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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
164/212

12-2 私見

 落ち着いてからわかったことだが、無論、これは敵軍の独断ではなく、地域住民との連携によるものだった。


 彼らは服従する気などさらさらなく、俺達を罠へ嵌めたことに対する報復も恐れていないようだった。いや、恐れてはいる。恐れてはいるが――受け入れていた。


 あるエルフはこう答えた。


「お前ら薄汚いヒューマンに支配されるぐらいなら、私は死を選ぶ。これは尊厳の問題ではない。純粋な事実として、ヒューマンが我々に対して行う支配のやり方は、死に直結する。そのような状況下では、いつ死ぬかということだけが決定の意味を保証する」


 確かにその通りだった。


 進軍に際して色々と手伝わせる場合もあるものの、基本的には奴等の手が減って困ることなど何もない。俺達は奴等がどれだけ死んでもいいどれだけ殺してもいいという認識で動いており、後方へ送っても使い潰す前提の飼い方しかしていない。


 ならば少しでも抵抗して死のうという理屈だ。それは正しい。

 問題は死の恐怖に抗って行動できるかという点だが、エルフは市民レベルでも行き届いており、最初の集落は――滅びた。


 滅ぼすしかなかった。

 全てが露見した後では、寿命でくたばりそうなジジイから物心ついた少年まで言うことを聞かなかった。それどころか開き直り挑みかかってくる始末だ。


 あまりに例外がいないので不思議に思ったが、どうやらこうした風潮に反対する勢力は追い出したらしい。森のさらに奥深くにある居住地へ避難したとも言える。


 仕方なく、建物だけもらうことになった。

 これで一応、森の中に前線基地を確保したことにはなった。


 それを足掛かりに、俺達は軍を分けた本格的な侵攻を開始した。


 パターンとしては大体こうだ。

 次の拠点を制圧する、そこの住民の抵抗に遭う、黙らせても昼夜問わずどこからか強襲される。敵は一撃離脱を旨とし、仮に逃げ損ねても死ぬまで戦う。


 これが続くと、びっくりするほど人は消耗する(消耗は死亡も含む)。

 戦線は間違いなく上がっているのだが、それに伴う損害がとても無視できない数字になってきた。超大国出身の前途ある若者が未来を奪われるとかそういうことではなく、スコア的な意味での損害だ。


 これには森林環境下での制圧の難しさが影響している。

 同盟軍にできるのは、どこまでいっても点と線を繋げること――拠点と補給線の接続までだ。もちろん周辺地域の哨戒もするのだが、少しでも道を外れるとそこはブービトラップの宝庫である。安全な新ルートを開拓することさえ満足に成し遂げられない状況が続き、どうしても面での行動範囲確保が覚束(おぼつか)ない。


 それに比べると敵はどこに罠が仕掛けてあるかを把握している。俺達の把握できないルートを使って攻撃を行うのである。こちらが死にまくるのも当然と言えた。


 こんなのもう嫌だ帰ろう、という雰囲気が全体に蔓延するわけではなかったが、しかしながら、この遠征に定められていた当初の目標――行けるところまで――は、苦戦を受けて徐々に具体化していった。


 地球世界で言うところの、北海道は札幌まで何とか到達できないか? というのが上(今や俺も上になろうとしていた)の考えるプランだった。

 これを秋までに終わらせようというのである。


 マーレタリアの首都はやはり地球世界でいうところの北海道網走(あばしり)に位置しているから、道のりを考えるとおおよそ五分の二といったところだ。


「お前はどう思うね?」


 久しぶりにレギウスへまともに話しかけたような気がした。

 奴は黙りこくっていたが、殊更(ことさら)それを咎めようと思うことができなかった。


 隔離テントとはいっても、特別に兵士を付けているわけではなく、どこかの見張りに兼任させるような警備体制となっている。前は捕まえるのも俺の仕事だったが、レギウスはたまにすら脱走しないようになっていた。

 放っておいても仕事はするし、世話は誰かがやるし。


 だからかもしれない。意識しないと、見かけることもない。


 もしかしたら遠征に連れてくるのも、確か最後は……いつだったか。


「やっぱり同胞が奮戦してると、頼もしいと感じるか?」


 今でもこの男が憎い。前にするだけで魔力のやり場に困る。


 しかし、正直――俺自身を取り巻く環境が変わっていくにつれ、構っている暇がほとんど無くなってしまっていたのだ。レギウスを虐待するよりもっとやらなければならないことがいくらでもあった。


 今だってそうだ。俺は出撃と出撃の間にもらえるパンケーキの出来損ないみたいな菓子を食べながらこのテントを訪ねた。短い休憩を切り上げたらまた低空哨戒に戻らなければならない。それが終わったら今度は新拠点奪取に加わる。

 俺は今のところ唯一損耗の可能性を考えなくていい(あるいは考えたくない)戦力として考えられており、起きている間は任務をこなせばこなすだけ得という男だった。キル(すう)だってぶっちぎりの一位だ。


 それでよかった。一日中働くのは本当に疲れるしストレスも溜まるが、それは苦痛とは違うと思った。簡単に言えば、したいことをしているのだ。俺はエルフを殺すことで自分の魂を(そそ)いでいる。


「それとも森を侵されて怒りに震えるか」


 レギウスはようやく返答した。


「……わかりません。私には……わかりません」

「わからないってこたあないだろ」

「わからなくなったのです」


 そのことについて苦悩している様子ではなかった。

 事実を指摘するような調子だった。


「今更こう言うのもなんだが、お前の功績は本当に大きいよ。隣界隊(りんかいたい)が今活躍してるのも大きくなったのも、元はと言えば……。それがエルフを殺し回ってるんだからな。で、あまりに過酷な運命を背負ったので、無感動になったかね?」

