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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
160/212

11-22 すぐに残りを精算し

 日が暮れる前に花園を()った。

 これからずっと饒舌になった姫様の相手をすることになるのだろうかと、少し不安になったりもしたが、都へ近付くにつれ、彼女の雰囲気は普段纏っているものへと戻っていった。口数も、それに比例して減らされていく。


 それでホッとしたのも確かだが、どこか寂しくもあった。

 あんなにべたつこうとしていたのに……せっかく素直になってくれたのに。


 だが、それも、俺にだけ見せる表情があるのだと考えれば気にならなくなった。

 自分が彼女にとって特別な存在であるとわかるのは嬉しいことだった。


 宿の門では、出てきた時と同じ様子でジュンが待っていた。


「……まさかずっとここにいたんじゃないだろうな」

「いいえ、さすがにそこまでは。でも心配で、一時間前くらいからここに」

「なーにやってんだよ! 日帰りだって言ったろ!?」

「だからこそ余計に夜遅いと何かあったのかと思うじゃないですかあ!」

「そりゃいついつに戻るとは言わなかったが……」

「てっきり途中で崖から落ちたりしてそこで一晩過ごすことになったのかもしれないと……それで火も上手く起こせないので凍えないよう二人が寄り添って温め合って」

「何それ」


 仮に事故ったとしても、姫様が爆速でサバイバル環境を整えるだろうからそれはないと思う。俺は彼女が棒切れ一本、板一枚で難なく火を起こしたのを見たことがある。通常の従軍では下働きの兵士や火魔法使いが代わるので、あまりやらないことだが。


 それに二人の魔法を駆使すれば脱せない苦境もそう無いと思うし、少し的外れな気がする。


「ともかく、気が気じゃなかったんです!」

「わかったわかった」


 この先いつもこんな調子じゃ困るから、少し考えないといけないかもしれない。


「遅くなって悪かったわね。次からはもう少し早く帰るから、許してくれるかしら?」


 姫様が申し訳なさそうに言うと、ジュンは途端に機嫌を直し、


「いいのですいいのです。最後に無事で戻ってきてくださるなら」

「あんさあ……俺そんなに信用ないかなあ……」

「いやそういうことではなくて……やはりここは遠い異国の地で、勝手が違いますから……そういう点がどうしても」

「確かにそれはわかることだけども、うーん……」


 そんなジュンの心配性に付き合ったというわけではないが、それからセーラムに戻るまで、俺と姫様が逢瀬を重ねることはなかった。


「まあ、控えるか」


 表向き何かが変わったように振る舞うこともなかった。


 個人的にも、今冬のイベントで一番重要な部分は過ぎ去ったので、残りについては手短にまとめよう。


 銃器開発プロジェクトについては増員が効果的に働き、刻限の四日前に計六丁の試作品――というより叩き台――が完成した。取り決めの通り、俺達はその半分を持ち帰ることになった。


 次に、ドルバス氏の娘の消息についてだが、まず判明したことから先に記すと……亡くなっていた。


 その時の彼の落胆は想像に難くない。同行していたサカキさん曰く、


「あまりに気まずくて、その時は付いて行ったの後悔しました。半分だけ」


 が、しかし――まったくの偶然から、そのさらに娘、つまりドルバス氏にとっては孫にあたるドワーフと、現地で邂逅したのだった。名をシミーラといった。

 父親は不明である。

 物心ついた頃には、母親と一緒に根無し草だったようだ。


 正確には、既に引き払われていた当時の住居に故あって舞い戻ってきたシミーラが、母親の死をドルバス氏に知らせたということになる。


「おじいさんを絶望させた彼女が、同時に希望でもあったということです」


 で、その戻ってきた理由というのが大変なもので、街の近くに埋めてある母の遺産を掘り起こしに来たと言うのである。


「散々貧乏暮らしをさせてきたくせに、ヘソクリがあるならさっさと使ってしまえばよかったんだと、彼女は言っていました」


 しかしそれはヘソクリなどではなかったのだ。間違いなく遺産ではあったが、金銭に直結するものではなかった。


 さらに、その所在を掴んでいたのもシミーラだけではなかった。結局その後の暮らしでもやらかしまくっていたドルバス氏の娘は、その綱渡りのような生涯の中で、切り札として何度か遺産の存在を取引材料に使ったらしかった。どのように各方面を言いくるめたのか、自分が死ぬまで手を付けてはならない、という制限まで設けて。


