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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
163/212

12-1 そこにエルフを見つけたら

 まず、制海権を巡る争いが予想された。


 これに対しヒューマン同盟軍は戦いを有利に進めるべく大規模な航空偵察隊を結成、隣界隊からも俺を含んだ五十余名の精鋭風魔法使いがこの任にあたった。

 しかしながらこれを出迎えんとする敵魔法使いの姿がなく、前哨戦はお預けとなり、

さらに、連日敵地へと侵入した末に得られた結論としては、


「では、向こうにその意図はない……と?」

「どうも、そうであるようにしか思われぬのです」


 隊を率いた若い将軍は、軍議の場で総司令ガルデ・ルミノア王にそう報告した。


「少なくとも、こちらの水軍に対抗しうる戦力を発見することは叶いませんでした」


 俺も一つの隊を率いた立場から付け加える。


 列席する他の将軍達は皆、思案顔になり、王様もまた素直に喜ぶようなことはなかった。


「気に入らぬ」


 事実は、比較的安全に上陸作戦へ移れるということを意味していたが、それを額面通り受け取るには、痛い目に遭い過ぎてきた面々だった。


 裏があるように思うのは、この場合むしろ普通といえる。


 確かに、海戦となっても俺のような強力な航空戦力がくっついていく限り、エルフ側に勝利はありえないかもしれない。

 しかしこの世界では、魔法使いに魔法使いをぶつけて通常戦力へ触れさせない、という基本の戦い方がある。いくら俺でも、将兵を運ぶ船全てを守りながら戦うのは困難を極める。


 奴等が是とするかはわからないが、いざとなれば俺を集中的にマークすることで忙しくさせ、その隙に何を差し置いても船舶の撃沈のみを狙う――と、そういう方向で作戦を立てる手はあるのだ。

 向こうの魔法戦力に多大な犠牲が出るものの、こちらにも相当な出血を強いることができる大きなメリットがある。


 特に、ヒューマン同盟軍では、用意した将兵を運ぶための船が不足している。

 二万五千の第一波を一度に全て積載するのは不可能で、物資も含めると、とても二度、三度の往復輸送では足りない。そこへきてバカスカ箱を沈められては、最終的な輸送能力は恐ろしく低いものとなってしまう。


 覚悟してやってきた同盟軍とはいえ、堪えるものは堪えるのだ。


 今回の遠征に際しエルフが取れる対抗策は水際作戦、これに尽きる。

 できる限りこちらのハコを壊して輸送能力を削ぎ、チマチマ上陸させることで随時そこを叩く――これが理想のはずではないか。


 なのにそれを狙わないつもりとは、一体全体どういうことか?


「船をここ以外に使う予定を立てたのかもしれませんな」


 と誰かが言った。


「この期に及んでまだ退()くつもりがあると?」

「であればこの先のことを考えて、道化師殿にむざむざ船を壊されたくないというのは頷ける」

「しかし戦争の三百年を通して、こちらの大陸に生存圏を根付かせようとしていた奴等ですぞ」

「うむ、それを捨てただけでも思い切った決断だというのに、自分達の大陸さえもわざと明け渡すような真似をしますかな?」

「単に防御の面から見ても、易々と上陸させることの利点は無いように思えるが……」

「道化師殿、先程は陣も特に構築されていないと仰っておりましたな」


 急に話を振られる。もう焦りはしない。

 最近は何かにつけて発言を求められることも多くなった。


「ええ、これもやはり、少なくとも……と枕詞をつけさせていただきますが、こちらの想定している上陸地点には、敵は集められておりません」

「しかし全く見当違いの場所を守ろうとするエルフではない――そうですな?」


 人々は、わざと俺の注意を引くことで印象に残ろうとしているらしい。

 ゼニアからそう教わっただけで、まだ実感には乏しいのだが。


「はあ、まあ……」


 そうだとして、正式に挨拶を申し入れてくるのではなく、こういうところで点数を稼ごうとするのが、逆にいやらしいというか……。

 まあ、よろしくと言われるためだけに訪問されても困るっちゃ困るから、いいのか?


