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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
159/212

11-21 気の早すぎる二人

 正直、ちょっと痛かった。

 勢いがつきすぎだ。


 ヤケになったような感じもするし、こういう形で奪われるとは、想像してなかった。

 ――やりやがったな。


「……なんてことを……」


 この言い方がさらに油を注いでしまった。


「なんてことを、じゃない!」


 姫様は立ち上がり、


「今日という今日は我慢ならないわ! これまで散々散々散々! 散々! もどかしくさせておきながら! あなたという人は、この期に及んで――愛人にするとでも思ったの!」

「……いやまあそういう目もなくはないかなと考えてはいたがあイテ(いて)いて!」


 彼女は思うさま俺を蹴り倒し、開放された天へ向かって叫んだ。


「あああ――腹立たしい! どうして思い通りにならないの! どうしてこうなのよ!」


 姫様が壊れた。


「なあ、ちょっとまず落ち着いた方がいい。あんたらしくないぜ」

「何が私らしいっていうのよ! いつでもすまし顔でいられると思わないでよ! あなたが、露骨なのは好きじゃないって態度でいるから……少しづつ遠回しにやってきたのに! こんなのってないじゃない! これじゃあ永遠に、」


 そこで急に言葉を切って、顔を両腕で隠すように覆って、


「ふ……、ぐぅ……」


 おい、まさか、嘘だろ?


「ひぅ――」


 とうとう――泣き出してしまった。


 こんな姫様は始めて見る。あまりに無防備な、剥き出しの感情。

 驚いたなんてもんじゃない。あのゼニア・ルミノアが、こんな小娘のような涙の流し方をするとは、誰だって度胆抜かれる。


 だが、今この場には、俺と彼女しかいない。

 従って、彼女が取り乱している以上、この目を疑うような事態を収拾できるのは俺だけだ。いつまでも臆しているわけにはいかない。


 ともかく、姫様がこんな弱々しい姿を晒しているのは忍びない。

 原因が俺にあるというのなら尚更。


 それで姫様の激しい感情が和らげられるのかわからなかったが、原初の記憶に立ち返ってみれば、必要なのは人肌と慰めであるように思えた。誰かの胸でひとしきり泣き喚いて発散するのが、有効な治療法であると。


 起き上がり、彼女を抱きしめようと近寄る。

 しかし、触れ合った瞬間に、その手を振り払われた。


「触らないで!」


 諦めるような俺じゃない。


 今度はもう少し強引に抱き寄せる。自分がもう少し立派な体躯の男だったらと思った。安心して身を任せるのに、不足では申し訳ない。それでもやらねば。


「放っておいて!」


 尚も抵抗しようとする姫様を、必死で押さえる。これもやはり本気を出されると敵うはずがないので、どれだけ彼女が抵抗の意思を持つか、というところが焦点になる。


「他に誰もいないのに、放っておくも何もないだろ」


 しばらくそうしていると、姫様は観念したというよりは、ふてくされたように、暴れるのをやめた。また花に埋もれるように座った。


「一人で泣くと心に(さわ)る」


 しゃっくりのような嗚咽だけがあった。苦しくてつらいやつだ。


 それが落ち着くのを待ってから、


「どうしてそんなに悲しくなってしまったんだ?」

「……あなたが、私のことをどうとも思っていないのがわかったから」

「それは違う! むしろ俺は、貴女に対して一方的になっているんじゃないかと、ずっと――」

「私の好意を勝ち取っている自信がない?」

「そんなような……ところだ」

「――好きよ、フブキ」


 そう言って、姫様は今度は俺の頬に口づけをするのだった。


「急すぎるよ」

「急すぎるわけないでしょう! 私がどれだけ待ったと――」


 そんな前から……?


「一体いつから……」


 俺は呆然と訊ねた。


「私にもわからないわ。でもきっと、あなたを本当に意識し始めたのは、倒れゆく世界樹の中で、命を救われてから」


 それは吊橋効果だよ――と、以前の俺なら説明していただろう。今だって言いたい。

 だがもう、そのような野暮はやめよう。

 時を経てまだ想っていてくれるなら、それはきっと真実だろうから。


「そうだったのか……」

「あなたはどうなの。私のことは……ずっと、どう思っていたの?」


 この感情に気付いてもらおうと思ったことも多々あるが、直接的な言葉はまったく使ってこなかったので、ここに至ってまだ彼女が不安に思うのは、無理もなかった。


「女性として興味があったのは割と最初からだ。ただそれは恋慕とか懸想(けそう)とか、そういうものからは程遠かった。美しいものに惹かれているだけだ。起こりえないことには期待しようがない。期待しようという発想すら浮かばない。だから、そういう意味ではしばらく貴女に対して恋愛感情は持ちようがなかった。少なくともはっきりしたものは」


