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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
161/212

11-23 娘さんを私にください

 別に、意識して後に続こうというのではない。


 サカキさんとシミーラ嬢がくっつくよりも前に、俺と姫様は父王へ挨拶に伺う約束を交わしていたのだ。だから今日は、既に決まっていたイベントをこなすだけだ。


「はあ……にしたって、気が重いなんてもんじゃないぞ」


 謁見の間へ入る前に、小声で打ち合わせをする。


「大丈夫。姉上が立ち会うし、怒られたとしてもひどいことには……なるかもしれないけれど……大丈夫にするわ」

「そりゃ、いざとなればなんとかしてもらいますが」


 王様の逆鱗に触れることは間違いない。

 相応の報いを覚悟しなければならないだろう。


「……ま、しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかんしなあ」

「これまでも、私達は大変な状況を乗り越えてきたじゃない」

「わかってる」

「今更、何よ」

「わかってる。このくらい何でもねえさ。よし!」


 頬をパン、と叩き気合を入れる。


「行くかあ」


 俺はガルデ王が愉快そうにしているところをほとんど見たことがないが、本日は輪をかけて機嫌が悪いようだった。春の陽気とは対照的だ。

 薄々、勘付いているためと思われた。


 俺は跪いたまま、まずは姫様が立ち上がって王と向き合う。


「……わざわざ道化を伴って来たのには、何か理由があるのか? ゼニアよ」

「折り入って申し上げたき儀がございます、陛下」


 姫様は厳かに答える。その様子を、脇からミキア姫が見守っていた。


「ほう?」

「数年をかけて検討した末の決断でございます。どうか悪しからずお聞き入れ下さるよう」

「それほど大層なことか」

「我が国の命運に関わります」

「そのようなことを申す時は、もっと段階を踏んで伝えていくべきではないか? 相手を驚かさぬよう配慮するものだ」

「故あって」

「……そう()くでない。だから若いというのだ」


 いやあ、もうそうでもないっすよ。


「余にも心の準備をさせろ。――丁度よい、先に知らせておきたかったことがある」

「それは……」

「今度の遠征だが、余自ら率いようと思っている」

「――そう、ですか」

「しばらく軍の実動は任せてばかりであったからな。この辺りで一度勇姿を見せねば、そろそろ民が余の威光を忘れてしまうやもしれぬ」

「しかし、エルフとの戦いは激しさを増しておりますし、失地回復が成されたとはいえ、未だ予断を許さぬ状況であるのは、陛下もご承知のはず。勝利を揺るがぬものとし、掃討戦へ移行するまで、総司令の役目は他国へお譲りになってもよろしいのでは」

