると、」


 沈黙を破り、生き残っていたフォッカー・ハギワラ氏が言った。


「全軍合わせても五千を満たさない規模にあります」


 そこまで……減ったのか。

 何か、ふさわしい相槌を打たなければと口を開くが、声が出なかった。


「あくまでも、一次報告を纏めただけの予測数ですが。まだ、どこも混乱が収まっていないのです。むしろこれから、我々が兵のもとへ行ってそれを抑えなければならないのですが……遺憾ながら、そのための材料すら不足しております」


 つまり、何も決まっていないのか。

 これから……どうしたらいいのか。


 誰も俺を責めないのではなくて、誰も俺を責められないのかもしれない。


 そもそも、逆包囲をされたところから――崩壊が始まっていたとすると、誰もそれを予測できなかったのが、今にして思えば痛すぎる点だ。


 気付いてからも、対応は上手くなかったのではないか。最悪、ゼニアが兵を再び纏め上げようとするまで、あるいは俺が竜巻を起こすまで、打開の糸口が全く見つからなかったということもありうる。


 皆がそれぞれ、自分の力が足りなかったと考えているのなら、他人のことをとやかく言えるわけもないと――そういう心境なのか。


 そしてここまでボロボロにされて、当座の方針一本すら満足に打ち出せないとなると……余計なことを言った分だけ立場が悪くなるというような状況でもあるのか。


 フォッカー氏の物言いは、議論が活発化していないことも示唆していた。


 人々は、しきりにゼニアの方を見ていた。事ここに至っては、意見の交換よりも、より上位の人間が出した結論を賜りたいという感情が透けて見えていた。


「――いいでしょう、決めました」


 ゼニアは、出し抜けにそう言った。


「近く、この地を去ることは、ありません」

「では……」

「我々が成すべきこと、それはこの一時的な侵攻状態を維持し、可能であれば()()()することです。当初の計画に比べると、その実現は甚だ難しいと言わざるをえません。ボロフという都市そのものが消滅したことによって、それを奪えなかった我々がこの先苦境に立たされることは確かなのですから。しかしながら、」


 テーブルに手をつき、彼女は立ち上がる。


「失ったのは敵も同じ……」


 壮絶な笑みだった。


「元より、今年の予定はここまで。後は休息が待っているばかりでした。味方が……多く散った今でも、それは変わりません。我々は、休む以外にありません。そしてまた新たな力を得るのです。()()()()へ向けて」


 息を呑む気配があった。


「やめることはありません。立ち止まることはあっても――やめることはないのです。この戦争は終わらせます。どうあっても。でなければ、何のために今日という日があったのかわからなくなる。何のためにこの三百年があったのかわからなくなる。やらなくては。賛同を得られないのなら、それでも結構。ここに至っての強制など、無意味なことはしたくありません。私はそこにいるフブキと、ジュンと、三人だけでも戦います」


 ゼニアは席を離れた。


「休息のための時間を、考える時間にも使うといいでしょう。しばらくは、ゆっくりと……。それでは」


 そして、俺に半ば無理矢理肩を貸し、天幕から出ていくことになった。


「ああ、姫様、代わります!」

「いいのよ。ジュン、あなたも少し休まないと」

「でも……」

「先に戻っていて。寝支度を整えておいて頂戴。フブキを送り届けて、戻ってきたらすぐに休みましょう。いい?」

「わかりました……」


 ジュンが戻った後、俺はおそるおそる切り出した。


「もう支えなくてもいい……口実だったんだろ?」

「嘘つきなさい。起きてるだけでもやっとのくせに」

「そんなことは……」

「ほら、また……」

「ああ、くそ、ほんとに力が入らねえ……」


 しばらく歩いた後、おかしいことに気付く。


「……どこ行くんだよ……」


 俺の天幕とは全然別の方向だ。

 ゼニアはこう答えた。


「……お父様のところ」


 安置されている天幕に到着すると、彼女は人払いを済ませてから俺に向き直った。


「それで? 実際のところはどうだったの? 例の少年は……」

「――すまない、おそらく取り逃したと思う。痛手を与えて、あと一歩のところまで追い詰めたんだが……俺の方が先に限界を迎えた。確証はないが、奴が振り絞った残りの魔力、自分一人を運搬(ポート)するには足りたんだろう。マイエルと合流されていたら振り出しに戻るな」