「奴等、こちらの上陸を全く邪魔しないつもりか?」

「こうも無防備にされると、不気味さが増すな」


 その不安を共有するかのように、今度は沈黙が場に降りた。


 ちょっと無駄な時間だ。

 個人的には、怪しかろうがもうぶつかるしかないだろという認識が既にあった。


 俺は全然関係ないことを考えていて、どうすればこの先王様と上手くやっていけるだろう、という悩みばかりが胸中を支配していた。

 婚約発表後、特に文句はつけられていないが、振り返ってみるとどうも無茶というか、胸を張って許可をもらったとは言えない具合だ。

 結局、うやむやのままなし崩し的に認めさせてしまったような感じがして、やっぱりこういうのはよくないんじゃないかと、もう遅いのだが思ったりする。


「――道化よ、」


 そんな時に王様から呼びかけられたものだから、俺は少し脱線を予感したのだが、


「貴様と隊には引き続き偵察の任を命ずる。回数を増やして、出港の直前まで敵の動きが把握できるよう専念せよ」


 過酷なスケジュールになりそうだった。


「御意のままに……」

「予定は変更せず作戦へ臨む。敵が我等を引き込むというのならば、存分に浸透してやればよいのだ」




 その後も俺と隊は交代で(せわ)しなく偵察を続けたが、状況は依然として敵軍の不在を示していた。

 初めは家から出てこちらを見上げていた村々の住民も、逃げたのか中で震えているのか、顔を見せなくなった。

 リアクションが薄すぎて、よほど着陸してみようかと思ったが……やはり万一のことを考えると躊躇(ためら)われた。


 かなりの距離を飛び続けて魔力をひどく消耗した状態で帰ってくるので、食事をした後は、大体何もする気が起きない。自分のテントで寝転がっているか、外の芝生で隊員の仕事ぶりや遊びぶりを見ながら寝転がるかの二択である。


 ある時(外の時)、そこへナガセさんがやってきて隣に座って言った。


「どうですかねえ、王配殿下……敵の様子は」


 俺はムッとしてこう返した。


「その呼び方はよしてくれ。姫様と約束はしたし俺自身もそのつもりだが、まだ籍を入れたわけではないんだから。ただでさえ反発もある話なのに」

「反発ね……。いっそ目の前でイチャついてくれれば、オレ達も辟易するのかもしれませんが――少ない休憩時間すよ、愛しの彼女に会いに行こうとか思わないの?」

「俺は疲れてる」

「枯れてんなあ」

「プライベートに戻れば好きなだけちゅっちゅしてやるさ。今はそうじゃないというだけだ。仕事中なんだよ、休むのが仕事。それより話がズレてるぞ、君は敵の様子について訊きに来たんだろう」

「そうだった。で、ちったあ楽に上陸できそうなんですか」

「多分。下手したら一滴も血が流れないかもしれん」

「そんなに敵の気配がない?」

「ないね。せいぜい(くわ)持ったジジイ……すら見なくなってる」

「何考えてんでしょうかねえ、ヤツ等。オレだったらノルマンディーばりに防御陣作らせちゃうなあ」

「まあ、向こうには別の選択肢があるということだろう」

「それがどんなものか、上では見当がついてるんすか?」

「何とも言えん。まだ話題には上げられてないな。俺が姫様と話して、個人的にこうなんじゃないかと思っているのはあるけど」

「じゃあそれ」

「君も知識としては知ってると思うけど、向こうの大陸は、沿岸部こそ港町やら農村が拓かれているが、その先はちょっと行けば全部森だ」

「そうらしいですね」

「俺も空から眺めてみて実感したんだが、まあエルフってのは森の民なんだよ。森と共に生きてる。ヒューマン圏を侵略してた頃は、楽だからそこに居座ってただけでね」


 俺は手元にあった草をちぎって投げた。


「マジでさあ、どこまでもずっと森だよ。富士の樹海とか、アマゾンとか……ああいう感じ。野っ(ぱら)が無いんだな。上からじゃどこに集落があるとかわからないんだけど、確実にどこかには住んでいるっていう環境。それも、うじゃっと」


