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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
170/212

12-8 潜伏

                   ~


 意識して魔力を抑え込むというのは、これまであまり経験がなかった。


 元来が感情に絡んでいる能力である。剥き出しの怒りを露わにしながら戦場へ臨んできた俺にとっては、これは不可能ではないが難しさを覚える試みだった。

 まして一切の噴出を断つとなれば、それは最早、努力を要すると言っていいほどの抵抗を求められることになる。今にも爆発しそうな煮え滾ったものを抱えながら、俺は黙って隊に同行していた。


 フード付きの、爪先まで隠すような外套で身体をすっぽりと包んでいるのは、防寒のためではない。同じような装備の客人達に溶け込もうとしているからだ。潜む――存在感を消すということに、今回の俺は集中していた。


 動きを悟らせないようにするのが目的だ。どこに俺が現れ、どこに被害を与えるかということを、実行まで隠す。先に飛ばした道化服のヒューマン達は、それをより確実にするための攪乱要員――悪く言えばデコイ。

 シン少年や一部の魔法使いは簡単に看破できるような、兵法としては甚だ頼りない囮作戦。彼らは()()()()()()を背負って空へ上がった。しかもほぼ孤立している。正体が知れればまずアウト、いざ戦うことになってしまっても、俺が相手するような戦力をぶつけられることは必至。無事でいられる可能性はおそろしく低い。だから俺には後ろめたさがある。


 これはあくまで敵を惑わそうとする行動であって、短い間注意を惹きつけられればそれで御の字という性質のものだ。役割を果たせばすぐ逃げるように指示してあるが、実際に状況がそれを許すかは、あまり期待できない。


 それでもいいと言って志願した者が多数いたことに、俺は驚きを禁じ得なかった。


 ただ俺の位置を秘匿するというだけでは、彼らも名乗りを上げなかったかもしれない。

 同意を示されたのは、どちらかといえば、何とか敵ヒューマン部隊の指揮官を捕縛できないかという、俺の提言に対してだ。しかしこれも、そうなったらいいのにねという程度のつもりで、それこそ何の気なしに零した言葉が拾い上げられてのことで、本格的にそんなことへ着手するなどとは思ってもみなかった。


 余裕があって初めてやる価値も出てくる、消極的サブプランの域を出ないという俺の考えは、どうやら隊の中ではマイノリティーに属していたらしく、話はトントン拍子に進んだ。

 それだけ、少年少女との戦いに精神的な疲労を感じていた客人が多いということだった。明確に敵同士で、相容れず話し合いにもなりようがないとしても――だからこそなのか――隣界隊の面々はエルフと殺し合いをするほどには割り切れずにいた。アレを相手するのには嫌気がさす、という声がかなりあった。独特の不毛な感覚がある、と。


 それに終止符が打てるなら、この際やってしまおうではないか。

 そんな機運が高まるのに時間はかからなかった。


 召喚魔法を使えるというあのエルフの女――レギウスの弟子をどうにかしてしまえば、向こうの地球産戦力も頭打ちになるという論調は確かに間違っていないだろう。

 だが、それは向こうも重々承知のことである。俺と遭遇したことで警戒も強めるはずだ。こちらの思い通りに動いてくれるわけがない。


 俺はそう主張したが、ならば敵捕捉のために一計を案じよう、と有志が勝手に知恵を出し合っていった。そうして最終的に立案されたこの()()()()を握り潰すわけにもいかず、仕方なくゼニアへも聞かせたところ、彼女は許可を出した。


 そういうわけで、今、面白いくらいスムーズに隊は進撃していた。


 少しでも目標に近付くための目くらましだったが、予想していたよりずっと効果は出ている。空に注意を向けているエルフの部隊を選んで忍び寄るように攻撃を仕掛け、速やかに痛打を与えた後、離脱して次の獲物を探す。これの繰り返し。

 同盟軍本隊から完全に離れて、遊撃どころか辻斬り集団。エルフは口を揃えて、嘘だろ、何でもうこんなところに、と言いながら死んでいく。


 今回、敢えてこちらのジュン隊の方に精鋭を集めたからこそできる芸当だ。火力は当然のことながら、脱落者を出さないためのサカキさんの障壁が、派手に戦えない俺をも守ってくれる。