 そのためシミーラは派遣されてくるエージェントに先んじて遺産を手に入れる必要があった。街に来るまでの道中も小競り合いが絶えなかったという。


「危険な状況でした。無事に回収できても、今度はそれを守り通さなければならないんですから」


 頑丈な箱から出てきたのは、複数の書物であった。


 初めその手記は、ただ日常の雑多なことが書き留めてあるだけの、日記や備忘録に近いものであると思われた。しかし読み解いていくうち、筆者が目撃、体験したありとあらゆる……特に、表に出せないような情報の集積であることが判明した。


 どこにでも首を突っ込み、どこからでも逃げおおせ、大陸も越えて生き抜いてきた彼女だからこそ握っていた、信憑性はともかくとして、(なま)の記録。壮大な暴露本。


 それは、ドワーフ裏社会の見取り図とでも言うべきものであった。


「これが白日の下に晒されればどこもただでは済まないだろうと、完全部外者のぼくにもわかるほどえげつない内容でした」


 で、何やかやあってそれを狙っていた多数の勢力と揉めて対決し、サカキさんはこれを全て退けたのだった。


「いや、もう必死で……こんな魔法ですから決着もつきませんし、逃げてくるだけで精一杯でした」


 突如持ち込まれた爆弾の扱いに困った俺達は、相談の末、グランドレン政府に処理を押し付けることにした。

 実は、ヒューマンにもちょっと不都合なことが記されていたりして――これはある種の揉み消しを期待した結果であった。何しろ当代には仲良しさん同士のパイプがあるから、なあなあに済ませてしまうなら、今このタイミングが狙い目でもあった。


 すると双子の女帝は、迷惑がるどころか喜んでこれを引き受けてくれたのだった。

 さらには、密約を条件に、買い取りという形にしてもいいとさえ言い出した。

 実際、国政の役に立つのもあるだろうが、俺達がヒューマン圏へブツを持ち去ってしまうくらいなら、進んで対価を包むべし……というのが本音だろうと思われた。


 政治的合意の助けにもなったということで、売却の手数料を引いたりする気はこちらにはなかったので、金はシミーラ嬢へとそっくりそのまま渡った。めでたし。


 しかし、この事件で最も(うるお)ったのは金銭面ではなく、むしろ当事者達の精神的な側面であった。


 子孫と巡り合えたドルバス氏の喜びは言うに及ばず、ちょっとした手助けのつもりだったサカキさんにとっても、孫娘の存在は福音になった。


 シミーラは、逃走において八面六臂の活躍をした彼に、惚れてしまったのである。


 それだけにとどまらず、爺孫(じじまご)共に未練もなくなったこの地を離れ、ヒューマン圏で生きていこうという計画を前向きに立てたのだった。


 つまり、サカキ・ユキヒラの妻となる気でいるのである。


 ドルバス氏も、この男なら孫娘を任せるに足ると、ほとんど手放しで認めている。敵の猛追(もうつい)を防いで護送に成功した、揺るぎない実績のためである。


 では、肝心の婿(むこ)殿がどう思っているのか――俺は訊いてみた。


「ぶっちゃけタイプだから頑張ったんでしょう?」

「そうですよ、悪いですか」

「いや、そんな……ツインテールの似合う可愛い娘さんだと思いますよ。私はただ、お気持ちを確認したかっただけです」

「シミーラはぼくのことを好きだと言ってくれています。一緒になりたいと。その気持ちは、非常時の姿から得たイメージによる一過性のものかもしれません。しかし、彼女の臨時収入と、ぼくのこれまでの稼ぎがあれば、明日からだって無理なく所帯を持つことが可能です。ずっと探し求めてきたお嫁さんだ、この勢いに乗りたい。連れ帰ります」


 反対する理由は何もなかった。


「わからないものですね、どこから答えが降ってくるかというのは……」


 そのような調子で、精算すべきことは、されたのである。




 やり残したことがなくなると、丁度、季節も変わり目に入った。


 帰国の旨を伝えると、カロムナ帝とジニオラ帝直々の見送りがなされることになり、少し賑やかな雰囲気の別れとなった。まずは西から東へ戻る魔法陣(来た時とは別)での別れがあった。


