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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
171/212

12-9 捕獲

 天井をぶち破る。

 渦巻く風が崩れた建材を弾き、問題なく新たな通り(みち)が出来上がった。


 自身を空気の壁で守りつつ、誰よりも先に上階へ。

 二階にある部屋の倍は広い空間に出た。移動させられてはいるが、ここでも下と同じようにベッド等の家具が目立つ。戦いが始まる前にこの都市から住民は避難させられたと思うが、持ち出せなかった物が色々残っているようだ。

 宿泊施設だと仮定すると、よりグレードの高い部屋だろうか。


 ひょっこり現れた俺に、温存されていた敵集団のほとんどは固まっていた。想定していない経路だったというのもあるだろう。一部、穴から何が出てきても機先を制するつもりだった奴等だけは、俺の正体を確認する前から既に攻撃を始めていた。


 いくつかは防護を貫通しそうになったが、最終的には全て逸れた。

 俺は窓へ向かう強力な気流を設定し、部屋の中をそれで支配する。自動的に中のものは――人を含めて――外へ放り出されることになる。

 これがエルフ相手なら確実に息の根を止める気でいったが、そうでないなら、いちいち潰していくのは面倒な部類に入る。あしらえるならそれで十分だったし、今この状況では優先順位も低く、後回しにして他の人に任せられることでもある。俺は素早く目標に辿り着きたかった。


 再び、頭上の()を風で切り裂く。

 外から見て四階建てだった。入ってもそうだろうと思える。魔法で聞き取った声の距離感から察するに、いるとしたら次だ。三階を探索する必要性は感じない。


「よっ……と」


 どうやら、上へ行くほど広い部屋が存在する構造になっているらしい。ちょっとしたパーティに使えそうなスペースへと這い上がる。幅だけで言えば、建物の幅とそっくり同じ大きさ――しかし、奥行きには壁を隔ててまだ余裕があるように見受けられる。


 見渡しても、尖った耳の持ち主はいない。となればここが最終防衛線か。扉はあるから、そこを突破すれば目当ての女に会えるだろう。まさにそのルートを守ろうとして、門番が配置されているわけだ。

 といっても、空間には不釣り合いなくらい、数が少ない。三階もそうだったが、多分、飛行やら登攀といった、窓からの特殊な侵入に対応できるだけの人数を残して、後は迎撃に出したということなのだろう。戦いの主軸はまだ二階で、俺は一足飛びにその戦線を無視してやって来た。


 もう一度風で流してもよかったが、こうも広いとパーティホール全ての空気を動かすのはちょっと効率が悪い。これなら、敵を無力化していった方が却って魔力の消費を抑えられそうだ。


 そう判断して足を踏み出すと、少年少女は一瞬たじろいだものの、すぐに気を取り直して得物をこちらに向けてきた。場所に合わせたのか、多くは槍を持ち込んでいる。ここならデメリットを心配せずに、思う存分振り回せるだろう。


「にしても、逃げる選択肢がないんじゃなくて消されるってのは、きついよな……」


 実際どうかまでは知らないが、そう仕上げられていると考える方が自然だ。


 さらにもう一歩――そこで敵ヒューマンは一斉に動き出す。

 囲まれてはいないものの、前方のあらゆる角度から火球、鋭く削られた鉱石、氷の礫、得体の知れない粘液等が飛来してくる。そしてそれと重ならない形で、距離を詰めてきた力自慢達の槍が突き出される。近寄られて気付いたが、それはおそろしく長い。野戦に使われる物よりも、もう少しリーチを伸ばしてある。


 腕を一振りし、まずその穂先を切り落とした。と同時に空中へと斜めに飛び出していく。投射された物体の多くはホーミングしてくるが、こちらが複雑な軌道を描けばついて来れなくなる。鋭角に曲がれば曲がるだけ有効弾の数は減る。速度だってお話にならない。距離さえあれば、真っ直ぐに飛ぶだけでも振り切れそうなミサイルばかりだ。


 それでもまだ追尾し続けてくるものはある。これは叩き落とすに値する。選別するのも一苦労だ。第一波を凌ぎ、余裕が生まれると、俺にも攻撃のための時間が与えられる。それは数秒かもしれないが、実に貴重な数秒だ。それだけあれば、視界に入った十人以上には狙いをつけられる。