「そうではありません。そうでは、ないんだ……。最近思うのです、運命といえば、確かにこうなる運命だったのかもしれないと」


 俺はケーキをもしゃりと(かじ)って、頬張ったまま言った。


「どういう意味だ」

「冷静な頭で考えてみて、それで……つまり悪夢でも何でもなく、エルフ民族の取った行動がまずかったために破滅へ向かっているという気がするのです」

「そうだな。まずもってお前達の対応が悪かった」

「そういう意味ではなくて――いえ、それも確かにそうなのですが、例えば……例えば、講和の道が全く無いわけではなかったと思うのです」

「戦争がやめられたとでも?」

「そう思います」

「誰かが許しても俺とゼニアが許さんよ」

「そうなのかもしれません。例えの話ですから。ただ、今だから言えることでもありますが、エルフはもっと本気で生き残りの道を模索してもよかったのではないかと、考えないでもない」

「それで講和か? 現実的じゃないな。どちらかが完全に倒れるまでというのも随分な話とは思うが……」

「ええ、そうです。三百年いがみ合った種族同士が自ら争いを止めるというのは、自然な考えではない。(ことわり)に反するようなものだ。しかしだからこそ、真剣にそれを検討しなければならなかった。竜巻が任意に起こされるということを知った時点で」


 何を言うのか。


「何かを捨てる、何かを犠牲にする。そういうことがエルフ民族には必要になるかもしれない。屈辱的な譲歩が。でも、それでも、全てが失われずに済むのなら考えてみるべきだった。どの時点でも。講和以外にもあらゆる妥協と折り合いを。実現させるかは別としても、検討してみるべきだった。私はエルフ全体が失敗をしたと思います」

「責任転嫁か?」


 俺の言葉を無視してレギウスは続ける。


「失態と言い換えてもいい。それはエルフ自身の問題なんだ。ヒューマンに怒りを向けても仕方がないこともある。そして往々にして、そういうことが状況を左右し、悪化させる。今だから、エルフが道化師フブキに絶対勝てないということがわかる。その可能性を、おそらく脅威として見るだけで、それほど真剣には、扱わなかったのでしょう」


 俺は驚いた――と同時に、もっと念入りにこいつの牙を抜いておいた方がよかったかもしれないと思った。


 こんなことを考えさせる必要はない。


「その失敗をあまりに積み重ねたせいで、もしくは失態を見過ごし続けたせいで、マーレタリアは領土の隊部分を失い、敗北する方向で運命が固定された。ならばこういう帰結になるのも当然かもしれない、と――そう思ったら、同胞が死ぬ悲しみよりも、納得の方が先に来ました。それで、わからなくなったのです。私はエルフをどう見るべきなのか」

「素直に自分を重ねることができないか?」

「そういうことに……なるので、しょうか……」

「やれやれ。それじゃあ――……困るんだよな。エルフが滅びていくことに苦痛を感じなくなったお前を、俺はどう扱ったらいいんだよ」

「……わかりません。それに、今でも(つら)さは感じます」

「しかし心境の変化はあった。そうだな?」


 レギウスは返事をしなかった。


 どこかから、フブキ殿、と呼ぶ声があった。時間だ。


「自分の役目を忘れるな。一番大事なのはお前が召喚することでも召喚装置の保守を行うことでもない。エルフの迎える結末を見届けることだ」


 俯いたままの奴は、こんなことを、言った。


「私は自分自身が認められたとは思っておりませんが、自分の業績が認められたとは思っているのです。そしてそのことが嬉しく――感謝もしています」


 俺は、


 ――俺は、テントを後にした。




 レギウスが言ったことの意味を、戦いながら考えた。

 あれは皮肉ではないと思った。


 だが、そうだとしたら、あいつは相当な間抜けだ。

 感謝だと?


 ふざけるな。


 俺が憎む分憎んでもらわなきゃ収支が合わない。


 やり場のない怒りは、その分攻撃に乗った。ノリノリだ。

 俺はどこでも歓迎された。当然だがどの部隊も死ぬのを恐れていて、しかし俺が駐留している場所は大丈夫だと考えられていた。実際、新しく赴任した拠点では襲撃が極端に発生しなくなる傾向にあった。敵が俺を避けようとしているのがわかった。


 だがそれではすぐ暇になり、せっかく俺のいる意味がなくなってしまう。

 守りよりは攻勢に出ることで真価を発揮したい。その方がエルフを多く殺せる。


 そういうわけで、激戦地に首を突っ込むような生活になった。西の集落で戦いあれば加勢し、東に敵の駐屯地があれば潰しに行く。風を使えば移動も素早くできた。


 ただ、やはりこれまでと違うのは、塗り潰すように攻めることができていたこれまでとは違って、戦闘の発生しうる地域が絞り込めないというところだ。

 俺一人では限界があった。全ての地域に加勢するのは不可能だ。

 俺だけがどれほど勝っていても、兵士達は死んでいってしまう。最初にいた二万五千は二万を切りそうになっており、隣界隊も四十名以上が殉職している。


 それでも、足は止められない。

 遠征軍第二波五千人を各拠点へばらまき、追加の兵員が発注された。


 転戦、転戦、また転戦。


 常に動き回っていれば敵も俺の行動を読みにくくなり、遭遇率が上がる。

 そして遭遇率が上がれば、サブ目的も達成しやすくなる。

 ナルミ・シン少年に引導を渡さなければならないし、マイエルをレギウスと同じ目に遭わせてやらなければならない。


 奴等は今年のこの戦線をどう思っているのだろうか。

 ついに海を渡ってきた俺達を、もっと積極的に食い止めようとは思わないのだろうか。


 いつまでも俺から逃げることはできないはずだ。

 もしそのつもりでいたとしても、いつかは必ず追い詰める。

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