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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第2章 旋風色の道化師
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2-10 にわか知識概説

「えー……、本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。あー、本来ならば、私のような者がこういった場に立つということは、まずない、と自分でも思うのですが、私の主……ゼニア姫様からのたっての要請でございますから、こうして今回、なんと言いますか、その、講義を行う運びとなりました。私の名前はフブキ、と申します。よろしくお願いいたします」


 俺が頭を下げると、聴衆も同じように座ったまま軽く頭を下げた。


 屋外である。困ったことに、この城には黒板とそれに類する設備が無かった。しかし俺は図や文字なしで説明を完遂する自信がなかったため、やむなく開催場所を中庭とし、土部分に棒で筆記することとなった。

 全員によく見えるように、俺に向かって半円形の陣が敷かれていた。数は、城内での会合に比べれば微々たるものだったが、それでも俺を圧倒するのには十分だった。そのほとんどが初老より上の高齢で、ちらほらと若い顔も見受けられるものの、例外なく年嵩の誰かにくっついている。


 彼らは姫様と縁のある学者によって構成された集団である。

 あの後、プレートテクトニクスについて説明するのに俺は多大な労力を支払わなければならなかった。なぜプレート同士がくっついているのかについて説明するのにまず地球が丸いことを説明せねばならなくなり、しかしその点に関しては(元からあったと思われる)見解の一致を得た。姫様は逆に俺のいた世界でもかつて平面説が信仰されていたのかと問い、俺が返した簡単な答えでは満足しなかった。平面説が否定されるに至るまでの経緯に関する説明を試行錯誤した結果、地球平面説()()まで持ち出すハメになり、そんなことを続けているうちに話がどんどんこんがらがっていって、収拾するのにえらく難儀した。

 問題は、姫様が俺の脳味噌をそうした知識が溢れんばかりに詰まった一種の宝物庫だと考えてしまったことだった。

 そして、やめておけばいいのに、彼らを急ぎ招集してしまったのだ。


 誓って言うが、俺は詳しくない。手元に資料もない。頭の中にあるのはうろおぼえだけだ。最終的にそう説明して許しを乞うたのだが、姫様はついに聞き入れず、今日の()()()を開いてしまった。


 目の前の彼らは、さぞ高名な人物の集まりなのだろう。そんな化物集団相手に講義なんぞ務まるわけがない。これはさすがに無茶が過ぎる。姫様の面子を潰すようなことはしたくないが、大した準備もしていないのに上手くいくわけがない。しかも慣れないどころか無知といってもいいくらいの分野! 俺よりも彼らの方がよほど知っている可能性さえある。恥をかくのはもう致し方ないとしても、なるべく早く終わってくれまいか。


「えー……それではまず、」


 真ん中に座っていた白髪の老人が、いきなり手を挙げた。

 ちょっとベートーヴェンに似ていた。


「一つ、いいかね?」


 この段階から質問というのは想定していなかったが、俺はともかくも頷いた。


「はい、どうぞ。私に答えられることであれば」

「ありがとう。一応……」


 そう言って、彼はまさに()()辺りを見回した。


「まだ混乱している者も多いと思うし、()()の場であればこそこういう質問をするのだが、」


 思わず吹き出したくなるような()()だったが、姫様もこの場にいる。それは許されない。


「ゼニア様が仰られるには、君は絶えて久しいはずの召喚魔法によってこちらにやってきたという。その驚くべき事実に驚くことは今しばらく我慢するとして、つまり本日君が我々に行ってくれる講義は、君がいた場所の摂理が前提である。そうだね?」

「……はい、その通りです。皆様にくれぐれもご留意していただきたいのは、私が申すことは、あくまでも私がいた世界での理屈であるということです。私の言うことがこの世界では全く通用しないかもしれないし、また逆にこの世界での理が、私のいた世界では全く通用しないのかもしれません。例えば、私のいた世界には魔法は存在しません」


 そこで少しざわついたが、すぐに収まった。


「また、私は元いた世界では、学者でも何でもありませんでした。一応、最高学府に所属しておりましたが、私の国では最高学府というものは飽和状態で、私の通っていた場所も特に高い水準であったとは言えません。加えて、私の専門は文学であり、しかもほぼ国文学だけを専攻していましたから、はっきり申し上げてしまいますと、私の説明は幼少の頃に受けた総合教育の域を(いささ)かも脱しません」


 俺はこの時点で半数ぐらいが憤慨して席を立つのではないかと思っていたが、甘かった。どうやらまだ好奇心の方が勝っているらしい。おそらく異界からやってきた実際に動いて喋るサンプルがあまりに貴重で、もの珍しいせいだろう。俺の話す内容はどうでもよくて、俺自体に観察する価値がある、などと彼らは考えているはずだ。


「つまり、根拠のはっきりしない書物を読むような気持ちで、私の話をお聞きください」


 うーむ、我ながら滅茶苦茶な言い様だ。


「結構。それを確認しておきたかった。一応ね」


 そして結局、誰も帰ろうとはせず、やる気をなくしたようにも見えなかった。

 姫様の手前、そんなことはできないとしてもだ……あんたどう思う?


