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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
181/212

12-19 内なる霹靂

                   ~


 駄目になった腕を置き去りにしてから、俺は攻勢へと移った。

 キレのいい魔法に必要な集中力を欠いている状態で、シンの読心術と真っ向から張り合うのはあまりいいやり方ではなかったが、守りに入るだけでは先は見えていた。


 それに、半ばヤケになっていたというか――もうどうにでもなれという気持ちが強かった。一時的にしろ、身体の一部が欠損するというのは、それくらい悪い方向へ考えを改めさせる。あるべき場所にあるべきものがないという寂しさがあって、如何ともし難い。それだけで、切り落としたのは大きな失敗だったと言える。


 そんな、大きな失敗をしてしまったのだから、後に小さな失敗をいくつ重ねたって、無視できる誤差だ。そう思うようになった。何者かに囁かれたかのように。


 そう、何者かにそそのかされたように感じていた。切り離しを決断してしまった、その時のように。

 何者かが自分の内にいて、命じてくる。誘導してくる。


 俺はその声に従って――というより、流されるような感じで――逃げながら戦うのではなく、立ち向かっての攻撃を試みた。


 不思議なことに――その方針は、予想していたよりも効果があった。


 俺の魔法は威力も精度も落ちたままだったが、シンに避けさせないことが目に見えて増えた。奴は俺の風を受け止めて、防がなければならなくなっていた。


 俺の攻撃を読んでいるにも関わらず、上回る動きができないために、奴が仕方なくそういう対応をするということはこれまで何度もあった。だが、弱体化した今の俺には、そうした押し付けはできないはずだ。


 どういうことなのか?


 それに、俺自身の変化も無視できない。

 ……痛みが気にならなくなった。


 こちらの方がよほど不可解だった。

 感じなくなるということではない。和らいだということでも多分ない。痛みは依然としてそこに、確かに存在するのだが、それによって思考が邪魔されなくなった。痛い、と思うだけの作業に精神を圧倒されなくなった。


 極限状態に至り、脳内に何か、痛みを鈍くさせる物質が分泌されているのか――と最初は思ったのだが、痛み自体は相変わらず、鋭くはっきりとしたものだ。忘れることもない。そのくせ、気にしようと思っても気にすることができない――そんな感じだ。


 さすがに魔法の出力が元に戻るほどではないものの、ノイズまみれだった頭の中がクリアになっていくことの意味はでかい。


 俺はもう無闇な攻撃はしていない。移動に関してもそうだ。

 考えのどれにも意志が込もっていて、それを奴は魔法を通して逐一読み取っている――はずなのだが、急にその有利を生かせなくなったように見える。


 あるいは、その有利が失われたように見える。


 俺達の通った後には何も残らなかった。風と、シンの繰り出すなんやかやで壊され、分解し、消滅していった。


 最初に建物の並びへ逃げ込んだのは俺だが、徐々にその構図は逆転し、戦いは隠れたシンを炙り出すことの繰り返しに変わりつつあった。クリーンヒットこそないものの、小さな傷をいくつか負わせることには成功した。


 気が付くと、最初に壊した建物の跡地に戻ってきていた。

 俺達は街を綺麗にぐるりと一周したらしかった。


 まだ構造物の残っている()()()へさらに逃げるかどうか決めかねているシンに声をかける。


「よお……なんだかんだ、やっぱ調子落ちてんじゃないのか、お前」


 奴は忌々しげに俺を睨んだ。

 その瞳は憎悪と怒りを表面に――恐怖や戸惑いを深くに秘めていた。


「何なんだ……。そっちは……一体どうなってるんだ? 腕を潰されて、どうして平気でいられる?」

「別に平気じゃあねえよ。でも多分、アドレナリンがドバドバ出まくってんのさ……」

「嘘をつくな! 他に理由はある。やはり――そうなんだな……?」

「してみるか? 答え合わせ」


 むしろ、心当たりがあるなら是非教えていただきたいところだ。


「あんたは――心にバリアを張ってる。だからオレは……読めない。もう、ずっと読めずにいる……。わかるか? あんたは精神魔法が使えるんだ」

「ふーん――」

「あんたがどうして怪我の痛みに耐えられるのか、知ることはできない。次にどういう攻撃をしてくるか、どういう作戦を立てているかも、わからないんだ……」

「だから、避けるんじゃなく防いでるわけか? 風をよ……」


 躊躇いがちに頷かれる。


「……ああ。どう嘯かれようとも、そうなんだ。あんたに自覚がないとしてもそうだ。あんたは心を操る術を身に着けている。レーダーがジャミングされるように、オレの読心をジャミングしている。やはりそうなんだ。おかしいと思ったんだ。ただ風魔法一本で、どうしてここまで戦えるのかって……」