「それも一理ある。いやむしろ、その方が正しかろう。ただ、な――もしかすると、王としてわざわざ出ていくほどの機会も、もうあまり無いかと思わぬでもないのだ」

「それを逃したくありませんか?」


 姫様の納得していない感じが声色から滲み出ていた。


「不服か」

「ええ」

「だが、安心しているからこそ、このようなことを言い出してみたのだ。お前達が危険を遠ざける。違うか、道化?」


 賛成とも反対ともつかない。


 姫様の言うようにリスクが大きいような気もするし、君主の立場から定期的なパフォーマンスが必要であるという意見もよくわかる。


 俺は床の絨毯を凝視しながら言った。


「エルフを殲滅するのが私の望みでありますれば」


 答えになっていないと思うが、王様は都合よく解釈したらしい。


「ということだ。――ゼニア、よいな?」

「……御心のままに……」

「まあ、まだディーン・ルーシアとの協議を控えておるからな、調整の結果次第ではこの希望が通らぬこともありうる。今の段階では、余が勝手に思っておるだけの話よ」


 王様は調子を整えるように、一度、目立たない深呼吸をした。


「さて、本題に入るとするか。どれほどの大事か、聞かせてみよ」

「それについては、フブキから……」


 手筈通りである。俺は勢いよく立ち上がり、一息にこう言い切った。


「本日参上いたしましたのは他でもありません、ゼニア殿下との結婚をお許しいただくため!」


 ――決まった。


 これはほぼ宣戦布告と同義である。さらに、奇襲による先制攻撃でさえあった。


 俺は前に一歩も二歩も踏み込んで畳みかける。


「我が主は何を血迷ったかこの私めをお選びになりました。ならば従者として全力で応えるのが当然の務めというもの。父王陛下、何卒お受け入れください――」


 王様はわかったと素直に言うような男ではない。

 いや、このシチュエーションでわかったと素直に言うようでは、男ではない。


 俺は娘を奪いにきた悪漢である。

 これは――対決なのだ。


「いきなり……すぎるな。やはり少しづつ聞いておきたいことだった」


 王の怒りは極めて静かなものであった。だがそれゆえに密度の濃さを感じさせた。

 圧縮され、今にも暴発しそうな感情の波が迫ってくる。


 そこで初めて、俺は玉座へ雑に立てかけられている長剣の存在に気が付いたのだった。もしやずっと、本当にずっと、このような日が来るのを知っていたのではないか。


 王様は、しかし、いきなり俺に当たろうとするのは避けた。


「ゼニア、確かにお前も夫を持つに機が熟したかもしれぬ。だがこれまで何の相談もしなかったな。どうしてずっと黙っていて、今日になって突然余を困らせるのだ」

「普通に話しては同意を得られないと考えたからです」


 と姫様は随分正直に言った。


「秘密裏に事を進めてきたのは謝りましょう。しかしながら、そうしたのは混乱や諍いを最低限に抑えるため」

「……何故この男なのだ。よりによって」

「長らく、フブキとは親交を深めて参りました。結果として、生涯の伴侶たる男がこの道化師以外にないとの確信に至ったのです。婚約を求め、そして承諾が得られました」

「そういう……説明を聞いているのではない……お前がどう思っているかということが、最大の問題点だ」

「お父様、黙っていて悪かったけれど、私はこの男を愛してしまった。彼と生涯を共にする」


 何て容赦のない女なんだ、と俺は思った。


「認めると思うのか」

「却下するようならこの場で死んでやるわ」


 ただの脅しであって欲しいのだが、やりかねない迫力が声に乗っていた。


 家族だとそういうこともわかってしまうのか――王様は早くも、姫様を説き伏せるのは不可能だと悟ったようだった。


 となればやはり俺を崩すしかない。


「道化! 貴様どうやってゼニアを(たぶら)かした」

「それが私自身、確信を持てるようなことは何も」

「ゼニアの方から迫ったと申すのだな」

「いいえ、それも真実ではないように思うのです」

「では――結局貴様が罪を犯したのではないか!」


 ついに王様は剣を掴んで、玉座から下りてきた。

 そして俺の目の前に立つ。


「貴様ほどの男が、よもや自分の立場を忘れたわけではあるまい」

「私は高貴なる王族に比べれば、下賤の者ですな」

「その下賤の者に、我が娘をやれと?」

「左様です」

「――筋が通らぬな、どうも……」

「道理に合わぬは承知の上で参りました」

「ではそれがどのような結果を呼ぶかも当然、承知しておろうな」


 抜き放つと、王は鞘を乱暴に投げ捨てた。

 剣を振りかぶる。


「ままならんものだ。まさか余自ら同盟の命脈を断つことになろうとはな」

「……そこまで評価してくださっていたとは」


 間を置かず、彼は俺を袈裟に斬った。迷いのない太刀筋だった。


 描かれた線が熱を持ち、直後、鮮血となって(ほとばし)る。


「――フブキっ!」

「待て!」


 俺は左腕を水平に広げてゼニアを制した。


「まだ話してる」


 激痛に気が遠くなる。だが倒れるわけにはいかなかった。

 せめて意地でも見せなければ、王が俺を認めることなどありえない。


「何をしている、道化。早くゼニアに戻してもらえ。そうしたらまた斬ってやろう。どこまで耐えられるか見物だな」

「無用です」

「では血を流して死ぬか」

「命尽きることも……あり、ましょう。しかし、お認め――いただく、まで、は……」

「愚かだな。人はそのようにはできておらぬ」


 本当は、今すぐにでも()の字に身体を折り曲げて倒れたかった。


「駄目! フブキ、そんなの――!」

「打ち合わせ通りじゃないな……」


 自分でも馬鹿なことをしていると思っている。


「どうです、陛下――どのみち、ゼニアと一緒に、なれ、ないんじゃ……俺の人生、は、復讐を遂げたと、しても……片手落ちだ。未練なんざ、残らない。元より、あんたの娘に、拾って、もらった……この命……。ここで果てる、としても、まずまず……」


 いけない。ショック死しなかったのはいいが、もう目がかすんできた。

 脚にちゃんと力が入っているかも自信ない。


「生かして、みるか、……首を落として、みるか……二つに、一つで、ございます」


 しばらく王様は俺を見据えていた。その間にも生命力がみるみる肉体から抜け出ていくのがわかった。眼球だけ動かして下を見ると、足元が赤茶けていた。


「――跪け」


 俺はその言葉に従った。限界でもあった。

 呼吸さえも苦痛な状態で、処断の時を待った。


 どうしても譲れないというのなら、それも仕方がないと思った。


「ゼニア……止めるなよ。そして、俺を、元に戻すな」


 ここまでやったんだから、もう茶番であって欲しくなかった。

 首が飛ぶならそれが最期でよかった。


 微かに、再び剣が振り上げられる気配を感じた。


 そして――それは風を切り、俺の肩に喰い込まなかった。

 ぺたり、と貼るように乗せられたのだった。


 どういうことか理解するのに時間がかかった――というより、時間が正しいペースで進んでいるのかもよくわからなかった。自分がまだ殺されず、すると王様にもその気がなくなったのではないかと、おぼろげながら掴んだ時、急速に意識が遠のいた。




