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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
167/212

12-5 次があるなら

 マイエル達が帰還してこのことを報告すると、内面世界以外には関心の薄れていたシンも色めき立った。その場でギルダに駆け寄り、身体の隅々までを確かめようとした。


「何もされなかったか!?」

「されてないけれど……」

「けれど!?」

「ああ、もう、されてないってば! 怪我もないし、敵は指一本触れないで逃げていったの。皆のおかげでね!」

「そう、なのか……。でも、あの人とは出くわさないように気を付けていたんじゃないのか?」


 ギルダに代わりマイエルが言った。


「悪い偶然だったと思うしかない。向こうも大分驚いていたからなんとか助かった。最初から意識がこちらを向いていたら駄目だったろうな。それに、先制攻撃で損害を与えられたからこそ、思考を撤退に誘導できた」

「紙一重だったんじゃないか……。やっぱり簡単に出て行かないほうがいいな。またしばらくは首都にいたほうがいい」

「そもそも君が待たせすぎるから折衷案としてだな……!」

「わかってるよ。パターンから外れて動いてきたとなると、確かに、本当に、もう……タイムリミットが近いんだな。こうなったら、あの人だって黙ってないだろう」

「少しは危機感を抱いてくれたか?」

「ああ。次にオレが戦いに出る時は、絶対にあの人を倒す。皆のためにも、ギルダのためにも。もちろんマイエルさんのためにも」

「私のことはいい、気色が悪い。どうあれ、君がいてくれないことには、隊が今回のような危険に曝されることも仕方ないわけだ。それを常に意識しろ。冗談ではなく、ギルダだってどうなっていたかわからないのだから……」


 あのように衝動的な行動を取ることがギルダにはある。今回は幸運にも許されるような結果だったが、おそらく次はない。


 もしそれでも助かるとしたら、シンが94番を押さえ込んでいる時だけだろう。


                   ~


「よう。おまえの様子を確かめる役が要るってんで、引き受けたぜ」


 謹慎というわけではないが、帰投してから少し人目を避けている。


 テントの中でじっと空き時間をやり過ごしていたところに、デニー・シュートが訪ねてきた。彼の隊も、もちろん今回の遠征における主力軍へ含められていた。未探査地域に率先して繰り出す命知らずな上、交戦回数の割に損耗がかなり少ないというので評判だった。


「塞ぎ込んでるわけでもないみたいだが……」


 これを追い返すほど厳しく自分を罰しようとまでは考えていなかった。

 俺は彼を招き入れ、対面に座らせるのではなく、椅子を並べて置いた。


「しくじったって聞いた」

「しくじったで済まされるような話じゃないけどな……」


 自分で自分の声に元気がないと感じた。慰めを誘ったつもりはないが、そのように聞こえたかもしれないと思えるくらい、気落ちした雰囲気を漂わせてしまった。


 デニーは肩を竦めて、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「でもよ、敢えてこう言わせてもらうが、一人の死にこだわりすぎてもいいことないぜ。そりゃ堪えるけれど、指揮するってのはそういう感情に折り合いつけることでもある。誰がいつ、どう死ぬかわからない戦いだ、今までだって知った顔がたくさんいなくなったじゃねえか。今更ひっかかるのはなしだろ」

「まずいのは数じゃない、理由だ。俺が言い出したことに付き合って、やられたんだから。結局、情報と引き換えにすらしてやれなかった」

「詳しいことは噂程度にしか聞いてないが……独断だったのか?」

「ああ。勝手に深入りした」

「焦りか?」

「まあ、うん……まあそうなんだろうな。焦れてるよ、今年は」


 敵主力との戦いになる前に、こちらが疲れ切ってしまうおそれがあった。

 今はまだ攻め入った土地を占領できているが、敵の反転攻勢が始まった時に維持できるのかどうかという懸念は常につきまとう。もし大規模な戦闘が起こって敗れた場合、力を失った同盟軍がまた海の向こうまで追い返されることだってありうる。このままずっと嫌がらせをされ続けても、同様の結果を辿ることになるだろう。


 少しでもその未来を回避するためには、敵のゲリラ戦術に対してもっと効果の大きい解決策を講じる必要がある。例えば、その(かなめ)である秘密基地の位置を割り出したらどうか?


 だから危険を顧みず突破したのだ。


 地上から狙われようが、敵の航空隊が出てこようが、捻じ伏せた。

 それにあんな小さな隠れ家の守備兵は問題にならなかった。他の敵軍が駆けつける前に、とっとと吐かせておさらばできるはずだった。


 あの援軍は仕組まれたものだったのだろうか? あまりにタイミングが良すぎた。

 単に運が悪かったというだけか? だとしても、


「不可抗力じゃないんだ。俺の決めたことで死なせた。それが嫌でね」

「自分を許せないか?」

「そう表明するのは簡単だが、そんなもの何ほどの価値もない。だからどうしようかと思っていたところさ」

「はっきり言って、できることなんてないぞ。役目があるならそれをこなすしかない」

「そうなんだろうな。でも、勘違いしないで欲しいんだが、任務に支障が出るほど沈んでるわけでもないよ。言ってみれば、隣界隊の人達はもうずっと俺のせいで死んでるようなもんだ。今回ちょっと、責任の所在が明確すぎて、自責の念に駆られてるだけさ」