 突風を一人一人に吹きつけていく。彼等の攻撃とは違って、ただまっすぐに風を起こすだけだが、それでいい。あまり追尾させる必要がない。避けられないからだ。

 この風は比較的弱く、身体の組織を破壊するには至らないが、抵抗させず壁に打ちつけるだけの威力は持っているので、頑丈な相手でなければ、気絶や負傷を誘発するのには事足りる。要は満足に魔法が使えないほど集中を削げばいい。


 後衛からの攻撃が弱まれば、さらに余裕が生まれる。全てを掃除するのはわけない。

 終わったら、残りの前衛をじっくり処理していくだけだ。


 今更、真正面からやって負けるような気もあまりしないが、例えば鎧を纏うタイプの相手を崩すのには少し骨が折れる。さっき飛ばした槍の穂先に風を上乗せして返すという手もあるが、自前で武装できる手合いは大抵、狙えるような隙間も無くしてくるため、搦め手の方が効くだろう。魔力勘定のことを考えても――わずかに、装甲ではなく床を穿つ方が出費が少ないと判断し、俺は硬くて面倒な相手は全て下の階へ落とし、やわらかい相手はカマイタチで刻んだ。


 そうすると、静かになった。

 一分かかるような内容じゃなかった。


 相手がエルフでなくとも、このくらいなら対応可能ということが証明された。

 長く続いた戦いの中で、いつの間にか地力がついていたのだろう。それを才能と呼ぶかまでは不明だが、多くの客人より一歩抜きん出ていることは確かだ。まあ、それでも()じゃない相手に大した魔法をかけられないことには変わりないだろうが……。


 増援が上がってくる前に、次の行動へ移る。


 俺はわざわざ扉を避けて、壁に三箇所の穴を空け、その一つを通った。

 中では近衛が、咄嗟にそれぞれの侵入口へ狙いを定めたようだったが、そのせいで注意が分散しており、攻略する側としてはやりやすい。幸い、どのヒューマンも軽装だったため、風で撃ち抜き、切り捨てるのに不自由はなかった。


 窓に足をかけているエルフの女と目が合った。


「おいおい――」


 今日一番の速度で、そこに飛び込む。女の服に手をかけ、窓枠から引き剥がし、部屋の中に投げ飛ばす。窓から手だけ出して、地面を見ずに風を撃ちまくる。断末魔の声が聞こえる。誰か先に待機させて、受け止めてもらうつもりだったんだろうが、


「そうはいかないな」

「くっ――!」


 近衛は全員即死。ご自慢の回復魔法が役に立たないと悟ると、女は剣を抜いて二刀流で俺に斬りかかってきた。最早、自分で身を守るしかないというわけだ。


 ディーンで初めて対峙した時より、なるほど、太刀筋に光るものを感じるが――悲しいかな、それを問題にしなくてもいい手段が俺にはある。


 吹き上げる風を加減して、天井に女を叩きつける。


「あぐ……ッ」

「まったく――」


 落とした剣が床に当たって音を立てる。女は諦めていない。火炎放射器もかくやという勢いで炎をこちらに送り込んでくる。おかげでその進路を曲げるためにかなり魔力を使うハメになった。