 呼び出しがあり、晩に姫様の部屋を訪ねた。

 ――ここはもうちょっと正確にした方がいいか。()()を訪ねた。


 つまりそういうことだろ、と俺は解釈していた。

 果たして、それこそ許されるのかといった感じではあるが、ともかく俺は入念に身を清めてから部屋の前に立った。だが、なかなかノックの決心がつかず――気配に気付いたゼニアが自分から扉を開けるまで入ることができなかった。


「座って」


 彼女はいきなりベッドを指し示した。部屋はかなり薄暗くしてあった。


 俺は異議を唱えようと思ったが、上手く言葉が見つからず、結局は言われた通りにした。端に腰かけるようにしても、後からベッドに飛び込んだゼニアが不満げにこれを引き寄せたので、一緒に乗る形になった。


「……………………姫様、あのー」

「名前で呼んで?」

「ゼニア」

「もう一度」

「ゼニア……」


 彼女はそれだけで嬉しくなったのか、背骨が折れそうなほど俺を抱きしめた。


「聞けてなかったんだが、陛下には、許してもらえたってことでいいのかな」

「そうよ。あなたは騎士にはならないけれど、剣を肩に乗せたのだから、そういうことだと思うわ」

「あ、なるほど……一種の叙任だったのか」

「きっとね」


 ゼニアはおもむろに俺の服に手をかけた。そして明らかに脱がしにかかった。


「待った待った、ゼニア、待った」


 それを止めて、一旦起き上がる。


「何を躊躇う必要があるの。覚悟を決めなさい」

「いや、覚悟は決まってる。ただ、これだけちょっと、はっきりさせておきたいことがあって――でもなあ」

「はっきりしないわね」

「そう。このままはっきりさせない方がいいかもしれないとも思ってる」

「どうしたいの?」

「聞いておきたいことがある。それも貴女の口からでないと駄目なことだ」

「なら、話すわ。ひっかかりのあるまま続けたくないでしょう?」

「うん……。うん、そうだな。そしたら、まあ、ちょっと付き合ってくれ」

「わかったわ」


 俺達は向き合った。


「言うぞ」

「……どうぞ」

「ヨーマン・ロンドはどういう男だった?」


 俺が彼についてゼニアの前で言及するのは初めてだが、ここで、マズった、みたいな顔をしないあたり、彼女は本当に俺より歳を重ねているなと思う。


「あなた、聞きたいのね」

「まあね……」

「男の人は、そういうことを厭うものだと……それにこんな時に……」

「もちろん、前の男がまるっきり愉快な存在ってのは、ない。だがそれを言ってしまうと、俺もあんま変わらんわけよ。短い付き合いだったし、両想いでもなかったけど、昔の女が確かにいた。お互い様だと思うんだがね」


 ルブナ・ジュランという、それが本名だったかも定かではない暗殺者。


「全然条件が違うじゃない……あなたは利用されていた」

「いんや同じだね。結局そういうのって、自分以外の奴に惚れたり、付き合いを許していたり……そういうのを認められないってことに尽きるわけだろ。今思うとあれはひでえ女だったが、当時真面目に好きだったことだけは真実なんだよ」

「でも……」

「そもそも精神的な純潔って考えが既にナンセンスだ。彼はもういないし、それに十年以上昔の話なんだろう? さあどうだ、ここまで聞いて、俺をだな、昔の連れがいた程度のことを気にする男だと思うのか?」

「思うわ」

「そうだね」


 ……いや別に否定してもらいたかったわけじゃないよ。ただ、そう、確認の意味を込めて問いかけただけのことだ。


「でもどのみち知らなきゃならない」

「本当にそうかしら。……いえ、何も後ろめたいからではなくて、それであなたがその――変になってしまうくらいだったら、触れないのも立派な選択じゃない?」

「俺は本気なんだ。貴女と本気で一緒になりたいからこう言ってる。ヤケになったのでも、俗な興味が湧いたのでもない。二人のために必要だと思うからだ。貴女も、いつまでも胸に仕舞い込んだままじゃキツいだろうが」

「でも……、でも……」


 本当は、花園でゼニアを追いかけている時も、昔ヨーマン・ロンドと同じことをしたのかと考えた。彼女は兄と弟が生きていればと言い、その隙間に、婚約者が生きていればという意味を入れようとしてやめた。


 俺達の関係には――そういう(きず)がある。


 それを誤魔化したまま夜を過ごすのは嫌だった。

 少なくとも、舐めている疵がどういう形であるかくらいは知りたかった。


「頼むよ」


 ゼニアは迷っていたが、意外と早くその気になった。

 避けては通れないということが、彼女にもわかっていたからだろうか。


「もう、十年以上になるのね……」

「……十年と、あと何年?」


 彼女は俺の鳩尾に軽く拳を入れた。


「オっ――」

「あまりに昔の話よ」

「でも地続きだ」

「そうね……あの人とのことが、その後の私の生き方に影響を与えたのは事実」


 全てのきっかけ。そして、彼女の心に残ったもの。


「……似ていたんだろう? だから俺を川べりから拾う気になったのかな」

「そうなのかもしれないわ」


 ゼニアは、どこか遠くを見るような目つきになった。


「初めて会った時のあの人も打ちのめされていた」


 と彼女は言った。

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