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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
169/212

12-7 複数の目撃

                   ~


 敵が前進を始めたと聞いても、ジェリー・ディーダはいつもと変わらぬ、超然とした態度のまま迎撃を命じた。


 それはマイエルにとっても、報告を受けていた通信魔法家にとっても、少し意外なことだった。そも、自らは戦場に出ないという流儀を貫いてきたディーダである。作戦と方針だけ考えて、指揮は全て他者に任せてきた。それが今回に限って、自分も同行すると言い出したのだから、まずその時点で驚きがあった。


 慣習を破り、その男は今、マイエルがいるのと同じ部屋で、静かに時を待っていた。

 ボロフの市庁舎の中であった。現在は防衛作戦の本部が設置されている。


「手筈通りだ。引き込む以外は将軍達の好きにさせろ。――といっても、放っておけばヒューマンはこちらを囲むように展開するだろうが……」


 評判として、ディーダがいつも自分以外に軍を率いさせたのは、その本質が臆病だからだと言われてきた。どんな規模の、どのような意義の戦いでも、決して、お飾りですら姿を見せることはない。明らかに戦場を見渡した方が柔軟に兵を動かせる場合であっても、明らかに通信魔法を介さない方が話の早い問題が出ても、決して運搬魔法を使って戦場に現れることはなかった。


 この、偉大なる臆病者という評は、彼を好意的に捉えるエルフでさえその通りなのだろうと信じ込んでいる(ふし)があった。机上の名将が、偶然、現実にも多大なる影響を及ぼすことができたにすぎないと。

 それで長年結果を出してきたのだから、軍を統べるものの姿勢として思うところがあっても、とやかく言うべきことはない――と。逆に、その実績がここ最近になって崩れたからこそ、一時的なディーダ降ろしが異様な早さで確定したと言える。


 小柄な中年という見た目も、少なからず影響していたことは否定できない。とにかくディーダのことを気に入らないエルフはとことん気に入らない傾向にあり、それは大軍の将、それも将の将たる者は当然偉丈夫でなければならぬという先入観もあったろう。


 ディーダは、膨張したマーレタリアという国家の武力を引き継ぎ、全権を預かる立場にはそぐわなかった。いや、ふさわしくないと――それが問題であるとされた。

 そして、どれほど名声を高めても、そう考える者達の批判を黙らせることはできなかったのである。ディーダ自身も強いて圧力をかけようと試みたことはなかった。彼自身、自分が適任であるとは限らない、などと公言したことさえある。


 正直なところ、マイエル自身もこの男を見上げて解釈したことはなかった。単にこちらへ協力的なので、有難い存在だとは考えている――が、尊敬の念を抱くにしても領分に距離があって、いまいちピンとこない。


 司令部を見渡し、改めてディーダは独り言っぽく口を開いた。


「やはり俺がいると、皆、落ち着かないらしいな」


 マイエルに言っているらしかった。

 軍への直接の関係者では角が立ちそうな話題だ。


「そういえばお訊きする機会もありませんでしたが、何かその……気が変わられたのですか? 前線に出ることはなさらないのだとばかり」

「――俺がいて士気が上がるんならそうしてもよかったんだが、逆になってしまう経験の方が多かったからな。指示だけすればいい立場になってからは完全にやめてしまった。それだけのことなのに世間は妙な勘繰りをするから困る」

「ああ、そうだったのですか……」

「まあ、危険に近寄りたくないというのも本心ではあるがね。討ち死にして責任の全てを果たせない指揮官の何と多いことか。それに比べれば俺などは」


 ディーダは意味ありげに視線を飛ばしてきた。


「なるほど……やはり元帥閣下には、閣下なりのお考えがあると」

「笑うところだぞ。兵を鼓舞しない指揮官もまた責任を果たしてはいない。それが俺だ。非難は当たっていると思うね」

「……意地の悪い……。では、今になってこれまでの姿勢を改めようということですか?」

「そういうわけでもないが、理由の一つは作戦を伝えた時にも説明したな? 俺自身が餌だから、いた方がいい」


 これは然程重要なものとは見なされていなかったが、敵の動きを後押しするために一応打たれた手だった。ついにこのボロフそのものまで攻め入られるにあたって、前哨戦が数度に渡り引き起こされた。それはエルフ側の退却を演出するためと、敵を確実に市街の外周まで誘うため、そして、このジェリー・ディーダ元帥が戦場まで出てきているという情報を、囮の部隊を捕まえさせることでヒューマン側に伝えるためであった。


 無論、囮は志願者を募ったりなどせず、元から鼻つまみ者のような兵と士官を抽出して、どうしようもない部隊を結成させた。それでいて重要任務が委ねられたのだ。彼らが実際にディーダの存在を敵に漏らしたかどうかは定かではないが、強引な上に捨て駒も同然の無体な采配は当然反感を買うものだし、薄々、その運命に勘付けるようなものでもあった。少し力を加えれば、戦力から何から、聞き出すのはわけない状態である。


「しかし、ヒューマン共は乗ってくるでしょうか」

「半々だろうな」

「いざとなれば運搬魔法で逃げると、わかっていてもですか?」

「向こうも捕まえられるとまでは思っちゃいないだろうよ。しかしなんだかんだで、奴等の前には姿を現してこなかった俺だ。役職と名前くらいは知れているだろうが、基本的には謎のエルフで……多少興味があってもおかしくはあるまい」

「そういうものかもしれませんが……確実性にはかなり欠けるのでは」

「それくらいでいいんだ。効力がありすぎても困る。警戒させるからな。ほんの少しだけ、奴等の行動に理由を与える。それとなく。意識できないくらいのものだ。それが積み重なれば操れる。操れるかもしれない。操れるといいな。そう思わないか?」