 女の右耳をカットする。


「あッ!」

「じっとしとけよ。どうせもう遅いんだ」


 ぽとりと落ちたそれを拾い、風を止める。

 落下した女は床に上手く着地できなかったが、大怪我した様子もない。

 耳を庇いながら、空いた方の手で剣を掴もうとしたので、手首を切断する。


「あ……、ぎぃ……!」

「抵抗するのは自由だが、痛い箇所が増えるだけだぞ」


 耳を投げつける。


「治せよ。この先、呻き声だけじゃあ困るんでな」


 俺の言われた通りにしていいのかという短い逡巡があったようだが、やはり苦痛には代えがたいのか、女は治癒魔法を自分にかけていく。


 マイエルほどではないが、その手際は標準を大きく上回っており、十秒も経たないうちに耳がくっつき、手も結合した。


「多芸だよなあ。炎を操り、怪我も治せる。剣術だってそこそこ……。その上、召喚魔法まで使えるというんだから。ギルダさん、と言ったかな」

「あなた――こっちに、紛れ込んで、いたの……?」

「そういうこった」


 睨まれても何も()されない。


「じゃあ、上空にいるのは、全て偽者……?」

「意外でもねえだろう。派手に自分の存在を知らせない方が、今回は都合がよかった。おかげで作戦は成功だ」

「――わたしを捕まえに? 最初からそのつもりで気配も消して……!」

「まあ、そうだな。もちろん、シンの野郎とも決着をつけるつもりだが、まずはあんただ。わざわざ逃げ場の少ないところに陣取ってくれるとは、助かったぜ」

「何てこと……! 防御しやすい建物を選んだのが、(あだ)になるなんて」

「まあ俺がいなけりゃ――それで正解だったんだろうがな。さて」


 女を風で包み込む。


「ここはみんなに任せて――付き合ってもらうぜ。人気(ひとけ)のないところにでも行こうか」


                   ~


 太陽が頂点へ昇る前に、同盟軍はボロフの包囲を完了させた。

 素晴らしく快調な滑り出しで、敵の動きは鈍く――どこも突破されずに封じ込められたのは、事前の打ち合わせが入念だったのもさることながら、この軍勢を統べるガルデ・ルミノア王の牽引力が、有無を言わせぬ圧倒的なものであったことが大きい。


 開始時こそ中央に位置していた王だが、陣形が姿を変えるにつれ、まるで全軍を鼓舞するかのように忙しなく馬を走らせた。

 線が円として繋がる……その先端まで到達し、そのまま繋がり切ってからも移動を続けた。そして最終的には、反対側を進んでいたゼニアと再び出会うまでに至った。


 無論、それぞれの指揮官が奮闘した結果の包囲であるが、根底にこの王の()()()()があったことは誰の目にも明らかであった。


「父上! 陛下! 滞りなく包囲は完成しました! あとは敵を磨り潰すだけです!」


 ゼニアがこの報告を届けた時、ガルデは自分がどこを走っているのか把握していなかったほどであった。それだけ一心不乱に兵に背を追わせようとしたのであろう。


「おお、そうか! よし――ところで、余はどこまで走ってきてしまった? どうやら僅かな手勢以外は置いて来てしまったようだ……」

「ここは街の南南東です、陛下。一番近いスレット将軍と合流するのがよいでしょう」


 いくら駿馬を駆ったといえども、これは驚異的な大移動であった。


「そうか、そうだな。そこからなら伝令にも困らぬ」

「私はこれから、先に中央へ向かわせた隊の半分を追います。フブキが首尾よく目的を達していれば、次の一手には困らないでしょう」

「うむ。こちらはゆっくり囲みを狭めるとしよう。お前が中で敵を掻き乱すことに期待する」

「お任せください。では、今しばらく――」

「あ、待て……」


 呼び止められ、ゼニアは馬上で振り返った。

 しかし、父は煮え切らず、


「いや、その」

「大事なことであればお早く」


 戦いの中で安らぎを求めるように、王は深呼吸をした。やがて口を開き、


「ゼニア、お前を戦場(いくさば)に立たせることは、長らく余の頭痛の種だった。だが今となっては、それを頼もしくも――誇らしくも思う。最早、心配はしておらぬ。必ず生きて帰れとも言わぬ。そのような言葉は空虚だ。戦い抜くがいい、それがお前の望みならば。それでお前が答えを得られるのならば。あの道化と共に、この(いくさ)を過去のものへと変えるのだ。全ての忌まわしい記憶を! ――よいな!」


 思いがけず与えられた激励の言葉に、どこか救われた気になる。

 ゼニアとて、無理に自分の振る舞いを認めさせたという負い目を、父に対し抱いていたことは否めなかったのだ。


 今、やっと――新しい自分の生き方が、真実、肯定されたような気がした。


 ゼニアは大きく頷き、愛馬マウジーを動かす。


 空から道化の格好をした風魔法家が減りつつあった。

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