 山もあるから、陸地の全部が全部というわけではないが、見渡す限りの緑だった。


「何が言いたいかっていうと、奴等多分、森で戦う昔ながらの方式に賭けてるんだ」

「――ゲリラ戦……」

「仕掛ける気になるだけの地の利はあるよ」


 オーリンで召喚装置を見つけようとした時のジャングルにも散々苦渋を舐めさせられた。今度はそれに加えて戦闘員が潜む。


「あるいは、森こそが奴等の水際なのかもしれん」

「……徹底されると、キツい戦いになりますね」


 二人共、口には出さなかったが、それで大軍が追い返されたケースを知っていた。


「ああ、今まで以上の地獄を見ることになるだろうな。だが戦争を終わらせるためには、避けて通れないことでもある。敵の戦力がそこにいて、見逃すわけにはいかない。どちらかが参ったと言わなければ、最後まで戦うしかないんだ」


 そしてエルフを根絶やしにする。


「戦わないと、終われないんだ」




 作戦が始まると、俺の任務は偵察から船団の護衛へと移った。


 最短距離のピストン輸送は滞りなく進み、約一週間をかけて、遠征軍は橋頭保を確保した。運搬魔法による奇襲も、派手な空戦もついに起こらなかった。


 末端の兵士さえもが上手くいきすぎていると思うような、静かすぎる旅路。

 準備万端で敵地へ進軍しようとしているのに、殺し合うための相手は未だ不在を貫いている。


 ここへ至っては、わざわざ注意などされずとも、待ち伏せの可能性など、どの将軍の頭にも入っていた。


 おっかなびっくり、森へ分け入るようにして、進撃が始まる。


 時に少しづつ伐採を試みながらの、ゆっくりとした行軍。

 常に、見られているかもしれないという意識を持ちながらの移動は、それだけで精神を摩耗させる。まだ何も現れていないのに、同士討ちが起こったという報告がなされた。初日から兵達の動揺は最高潮に達したようだった。


 この大陸に渡って最初に遭遇したエルフは、第一に設定した目的地の巨大集落に所属している住民達だった。このエルフは隠れてはいなかった。敵軍迫るの報を受け、不安を抱きながら生活してきたところに、俺達がやってきたという具合だった。

 武装もあってなきが如しで、何匹かが抵抗したもののすぐに処理され、残りは(おさ)に従うまま、捕虜となった。


 そこは不思議な都市であった。

 エルフは土魔法で大木を育て、それを好きなようにくり抜くことで、住居として利用していた。多層構造も実現されており、木々の高所の(あいだ)(つる)で結ばれた吊り橋などで行き来できるようになっていた。


 食糧生産は畑を耕すというよりは、果樹園での栽培に重きが置かれ、長年の品種改良により大量の実を収穫し、貯蔵できるようになっていた。


 早速、倉という倉が(あらた)められることになった。

 これだけの大軍である、現地で(まかな)える分は最大限利用しなければやっていられない。


 全ての倉の中には、食料の代わりにマーレタリア軍兵士が詰め込まれていた。


 不意を突いた一撃がそこかしこでヒューマン同盟軍に痛手を与え、混乱の中に突き落とした。

 反撃は上手くいかなかった。


 俺もこの事態を受け、湧いて出てくるエルフの兵を倒すべく奔走したが、奴等はすぐに離脱するための段取りを整えており、戦闘を短く纏めると、ごく一部だけは運搬魔法で消え、残りは集落の外、森深くへ溶けるように去っていった。

 この機に乗じて、捕虜の多くも自由を得た。


 これをヒューマンが組織的に追うのは不可能だった。

 一時(いっとき)、同盟軍兵士は完全に烏合の衆と化していた。

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