 あれだけ有用な重力操作の頻度が減っていたのもそれが原因か? 俺の動きを先読みできなければ、それほど効果的な魔法ではないということなのか?


「なるほどね……」


 ことここに至っては、こいつの言動もあながち、過ぎた空想の産物と片付けられないように思える。俺に見えないものを見ている……その事実をもっと重く受け止めるべきだったか。一笑に付すには、この事情の変わりっぷりは俺に都合が良すぎる。


 残った方の腕を一振りして、追尾力の高い風を多数送り込む。シンは再び建物の中へ姿を隠す。


 後に続いて入ろうとした時、別々の出口からそれぞれ一人づつ、合計四人に増えたシンが俺を迎撃しにやってきた。


「おっと、どれが本物だ……?」


 得物は統一されておらず、例の大槌、大剣、弓、そして旗というより(のぼり)のようなものを装備している。


 弓が面倒そうなので一番先に風で握り潰す。ただの分身で、粥のようなものに変化してボトボトと地面に垂れていった。


 残った三匹のうち、槌と剣は吹き飛ばすことで対処、最後の幟はかなりいい線いっていて冷や汗をかかされたが、風圧で出来た壁を突破できずにいる。


「オレはかつてあんたに訊いたはずだ。何を己の内に飼っているのか!」

「ペットを飼う余裕なんて無いはずだがな」

「違う。何かを飼うことで安定する精神もある」

「――お前の言葉の通りだったとしても、そう大したもんは、俺の中には潜んじゃいないと思うぜ」

「だったらオレはこんな……苦労はしていない……!」


 幟はわざと泥に突っ込んで汚したような色をしている。

 風を受けてはためき、その裏から手品のように無数の鳥が現れる。多分……鳥だ。見たことのない種類。ダーツに翼を生やしたような、不合理な姿。だが風に乗るというよりは、蜂のように高速の羽ばたきでホバリングを主体としている。

 それらが俺の築いた防御壁を避け、刺さるために飛来する。


 一度に全部が来ることはない。波状攻撃だ。

 まとめて落としたいが、完全に面制圧できるほど空気を掌握できていない。網の目を掻い潜った奴はいちいち落とすしかない。一匹一匹が細かすぎる。狙いづらい的だ。


 それでもやった。やるしかなかった。

 撃ち漏らして二本……腹と右腿に刺さる。


「いてえ! 痛え、くそ、クソ……!」


 撃墜数が五十を超えた時、前触れなく視界がぐにゃりと歪み、さらに暗くなった。急に夜になったと俺は思った。そしてそのような変なことが起きるのは、シンが何か俺の知らない魔法を使っているせいだと勘付いた。


 しかしそれは違った。

 すぐに、血を失いすぎているからだと考え直した。誰かに教えられたように思い至った。痛みとは別に、体調が悪くなるのは当たり前だ。


「今だけは……マイエルの治癒魔法が懐かしいぜ」

「彼のところへ連れていってやる!」


 吹き飛ばしてどこかへ突っ込ませたはずの、大槌持ちと大剣持ちが復帰してきた。


 ハチドリを落としつつ、そいつらの相手もする――厳しいか。


 でも、ここにきてまた、俺に傷を負わせられる手札を切ってきた。もう少し早く出してもよかったものを――きっと、奥の手や保険として用意していたはずのカードだ。奴も必死なのだろうと思う。これを凌げば、もう有効打を残していないかもしれない。


 分身といっても、どれかは本体だ。物量とディレイ付きのタイミングを律儀に捌こうとするから厳しく思えるだけで、本体を叩くことさえできれば、少なくともこの複合攻撃を鈍らせることには繋がるはずだ。