 姫様は俺の目を覗き込みながら、黙って話を聞いていた。

 でも気持ちに変化が起こったのよね? ――と、無言で訴えかけていた。


「それで――うん、言われてみると、俺もその時だったのかもしれないな。理屈としてもあそこで貴女を失うのはありえなかったが、それ以上に――一人の人間として、認められなかったのかもしれない。だから抗った。上手く表現できないが、貴女のいない人生はきっと彩りを失うと思った。貴女を救うことができたと思った時、自分も救うことが出来たと思った」


 だからこそ、歯止めが利かなくなってしまったわけだが……。


「そこからはもう、転げ落ちていくだけだ。本当は駄目だってわかっていたんだ。でも、それでも貴女のことが好きに――好きになっちまった! 俺は――」

「それでいいのよ。何をいけないことがあるの?」

「いけないことだらけじゃないか」

「そんなことないわ。ね、フブキ――私と婚約すると言いなさい」

「……言いたいが、できないよ」

「命令ならできるわね? ……最初からこうすればよかったのよ」

「命令でも可能不可能はある」

「でもあなた、そのつもりでいるって言ったじゃない!」

「誤解だ……! あ、いや、まるっきり誤解っていうのも何か違うが……とにかく、そんな具体的な意味を込めたわけじゃなかった。貴女が女王になることを賛成しただけだ」

「なら、私と結ばれるのも賛成しなければね」

「だからそれはだな……」

「――やっぱり、私のことはその程度にしか思っていないのね」


 姫様の涙がぶり返しそうになる。俺は焦った。

 結構嫌な使い方するなあ、この人。


「なあそんな自分をわかってない町娘みたいなこと言うなよ。貴女を大事に思っているからこそ、俺は首を縦に振れないんだ」

「嘘。あなたは私が自分以外と一緒になっても平気なんでしょう!」


 だから、それは、


「……クソ、この際正直に言ってやろうじゃないか。――平気なわけないだろ!」


 初めて口に出してみると、それはまったく嘘偽りのない、透き通った本心として精神の隅々へと沁み渡った。俺は改めて言った。


「そんなの嫌だ……」

「――本当に?」


 だからこそ、現実的な考えが一層深いダメージとして食い込む。


「本当だよ。だがな、俺のわがままで貴女の未来を閉ざすわけにはいかないだろう。貴女の夫は、貴女にふさわしい人間にしかなれないよ」

「私が、ふさわしいのはあなただけだと思っていても?」

「……俺はただの道化だよ」

「私の道化師よ、私の好きな……賢くて、楽しくて、どこか憂いのある道化師。私の望みは一つだけ。自分が女王で、あなたが王婿(おうせい)の未来よ。戦争を終わらせて、エルフを根絶やしにして、嫌なことは全て忘れるの。そうしたら、ぼろぼろだけど希望のある国土を、あなたと私で少しづつ盛り立てるのよ」

「そこまで買ってくれてるのは嬉しいよ。けど、俺はまさにどこの馬の骨ともわからん奴で、通常、そういう人間が高貴な血統に名を連ねることはない。それぐらいのことはわかってるんじゃないのか? 俺と貴女はよくても、周囲が許さないだろう」

「お笑い草ね。国政や戦に関しての口出しはいくらだってして欲しいところだけれど、結婚相手までとやかく言われる筋合いはないわ。誰にも文句を言わせない。認めさせる」

「そうは言うがな、特に貴女の父君などは、死んでも認めないと思うね。そんな申し入れをしたら、俺はたちまち処刑されてしまうよ」

「その時は私も後を追うわ。そうしてセーラムもヒューマンも滅びるの」

「めちゃくちゃ言うじゃないか……ともかく、俺には、乗り越えるべき障害が多すぎるように思えるな」

「それこそ、気にするのは父上だけよ。あなた、自分が(ちまた)でどんな評判になっているのか聞いたことくらいあるでしょう?」

「英雄がどうとかいうやつか。仮にその、一部の声がでかい奴等のおかげだったとして、まあそりゃ世間一般の方々はいいでしょうよそれでも。じゃあ諸侯はどうだ? それに大臣や行政官は?」

「あなたが彼らの邪魔をしたことがあったかしら? 話の通じない相手と思われているわけでもないでしょうに」

「しかし友好的であると言い切れるわけでもないからな……。それに、これから自分とこの息子を気に入ってもらおうと考えるような有力者にとっては、ぽっと出の、貴族でもない道化師に将来の指導者をかっさらわれるのは(たま)らないんじゃないかな」

「考えるだけなら自由。けれど、私にその気がなくてもまだ勧めてくるようなら、相応の礼をもって遇するつもりよ。どころか強引な手段を選ぶようなら、滅んでもらうしかないわね」

「俺はまさにそのへんが心配でならないんだよ。分裂だなんだとなったら大変なことになる。貴女自身の評判だってどうなるかわからない。人心が離れていったら戦争どころじゃないぞ」