「では、本日のテーマは、」


 俺は棒きれをこれ見よがしに地面へ倒してから、空を指差した。


「重力と宇宙、です」


 ――まあいい。

 そんなに俺が見たいのなら仕方がない。これも一つのショーだと思うことにしよう。




 急にやることが増えすぎだ。


 朝は食事の前に起き出して、体操という名のPTから始まる。その間、アデナ先生の仕事は見張りだけだ。飯を食った後もしばらくはそれが続き、時間で言うと九時頃まではそのことだけを考える。訓練は辛いのが当たり前としても、こいつは実に退屈だった。なんてったって頭を使わんのだ。黙々と続けなければならない。作業だ。そして俺がへばると、先生はささやかな休息を与えて下さった後、椅子から腰も上げずに、魔法で俺を起こしてしまうのだった。


 こんな具合だと、次の馬術訓練も待ち遠しくなってしまうものだ。やっとウォーミングアップを済ませると、厩舎(きゅうしゃ)まで出向いて、少しは慣れた馬を曳き、後はひたすら乗ることになる。これも確かに疲れるしケツも痛くなるのだが、激しすぎるということはないし、単純な体力練成と比べれば遥かに考えることが多くて気を紛らわすことができる。苦痛じゃない。馬にはいくつかの合図で命令を送るわけだが、これは必ずしも一方的なものではなかった――()()()とはコミュニケーションの必要があった。元の世界の馬鹿野郎共は馬とのコミュ(りょく)までは声高に叫ばなかったが、どうせ就活生は従うのだからいつものように印象を操作してみればいいのだ、乗馬経験は有利ですよ、と。戦線はいくらかマシになるはずだ。

 危なっかしい乗り降りも数を重ねていくうちに慣れ、今では歩かせるのもスムーズにいくようになって、走らせるところで(つまづ)いている。これから障害物への対処を知り、遠出して長時間の世界に慣れ、最終的には騎乗戦闘を目指さなければならないというのに、これでは先が思いやられる。

 とかく馬というものは、()()()()乗るのが難しい。アデナ先生がやるように、優雅でありながらも力強い、まさに人馬一体の境地へ到達するためには、果たしてあとどれだけの鍛錬が必要なのか、俺には見当もつかなかった。

 余談だが、この国では(あぶみ)が普及しているようだった。この事実は俺に少し複雑な問題を与えた。なにしろこういう道具ひとつとっても、俺は(地球では)いつ誰がどのようなきっかけで考え出したのかを知らないのだ。それを知らないということは、つまりこの世界において不自然なのかどうかもわからないということだ。少なくとも判断材料に乏しくなる。こればっかりは不愉快でも正論と認めざるをえないが、「若いうちにもっとしっかり勉強しておけ」ということだったのだろう。さもないと、こういう時になって困るわけだ。(もっと)も、俺にこれを言った奴は、この状況までは想定してくれなかっただろうが。


 そうして午後も適当と思われるところまで乗馬の時間は続く。昼の休憩を挟むのは、やはり、俺のためではなく馬のためだ。

 一応、最初の時に、手っ取り早く慣れるという名目で騎乗戦闘まで試すことになったが、あまりに俺がぐだぐだしたので、無かったことになった。

 さて、馬術に比べると、剣術はそこまで広い場所を必要とせず、その気になれば廊下でもやることができる。測定の時に登場したモノホンの剣は一旦なりをひそめ、代わりに初期の竹刀――つまり、袋竹刀によく似た道具が訓練における主流となった。急に日本的なアイテムが飛び出してきて唖然としたものだ。この世界にも竹があるのか、と俺は思わず先生に訊ねたが、どうも話を聞く限り、材料は竹そのものではなく、よく似た植物に過ぎないということらしい。しかし、効果のほどはおそらくほぼ同じだ。

 あんたもご存知のように、袋竹刀を考案したのは当時天下一と謳われた上泉信綱、その目的は怪我の防止だと言われている。ではこちらの世界においてこれを考案したのは誰かというと――ご存知、アデナ・グラフィスである。全く同じ理由から生み出されたのであった。……駄目だって笑ったら。俺も我慢したんだからさ。