 現在のところ、満足に組織的な抵抗はない。敵も市街地での戦闘に適応しようとしてか、戦力をかなり小分けにしているようだが、それが裏目に出ている。

 斬り込み隊ですらない独立した集団が、包囲の完了しないうちに深々と踏み入ってくることを想定するのは無理だ。


 おそらく冷静に対応されればこの勢いは死ぬだろうが、空を飛ぶ数多の道化師が、そうさせないでいる。俺の幻影が隙を作らせる。ある者はこれ見よがしに急降下するだけで敵を追い散らしたほどだ。そういうところを俺達は突いた。


 交戦しない部分についても、分身の影響力は出ているはずだ。


 エルフの軍勢はあれを認識した一瞬は混乱するかもしれないが、そのまま俺がいっぱいいると錯覚するわけでもなし、偽物を浮かべているということにはすぐに気付く。

 しかしエルフは恐れる――あの中のどれが、この俺、94番なのかと。

 顔を知っていればまだ判断材料になるだろうが、俺を間近で見て生きていたエルフは多くない。何十人といる中から、確信を持って見極められる個体は皆無に等しい。


 ()()()があるかもしれないと考えるだけで、兵は皆浮足立つし、対応せざるをえなくなる。距離を取れるなら取るだろうし、逆に攻撃命令が下ることもあるだろう。

 しかし当たりなどなく、全てが偽物なので――おそらく正解は無視することなのだが、それを全軍に徹底させることは望めまい。それぞれの隊長が、この事態は完璧に陽動だけで、俺は空にはいないという考えに至ったとしても、連携まで出来るとは限らない。


 この先、外からはヒューマンの本隊が包囲を狭めてくるし、そんな中で本物の俺を見つけるなど、とてもとても。


「にしても、すげえ神通力――」


 と、並走するナガセさんが呟いた。


「これだけ殺しやすいと笑いが止まりませんよね」


 ジュンも頷いてそう言った。


「人を何だと思ってんだ」


 とはいえ、隊全体に勢いがあるのは事実だった。のびのびと動けている。

 ゴーレムを擁する相手でさえも易々攻略する、一塊の弾丸と化していた。


 敵だらけの中でこれだけやれるのは、いざとなれば俺の本気が隊の安全を担保する、という意識もあるだろう。

 これを止めるとしたら、数で押し包む以外では、それこそ同じ客人をぶつけるくらいしかなくなってくるはずだ。そしてそれが俺達の狙いだ。


 シンとの交戦も、無論視野に入れてはいるが、序盤の本命はあの女。混乱する敵軍の中を一気に駆け抜けて――これは挑発だ。


 一つ懸念があるとすれば、シン少年が読心魔法を全開にして、俺の位置まですぐに割り出してしまうことだったが、さすがの奴でも、この何万という二足の生き物が渦巻く戦場で、俺の精神だけを選り分けることはできないらしかった。あるいはできたとしても、相当手間取ってしまうのか。


 今のところ、上空を飛ぶ偽道化師の中から、俺を見つけ出そうと躍起になっているように見える。下界のことにはまるで注意を払っていない。だから、地を這うように進む俺に気付いた気配もない。

 俺は空を飛ぶもの、という先入観を逆手に取れていると信じたい。

 奴は、奴は――そんなに鋭くないし、気が利いてもいないはずだ。


 シンは攻撃を加えるというよりは、精神魔法の効力を確実にするために、いちいち道化師達に近付いているようだった。互いに飛行した状態では、顔をきちんと判別するのは面倒で、魔法で直接心を覗いた方が確実なのだろう。

 それ故か、逃げる相手に追いついても、それが偽だとわかれば無理に追いかけないか、攻撃にかける魔力を節約したような攻撃にとどめて、結果的に致命傷を与えることは少なくなっていた。それでも運が無いと墜落時のダメージが軽減できなかったり、当たり所が悪かったりして、俺の身代わりになった人々は再起不能か絶命に至っていた。


 そうなってしまったことに気付くと、シンは少し首を振って、次へとりかかっていく。だが、新しい目標を追いかける前に、ふと、その目線が下の方を向いた。


 気付かれた?


 いや――それはこちらを射抜いてはいたが、同時にどこか別の場所も注視していた。

 奴の指だけがこちらを真っ直ぐにさしていた。

 それで、俺達の存在を教えているのだとわかった。


 時間にすれば数秒の出来事。

 奴は臨時の仕事を終えると、また空の掃除に戻っていった。


「位置を知らされたみたいですね」

「貴女もそう思いますか、お嬢様」

「多分、あっちの()()()にですよ」

「そうだと話が早いのですが……」

「行けばわかります」


 ほどなくして俺達を出迎えたのは、側面にある建物からの火炎放射だった。


 サカキさんの障壁展開は、間に合いはしたものの、全員を救うことはなかった。十人は確実に焼かれた。ジュンが炎を水で押し返せるほどに魔法を成長させた事実は、現実の前ではあまり慰めにならない。