「そうよ、そうなったら戦争どころではないからこそ、人々は文句を言うことができないわ。あなたと私を失って、同盟は戦い続けられると思う?」

「それは皮肉に物事を見過ぎてる。俺よりひどい」

「こんな程度のこと、笑って流せないような集団では困るのよ。私は一風変わった相手を選ぶだけ。そしてそんな理由で瓦解する文明なら、最初から無かったも同然。(ちり)(かすみ)と、消えてしまえばいいわ」

「……あのなあ……」


 それにしても――と思う。

 姫様はずっと、腹の中ではこんなことを考えていたのか。


 しかもそれを全て俺にぶちまけている。いや確かに俺にしかぶちまけられない内容だから、それはそれで結構なことだが、今までこんな物言いをしたことがなかったお方であるだけに、ちょっと印象が変わりそうだ。


 ただ、それも――俺はちょっとやそっとじゃ変節しないだろう、という信頼あってこそなわけで、それを思うと、多少誇らしくもなる。


「古来より、比類なき武功を立てた者はそれなりの地位を約束されるものよ。剣一本で国を興したような逸話だってあるのだし、あなたは自分で思っているより、遥かに立派な資格を持つわ」

「お伽噺を引き合いに出されたところで、俺の不安は消えないよ」


 彼女は長く息を吐いた。


「いい? あなたがする心配の数々は、私に言わせれば全て杞憂よ。例えば私がいくつかの点については既に布石を打っていて根回しも済ませていると言ったら、あなたは割に安心するわよね?」

「まあ……言い方に引っかかりはあるが大体その傾向だ」

「それでその布石や根回しというのも私が黒幕とは知られないで間接に間接を重ねて、私とあなたが縁組すれば巡り巡って得になるということを深層心理へ刷り込むが如く仕掛けたと言ったら、ますます気分がいいわね?」

「……そうだね」


 俺が風を吹かせれば桶屋が儲かる、みたいな話だろうか?


「姉上には一枚も二枚も噛んでもらったわディーンの皇帝陛下にも。同盟にある票の三分の二を掌握すれば全体の票を掌握したも同然よ、苦しむのはそんなことも知らずに反対する愚か者だけ。例えば父上などね。そういうことになっているからあなたが取り上げたような問題は実は解決されているのよ最近になって終わったのつまり例えでも何でもないのよわかる?」


 こんな早口になってる姫様は初めて見た。

 やっぱり、どこか壊れてしまったのだと思う。


「――理解はした。だが腑に落ちないことがあるな」

「なあに?」

「何故俺に相談しなかった」

「反対するからよ」

「納得した。つまり貴女はどうしても俺の首を縦に振らせたくて、打てる手は全部打ってきたわけだな」

「そうよ当たり前でしょう?」

「俺が余計な知恵を回したところで無駄なことだったと」

「そうよあた、……それより、どちらかといえば私のしている心配の方が深刻よ」

「そうかな? この件については、もうこわいものなしって感じだけど」

「こわいものはあるのよ。あなたの思考を先読みして言わせてもらうけれど、急ぐことはやめて無事に戦争を終えたら挨拶をして回ってそれが済んだ後晴れて発表してゆっくり愛を育む……などという流れは到底認められないわよ」


 姫様は、本当に、俺がこれから軟着陸に使おうとしていた経路を的中させていた。

 さすがに背筋へ冷たいものが走る。


「どうかな」

「図星ね。とにかく、早い方がいいということだけわかって」


 姫様は俺の額の生え際を撫でながら(まだ全然大丈夫だよな?)こう説明する。


「誰にも限界はあるのよ。わかっていると思うけれど、この限界というのは様々な意味を内包するわ」


 俺は少し笑ってしまいそうになったが、さすがに(こら)えた。

 彼女は俺より年上なのだ。こんなにシリアスな話はない。


「じゃあその、なんだ――帰ったらすぐにでも婚約を触れ回るつもりか」

「父上の許しを得たらそうするつもりよ」

「……俺は隅の方で震えているわけにはいかないんだろうな」

「そうね。他の部分を私が準備したのだから、あなたにもそのくらいはやってもらうわ。逆に、その関門さえ抜ければ、もう邪魔するものは何もないのよ」


 うそくせえなあ……。


「うそくせえなあ……」

「私が信じられないの?」

「悪いけど、今はな」

「ではやっぱり――駄目なの?」


 俺は顔を近付けて、ずれていた姫様の冠を直した。

 彼女が気を取られている隙に、一瞬だけキスをする。


 猛烈に恥ずかしくなって、突然のことで驚いているゼニアと目が合わないよう、強く抱きしめた。


「ゼニア、俺も貴女と共に()りたい」


 空を仰ぎ見る。雲一つない、まっさらな晴天。


「受け入れてくれるだろうか。少し長く待たせてしまったようだが――」


 ゼニアは腕を振りほどくと、両手で俺の顔を挟み込んだ。


 今度は、長い長い……口づけだった。

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