 どれが()()()か――とりあえず、最も近くに迫ってきたこの幟持ちがやはり本体、というパターンは無いように思える。いかにも本物っぽいが、だからこそ俺の気を引くための駒という使い方をしやすい。


 となれば槌と剣のどちらか。二択。印象的なのは槌の方だ。腕をやられて退避した俺を、建物ごと潰すために使った。あの後も多用している。今回の条件では大剣より役に立つ武器だ。つまり、より信頼を置いている。シン本人が持つのにはふさわしい。

 だがそういった立ち回りも、俺の意識に植え付けるためのものかもしれない。この二択から絞るのは難しい。もっと時間的余裕があれば取り組めたが、即決が求められている。じっくり選ばせてなどくれない。


 ここは――二択とも選ぶ。


 大槌と大剣の両方に固く照準(ハードロック)する。その代わり、ハチドリへの対応を可能な限り打ち切る。


 風を起こす。誘導弾。射出時にある程度の命令を含ませる普通の追尾弾と違い、俺が意識をそこに割いている限りしつこく追いかけ続けるタイプだ。その意識自体を先読みしてくるシンには本来撃ちたくないものだが、おそらく今ならいけるはずだ。


 撃った。

 誘導し始めてすぐにシン二体はこの攻撃の性質を悟り、逃げの手を打つ。


 ここからは、ハチドリへは撃墜ではなく緩やかな回避行動で対応する。二体のシンを風で追いかける俺を、幟のシンがハチドリで追いかける構図だ。


 もう一本や二本までなら、ダーツが刺さっても許容範囲内だ。許容範囲内だと、思うことにする。既に二本刺さっているのだから、倍までなら耐えられる。三倍はちょっと無理だ。


 目標への風の誘導は効果を上げている。しかし、遅い。この間に、右腿の既に刺さっている付近へ新たに被弾した。一瞬、誘導が弱まる。すぐに持ち直す。意地だ。


 奴の動く先を知ることができれば、誘導も効率良くなるのだが……俺にも精神魔法の片鱗があるらしいと、知ったところでどうなるわけでもないのが実情だ。


 丁度、心臓が不随意筋で出来ているように、俺は俺の精神魔法の恩恵を受けることはあっても、好きに動かせるわけではない。


 もう一本被弾した。左の肺に――肋骨も少し壊されたような気がする。風はまだどちらも捕まえられない。効率の悪いミサイル。


 そうこうしているうちに、五本目被弾の可能性も濃厚になってきた。ハチドリは体当たりを外しても、すぐに方向転換し、軌道修正してくる。墜とさなければそういう厄介さが残る。


 もう少しで二体同時に命中させられそうな希望はある。

 だがその前に、どうしても、さらなる傷を負うしかないのか。


 俺にアタックを仕掛けて躱された最初の方のハチドリは、学習して追尾の性能を上げている。羨ましいくらいに。今度は急所に――当たるかもしれない。


 俺は迷った。

 その危険な一射を受けてまで本体を狙い続けるか、それとも損切りして、ここまで払った決して少なくないコストを捨てるか。


 回避しながら、誘導しながら、迷った――。


 ――結局、断念した。

 俺は風の誘導をやめ、ハチドリから逃げるために風を()ぎ込んだ。


 ただ、奴の圧力に屈したわけではない。

 俺は目標を変えた。方向転換し、一直線に、()()を目指す。


 それは、分身と共にシンが出てきた――つまりシンが直前に逃げ込んだ――建物。


 急ブレーキ、全力で、どの出口も塞ぐほどのありったけの暴風を叩き込む。


 建物は真上から幾重にも裁断される。俺はそのまま瓦礫のほとんどを吹き飛ばした。


 その中から、ずたずたに引き裂かれながらも、かろうじて浮遊するシンが出てきた。


「――どうして……オレが、ここにいると――」

「わかんねえ――でも、わかっちまった」


 ()()()は、四人の中のどれかが本体だと、先入観から思い込んでいた。必ずしもそうである必要はないということに、どうしてすぐ気付けなかったのか――そして、後になって気付くことができたのか。


 この青天の霹靂は、どこからもたらされたものなのか?


「あ――オレの心を、読んだのか……? あ、りえな、」

「ああ、俺がお前を読んだ」


 そうでなければ、もう説明がつかない領域に来ていた。

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