 敵が――敵のヒューマン達が、真四角な建物の真四角な窓辺から、こちらの様子を見ていた。そしてすぐさま、得物を持っている戦闘員はそれを構えた。弓があれば弓、杖があれば杖。こちらの使うルートを読み、先に内部に陣取って待ち伏せたらしい。


 こちらに探知魔法家はいたが、おそらくそれに対抗しうる隠蔽手段としての魔法が存在するのだと思われた。それにしても、建物丸ごととは――してやられた。


「攻め落とします!」


 ジュンの断固とした号令で、戦いの火蓋が切って落とされた。


 水魔法と障壁が中心となって安全地帯を作り、それを伝って、白兵戦担当者がビルの中へと押し入る。二、三人が、待ち受けていた銀色のゴーレムに潰された。拳を乱雑に叩きつけられたのと、蹴られて行方がわからなくなったのと……。

 突入班は少し怯んだが、すぐに対抗できそうな者を選抜して送り込む。ディーンの武士のように、土魔法で鎧を作れる魔法家達だ。先頭を再び切ったのは、腕と脚の一部だけを武装した、不完全に見える使い手だった。だが結局はその男がエントランスで狭そうに動く銀のゴーレムを討ち取った。それもスピードで翻弄したのではなく、真っ向から捻じ伏せた。


 これを受けて、隊員が次々と建物の中に雪崩れ込んだ。俺もそれに続いた。あの女エルフを探す必要があった。ここでやっと、俺は少し魔力を解放できた。エルフの気配がなくなって、緩めても暴発しないだろうから。


 風に乗せられた敵の会話を聞き取る。わかっていたが、すぐには判別できない。もっと音の発生源が減れば楽になるのだが、手を貸すにしても、今この場に臨んでいる俺が、どれほどの役に立つか? 例えばジュンよりは確実に弱いだろうし、下手をしたら、隊にいる誰よりも能力がないことさえありうる。


 やはり鬼門だ、と思う。

 ナルミ・シンが例外なだけで、彼等、敵側の少年少女には怒り切れない。

 こうして血みどろの戦いぶりを眺めていてもそうなのだ。剣で刺しあったりする光景を、半ば傍観する立場にあるが、やりきれなさの方が勝る。


 外での撃ち合いにケリをつけたジュン達も侵入に成功する。

 その頃には一階が完全に制圧されていた。


「かなり殺れましたよ。わたしだけじゃなくて、みんなの上達を感じます」

「それはよかった。悪いんですが、この調子でもう少しノイズを減らしてもらえると……」

「了解! では、フォーメーションをBベースで、後は欠けた分とバランスを考慮しつつ、リーダーそれぞれの裁量に任せます。各員に通達!」


 素早く班を編成し直し、上階へと踏み込んでいく。今度はジュンが先頭だ。


 二階の通路は狭く、その代わり、多数の部屋に繋がるドアが並んでいた。

 そして案の定、敵のエース、炎使いが待ち構えていた。


「逃げ場はない、よねえ?」


 廊下を照らすオレンジの輝きをかき消すべく、ジュンが天井まで水没させるほどの液量を生成していく。ここでは両者の力は拮抗している。


「よし、今のうちに壁をぶち抜いて道を増やせ!」


 ナガセさんに促されて、各自、思い思いに新たな侵入経路を開拓していく。


 だが、並んだ部屋の中には敵が息をひそめていた。壮絶なクリアリングが始まった。またも死人がカウントされていく。俺は耳を凝らし、風の運ぶ音を必死に聞き取っていた。悲鳴や断末魔が多かった。怒号の中に、萎縮したような、呪うような声があった。


 それに混じって、いやに落ち着いた――交戦の熱を持たない会話が聞こえてきた。

 さらに上の階からのものだった。


 内容まではわからない。それくらい微かなもの。

 しかし片方の声が持つ紋様は、最近聞いて強く印象に残っているものと一致した。


 それがもしかすると気のせいであるかもしれないと、もう一度注意して音を拾ってみる。一度、確かに掴んだように感じたものが、騒ぎの中で消え去ってしまったように思えた。魔力を増やす。補聴の性能を上げる。上げる……。


 ――シンがあの男を見つけるまでの辛抱だから。


「ああ」


 やはり、やはり、


「――いるのか、ここに……見つけたぜェ!」


 エルフの汚い声。魔力の質が上がる。俺はそれを解き放った。

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