「悪いわね。色々もらってしまって」

「気にするな、足しにしろ」


 ジニオラ帝は、本当に何でもない、という口調でそう言うのだった。

 両陛下のポケットマネーから出たというお土産は、運搬員を伴わないと港まで輸送できない量にのぼっていた。


「わしはな……何年も積み重なっていた話題が消化できて、楽しかったぞ。また来い」

「ええ、そのうちに」

「カロムナ、ゼニアをしっかり送り届けるのじゃぞ?」

「うむ。任せておけい」

「――時に、ゼニア……おぬし……」


 ジニオラ帝が、少し目を逸らしながら訊ねる。


「雪が完全に解けたら、また遠征に出るのか」


 姫様は沈黙をもって返答とした。女帝は正しくその意味を受け止めたように頷き、


「また会おう……達者でな」


 果たしてそれが叶うだろうかと、その場にいた全員が考えたのではないか。


 そして一旦東の大陸に戻る。行きに使った迂遠なルートを逆に辿らせる必要もないということで、こちらでも魔法陣のショートカットが用意されていた。


 カロムナ帝は、西から出たお土産に負けず劣らずの量を足してこちらを困らせた。


「こんなにどうするの。船に乗らないわ」

「んん? まあ増やせば大丈夫じゃろう。海もこの時期は時化ったりせん。それに、いざとなればそこの道化が無理矢理にでも船を動かせば……」


 姫様がこちらを見て、俺は肩を(すく)めた。


「ジニオラの言い草ではないがのう、わらわは、そなたとまた会えるとは思うておらんかった。話せると……だからこそ余計、何というか……名残惜しいというか……」

「私もよ、カロムナ。ジニオラはああ言ったけど、今度は、あなた達がセーラムに来たらいいわ。どう?」

「それは――」


 それこそ、実現しうるものなのだろうか?


「あるいは、それも、よかろう。招待を待っている」


 無理に作っている笑顔の、痛々しさの何とやら――。


 最後に、港でロードン部長が、荷の積み終わるのを待つ間、別れを惜しんだ。


「行ってしまわれるのですね」


 孫娘を隣に、ドルバス氏は複雑ながらも、晴れやかな表情で応じた。


「ああ……これもまた運命(さだめ)なのだろう。しかし今度は、悪いものではない」

「そのように思います。心から」

(ふみ)を出す。たまになら届くだろう。返してくれるとありがたい」

「勿論……」


 固い握手。


 俺達はドワーフの国を去った。


 ソブラニ島で一泊。

 姫様はロンド家の人に何か話したろうか――話さなかったろうか。




 帰ってきてまず立ち上がったのは、サカキさんの結婚式であった。


 とはいえこれは苦労からは程遠かった。俺はいくつかの事柄について承認するだけ。


 異文化同士の婚儀ということになるが、互いの背景事情もあり、形にこだわるような彼らではなかった。新郎新婦が着飾り、楽団を招いて料理を出して、簡単な挨拶と余興があれば形にはなる。


 客人(まれびと)中心。ささやかながらも、しっかりとした式だった。


「こういうのでも死亡フラグが立ちますかね」


 他人様の幸せを遠巻きに眺め、ちびちびと酒をやりながら、俺はナガセさんにそう言った。


「難しいところすね。戦いが終わる前に結婚成功したんでセーフのようにも思えますけど、急ぐように結婚して派兵先で死ぬっていうパターン自体は、どちらかというとフラグよりシナリオそのものに見られます。ベトナム戦争が背景に置かれてる映画とかそういうのありますよ」

「ああ、言われてみれば見たことあるかもな……」

「また見たいなあれ。辛気臭いけど見たいですよ」


 彼の思い浮かべる作品と俺の思い浮かべた作品は一致しているだろうか?


「レンタル屋がないんだよな……」

「再生機もない……こんな会話聞かれたらたまったもんじゃないですね」

「この程度の揶揄は許してほしいもんだが。あれだけ奔走させられたのに、全然関係ないとこからまとめちゃって……俺はとんだ間抜けだよ」

「違いない」


 俺は横目でナガセさんを見る。


「あ、すんません」

「しかしまあ……こうして現実に見せつけられると、色々考えてしまうな」

「特殊ケースですけどね。何かの契機になるのかなあ」

「それこそ、この世界により深く馴染むモデルケースとなるだろう」

「なら、もっと他のパターンがあっていい。すぐ次に続くものが。そうでしょう?」

「何か言いたげだね、君」

「そう聞こえました?」

「――いや、これは俺が考え過ぎたな。酔ってるし。忘れよう」

「嫌だなあ。くく……」


 ナガセさんは席を立ち、ぱしっ、と俺の肩を叩いた。


「期待してますよ」


 そして、新郎にあらためて祝いの言葉をかけにいった。


 俺は酒の残りをあおり、行儀悪く椅子を傾ける。

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