 遺体が横たえられているそばで会話するというのは妙な感じがしたが、確かにここなら邪魔は入らないし、陛下もきれいなもんで、特に差し支えはなかった。


「俺が……憶えているのは、魔力だけはあったから竜巻を起こそうとしたところまでだ。あの後、勝手に動いていたんだな。意識もないのにどうやって制御したんだかわからないが……。本能だったのか、何なのか」

「少なくとも、気絶しているようには見えなかった。あなた戻ってきてこう言ったのよ。腕を拾ってくるのに手間取った、なんとかくっつけておいてくれ……と」


 全く憶えがない。途中、そのような夢を見ることもなかった。


「その腕だって本当は、捨ててきたようなもんだった。どうやって拾い直してきたのかわからない。一応回収するつもりで、どこかの家のチェストに仕舞い込んだんだが……今思うと無謀だ。あんな場所、思い出せるわけがないのに」

「でも、あなたにくっついたそれは、自分の腕なんでしょう?」

「……ああ、間違いない」

「私が魔力を切らしていたから、それで正解だった。治癒魔法でも、欠損部位の再生は容易ではないものね」

「わけがわからない。竜巻が形になる前に急いで拾ってきたのか、竜巻が消えた後に瓦礫の中から発掘したのか――どちらにせよ、無意識で可能なことなのか?」

「あなたにわからないのに私にわかるわけ――いや、待って……でも」

「何か心当たりがあるか? 魔法でこういう事例……」

「もうちょっとよく思い出してみて、戦っていた時のことを。何か妙な兆候はなかった?」

「ええと……」


 記憶を反芻しようとしてみたが、そこで俺はあることに気が付いた。


「――変だな」

「それ。それよ」

「いや、違うんだ、そうじゃなくて……思い出せない。あいつと戦ってた時の記憶が、大部分欠けてるぞ」

「落ち着いて、大変な状況だったから、整理できていないだけかも。ゆっくり、順序立てて……」

「――駄目だ、途中からよく思い出せない。特に腕をやられた辺りから、記憶がかなり曖昧だ。どういう攻撃をして、どういう攻撃を喰らったのかもよく憶えていない。痛みでロクに集中できない状態で、俺はどうやって奴の魔法に対抗したんだ?」

「思い出せないくらい、痛かったの?」

「精神を安定させるために、記憶に封印か? ありえない話じゃないが……」

「――聞けないのだったら、私にもさっぱりわからないわ」

「そうだよな。そりゃ、そうだ……。わかった、これは、今はよそう。そのうち思い出してくるかもしれないし……。それより、隊はどうなったんだ。ジュンは、とりあえず元気みたいだが」

「あの子、炎使いの娘を倒して、自力で囲みに穴を空けて私達の方に合流してきたのよ。おかげで随分動きやすくなった。隣界隊の殉職者は……全体から考えると奇跡のような割合。存続に問題はないわ」

「そうか……」


 それでも誰かはいなくなっていて、喪失感を覚えるのだろう。

 戦いに身を投じる以上、それは宿命だが、いつもやりきれない……。


 やりきれないのだ。

 それは、何も隊の人間のことばかりじゃない。


 俺は意を決した。


「ゼニア、陛下のことは、」


 しかし、その決意も、彼女の静かな涙の前には脆くも崩れ去った。


「……私を褒めなさい、フブキ。大きな声を出さないことを、褒めなさい」

「ああ。――あなたは偉いよ、ゼニア。よく、我慢してる。本当なら、泣きじゃくったって仕方のないところを……よく抑えている」


 ゼニアは力尽きるように、父親のそばに座り込んだ。

 その髪に触れ、顔に触れながら、問いかけた。


「私達、これからどうしたらいいの?」


 答えは決まっているはずだ。

 これからどうしたらいいか、ついさっき、彼女自身が宣言したばかりだった。


「――どうしたら、いいんだろうな」


 だが、それとこれとは別問題だ。

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