「ふうん……つっても、国王陛下にはたっぷり絞られたんだろ? 直々によお」

「かなり色々言われたが、それでも厳重注意止まりだ。処分が下ったわけじゃない。だからこそ、こうして消化に手間取っている部分もある……」

「逆に罪が浮き彫りになってるわけだ」

「そうだ。だから反省して後悔して過ごす。塞ぎ込んでいるっていうのとは少し違う。薄情かもしれないが、俺自身には全然問題はないよ。そもそも、やらかした人間がいつもと同じように出歩いてたら変だろ」

「まあな。じゃあ、まだそっとしておくように言っとくか?」

「別にどちらでも。周りが俺に合わせるんじゃなくて、俺が周りに合わせるべきだ。ところであの――もしかして、なんだが……姫様かジュンの奴が心配してあんたを寄越したのかな」

「当たり。二人共、またぞろおまえさんがヘコみすぎてやいないかとな……」

「わかった。彼女達にはよろしく伝えておいてくれ」

「了解」

「うん……」


 デニーは椅子を立たなかった。


「――根拠がなかったわけじゃないんだ」


 と俺は懺悔するように言った。


「匿名だが情報の提供があった。それを頼りに仕掛けた」

「なんだそりゃ?」


 それは久しぶりに、霞衆(かすみしゅう)からの情報だと思われた。


 ある日、任務から戻ると謎の紙片が枕元に挟まれていた。不用心な話だが、ぶっちゃけ行軍中はセキュリティなどあってないようなものなので、覚えのないものを見ても特に驚きはなかった。

 だが内容は違った。現在では立場上、軍全体の動きやもたらされる情報にも詳しい俺である。まだ誰も知らないエルフのアジト、そしてそこに出入りする高官のパーソナルデータまでが細かに記されたメモ書きは、明らかに通常の手順で仕入れたものではなかった。


 びっくりしてそのままゼニアのところまで持ち込んだ。そして議論の末、陰からの協力者である霞衆の成果ではないかという結論に至った。近頃は特筆するほどのこともない、地味な働きかけばかりだったが、ここにきて再び大きなネタを掴んだらしかった。


 上手く使えばさらなる情報を引き出すことも可能、というよりそう使えとしか読み取れない内容。利用しない手はなく――そしてこのザマだった。


 俺は大事な魔法使いを死なせたばかりか、発展性のある情報を潰してしまった。

 それもまた肩を落とす一因となっていた。


「信頼性はあるんだよ、正体はわからなくても。本当なら知りえないことを教えてくれたり、少しなら便宜を図ってくれたり。これまで何度も助けられてきた。実際、今回も情報は正しかった――と思う。邪魔が入ることも教えてくれればよかったんだが……」

「そいつらにも予測できないことはあった、と」

「ああ――それでも、すぐに俺が叩いてしまえば犠牲者を出すこともなかった」

「何でも自分ならやれると思うのは傲慢だぜ。――かち合ったのは敵のヒューマン部隊だって?」

「間違いなくそうだ。例の抜きん出た炎使いがいた」


 完全に不意を突かれて反応が鈍ったというのもあるが、そのヒューマン達のせいで魔力の調子に狂いが出たのは否めない。


 ナルミ・シンになら、エルフ共に対するのと同じように力が発揮できる。しかし、その仲間達にまでは少し難しい。あの少年に操られているだけであろうことを思うと、同じような怒りを抱けるものではない。中には最初から同調するような人間もいるのかもしれないが、それは簡単に見分けることはできない。


 俺にとって苦手な分野だった。


 どういうつもりか、今年はずっと鳴りを潜めていたから、大規模戦闘になるまで力を温存しているのだと思っていたが、あのような形でぶつかることになるとは、全く想定外でもあった。


 冷静になって考えれば、あそこにはマイエル・アーデベスもいたのだ。それを優先順位さえわからなくなるとは――とにかく条件が悪すぎた。


「それと、あの女――」


 確か、ディーンで戦いがあった時にあしらってやった女エルフだ。

 俺が痛めつけた子供を、魔法で治そうとしていた。


 ――何故か気になった。


 声を張り上げて喋ったから印象に残ったのか?

 先頭に立ったくせに俺と戦うのではなく、治癒を優先していたからか?

 そんな女を、ヒューマンの部隊が守ろうとしていたからか?


 わからなかった。だが引っかかる。


「どんな女だよ?」

「あ、いや……」


 キーパーソンではある。


「敵の中ではおそらく唯一、召喚魔法を使える女だ。レギウスの弟子でもあった。それはわかってる。既に」


 だが俺が気にしているのは、きっとそういうことではないのだ。

 もっと何か別の……、……駄目だ、自分にすら上手く説明できない。


「んじゃあ、狩れなかったのはますます残念だったな」

「……そうなんだよな……」


 思い出せば思い出すほど、逃したチャンスは大きく思えた。

 だからこんな余計な引っかかりが残るのだ。


 もし次に会うことがあったら、すぐに殺すのではなく、捕まえて少し話をするのもいいのかもしれない。余裕があれば、だが。

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