「わざと敵軍より少ない兵で守ろうとするのも、その一環、と」

「そうだとも。やられっぱなしの我が軍だ。いざ使える戦力を集めてみたら、これだけだったということはありえる」

「わざとらしいような気もしますが」

「まあな。だが奴等もボロフを完全には囲んでいない。すぐに街の東側から援軍を投入できることは気付いている」


 勿論、ディーダはそうしないつもりでいるらしい。


「そして、そこ止まりだと考えてもらう」

「しかし――包囲の外側からさらに包むというのは……」

「いいだろう? 我々籠もった一万二千と、なんとか隠しおおせた一万四千。補充した敵より多いのだから、これで挟めなければ嘘だ」


 本当にそれが可能であるのか、マイエルにはわからなかった。

 だが実現すれば、大勝利となるだろう。


 ここに至っては、シンについてディーダが敢えて訊ねてくることもなかった。

 ディーダはただ自分が用意できる分を全うしただけで、マイエル達も同じようにしたと信じるしかなかったのだろう。この逆包囲を砕く要素があるとすれば、それはやはり竜巻に他ならない。何にせよ、道化を抑えるという前提が全てだ。


 シンは別室で隣界隊と共に待機している。

 あの道化が動き出せば、シンも呼応して動き出す。


「――戦場へ身を置く気になった理由の二つ目は、何でしょうか」

「そういえばそういう話だったな。――これは、はっきりとそう思ったというわけでもないんだが、もしこの戦いで最後になってしまうとしたら、執務室で報告を聞くだけなのは味気ないと、俺はそう考えたのかもしれん。そういう意味では、気が変わったと言えるか? どうかな」


 心境の変化。

 ディーダは長い間、戦いの趨勢を決定しながら戦いを見る気のなかったエルフだ。


 その考えを変えさせるだけの状況に、今はなっている。

 それこそ、興味を持つだけの何かが、そこに生まれたということではないのか。


「考えてみれば、俺はその94番という男を、まだ見たことはないんだ――」


 ディーダがそう呟いた時、通信魔法家が新しく伝令を受け取った。


「例の道化師が現れたようです!」

「おお、噂をすれば……」


 ぐっ、と心臓を鷲掴みにされたような感覚があった。


「すぐに隣界隊を向かわせる! 場所はどこだ、教えてくれ」

「そ、それが……複数の目撃情報が入っており、とても……」


 要領をえない物言いが、一瞬にしてマイエルの頭を沸騰させた。


「――何だそれは! 伝わるようにまとめるのが統括役の仕事だろう!」


 卓越した通信魔法家は複数の線をつなぎ合わせたり、同時に受けたりすることができる。今回、本部に置かれているのは各隊に散った通信士から送られてくる情報を要約できるだけの能力を持った者であるはずだった。


「それでも上級の通信魔法家か! すぐに整理してくれ!」

「まあ待てアーデベス卿。――複数というのは、情報が複数なのではなく、複数を目撃したという意味ではないか?」


 ディーダが言ったことの意味を、すぐには掴みかねたが、


「そ、れは――」

「左様です! 空に道化の格好をした男が複数浮かんでいるとの報告が各所から! 口を揃えており、見間違いの類ではないかと!」

「どういうことだ! 94番が分身したとでも言うのか!」

「顔かたちは……それぞれ違うようですが、全員が風魔法を使えることは確かなようです!」

「わかった、じゃあ見てみようじゃないか」


 ディーダは席を立って窓辺へ向かった。マイエルもそれを追いかける。


 窓から身を乗り出すようにして空を確認すると、既に飛行隊の交戦が始まっていた。

 それを見守るようにして、明らかに柄付きの生地を使った服装の風使いが、点々と滞空を続ける。加勢するでもなく――近付く様子もない。道化達は何かを探しているようで、地上を監視しているようにも見えた。よく見れば積極的に移動する個体もあるが、やはり戦いは避けている。


「何のつもりだ……!?」

「偽物を使って攪乱ということかな? 向こうも策を練ってきたらしいな」


 後から追いついてきた通信役が、


「魔力の質が違うので気付く者は気付きますが、それが見えない者の中には、あの格好だけで恐慌を来す者もいるようで……少なからず混乱が起きている模様です」

「そういう狙いもあるか。卿は見知った顔なんだろう、遠目では判別も難しいかもしれないが、あの中にいるか?」

「いや、どれも……違う? ええい、こんなくだらん手を! とにかくここでは全てを判別することができません、屋上に出ます!」


 そうして数えた二十七体の中に、本物の94番の姿はなかった。


 さらに驚くべきことに、次々と新しい道化が、空を目指して浮かび上がってくる。

 それを見たディーダがどこか感心したように、


「あれで空を埋め尽くすつもりか?」

「……馬鹿にしているのか……!」


 知らせを受けて駆けつけたシンも、この奇妙な光景には面食らっている。


「どういうつもりなんだ、あの人は……。だって、こんなもの、オレが心を読めば一発で正体なんかわかるのに。わざわざ替え玉なんて」

「シン! 隊はどうしてる!」

「とりあえず、下で出撃するばかりになってるけど……」

「わかった、もういい! 君はすぐにあれを全て落としてこい、目障りだ! 隊はギルダに任せて出す!」

「そう……しようか。追い散らしてたら、本物が出てくるかな?」

「知るかそんなこと! 出てこないなら、出てくるまで血祭りにあげてやれ!」

「……了解」


 気乗りしない様子で、シンは屋上から飛び立って行った。

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