 とはいえ彼女の場合、こちらの方が楽できるという理由の方が大きかったようだ。もちろん木剣は木剣で使うことになるが、これくらい(しな)るのであればポコポコやってもそうひどい怪我にはならない。痛いことに変わりはないが。貴族の子弟だろうが王様の嫡男(ちゃくなん)であろうが、遠慮なくぶっ叩けるというわけだ。なんてババアだ。

 そしてここからがアデナ先生の本領発揮だった。俺もぶっ叩かれるのだ。素振りもそこそこに済ませると、残りの時間は彼女に木剣でかかっていくことに費やされる。先生はひたすら避けてから俺を叩くか、受けてから俺を叩くかしかしない。そして、区切りのいい数字になると短くアドバイスを授けてくれる。例えば「その足は無駄!」といったふうにだ。そして、体でもわかるように、太腿をバシッとやる。


 夕食の後も剣術の稽古は続くが、そうでない時はそうでない時で、


「それでも私がいた世界は回っていました」


 と、俺は伝説として残されたガリレオ・ガリレイの呟きを一部借りた。


「前にも説明した通り、このせいで昼と夜が生まれます――太陽が我々の上を過ぎ去っていくのではなく、夜の間、我々が暮らしている大地は、太陽に顔を背けるのです」


 夜な夜な開かれる()()()(まったくもう!)勉強会を取り仕切るエセ講師の役も務めなければならなかったのだ。


 あの後すぐに、姫様は適切な広さのあまり目立たない空き部屋に黒板を運び込んだ。俺が慣れ親しんだようなあの緑がかったやつではなくて、実際には黒すぎる石版だったが、チョーク代わりの(ろう)石(俺にはそう見えた。明治時代に日本の学校でも使っていたやつだ)と合わせて、その機能は申し分なかった。どうやらあのベートーヴェン似の教授と結託して接収したらしく、聞こえてしまった若い衆の愚痴によれば、相当無理を言ったらしい。


 一方で、研究者達はそのほとんどがA4ほどのサイズの石版を各々が用意して持ち込んでいた。これで設備と道具に関しては全く文句を言えなくなった。さらに悪いことに、俺の世界の理屈について何人かがかなり強い興味を持ち始めていた。いよいよ本当に手が抜けなくなってきた。俺は部屋に戻って意識のあるうちは、次の次くらいの晩に話すジャンルは予習しておくことを余儀なくされた。それも、求める書物が図書館にあればの話だが。ハンニバル・バルカの資料なんざここにはねえよ。

 人に教えることの難しさもまた、俺の前に立ちはだかった。自分の中でふんわりとしている知識を、噛み砕いて、流動食にして他人に与えなければならないのだ。こいつは実に骨の折れる仕事だった。それだけならまだいいが、さらに俺をうんざりさせたのは彼らの時間を忘れた質問攻めだった。彼らは本当に情熱的で、飽くことを知らなかった。家庭教師のバイトくらい試してみるんだったな、と今更ながらに俺は思った。


 よーく注意して思い出してみれば、学者達の中には道化師(ジェスター)・ショーで見た顔もあった。週の中日には、俺は再びあの服を着て活躍しなければならなかった。


「その時、男は窓辺に影が差していることに気付きました。窓枠がトントン、トントンと鳴らされ、その音が大きくなっていくことにも気付きました。何より、影の主が二階に届くような長い、長い体躯を持っていることに気付いたのです……」


 三回目ともなると、俺は開き直って小話に関しては笑わせることを意図しなくなった。要は面白いと思ってもらえればそれでいいわけで、ならば必ずしも笑いにこだわる必要はないのだった。やはり日本妖怪はこの国の人々にとってもセンセーショナルでキャッチーなものらしかった。さすがに怖がらせるのはマズいかもしれないとも考えたが、大仰に念を入れて前置きすることで解決をみた。

 次回は芥川龍之介の『河童』でも試してみるとしよう。


 そんなふうにして再び日々が過ぎていった。

 おそらく、俺は今人生で一番忙しい時期にさしかかっているのだろう――と自分を説得しなければ、とてもではないがやっていけない。

 だが、俺は相当に加減されているということをわかっていた。戦争モノで見る兵隊たちの生活に比べれば、俺は本当に最低限のことしかやっていなかった。夜中に叩き起こされて外に並ばされるようなことはなく、武器の手入れも馬の手入れも、そこの部署の人がやっている。俺は天国のような場所から、一歩も出てはいなかった。


 二週間を終えようとした頃、やっとアデナ先生は魔法について触れた。

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